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霧錆びのクローデル ~呪いで魔法を封じられた辺境伯家の遺児は、残された頭脳ひとつで故郷と復讐を奪い取る~  作者: 上止正
3章:価値の在処編

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053話 あなたへの手紙

 せっかくエリューゼから本を渡されたので、ノルンはその本を読んでみる。

 前世では考えられなかったような生態の生物が多く掲載されている。

 まるで、ファンタジー小説の設定集を読んでいる気分だ。


 火山地帯の奥深くにのみ生息するケイ素生物。

 光合成を行うことで食事を必要としない藻類生物。

 他人にこっそり寄生して魔力を糧とする寄生生物。

 睡眠中に肉体から霊体を切り離し、魔力を摂取する霊体生物。


 生物の紹介だけでなく、捕獲方法や飼育方法まで載っている。

 様々な生物が掲載された本を、ノルンは童心に返ったように読んでいる。

 中には貴重な素材になりうる希少生物の生息地まで書かれているため、禁書庫に保管されている理由も納得できる。


「エリューゼさん、この本面白いですね!」


「そうでしょう、そうでしょう」


 ノルンは目をキラキラさせながらエリューゼに語りかける。

 エリューゼはなぜか得意げな表情をしている。

 一方のフェリシエルは呆れた顔をしているが、少し嬉しそうだ。


「今度セリアにも話を聞いてみたいと思います」


「エルフィレム伯のご令嬢ですね? 私もお話をお伺いしたいです」


 ノルンはエリューゼに本を返す。

 二人の間には変なところで仲間意識が芽生えた。

 セリアには二人から質問攻めされる未来が待っているのだろう。


「同好の士を見つけたところ申し訳ないのですが、そろそろ夜になってしまいますよ。他に気になる調べ物はありますか?」


「あ、あと二件だけ……」


 フェリシエルが場を引き締めるように二人に告げる。

 それを聞いたノルンは慌てて残りの調べ物を片付けようとした。


「ライブラリアン。グランルミナ聖教国の異端審問官の組織に関する本はある?」


『対象の本は存在しません』


 異端審問官の資料は禁書庫には存在しないようだ。

 当てが外れてしまったノルンはバツが悪そうに頭をかく。


「あれ? これはあると思ったんだけどな」


「《再演屋》でしたか。ノルンさん、もしかしたら異端審問官のほうは表の図書館にあるかもしれませんよ」


 フェリシエルは表の図書館での探索を提案する。

 確かに、広く知られている組織についての資料なら、わざわざ禁書庫に入れる理由もない。

 ノルンは後日、図書館での調査を行うことに決めた。


「最後に、ライブラリアン」


 ノルンはライブラリアンを呼ぶ。

 しかし、その声は普段と異なり、少し緊張しているようにも聞こえる。

 ノルンはゆっくりと深呼吸をすると、彼女に検索条件を伝える。


「──過去十年でクローデル辺境伯が寄贈した本を持ってきてくれ」


 ライブラリアンに依頼した後、ノルンは思わず目を閉じる。

 自分でもなぜそうしたかは分からない。

 ライブラリアンは何も言わない。

 やがて、意を決したように、ノルンはゆっくりと目を開ける。

 ライブラリアンは一冊の本を静かに抱えていた。


 ノルンは膝から崩れ落ちそうになるのを、ぐっと堪えた。

 ただ、この一冊の本が、父が確かに生きていたということを思い出させてくれる。

 ノルンは震える手でライブラリアンから本を受け取る。


「ノルンさん、それは?」


「分からない。分からないけど大事なものだと確信している」


 フェリシエルが問いかける。

 ノルンはその答えを持ち合わせていない。

 しかし、これが何よりも大事なものだということは、ノルンには分かっている。


「それに、俺の父がクラックにやられっぱなしだと思うか?」


 本の寄贈はクローデル事件の一ヶ月前。

 ノルンは本の表紙にゆっくりと目を向ける。

『未開拓領域における共同体形成に関する実態調査報告 著:シルヴァン・クローデル』

 そして、それをフェリシエルに見せる。


「やはり、魔族は社会性を獲得しているようですね。辺境伯領で魔族の防衛をしていたあなたの父だから気づけたことです」


 フェリシエルは本を開き、中を確認しようとする。

 すると、何かが本から滑るように落ちてきた。

 二つ折りにされた一枚の手紙だ。

 フェリシエルはそれをゆっくりと拾い上げる。


「ノルンさん。これは、あなたに」


 そして、ノルンへと優しく手渡す。

 手紙を受け取るノルンの手は震えている。

 今すぐにでも中身を見たいが、はやる気持ちを抑えて、丁寧に手紙を開く。


 手紙の中には武骨で力強い文字が躍っていた。

 見間違うはずがない。

 それは間違いなくノルンの父の筆跡だった。

 ノルンはゆっくりと読み進める。


『これが読まれているということは、クローデル領は崩壊しているのだろう。

 そして、この手紙を読んでいる者が我が息子、ノルヴェインであることを願う。


 ノルヴェイン、元気にしてるか? 体調は悪くないか?

 もしかしたら、今まさに大変な目に遭っているのかもしれないな。


 すまない。俺の力が足りなかったせいだ。

 憎んでくれ。恨んでくれ。罵ってくれ。

 お前に背負わせることになってしまった。


 だが、託せるのはお前しかいない。

 今は誰が敵で、誰が味方なのかが分からない。

 クラック、という組織が王国を破壊しようとしている。


 奴らは武力による外部制圧ではなく、人心掌握による内部制圧を得意としているようだ。

 おそらくは、魔族側の人間部隊だと思われる。

 そして奴らは、王国内に入り込んでいる可能性が高い。

 すでに王国の崩壊は始まっているのだ。


 ノルヴェイン、奴らの始末をお前に託したい。

 お前は小さい頃から不思議となんでもできる子供だったな。

 大人顔負けの知識を披露したり、魔法も並ぶ者がないほどの実力を持っていた。

 実はいつも王城で自慢させてもらったよ。


 ただ、心配なこともある。

 お前は何でもできるがあまり、すべてを一人で片付けようとしてしまう。

 たまには周りを頼れ。

 それはお前に必要なことで、そうすることで新しい何かが見えてくる。

 それと、何でもできるくせに自分に自信がなさすぎる。

 お前は俺の自慢の息子だぞ? 自信を持つにはそれだけで十分だろ?


 書きたいことが山ほどある。


 お前の婚約者を見繕わないとな。

 そうだ、王女殿下はどうだ?

 とんでもないじゃじゃ馬だが、お前なら上手く乗りこなせるだろう?

 冗談だ。

 お前ならどんな人でも幸せにできるし、幸せになれる。


 新しい水魔法を開発してみたんだ。

 あたり一面に霧を出すだけの単純な魔法だ。

 でも、晴れた日に使うと綺麗な虹が映るんだ。

 祭りの日にクローデルの民たちに見せたいと思ってな。

 民は、喜んでくれるだろうか?


 社交界での振る舞いは、まだ教えていなかったな?

 お前は優秀だが、貴族としてはまだまだ半人前だからな。

 お前と一緒にクローデルを豊かにすることが楽しみだった。


 クローデルの繁栄を見ていたかった。

 民の笑顔を見ていたかった。

 お前の成長を見ていたかった。


 他にも書きたいことが山ほどある。

 山ほどあるんだ。


 このクローデルの地を蹂躙されるのかと思うと悔しくて堪らない。


 我が誇り、我が希望、我が未来。

 ノルヴェイン、愛している』


 手紙を読み終える。

 涙は決して流さない。

 それを、父は望んでいない。


 ただ、宿す。

 胸に意志を。

 瞳に未来を。

 魂に誓いを。


 ノルンは手紙をそっと懐に入れる。

 父の想いを確かに受け継ぐように。

 フェリシエルとエリューゼはその様子を静かに見守る。

 この瞬間を、彼一人の決意の時間として邪魔したくなかった。


「ノルンさん。こちらの本、しばらくお借りしてもよろしいですか? 至急、国王と相談したく思います」


「国防の準備でしょう。ええ、大丈夫です」


 しばらくの沈黙の後、フェリシエルがノルンに語りかける。

 本の題名から、対魔族用の国防に関わる重要なことだとノルンは理解している。

 フェリシエルの提案をノルンは受け入れる。


「国防に関連して、一点気になることがあります」


 ノルンは先日の色街で手に入れた情報を共有することにする。

 父の手紙を読んだ今となっては、クラックと無関係だとは考えられなかった。


「裏取りはまだですが、ヴェルザーク領にて食料、塩、鉄の需要が高まっているとのことです」


「……なるほど、やはりそうですか……」


 フェリシエルはノルンの言葉を聞き、腑に落ちたような表情をする。

 ノルンが不思議に思っていると、彼女は懐から一枚の紙を取り出した。


「禁書庫に訪れる前、私の部屋の扉にこちらの紙が挟まれていました」


 ノルンはフェリシエルから紙を受け取る。

 その紙には一言こう書かれていた。

『ヴェルザーク家に反乱の予兆あり』


「誰が差し込んだものかは不明ですが、確証が高まりましたね」


 国内ではヴェルザーク家が動き、未開拓領域では魔族が動く。

 そして、ちらつくクラックの影。

 オルテンシア王国はまさに内憂外患の状況に陥っていた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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