059話 ヴェルザーク家の家令
「ヴェルザーク家に新しく入った家令のことを調べてほしい、と依頼されました」
「家令?」
「厳密には家令補佐だったらしいんですけど、先代の家令が急死してから家令に抜擢されたようです。なんでも一年前にその人がヴェルザーク家に入ってから、徐々におかしくなったんだとか」
その話を聞いたノルンは、顎に手を添えて深く考え込む。
家令と言えば貴族の家の財政管理や人事を担う役割だ。
資金と物資、そして人材の流れを洗い出す必要がありそうだとノルンは考えた。
「なるほど……ほかに何かありましたか?」
「件の家令ですが、実はちょっと前に冒険者ギルドにいらっしゃったんですよ」
「……へぇ、どんな感じの人でした?」
思いもよらない情報が飛び込んでくる。
ノルンは受付嬢に詳しい話を聞こうとする。
受付嬢は周囲を確認した後、小声で話し始める。
「年齢は三十代前半くらいの男性で、なんというか生真面目が服を着て歩いてる、みたいな人でした。眼鏡の奥の鋭い目つきが印象的で、誰が見ても『仕事ができそう』って言うと思いますね」
ノルンは頭の中で優秀なビジネスマンを想像する。
どんな仕事もテキパキとこなし、部下に的確な指示を飛ばす男。
そんな男がヴェルザーク家の反乱の糸を引いている可能性がある。
「あと、私見で恐縮ですが……依頼というより、ギルドに来ること自体が目的のように見えましたね」
「ギルドに来ることが目的?」
「短納期で強力な魔物の素材を数十体分欲しい、という依頼をされまして。人員の確認のため待ってほしい旨を伝えたのですが、『それでは依頼は取り下げます』って引き下がって。その後、冒険者を見て回った後、いつの間にかいなくなってました」
受付嬢の言う通り、依頼ではなくギルド自体に用事があったように見える。
そしてノルンは、《喜ばせ屋》が貴族たちに取り入っているというネルの言葉を思い出す。
もし、その家令が《喜ばせ屋》であれば、反乱自体に別の意味がある可能性がある。
ノルンは受付前で思考の海に深く沈んでいると──。
「どけ! 邪魔なんだよ!」
ノルンは突然肩を掴まれたかと思うと、すごい勢いで横に突き飛ばされる。
かろうじて床に倒れ込むことを防いだノルンは、顔を上げて闖入者を睨みつける。
そこには乱暴そうな冒険者が、血まみれの姿で一人立っていた。
息は荒いが怪我をしているわけではないので、魔物の返り血を浴びたようだ。
「トラブルのもとになるので、割り込みは困ります!」
「あ? うるせぇなぁ、ちんたらしてる奴が悪ぃんだろうが」
受付嬢の非難の声もどこ吹く風といった様子だ。
ルクレツィアのほうに目を向けると、無表情のまま男に近づいている。
これはまずいと思ったノルンは、慌ててルクレツィアを止める。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、男は話を続ける。
「んなことより見ろよ! グリフォンの討伐に成功したぜ! 風切羽だけじゃなく鉤爪や腱もある! 凄ぇだろ?」
男は受付嬢の前に討伐部位を乱暴に置いていく。
受付嬢の服に魔物の血が飛び散り、書きかけの書類にまで付着する。
受付嬢は表面上は笑顔だが、その奥には静かな怒りを携えていることが分かる。
ノルンは腕の中で暴れるルクレツィアに小声で質問する。
「レツィ、グリフォン討伐ってどれくらい凄いの?」
「銀ランク数人と金ランクがチームを組んで倒せるくらいだから、そこそこ上位の難易度。そんなことより、あいつを殺そう」
ルクレツィアの怒りはいまだ継続中である。
彼女の答えを聞くと、目の前の冒険者はなかなかの偉業を達成したようだ。
それならばこの興奮具合も理解できる、とノルンは冷静に納得する。
「グリフォンの討伐依頼は出てないです! 勝手に強力な魔物を討伐して生態系を壊さないでください! それにいつも組んでる冒険者の皆さんはどうしたんですか? 反対する者はいなかったのですか?」
受付嬢は立ち上がり、怒りを抑えながらも大きな声で冒険者に問い詰める。
受付嬢の言う通り、仲間は止めなかったのだろうか。
ノルンは冒険者の首にかかる鉄ランクのプレートを見ながら疑問に思う。
しかし、その疑問の答えはすぐに返ってきた。
「ああ? あいつらなら死んだよ」
何でもないようなことのように言い放つ冒険者。
それを聞いた受付嬢は力が抜けたように、へなへなと椅子に座り込む。
仲間が死んだにもかかわらず気にした様子のない冒険者を見て、ノルンは違和感を覚える。
「そんなことより、素材買い取りよろしくな! おい、お前ら! 今日は俺が奢ってやるぜ! その代わり、俺の武勇伝を聞いていけ!」
男は気にした素振りも見せず、豪快に笑う。
そして、酒場にいる他の冒険者たちに向かって、酒を奢る約束をする。
酒場から大きな歓声が上がる。
その様子に男は満足げに頷き、ドシドシと大きな足音を立てて酒場へと向かっていく。
「あの、大変でしたね……」
「……ああ、ノルンさん」
魂が抜けたように座り込む受付嬢にノルンは話しかける。
受付嬢はうつろな目でノルンの声に反応する。
腕の中のルクレツィアも大人しくなり、同情の視線を送る。
「これ、よかったら使ってください。洗濯前に使うと泡の力で血の跡が取れますので」
ノルンはポーチから小瓶を出し、受付嬢の前に置く。
ノルンが普段使いしている汚れ落としの薬剤である。
受付嬢は力なくその小瓶を受け取る。
「……ありがとうございます。ああ、冒険者がノルンさんみたいな人ばかりだといいのに……」
「私は?」
「ルクレツィアさんがこれ以上増えると大変なので、結構です」
受付嬢の答えに、ルクレツィアはショックを受ける。
どうやら彼女は自分自身を高く見積もっていたようだ。
確かにルクレツィアが増えると、主にやり取りの面でギルド職員は大変だろう。
ショックを受けているルクレツィアを放っておいて、ノルンは受付嬢に話しかける。
「ああいうのって、結構多いんですか?」
「ゼロではないですが、少ないですよ。ただ、ここ一月でああいう人が増えてきちゃって」
冒険者の様子に違和感を覚えていたノルンは、受付嬢から情報を引き出そうとする。
受付嬢はテーブルに置かれた素材を片付けながら回答する。
「ああいう人っていうと、依頼外の仕事をしちゃう冒険者が増えてきてる感じですか?」
「そうですね。それと、身の丈に合わない討伐をする人が増えてきてる印象です。ああ……報告書を書かなくちゃ。死体回収の依頼と遺族への連絡も……また残業だぁ……」
受付嬢の嘆き、というより怨嗟の声が受付に低く響き渡る。
受付嬢から放たれる負のオーラに、ノルンは同情を禁じ得ない。
「もしかして、例の家令が来てからの出来事だったりします?」
「……言われてみればそうかもしれません。あの人、冒険者の皆さんに変なことでも吹き込んだんでしょうか?」
ヴェルザーク家の家令が訪れてから、冒険者たちの様子が少しずつおかしくなっていった。
ノルンはネルとの戦闘のことを思い出す。
あの時も、生徒は正義感により普段は取らないような行動を取っていた。
これはもしかすると、当たりを引いた可能性があるな、とノルンは疲れた顔の受付嬢を見ながら結論付けた。
「なるほど、ありがとうございました。ヴェルザーク家の家令のことは調べてみようと思います。もちろん、中立であるギルドの冒険者としてではなく、あくまで個人として」
ノルンは受付嬢に礼を言うと、ルクレツィアを引き連れて冒険者ギルドを後にする。
背後からは冒険者たちの騒がしい声が聞こえてくる。
しかし一度外に出ると、まるで世界が変わったように静かになり、喧騒の少ない休日の街並みが広がる。
「ノルン。冒険者ギルド、なんか変だったね」
「ああ、これはちょっとフェリンと相談したほうがいいかもね」
ルクレツィアも冒険者ギルドの様子に違和感を感じたようだった。
ノルンはそのまま、密会場所として使っているティールームへと足を運ぶことにした。
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