051話 禁書庫
「ようこそ、オルテンシア王国の禁書庫へ」
扉の閉まる音とフェリシエルの声が禁書庫内に響き渡る。
壁や天井など見当たらない空間にもかかわらず、音が反射して聞こえる。
周囲には書架や本が無秩序に浮かんでいる。
ノルンはその場に立ち尽くし、不思議そうに周囲を見渡す。
「不思議な場所でしょ? ちょっと待っててくださいね。──ライブラリアン」
フェリシエルが何者かの名前を呼ぶ。
すると、どこからともなく光が集まってきて、女性の上半身を形作る。
その女性には顔がなく、両手は胴体から離れている。
そして何より目を引くのが、背中から何本も生えている触手のようなものだ。
彼女は禁書庫内をふよふよと浮いており、フェリシエルの言葉を待っているようだった。
「彼女はライブラリアン。三百年の間、禁書庫を管理している人型魔物です」
──ライブラリアン。
名前と役割から、おそらく司書のようなものだとノルンは考えた。
しかし、人型魔物という話を聞き、警戒を崩さずにじっと彼女を見つめる。
彼女は触手を忙しなく動かしながら、空間を浮かんでいる書架の整理をしている。
「ライブラリアンは禁書庫に存在する本をすべて記憶しています。正確には、本の内容をすべて把握しているわけではなく、どこに何の本があるかを把握しているだけですが」
「なるほど……」
フェリシエルがライブラリアンに近づきながら、ノルンに説明する。
前世の書庫検索の仕組みみたいなものだろう。
ノルンは空中を鳥のように飛んでいる本を眺めながら結論づける。
ノルンは目の前を飛んでいる本に何気なく手を伸ばす。
すると、本から突然牙が生え、ノルンに噛みつこうとする。
ノルンは慌てて手を引っ込めようとするが、その前にライブラリアンの手がその本を捕まえる。
ライブラリアンはその本を自身の胴体に押し込むと、何事もなかったかのように元の位置へ戻った。
フェリシエルに目を向けると、彼女は可笑しそうにくすくす笑っている。
「この禁書庫には様々な理由で表には出せない本が格納されています。読む者を攻撃する本。隠したい歴史が記された本。危険思想を誘発する本。少しばかり『早すぎた』本。ですので、選ばれた人しかカギを持てないのです」
フェリシエルが禁書庫に関する説明をする。
確かに、一般開放するにはちょっと危険な本が存在する。
国家運営に携わる貴族にのみ権限が与えられていることに、ノルンは納得する。
「彼女にどんな本が欲しいかを言えば、この空間から持ってきてくれますよ。──ライブラリアン、過去の事件記録を」
『対象が百件以上あります。検索条件の追加、もしくは取得件数の指定をお願いします』
フェリシエルがライブラリアンに語りかける。
すると、空間全体にライブラリアンの声が響く。
ライブラリアンから発せられているというより、空間自体から発せられているようだ。
「過去十年の記録のうち、適当に一冊選んで持ってきてちょうだい」
フェリシエルがライブラリアンに追加の情報を伝える。
すると、ライブラリアンの腕が一瞬の光と共に消え去る。
そして、再度光を発したかと思うと、ライブラリアンは一冊の本を抱えていた。
ライブラリアンはフェリシエルにゆっくりと近づくと、抱えていた本を彼女に渡す。
「大体こんな感じです。分かりましたか?」
「ありがとう。よく分かったよ。この空間はライブラリアンの能力?」
「ええ。ですから、魔物といえど彼女を倒さないでくださいね?」
フェリシエルの注意に、ノルンは大人しく頷く。
使い方自体は検索サービスと同じである。
ノルンにはそれが少し可笑しく、そして懐かしかった。
* * *
「ライブラリアン。クラックに関する本を持ってきて」
『対象の本は存在しません』
「ま、そりゃそうだろな」
ノルンはクラックに関する本の検索を依頼した。
分かっていたことではあるが、案の定そんな本は存在しなかった。
宝くじが当たったら、くらいの期待しかしていなかったが、ノルンは少なからず落ち込むことになった。
「ライブラリアン。呪い、もしくは魔石に関する本をお願い」
『対象が百件以上あります。検索条件の追加、もしくは取得件数の指定をお願いします』
「医療に限定して」
ノルンは自身の治療についての検索に切り替えた。
やがて、ライブラリアンは一冊の本を持ってきて、ノルンに手渡してくる。
『アルミラ戦争における臨床記録<上巻> 著:カリステア・ファロンド』という本だ。
(アルミラ戦争。二百年前に起きた魔族と人類の生存圏を巡る戦争。魔族側の勝利となり、アルミラ領は失陥領域になったんだっけ)
ノルンは記憶の引き出しからアルミラ戦争のことを取り出す。
二百年前の臨床記録のため、あまり有効な手立てが見つかるとは思えないが、藁にも縋る思いで本を開く。
だが、その内容は驚きに満ちたものだった。
戦争で負傷した兵士の治療記録だが、人体の解剖図が細かく書き込まれている。
通常の神経や血管だけでなく、魔石と肉体の接続部位まで記載されている。
治療内容に目を向けると、魔法を使用した手足の接合方法や、魔力と肉体の相互作用まで整理されている。
「……フェリン、なんでこの本が禁書庫にあるんだ?」
ノルンは自身の感じた疑問をフェリシエルにぶつける。
この本は人類の医療に大きく貢献する本だ。
禁書庫に眠らせておいていい代物ではない。
「……ああ、嘆きの聖女 《カリステア》の記録ですね……」
「嘆きの聖女 《カリステア》?」
フェリシエルは自身の調べ物を中断し、ノルンに視線を合わせる。
ノルンの問いに答えるが、妙に歯切れが悪い。
聞き覚えのない名前にノルンは思わず聞き返す。
「アルミラ戦争で傷ついた大勢の兵士を、慈愛と献身をもって治療したとされる女性です。義勇兵として戦争に参加し、いつしか民衆から『聖女』と呼ばれた方です」
「それを聞くと素晴らしい人物のように聞こえるな。でも、その様子だと裏があるんだろ?」
「ええ、まあ……」
実績だけ聞くと『聖女』という称号に偽りはなさそうだ。
しかし、フェリシエルの様子を見るに、それだけの人物ではないことが伺える。
「その本が禁書庫に格納されている理由は二つあります。一つ目の理由は彼女の『聖女』という称号です」
「……もしかして、宗教関係か?」
「お話が早くて助かります。グランルミナ聖教国が国教としているルミナ教には『聖女』と呼ばれる役割が代々存在します。それ以外の『聖女』を認めていないため、カリステアの本が彼らに見つかれば、邪教の本として間違いなく焚書にされるでしょうね」
「ああ、なるほどね……実に嘆かわしい……」
この本が禁書庫にある理由は保護のためのようだ。
宗教問題はとにかく面倒くさい。
理性を装った感情による問題であり、客観を装った主観による問題でもある。
知識に貴賤は無いと思っているノルンとしては、嘆かわしい問題である。
「二つ目の理由は彼女自身です。それは慈愛と献身による記録ではありません。──残虐と愉悦による記録です」
「……つまり、味方の兵士を利用した人体実験の記録ってことか……」
「人体実験の記録というより、殺人鬼の日記ですね。嘆きの聖女の『嘆き』は、被害者たちの苦痛と悲嘆の声のことです」
想像以上に血塗られた本のようだ。
この詳細な記述も、医療目的ではなく、殺人鬼の異常性を表したものだった。
ノルンは本を持つ手に嫌な汗をかく。
「ちなみに、禁書庫には上巻しかありませんよ? それは調査隊が多くの死傷者を出しながら手に入れた唯一の戦利品です。残りはまだアルミラ領にあると言われています」
「その話を聞く限り、アルミラ領の探索は難しいってことか……」
「難しいですね。嘆きの聖女 《カリステア》は魔物化し、今もアルミラ領にいます。グランルミナ聖教国が何度も討伐隊を派遣していますが、ことごとく返り討ちにあっています」
人型魔物化したカリステア。
大勢の人間に対抗する手段を持った強敵のようだ。
しかし、ノルンは考える。
この医療記録はかなり貴重だ。
もしかしたら呪いと魔石の関係が、残りの記録に記載されているかもしれない。
ノルンはアルミラ領とカリステアの名を深く胸に刻んだ。
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