068話 宿場町にて
休憩を終えたノルンたちは、行動を再開する。
宿場町に近づくにつれ、すれ違う馬車は多くなる。
ノルンたちと同様に宿場町へ向かう馬車もあれば、逆に王都のほうへ進んでいく馬車もある。
これまで森と草原ばかりだった景色に、ようやく人の営みが混じり始める。
家畜と思われる羊や牛が近くの草原で放牧されており、人の手が入ったことが分かるように道が整備されている。
その様子を見て、ノルンはルクレツィアに話しかける。
「レツィ、一足先に宿場町へ行って宿を取ってきてくれる? 四人が理想だけど、難しかったら二人分でもいいよ。それが無理なら仲良く野宿しよう」
「ん、分かった」
ルクレツィアは小さく頷くと、矢のようなスピードで宿場町に向けて駆け出していく。
あっという間に見えなくなったルクレツィアを見て、ノルンは感嘆の声を漏らす。
「さすが白金ランクの冒険者。驚きの速さだ……というわけで、もし二人分しか宿が取れなかったら、僕とヴィクトル先生は馬小屋で野宿ですね」
「ふ……構わんが、酒くらいは飲んでもいいだろう?」
「ええ、もちろん」
ノルンの言葉を聞いて、ヴィクトルは不敵な笑みを浮かべる。
ネリネは申し訳なさそうに口を開く。
「……あの、私は馬車でも構いませんよ」
「だめだ」
「うぅ……」
ネリネの遠慮した提案を、ヴィクトルは有無を言わさず却下する。
ノルンも笑顔でバツ印を作る。
理屈ではない男と大人の見栄があると、二人は頷き合った。
「でも、どうしてルクレツィアさんを先行させたんですか?」
「昨日の昼間に王都を出発した人がそろそろ宿場町に到着する頃だからね。その人たちを追い越して、宿の争奪戦を出し抜こうって寸法さ」
「ああ、ヴェルザーク領へ向かう人は少ないが、用心するに越したことはない」
ネリネはルクレツィアを先に行かせたことを疑問に思い、二人に尋ねる。
ノルンは昨日の王都の大通りの状況を思い出しながら説明する。
二人の言葉を聞いて、ネリネは納得した顔をする。
一時間ほどが経過し、太陽が西の空に沈み始める。
空が徐々に茜色に染まるなか、ようやく目的の宿場町が見えてきた。
宿場町の入り口では馬車の列が形成されており、商人たちは退屈そうに順番を待っている。
「おい、大丈夫なのか?」
ヴィクトルが小声で話しかけてくる。
おそらく偽造された文書のことを指しているのだろう。
ノルンはそのことに気づきながらも平然とした顔をしている。
「大丈夫です。ここはまだ王国の統治下ですから」
ノルンの様子を見て、ヴィクトルとネリネは怪訝な顔をする。
偽造文書がばれることは命の危機に繋がるにもかかわらず、ノルンには危機感が感じられなかった。
そんな二人の心配を他所に、ノルンは近くの商人に話しかける。
「こんにちは、結構列長いですね」
「まったくです。仕方がないとは言え、退屈ですな。お若く見えますが、商売ですか?」
「ええ、妹と二人、護衛を雇って行商の旅を。ヴェルザーク領へ行ってポーションを卸そうと考えています」
商人は汗を拭いながらノルンに笑いかける。
ノルンはネリネとヴィクトルのほうに手を向けて、商人に紹介する。
商人は二人に会釈をすると、ノルンの言葉を聞いて荷馬車に目を向ける。
「今は戦争でポーションの需要も高まってますからな。……でも、ヴェルザーク領で商売するなら気をつけたほうがいいですよ」
「……よろしければ理由をお伺いしても?」
商人は眉をひそめながら、ノルンに顔を寄せて小声で話しかける。
情報を引き出せそうだと感じたノルンもまた、小声で商人に問いかける。
「ええ、ここで会ったのも何かの縁です。どうもヴェルザーク領の関所では、物資の七割近くが取られてしまうのだとか。それと、一度関所をくぐると領外に出るのに大量の金銭が必要になるという噂ですよ」
「なんと! ……それでは儲けになりませんね。貴重な情報をありがとうございます」
「いえいえ構いませんよ。こういう時こそ商人は協力しなければ。……関所の衛兵の検査ですが、かなり適当らしいです。他の商人は荷馬車を二重底にしたり、車軸をくりぬいて貴金属を詰め込んだりと、あの手この手を使って物資が見つからないようにしてるらしいですよ」
ヴェルザーク領の関所に関する噂を商人は親切に教えてくれる。
ノルンが感謝の言葉を述べると、商人は笑顔で手を振った。
そうこうしている間に、列は徐々に短くなり、まもなくノルンたちの順番になった。
「次! この街には何の用で来た?」
衛兵の声に従い、ノルンは前に出る。
衛兵の鋭い視線が、値踏みするようにノルンの頭から爪先までを往復する。
「商売の途中で休憩として立ち寄りました。こちらが証明書となります」
そう言ってノルンは懐から一枚の紙を取り出し、衛兵に手渡す。
それは例の偽造文書とは異なる紙だった。
衛兵は慣れた手つきで紙を受け取り、中身を確認する。
中身を確認した衛兵の顔色はみるみる変わっていき、ノルンと紙を何度も往復して見る。
「よし、入っていいぞ! 証明書は一時的にこちらで預かる」
衛兵は上ずった声でそう言うと、ノルンから受け取った紙を自身の懐に仕舞った。
ノルンは笑顔で衛兵にお礼を言うと、ヴィクトルとネリネをつれて宿場町に足を踏み入れる。
入口から離れたことを確認して、ネリネが小声で話しかける。
「ノルンさん、衛兵に何を渡したんですか?」
「王太子殿下と王女殿下に一筆書いてもらいました。ヴェルザーク領では敵兵証明書に変わっちゃうので、あの紙は衛兵さんに処分してもらいます」
「なんでも叶う便利な紙も、場所が変われば手配書に早変わりというわけか」
「そういうことです。さあ、ルクレツィアを探しましょう」
ノルンの話を聞いて、ヴィクトルとネリネは感慨深げに考え込む。
ノルンは特に気にした様子もなく、周りをきょろきょろと見回してルクレツィアを探す。
やがて、退屈そうに待ちぼうけているルクレツィアを見つける。
「やあ、レツィ。首尾はどうだった?」
「ばっちり。四人分取れたよ」
「さすが。ありがとう」
得意げに微笑むルクレツィア。
ルクレツィアの近くで、今日の宿が取れなかった商人が嘆いている。
大げさに喜ぶことが躊躇われ、ノルンは小声でルクレツィアに感謝の言葉を述べる。
「ノルン、お腹空いた。ごはん食べよ」
「うん、宿に荷物を預けてからご飯にしようか」
ノルンは宿屋の主人に声をかけ、敷地内に馬と荷物を預ける。
ついでにおすすめの飯屋を聞き、宿屋の主人に感謝を告げる。
一日中歩き詰めだったため、足の感覚がおかしくなり、ふくらはぎが張っている。
早く座って休憩したいという気持ちを抑えつつ、四人は飯屋に向かった。
* * *
「明日についてだけど……」
ノルンは腸詰にフォークを刺しながら話し始める。
宿屋の主人に紹介された飯屋は賑やかな雰囲気で、地元の人間と旅の人間の交流の場にもなっているようだった。
三人は食事を口に詰め込みながらノルンを見る。
「朝早くに出発して、破壊された橋の状況を確認したい。川幅の狭い場所を探すか、浅瀬を突っ切るかは状況次第だけど、午後には関所に辿り着きたいと思ってます」
「俺たちは橋付近の不可解な痕跡を調べればいいわけだな?」
「ええ、お願いします。仮に敵を発見しても交戦は控えてください」
ノルンの話を聞き、ヴィクトルは大きく頷く。
罠や伏兵は橋の周辺に仕掛けられている可能性が高い。
ルクレツィアやヴィクトルのような熟練者が頼りになる。
「レツィ、ここまでの道筋に魔力の痕跡を残してきたと思うけど、体は平気?」
「ん。全然問題ない」
「……何かしてたんですか?」
「王国軍には魔力が見える人がいるからね。いわゆる道標の役割をルクレツィアにお願いしてるんだ。ちなみに、王国軍はすでに進軍を開始していて、僕らのすぐ後ろにいるよ」
ネリネが感心したようにため息をつく。
一方のルクレツィアは胸を張っている。
どちらが子供か分かったもんじゃないな、とノルンは苦笑する。
やがて、真面目な表情に戻すと、ノルンは三人に向かって小さく、だが力強く宣言する。
「本番は明後日、王国軍がヴェルザーク軍と交戦してから。一気にヴェルザーク家まで走り抜け、エルメルダ・ヴェルザークの救出と家令の捕縛を行う」
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