046話 王女の休日
翌日、ノルンは再び冒険者ギルドへ向かうため、身なりを整える。
目的は新しいランクのプレートを受け取ること。
背嚢とポーチに普段よりも多めに荷物を詰め込み、洗濯したばかりの服に袖を通す。
昨日の匂いを引き継いでいないことはしっかりと確認済みだ。
寮の玄関を出て、ノルンは初夏の日差しを浴びる。
雲一つない晴天で、吹き抜ける風が気持ちいい。
大通りに向けて歩みを進めていると、フードを深く被った小柄な人影がノルンに近づいてくる。
不思議に思ったノルンに、その人影が話しかけてくる。
「ノルンさん、奇遇ですね」
「……殿下?」
フードを被った人影──フェリシエルはフードを少しずらすと、ノルンに挨拶をする。
周りに人影は見当たらず、フェリシエルは一人のようだ。
ノルンは少し身を屈めて、小声で話しかける。
「今日はお付きの人──エリューゼさんはどうしたのですか?」
「いわゆるお忍びというやつです」
(今頃、色んな場所を探し回ってるんだろうなぁ……)
一国の王女が一人で行動するなど、危険極まりない。
普段付き添っているエリューゼのことを尋ねると、どうやら彼女には何も告げずに出てきたらしい。
エリューゼの心労を思うと、ノルンは同情を禁じ得なかった。
「ノルンさんはどちらに行かれるのですか?」
「ちょっと冒険者ギルドまで」
「おやおや? おやおやおや~?」
目的を尋ねられたノルンは素直に答える。
しかし、それを聞いたフェリシエルの目は、おもちゃを見つけた子どものように輝く。
ノルンの背中に嫌な汗が流れる。
「ご存じですか? 冒険者に登録することは学園の規則で禁じられているんですよ?」
学園の規則のことを話すフェリシエル。
ノルンとしては、当然熟知している内容だ。
「……もちろん知っていますよ。ちょっと依頼を出そうかと思いまして」
「ふふ、そうですか。まあ、行けば分かることですね」
「行けば分かるって、付いてくる気ですか?」
ノルンはフェリシエルに嘘をついたが、直後に自分の軽率な発言を後悔する。
一人きりの王女様は好奇心旺盛な子どものようで、ノルンに付いてくる気満々のご様子だった。
ノルンは内心で頭を抱えることになる。
「もちろんです。本当に依頼を出すのなら、どんな依頼を出すのか気になります。依頼を出すのが嘘なら、ねぇ?」
フェリシエルが怪しげに微笑む。
どうやら子猫に遊び道具を与えてしまったようだ。
こんな面白そうなことはない、とフェリシエルの目は輝いている。
「……付いてくるのはいいですが、条件があります」
「ええ、聞くだけ聞きましょう」
ノルンはせめてもの悪あがきとして、条件を提示しようとする。
しかし、フェリシエルは条件を飲む気はないようだ。
それでもノルンは駄目元で聞いてみる。
「学園にあるという噂の禁書庫ですが、入る方法をご存じですか?」
「おや? そんなことですか。ちなみにどんな御用かお伺いしても?」
フェリシエルの発言から、禁書庫自体は存在することが伺える。
それに対して、ノルンは無言で両手を広げて、一瞬だけ手の甲同士を合わせる。
──クラックのシンボルだ。
それだけでフェリシエルは事情を察し、小さく頷く。
「それと、個人的なことで調べ物がしたくて」
「ええ、分かりました。入り方は知っていますので、今度学園でお会いした時にでも」
「助かります」
ノルンは自身の体についても調べる予定だった。
もしかしたら禁書庫でも分からないことかもしれない。
それでも、一歩前進できたことがノルンには嬉しかった。
「しかし、ノルンさんのご用事が何なのか、楽しみですね」
「あいにくと、特に面白いことはないですよ……」
だが今は、この悪戯妖精についた嘘の言い訳を考えるのが、ノルンの直近の課題である。
* * *
「あ、ノルン。やっときた」
冒険者ギルドの入り口前では、ルクレツィアが退屈そうに立っていた。
ノルンを見つけた彼女は、力なく手を振って挨拶をする。
特に待ち合わせはしていなかったが、ノルンを待っていたようだ。
「あれ? 隣の人は?」
ルクレツィアは、ノルンの隣を歩いているフェリシエルを目敏く見つける。
フェリシエルはノルンに会った時と同様、フードを少しずらして挨拶する。
「ルクレツィアさん、でしたよね? ノルンさんの病室でお会いして以来ですよね」
「あ! ……もしかして、王女様?」
最初こそ驚いて大声は出したものの、ルクレツィアは小声で話す。
彼女の気遣いに、フェリシエルは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、僕はさっさと用事を済ませてくる。レツィ、その間だけ彼女のことをよろしく」
ノルンはルクレツィアにフェリシエルを押し付けることを決めた。
これでノルンの用事がフェリシエルに知られずに済む。
ルクレツィアには悪いと思いながらも、ノルンはそそくさと冒険者ギルドに足を踏み入れる。
「あ、ノルンさん。お待ちしておりました」
受付嬢が笑顔で応対する。
それに、ノルンは片手をあげて応える。
用事を済ませようと、受付まで足早に歩いていく。
「こちら、真鍮ランクのプレートになります。お受け取りください」
「なるほど、ノルンさんの用事はこれだったんですね」
背後からの声にギョッとして、ノルンは思わず振り返る。
そこにはフードを被ったまま悪戯そうに笑うフェリシエルと、明後日の方向を向いているルクレツィアがいた。
どうやら足止め作戦は不発に終わったようだ。
「……アリガトウゴザイマス」
ノルンはぎこちない笑顔で受付嬢にお礼を言い、真鍮のプレートを受け取る。
そして、油の切れたロボットのように再び二人のほうに体を向ける。
「ノルン、お腹空いたからご飯食べよう」
ルクレツィアは能天気に昼食の提案をする。
フェリシエルは笑顔のまま黙っている。
その様子を見て、ノルンは溜息をつきながら了承した。
* * *
「ノルンさんに嘘をつかれて、私は悲しいです……」
フェリシエルはヨヨヨとわざとらしく泣き真似をする。
ノルンは頭痛を和らげるように、片手でこめかみを押さえる。
ノルンたちは現在、ギルドに併設された酒場の席を一つ陣取っている。
「学園には内緒にしてくださいね」
「さて、どうしましょう?」
ノルンの懇願を悪戯な笑みで躱すフェリシエル。
一番貸しを作りたくない人に貸しを作ってしまい、頭を抱えるノルン。
ジャガイモを頬張りながら、そんな二人を眺めているルクレツィア。
これだけで三人の関係性が見て取れる一席である。
「そう言えば、レツィには以前の病室でのこと、詳しく話してなかったね」
ルクレツィアは口の中で咀嚼しながら無言で頷く。
ノルンは周囲の様子を観察し、聞き耳を立てている人がいないことを確認する。
フェリシエルに目を向けると、彼女も無言で頷く。
こういった秘密の会話は賑やかな酒場ですると、意外と聞かれないものである。
「僕と彼女は協力関係を結んでいて、あいつらを追っている。ネルはあいつらの元一味。僕はあの土地の領主の息子」
「……びっくり」
指示語だらけの会話だが、ルクレツィアには伝わったようだ。
抜けているようで理解力の高い彼女に、ノルンは感心する。
ノルンはルクレツィアに優しく微笑む。
「殿……あなたは既に知っていると思うけど、僕とレツィは以前あいつらに会っている。レツィも引き入れたい」
続けてフェリシエルの方を向き、ルクレツィアとの関係を改めて説明する。
その際、どこに耳があるか分からないので、ノルンは殿下という言葉を濁すことにする。
ルクレツィアも仲間に引き入れるという発言に、フェリシエルは小さく頷いた。
「ここまでで気になることは?」
ノルンの発言を受け、フェリシエルが静かに手を挙げる。
彼女には特に追加で話すようなことも無いと思っていたノルンは怪訝な顔をする。
フェリシエルは小さく手を挙げたまま、笑顔で口を開く。
「いつになったら私のことをフェリンと呼んでくれるのですか?」
突然の発言にノルンは混乱する。
フェリシエルはなおも言葉を続ける。
「ルクレツィアさんのことはレツィって呼んでます。私のことはいつになったらフェリンと呼んでくれますか?」
「……あの~、立場というものがありまして……」
「学園で口が滑ってしまいそうです」
「ノルン、別にいいじゃん」
フェリシエルはノルンに脅しをかけてくる。
ルクレツィアも同調してくる。
この有無を言わさない感じを、ノルンは覚えている。
どうやらフェリシエルとルクレツィアは似た者同士のようだ。
「殿……分かったよ、フェリン……ただ、公の場では勘弁してね」
ノルンは笑顔の圧力に押し負けることになった。
そんなノルンの様子を見て、フェリシエルは満足そうに頷く。
「さて、僕はこの後一人で行く場所があるから」
「ノルン、どこ行くの?」
ルクレツィアがノルンに尋ねる。
フェリシエルも興味ありげな視線を送ってくる。
「男が一人で行く場所なんか決まってるでしょ?」
ノルンは笑顔で答える。
「──色街に行ってくる」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想・評価などいただけると、とても励みになります。




