↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧錆びのクローデル ~呪いで魔法を封じられた辺境伯家の遺児は、残された頭脳ひとつで故郷と復讐を奪い取る~  作者: 上止正
3章:価値の在処編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/92

063話 戦時下の街

 学園では、緊急の全校集会が開かれた。

 王国内有数の貴族であるヴェルザーク家が反乱を起こしたという報せは、すでに学園中へ広まっていた。

 講堂に集められた学生は、現実感がないかのように浮足立っている。


「ヴェルザーク家が率いる反王国連合は今、王都へ向かっているらしいぞ」


「すでに周囲の貴族領は陥落したらしい」


「うち、ヴェルザーク領の近くなんだよ。大丈夫かな……」


 学生たちは真偽の定かではない噂についてしきりに話し合っている。

 興奮した学生、不安そうな学生、泣いている学生。

 様々な感情が入り乱れ、講堂は混沌としている。


「静かに」


 学園長の声が講堂に響き渡る。

 決して大きな声ではない。

 しかし、不思議と全員の耳に届き、心を落ち着かせる。

 学生たちのざわめきは、波が引くように静かになっていった。


「みなも知っての通り、オルテンシア王国にて内乱が発生した。義憤にかられる者もいるだろう。不安な者もいるだろう。だが、感情に任せた行動は未来を誤らせる」


 学園長の言葉に呼応し、何人かの血気盛んな学生が声を上げる。

 それを耳にした学園長は穏やかな笑みを浮かべ、優しく彼らを制する。


「こういう時こそ、君たち次世代を担う者たちが落ち着いて考える必要がある。この発言は周囲を混乱させないだろうか。この行動は周囲を傷つけないだろうか。私は一人の人間として、みなの思慮深さを信じている」


 その言葉を聞いて、声を上げていた者は静かになる。

 学生たちは互いの顔を見合わせるが、口を開くことはなかった。


「さて、本題に入ろう。みなの安全を考慮して、しばらくの間この学園は休校とする」


 講堂のざわめきが大きくなる。

 当然だと黙って頷く者もいれば、予定が狂ったと混乱する者もいる。

 学生たちはみな、思い思いのことを口にする。


「王国にはこれまで多くの外敵を退けてきた強者たちがいる。何も心配することはない。少し早めの長期休暇くらいに思ってほしい。ただし、これまで学園で学んだことを忘れないよう、予習復習はしっかりしておくように」


 学園長は話を終えると、静かに壇上を降りる。

 学生たちの僅かなざわめきを塗り潰すように、講堂内には学園長の靴音が響き渡る。

 先行きが不透明で不安に思っている学生も多い。

 しかし、そんな不安を置き去りにするように、全校集会は幕を閉じた。



 * * *



「しかし、反乱とは思い切ったことをやるよな」


「アレンはなんでそう能天気でいられるの……」


 アレンは頭の後ろで手を組みながら、緊張感のない様子でそう呟く。

 それを聞いたセリアが呆れたように窘める。


「これまでの歴史を見ても、反乱ってあんまり成功しているって聞いたことないんだよな。だから今回も大丈夫だろ」


 結構歴史勉強してるんだぜ、と言わんばかりのアレンの言葉。

 ノルンは頭痛をこらえるように頭を押さえる。


「……アレン、ヴェルザーク家は軍閥へ強い影響力を持ってるから、中立の貴族がころっと寝返って戦況がひっくり返る可能性もあるよ」


「それに、隣国の介入を防ぐために国境に兵を配備する必要があるし、数年前のクローデル領の崩壊で、そっちにも軍備を回さなきゃいけないから、兵力の確保も難しいはずよ」


 現実を伝えるノルンの言葉に、セリアも追加支援をする。

 アレンには事の重大さを知らせる必要があると二人は考えた。


「あれ? じゃあ、結構やばい感じ?」


「かなりね……」


 それを聞いたアレンは焦ったように座り直し、事の重大さを理解する。

 アレンの表情は徐々に青くなっていく。

 それを見たノルンとセリアは、疲れたようにため息をつく。


 フェリシエルはある程度手を打っていると言っていたが、いざ反乱が起きると不安になる。

 戦力や兵站は大丈夫なのだろうか、とノルンはフェリシエルを心配する。


「そういえば、二人はこれからどうするの?」


「実家から早馬が来てね。私たちは領地に帰ることになるわ。幸い、ヴェルザーク家からは離れてるからね」


「でも、護衛が到着するまでは学園にいるぞ」


 セリアは懐から一枚の手紙を取り出し、ひらひらと揺らす。

 早馬を飛ばしてくれるあたり、両親からは心配されていることが分かる。


 ノルンは窓から外を眺める。

 そこには多くの馬車が並んでおり、多くの貴族が自分の子どもを迎えに来ている。

 外を歩く学生の顔には笑顔はなく、一様に不安げな表情を浮かべている。


「僕は寮にいるから、お土産よろしくね」


「俺が言うことじゃないかもしれないが、お前も大概暢気だなぁ……」


「束の間の別れになることを願っているよ」


「もう、縁起でもない……」


 朗らかに笑うノルンを見て、今度はアレンとセリアが呆れた声を出す。

 普段通りの会話ではあるが、三人は努めて普段通りに徹している。

 そうでもしなければ、不安で押し潰されそうだからだ。


 教室にはいつもの賑やかさはない。

 学生の数もまばらだ。

 そんな中、三人はいつもと変わらない会話をし、笑い合っている。


 その時、突然教室の扉のほうから声が聞こえてくる。


「ノルンさんはいらっしゃいますか?」


 一人の少女が教室をきょろきょろと見回している。

 その少女──エリューゼは、ノルンを見つけると静々と歩み寄ってくる。


「これはエリューゼ様、いかがなさいましたか?」


「突然申し訳ありません。少しお時間をいただきたく。セリアさんにアレンさん、ノルンさんをお借りしてもよろしいですか?」


「エリューゼ様のお言葉に、異議などあろうはずもございませんわ」


 エリューゼはノルンに微笑むと、振り返ってアレンとセリアに話しかける。

 フェリシエルの付き人をやっているため誤解されがちだが、エリューゼは立派な公爵家令嬢である。

 高貴な身分の人物からのお願いに、二人は緊張した面持ちで受け答えをする。


「ありがとうございます。ノルンさん、私に付いてきてください」


「デートのお誘いみたいだから行ってくるよ。お土産、楽しみにしてるね」


 ノルンは二人に小声で話しかけると、手を振りながらエリューゼと共に教室を出ていく。

 ノルンの緊張感のない様子を見て、アレンとセリアは呆れた顔で彼を見送った。



 * * *



「それで、殿下からの呼び出しですか?」


「ええ、おっしゃる通りです。いつもの店で待っている、と」


 ノルンは歩きながらエリューゼに用件を確認する。

 ノルンの予想通り、フェリシエルから緊急の呼び出しがあったらしい。

 呼び出しの内容は十中八九ヴェルザーク家の反乱に関することだろう。


 二人は今、学園を出て大通りを歩いている。

 途中で何度も人とぶつかるが、二人は離れることなく歩いていた。

 大通りはいつも以上に賑やかな様相を呈している。

 ただし、それは決して楽観的なものではない。


 右を見れば、行商人が慌てて荷造りをしている。

 左を見れば、家族連れが大きな荷物を抱えて馬車に乗り込んでいる。

 大通り全体を見れば、人混みができており、都市を脱出しようとしている者と、近くの農村から逃げ込んできた者とで入り乱れている。


(戦争か……)


 人々の怒鳴り声がそこかしこから聞こえてくる。

 子どもの泣き声もどこかから聞こえてくる。

 衛兵もピリピリした様子で、喧嘩の仲裁や人の流れの整理をしている。


「さて、それでは私はここから別行動です」


「何か別の言いつけですか?」


「ええ、冒険者ギルドまで。あ、ノルンさん、冒険者のプレートをしばらく貸していただけますか?」


「……分かりました。後で返してくださいよ?」


 エリューゼにまで冒険者であることがばれていることに驚きはあったものの、フェリシエルの付き人だからという理由でノルンは納得する。

 少し困った顔で懐から真鍮のプレートを取り出し、エリューゼに手渡す。

 プレートを受け取ったエリューゼは感謝の言葉を述べて、人混みの中に消えていく。

 一人になったノルンはいつもの店──密会場所のティールームへと歩を進めることにした。



 * * *



 店の前まで来ると、店主が立て看板を閉じ、店じまいをしていた。

 彼はノルンの顔を認めると、そっと店のドアを開ける。

 ノルンは小さく会釈をすると、滑り込むように店内へと入っていく。


 店の中に客はいないと思っていたが、そんなことはなかった。

 数名の人影がおり、椅子に腰かけることなく立っている。

 その立ち姿は背中に棒が刺さっているかのように真っ直ぐで、ただの客ではないことは明らかだった。

 彼らは一挙手一投足を見逃すまいと、鋭い視線をノルンへ向けている。

 店内は人がいるにもかかわらず、異常なほど静かだった。


「坊ちゃん、すまんな。今この店は貸し切り中なんだ」


 やがて、一人の男が近づいてくる。

 消しきれない血と汗と鉄の匂いがノルンの鼻腔をくすぐる。

 口調は穏やかだが、ノルンを追い出そうとしていることは明白だ。


「おや? 普段使っている奥の部屋も貸し切り中ですか? 然るお方の付き人にお呼ばれしたのですが……」


「……チッ。付いてこい」


 ノルンは怯むことなく応答する。

 男は不機嫌な様子で舌打ちすると、ノルンを案内する。

 そして、奥の部屋に辿り着くと、顎をしゃくってノルンに合図する。


(これ、下手な動きをすると後ろからばっさりいかれるな……)


 ノルンはいつになく緊張した様子で、扉を軽くノックする。

 部屋の中から、「どうぞ」というフェリシエルの声が聞こえてくる。

 ノルンはゆっくりと扉を開ける。


「ノルン、意外と早かったわね」


 フェリシエルが笑顔で出迎えてくれる。

 しかし、部屋の中にいるのは彼女だけではなかった。

 二十代ほどの精悍な顔つきの男が、無表情で座っている。


 予想していない出来事にノルンは一瞬固まる。

 瞬間的に脳を加速させ、目の前の男性が何者であるかを瞬時に弾き出す。

 はっと我に返ったノルンは、慌てて片膝をつき、頭を下げた。

 ノルンの推測が間違えていなければ、目の前の人物は──。


「ノルン、紹介するわね? こちらは私の兄上──フェルディナント王太子殿下よ」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

感想・評価などいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。