049話 可能性の収束
「ノルン様~!」
食堂に一人の少女の声が響き渡る。
その声に多くの生徒が何事かと振り返る。
ノルンも振り返ると、その声の主──ネルが口の中にハートを作ってノルンに駆け寄ってくる。
その様子は主人に出会った小型犬のようで、尻尾が見えたら全力で振っていただろう。
「今日も色男だな」
「次はどんな娘を引っかけてくるのかしら」
「あはは……」
隣を歩いているアレンがからかってくる。
セリアもにこやかに笑っている。
ネルは実地研修以降、こうやってノルンのもとを訪れるようになった。
「お昼ご一緒してもいいですか?」
ネルの問いかけに、ノルンは二人の顔を見る。
二人とも笑顔で頷いたため、ノルンは了承することにした。
「二人っていつからそんなに仲がいいんだ?」
料理を取り、テーブルに着くと、アレンが話しかけてくる。
確かにアレンとセリアからは急に仲良くなったように見えるだろう。
「もともとは薬学の授業からですが、決定的なのは実地研修ですね。その時にノルン様に危ないところを助けていただいて。これはもうボクの運命なのです!」
ネルは体をくねらせながらアレンに事の経緯を説明する。
彼女がノルンを慕っているのは誰の目からも明らかだ。
「実地研修って、あの自然災害? ノルン、しばらく入院してたよね?」
セリアが当時のことを思い返して質問する。
自然災害と『公式発表』された件は、どうやら浸透しているようだ。
自然災害のおかげで、外部講師や教官のクビが飛ぶようなことはなかった。
「はい、それです! ボクをかばって助けてくれたノルン様には返しきれない恩があるんです!」
「へぇ!」
ネルは間違えたことは言っていないが、正しく受け取られるとは限らない。
おそらくアレンとセリアの目には、ノルンがスーパーヒーローのように映っているだろう。
それはそれで面映ゆいため、ノルンは少し顔を伏せることにした。
「ネルの言ってることは大体合ってるけど、大げさすぎるよ。それに、ノルン様は恥ずかしい……」
「ノルン様はノルン様です!」
ノルンの言葉に反論するように、隣に座ったネルは誇らしそうに笑う。
ノルンが誰かに認められることは、自分のことのように嬉しいのだろう。
「それで、元々いた人たちは、大丈夫なの?」
元々いた人たち、とは騎士団のメンバーのことだ。
あの事件の後、彼らは打撲傷と凍傷の治療で長らく入院していた。
幸いなことに、パイライトのメンバーと喧嘩した直後に自然災害に巻き込まれた、ということになっていた。
「守り切れなくて気まずいから、陰ながら応援するって言ってたよ?」
周囲を見渡すと、騎士団のメンバーと思しき人物を発見した。
悔しそうにこちらを見ている。
ノルンには血の涙を流しているように見えた。
なんだか申し訳なさを感じたため、ノルンは小さく会釈した。
「セリアさん、確か生物学の授業が一緒でしたよね? その時隣に座ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
「やったー! ボク、覚えるのが苦手なので、助けてもらえると嬉しいです」
「もちろん。我が家は生物には一家言あるから任せてね」
ネルとセリアが次の授業を相談している。
人懐っこいネルに、セリアも満更ではないようだ。
すると、アレンが神妙な顔をしてノルンに語りかけてくる。
「ノルンさんや……」
「なんだい? アレンさん……」
「可愛い女の子同士が何気なく喋ってると、なんか、こう、いいよな……」
「いい……」
「二人とも馬鹿なこと言ってないの」
ノルンとアレンが感慨深げに女子二人の様子を見ていたところを、セリアに窘められる。
こうしてお昼の時間は平和に過ぎていった。
* * *
放課後、ノルンは薬学の教室にいた。
実験器具を並べて、何やら頭を悩ませている。
「やあ、ノルン君。今日も来てるんだね」
「あ、ソニア先生。お邪魔してます」
教室の入り口からソニアに話しかけられる。
目の下にはクマができており、いつも通り疲れた表情をしているが、それさえも彼女の魅力を引き立てていた。
ノルンはソニアの厚意で、薬学の教室を使わせてもらっている。
「何か悩んでいるようだけど、どうしたんだい?」
「とあるものの抽出を試みていたのですが、やり方が分からず、難儀していました……」
「ほう、それは何かな?」
「魔力です」
ソニアの質問に、ノルンは答える。
ノルンの呪いには魔力が強く関係している。
そのため、ノルンは魔力自体を抽出し、分析しようと考えていた。
「なるほど……それは難儀するのも当然だ。なぜなら、完璧な抽出方法は見つかっていない」
ソニアは顎に手を置き、深く考える。
いまだ方法が見つかっていないものを抽出しようとしていたノルンは、自分の無謀さに呆れ果てる。
ソニアは踵を鳴らしながら教室に入り、黒板の前に立つ。
「そもそも、魔力というものが何であるか。ノルン君の見解を聞かせてもらえるかな?」
「……熱や光のようなエネルギーですが、形あるものだと考えています」
黒板に文字と絵を書きながら、ソニアはノルンに問いかける。
ノルンにとって魔力は形あるエネルギーだ。
その答えにソニアは満足したように頷く。
「私も似たような考えだ。だが、追加で別の性質も持っていると考えている」
「何でしょうか?」
「確率の濃度だよ」
ソニアの考えに、ノルンは目を丸くする。
彼女は黒板に次々と文字を足していく。
「元は同一の魔力なのに、魔法として行使した場合、火や水などの異なる現象が発生するのは何故か?」
「魔法理論の授業では、人間の意志がそれを決定している、と聞いています」
ソニアは『魔力』と書かれた場所から矢印を何本も引き、火や水や土といった魔法属性に繋げていく。
ノルンの答えに、ソニアは小さく頷く。
「元々は無限の可能性があった魔力を、一つの可能性に収束させた結果。私はそう考えている」
そしてソニアは複数あった矢印を一本だけ残してすべて消す。
彼女の説明は薬学というより、魔法理論だ。
ノルンも魔法理論の授業を受けてはいるが、より深い理論のため興味津々だ。
「そして、可能性を収束させる方法は、観測すること。厳密には、知覚して承認することかな。観測者はもちろん、術師本人だ」
ソニアは矢印の上に目のマークを書く。
ここまでの内容をノルンは頭の中で整理する。
「抽出しようとする時点で、それは観測する行為。つまり、何らかの可能性に収束した魔力を抽出することになる……」
ノルンはソニアの話を引き継ぐ形で、自分の見解を話す。
それに彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「その通り。そしてそれは、純粋な魔力を抽出したことになるだろうか」
「……」
「ま、勿論これはただの仮説。あくまで私の妄想だ」
そう言って、ソニアは魔力に関する説明を終える。
彼女の仮説が正しい場合、やはり純粋な魔力抽出はかなりの難易度だ。
もし発見できた場合は、その道の第一人者として名前を残すことになるだろう。
「あ~……となると、僕はかなり無謀なことをしようとしてたってことですね……」
「そうとも言えないさ。魔力自体の抽出は難しいが、元々魔力だったものを抽出することは意外と単純な方法で可能だ」
ノルンが頭を抱えて自虐する。
ソニアはそれを見て、微笑みながら助言する。
「魔石だ」
「魔石……?」
そう言ってソニアは、教室の棚の中から小さな魔石を取り出す。
そして、黒板に実験の様子を絵に描いていく。
「魔石を魔力で満たされた溶液の中に吊るしておくと、魔石を核に魔力が結晶化していくのさ」
「あ! なるほど……」
「君の求める結果じゃないと思う。でも、こういうやり方もあるよ、というのを教えておきたくてね」
夏休みの自由研究で、塩やミョウバンの結晶を作るのと同じ方法だ。
どうして思いつかなかったのだろう、とノルンは天を仰ぐ。
ソニアは母親のように微笑みながらノルンを見ていた。
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