058話 断られた依頼
翌日、ノルンは冒険者ギルドに向かっていた。
何か依頼を受けるわけではなく、ただ昼食を食べることが目的だった。
ギルドに併設された酒場の料理は濃い味付けが多く、学食のような洗練された料理とは違った趣がある。
ギルドの建物に入ったノルンはちょっとした違和感を覚えた。
冒険者たちが妙に色めき立っているように感じられる。
何か大きな依頼でもあるのだろうかと、首を傾げながらノルンは空いている席を探す。
すると、フードを深く被った小柄な冒険者が目に入り、その席へと近づく。
「ここ、空いてますか?」
「空いてない」
なぜか屋内でフードを被っているルクレツィアである。
ノルンの声掛けに、彼女は顔を上げる素振りを見せず断ってくる。
ノルンが困ったようにその場に立ち尽くしていると、彼女はため息をしながら顔を上げる。
「……あ、ノルン」
「気付いてなかったの?」
「あぅ……」
声をかけていたのがノルンだと、ルクレツィアはようやく気付く。
それを確認し、ノルンは彼女の向かいの席に腰を下ろす。
ルクレツィアはなんだか気まずそうな表情を浮かべている。
「ノルン、あのね、えっと……」
「うん?」
ルクレツィアは言葉を探すように口をもごもごしている。
ノルンは不思議に思ったが、彼女の言葉を待つことにした。
やがて、ルクレツィアはノルンの目を見て、眉尻を下げながら話しかける。
「この前はいっぱい叩いちゃってごめんね……」
この前のこととは、ノルンが色街に向かった日のことだろう。
小柄なルクレツィアが、いつも以上に縮こまっている様子に、ついつい笑いが込み上げる。
「なんだ、そんなことか。別に大丈夫だよ。それに、僕のほうこそごめん。冗談とはいえ女性の前でする話じゃなかったね」
ノルンの許しと謝罪を受けたことで、ルクレツィアの顔はたちまち明るくなる。
どうやらかなり気に病んでいたようで、ノルンに申し訳ない気持ちが湧いてくる。
だが、謝罪の応酬は建設的ではないので、ノルンは思い切って話題を変えることにする。
「ところで、レツィはなんでフードを被ってるの?」
「……最近、知らない冒険者が話しかけてくるから」
「白金ランクの影響?」
「かもしれない。なんかすっごく馴れ馴れしくて、私の名前も勝手に使われる。『俺はあのルクレツィアと仲良しなんだぞ』みたいな」
「有名人は大変だね……」
他者の権威を利用して、自分を大きく見せる人というのは多い。
そういう人は強い劣等感を抱いていることが多い。
いわゆる承認欲求に飢えており、無碍に扱うと遠回しに攻撃してきたりする、というのがノルンの見解だ。
色々な面倒事に絡まれてきたのだろう、とノルンは彼女に同情する。
「ノルンは今日は依頼? それともご飯?」
「ご飯だよ。この店の豪快な味付けの虜になってね」
「じゃあ、今日は私が奢ってあげる」
「いいの?」
「ランク上がったから、報酬も増えた」
ルクレツィアは両手でブイサインをしながら自慢をしてくる。
無表情ではあるが、得意げな様子が伝わってくる。
ノルンはルクレツィアの提案をありがたく受け入れることにした。
* * *
注文した料理が運ばれてくる間、ノルンは懐から一枚の紙を取り出す。
禁書庫で見つけた父からの手紙だ。
ノルンは時間を見つけてはそれを何度も読み返していた。
「ノルン、何読んでるの?」
「父からの手紙だよ」
対面に座っているルクレツィアが話しかけてくる。
特に隠すこともないと思ったノルンは、素直に何を読んでいるかを教える。
ルクレツィアは突然立ち上がったかと思えば、無言で席を移動する。
そして、ノルンの隣に座り、横から覗き込むように手紙を読み始める。
自由気ままなエルフの少女に苦笑しながら、彼女にも読みやすいように手紙を少し傾けることにする。
「ノルンのお父さん、上手な字だね?」
「でしょ? 残念ながら字の上手さは遺伝しなかったんだけどね」
内容ではなく、まず字の上手さを見るあたりが、なんともルクレツィアらしい。
どこか掴みどころがない彼女は、ノルンにはない視点を持っている。
「ノルン、お父さんに信用されてるんだね」
「自慢の父だよ」
「あと、王女様──フェリンのことも書かれてた。どういう関係?」
ルクレツィアが顔を上げて、ジト目で睨んでくる。
思った以上に二人の距離が近い。
花のような香りがノルンの鼻腔をくすぐり、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
突然の質問にノルンの脳内は少し混乱する。
「いや、ただの学園の同級生だよ。協力者、というより共犯者かな?」
「ふ~~~~~~~~ん」
詰問されているような雰囲気に、ノルンはしどろもどろになって答える。
ルクレツィアは納得していないのか、ノルンをじっと見つめ続ける。
フードからちらりと覗く銀色の髪に、窓から差し込む太陽の光が反射する。
その光までもがノルンを責め立てているようだった。
視線を外さないルクレツィアに困惑が隠せないノルンは、料理が早く運ばれてくることを強く願った。
* * *
ルクレツィアと食事をしていると、一人の少女が冒険者ギルドに入ってくるのが見えた。
ノルンは目を凝らして、どこかで見覚えのある少女を確認する。
その少女は、スペルグの元婚約者のリネットだった。
冒険者ギルドに来るのは初めてなのだろう。
彼女は恐る恐る周囲を見渡しながら、受付に向かって歩を進める。
「……ノルン、女の人見てる」
「いや、知り合いがいたから気になって」
ルクレツィアの再度のジト目を、ノルンは苦笑いしながら躱す。
リネットは受付嬢に声をかけられると、安心したような顔をする。
そして受付嬢と何やらやり取りをした後、やがて肩を落としながらギルドを出て行った。
その様子を見て、ノルンは何事かを深く考え始める。
「よし、話を聞きに行こう」
「いいけど、なんで?」
「ちょっと、きな臭さを感じてね」
ノルンは受付嬢に話を聞こうと立ち上がる。
ルクレツィアはきょとんとした顔をしているが、ノルンの言葉を聞いて一緒に立ち上がる。
リネットは元とはいえ、ヴェルザーク家と関係があるといってもよい。
そして、そのヴェルザーク家は反乱の予兆を抱えている貴族だ。
もしかしたら何かしら関係がある可能性はゼロではない、とノルンは考えていた。
「こんにちは。今いらっしゃった方と何かあったんですか?」
「あ、ルクレツィアさんとノルンさん。すみません、依頼者との会話は守秘義務があってお答えできないんですよ」
ノルンは受付まで歩を進めると、困り顔の受付嬢に話しかける。
当然、受付嬢からは会話の内容は教えてもらえない。
しかし、リネットが依頼者として冒険者ギルドに訪れたことが分かった。
そのことを予想していたノルンは、ルクレツィアと会話を始める。
「レツィ、冒険者ギルドの依頼ってどういうのが多い?」
「基本的には討伐系、採取系、公共系がほとんど」
「貴族からの依頼は?」
「大体は討伐系が多い。見栄っ張りな貴族様は、強い魔物や珍しい魔物の素材が目当て」
ノルンはルクレツィアと会話しながら前提条件を整理していく。
ノルンの質問に、ルクレツィアは嫌な顔をせずに答えていく。
受付嬢は、自分の目の前で行われる会話劇を困惑した表情で聞いている。
「じゃあ、断られる依頼ってどういうのがあるの?」
「犯罪者以外を傷つけるような妨害系、他国や領地を傷つけるような工作系、貴族の情報を盗むような諜報系。例外はあるけど、ギルドは中立を謳っている」
ノルンは受付嬢の表情を見ながら、ルクレツィアの答えを聞く。
諜報系という言葉がルクレツィアの口から出たとき、ノルンは受付嬢の表情が僅かに変化する。
そして、それを見逃すノルンではなかった。
「先ほどの依頼人はロシュモンド家のご令嬢。そんな貴族令嬢の彼女が、ギルドにするような断られる依頼って何だと思う?」
「なんだろう? 貴族令嬢なら、頼るのは当主である父親のはず。でも、彼女はギルドを頼った。つまり、家には秘密の依頼ってこと?」
「僕もそう思う。妨害系の依頼は、彼女を知る身としては考えられない。工作系の依頼は、基本的に当主に黙って行われることはない。そもそもこの二つを依頼するには、あまりにも堂々とし過ぎている」
受付嬢の顔が徐々に引きつっていく。
そもそも、貴族令嬢がギルドを訪れること自体が珍しい。
ノルンは受付嬢の顔を確認しながら、なおも言葉を続けていく。
「そして彼女は、ヴェルザーク家の嫡男の元婚約者だった。二人の仲は大変良かったが、ある日突然婚約破棄されてしまう。彼女はそのことを疑問に思い、ずっと気に病んでいた。そんな彼女がギルドに依頼することは何か? つまりそれは、ヴェルザーク家に関係のある依頼の可能性が高いね」
ノルンは以前のリネットとのやり取りを思い出しながら言葉を紡ぐ。
もちろん、ヴェルザーク家絡みの依頼だとは断言できない。
しかし、受付嬢の表情の変化から、その可能性は高いとノルンは考えていた。
「ところで、先ほどの女性とは何の会話をされたのですか?」
「……ノルンさん、もう内容分かってて聞いてますよね……」
そしてノルンは受付嬢のほうに顔を向け、笑顔で再び同じ質問をする。
ルクレツィアはまだよく分かっていないようだが、ノルンにつられるように受付嬢を見る。
笑顔のノルンを見て、受付嬢は諦めたようにため息をつく。
そして、二人に顔を寄せるよう合図をすると、リネットが訪れた理由についてゆっくりと口を開いた。
「ヴェルザーク家に新しく入った家令のことを調べてほしい、と依頼されました」
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