061話 リネットの想い
「こんにちは、リネットさん。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ぅえ? あ、えっと……確かいつぞやの休日でお会いした……」
「ノルンです。覚えていただき光栄です。あの時の件に関係してお伺いしたいことがあります」
ティールームでの密談の翌日、ノルンは学園で早速リネットに話しかけていた。
最初は困惑した表情を見せたリネットだが、記憶を思い出すにつれて、徐々に表情が明るくなる。
そして二人は人気の少ない場所へと移動する。
「突然すみません。実は昨日、あなたが冒険者ギルドに入っていくのを偶然お見かけしまして。もしかして、スペルグ殿の件で何かギルドに依頼されたのでしょうか?」
「お恥ずかしいところを見られていたんですね。実はギルドには依頼を断られてしまいまして……」
空き教室に入った二人は、周囲に人の耳がないことを確認する。
扉一枚に隔たれただけで、教室の外から聞こえてくる音はくぐもって聞こえる。
ただそれだけのことで、自分たちがいる教室がまるで別世界のように感じられた。
ノルンは昨日のギルドで起きたことについて、詳細を聞き出そうとする。
リネットは特に隠そうともせず答えているあたり、やましいと感じていることはなさそうだ。
「ちなみに、依頼の内容をお伺いしても?」
「ええ、大丈夫です。ヴェルザーク家に新しく入った家令について、調査してもらおうと思っていました。ですが、ギルドからは中立性を理由に断られてしまいまして」
依頼内容は想像通り、家令に関することだった。
ノルンは詳しく掘り下げようと口を開きかけたが、それは叶わなかった。
なぜなら、そこからリネットが堰を切ったかのように話し始めたからだ。
「あの家令が抜擢されてから、ヴェルザーク家はおかしくなっていったんです。強引なやり口が増えたり、長年付き従ってくれていた人を突然解雇したり……。スペルグ様もそのことに薄々気づいているようでした。屋敷の雰囲気も変わっちゃって。それにエルメルダちゃんとの手紙も途切れちゃったし。絶対あの陰険鬼畜眼鏡が何かやってるに違いないです!」
「お、落ち着いて! 落ち着いてください!」
あまりの勢いに、ノルンは慌てて途中で口を挟む。
喋り終えたリネットは、肩で息をしていたかと思うと、晴れやかな笑顔を見せる。
どうやら、思った以上にリネットの鬱憤は溜まっていたようだ。
「す、すみません……私ったら、つい……」
「その、一個ずつ聞かせてください。その家令……いえ、エルメルダという方について教えてください」
リネットは恥ずかしそうに笑い、誤魔化すように顔を手で仰ぐ。
家令のことを聞こうと思ったノルンだが、またリネットが暴走する可能性があったため、ノルンはエルメルダという人物について聞くことにした。
おそらく、その人物こそが幽閉されているヴェルザーク家の令嬢だろうとノルンは考えた。
「エルメルダさんはスペルグ様の二つ下の妹君です。病弱ではありますが、とても優しい方なんですよ。兄妹仲もよくて、私とも仲良くしてくれています」
「その方と手紙のやり取りをされるほど、仲が良かったんですね」
「ええ、そうなんです。月に数度ほど手紙のやり取りをしていたのですが、入学前後からそれが途切れてしまいまして……。送り返されてこないので、手紙自体は届いているはずなんです……」
リネットは落ち込んだ様子で語り始める。
よほどエルメルダのことが気になっているのだろう。
エルメルダに嫌われたのかという不安と、家令が原因かもしれないという疑念が、リネットの表情から読み取れる。
「ありがとうございます。次は家令について伺っても? その人はどんな感じの人でした?」
「陰険鬼畜眼鏡です」
「……えっと、もうちょっと具体的だと嬉しいですね」
リネットは私怨ありありといった感じで家令を評する。
ノルンは呆れたように笑いながら、より詳細な情報を得ようとする。
「三十代くらいの男性ですね。仮面を被ったみたいに無表情で、正論と合理こそがすべて正しい、みたいな感じの人です。仕事は出来るんだと思いますが、絶対あの人友達いないですよ! 間違いないです!」
「……なるほど。お名前はご存じですか?」
徐々にリネットのエンジンの回転数が上がってきたので、話を区切るために質問する。
ノルンの質問を聞いたリネットは、怒り顔から困り顔へと変わっていく。
「……あら? そういえば名前は知りませんね? 他の方にも家令としか呼ばれていないです」
(名前が分からない? リネットにだけ名乗っていないのか? それとも関係者にすら明かしていないのか?)
渦中の人物の名前は分からなかった。
名前が分からないにもかかわらず、家令という貴族の家の頭脳を担当している謎の男性。
ノルンの中でますますクラックの一員である可能性が高まってきた。
「ヴェルザーク侯爵もあの男が来てからすっかり変わってしまって。やたらと武と栄誉を気にされるようになった、と父から聞いています。付き合う貴族の人たちも強硬派の方に変わっていきました。我が家はどちらかといえば穏健派ですから、それが婚約破棄にも繋がったんでしょうね……」
ヴェルザーク侯爵の意思も変化しているようだ。
家令に唆されたのか、元々あった野望なのかは分からない。
ただ、これまでの話を聞いていると、家令の影響を受けている可能性が高いとノルンは思った。
「ここまでのお話を整理すると、新しい家令がやってきてからヴェルザーク家がおかしくなった。婚約破棄だけでなく、妹君との文通もなくなった。当主の考えも強硬派に傾いているし、人員の刷新も行われた。確かにこの家令、怪しいですね……」
「やはりノルンさんもそう思いますよね? この家令がどこから来たのか、何を考えているのか、何を吹き込んでいるのかが分かればと思ったんですが。父には他家のことに首を突っ込むなと叱られるし、最後の頼みの綱だったギルドにも断られる始末です……」
リネットは乾いた笑い声を上げる。
何とかしたいが何もできないというリネットの無力感は、ノルンにとっても理解できるものだった。
「力になれるかは分かりませんが、私のほうでも調べてみますね」
「そう言っていただけると助かります……。お話を聞いてくれてありがとうございました。なんだかすっきりしました」
リネットはそういうと教室から出ようとする。
確かに顔は晴れ晴れとしたものではあったが、背中からは不安や悲しみといった負の感情が滲み出ていた。
見かねたノルンは思わず声をかける。
「リネットさん。これまでの話を聞いた上での私見ですが、スペルグ殿は昔と変わっていないと思いますよ」
なぜそう思い至ったかは詳しく告げない。
ただ、ノルンはリネットにそのことを教えるべきだと思った。
その言葉を聞いたリネットは、一度ノルンのほうを振り返ると、にこりと笑い教室を出て行った。
これまでの話を頭の中で整理し、ノルンも教室を出ることにする。
扉を開けて、リネットとは逆のほうに向かおうとするが、ノルンは思わず立ち止まる。
遠くからスペルグがこちらを見ていたのだ。
最初はノルンを見ていると思ったが、それは違った。
彼はまっすぐ、リネットだけを見ていた。
遠くにいるため、どんな表情をしているかは分からない。
ただ、リネットの背中だけをじっと見ていた。
ノルンは、胸の奥が少しだけ、ちくりと痛んだ。
* * *
翌日から、スペルグを含むパイライトのメンバーは学園から姿を消した。
最初は誰も気にしておらず、厄介者が休んでいると多少の歓喜モードであった。
しかし、ほどなくして束の間のお祭り騒ぎは終わりを告げる。
数日後、ヴェルザーク家が反乱を起こしたという報が王国内を駆け巡った。
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