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霧錆びのクローデル ~滅んだ辺境伯家の嫡男は、王立学園で王国を蝕む真実を暴く~  作者: 上止正
2章:正義のミカタ編

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038話 実地研修開始

 実地研修当日になった。


 森の前に多くの学生が集まっている。

 手には各々が得意とする武器を持っており、緊張感に欠けた緩い空気が流れている。

 ノルンもその一人で、ポーチの中身を確認しながら手に持ったナイフを弄っている。


 彼らの周りには剣術の外部講師たちが並んでいる。

 ルクレツィアは小さな口に手を当てて、退屈そうに欠伸をしている。

 ヴィクトルは相変わらず腕組みしたまま目を閉じている。


 ヴィクトルを見ながら、ノルンは先日のやり取りを思い返す。

 二人からの協力要請。

 ノルンはそれを快諾した。


 もちろん、すべてを信じたわけではない。

 彼らが本当に味方なのであれば、ノルンとしては問題ない。

 彼らが敵だとしても、同じく問題ない。

 フェリシエルとグレイにはティールームを通して連絡済みだ。

 彼女たちなら、網を張ることくらいは容易だろう。


「ノルン」


 森の妖精──ルクレツィアがトコトコと近づいてくる。

 暇を持て余したのか、ノルンに話しかける。


「どうしたの?」


「暇」


「……じきに忙しくなるよ」


 構ってほしいのか、ルクレツィアはノルンの周りをぐるぐると歩き回っている。

 外部講師としての威厳は、欠片も感じられない。

 確かに、金ランクの冒険者である彼女にとっては、刺激が足りないイベントなのかもしれない。

 ノルンは、眠たげなルクレツィアへ呆れた視線を向けた。


「ノルンはこの研修、どうするの?」


 ルクレツィアは小首を傾げ、ノルンに問いかける。

 小動物めいた可愛さがあるが、本人は無自覚なのだろう。


「ちゃんと頑張るよ。学園での立ち回りも楽にしておきたいし」


「ん? どういうこと?」


「この研修の主題は討伐じゃないってこと」


 ノルンの答えを受け、ルクレツィアはしばらく考え込んだ。

 そんな彼女の姿を、ノルンは微笑ましげに見守っていた。


「レツィこそ、どうするの?」


「森の中を散歩」


「……ちゃんと仕事はしてね」


 ルクレツィアは外部講師として、森の中を見回る必要がある。

 危険度の低い森とはいえ、学生にどんな危険があるかは分からない。

 それを未然に防ぐために、森の中を巡回するのが役割となる。


 ノルンはその後もルクレツィアと他愛のない会話をした。

 やがて、研修担当の教官から集合の声がかかった。



 * * *



「事前に告知があったが、改めて今回の研修内容を説明する!」


 担当教官が声を張り上げる。

 ざわついていた学生たちは、その一声だけで水を打ったように静まり返った。

 静寂を破るように、驚いた鳥たちが森から一斉に飛び立っていく。

 静かになったのを確認してから、担当教官は話を続ける。


「今回は討伐研修だ。この森に生息する魔物を一体討伐するごとに、一点ずつ加点される。ただし、討伐証明部位が必要となる」


「一人当たり最大五点まで獲得可能とする。ただし、五種類の異なる魔物を討伐した場合に限り、六点目を獲得できる」


「グループを組むかは各自の判断に任せるが、点数は参加人数で按分される」


「危険と判断された場合は講師が介入する。その場合は減点される」


「時間は十七時まで。合図とともに、各自のタイミングで研修を開始するように」


 担当教官は要点を説明した。

 単独なら、異なる魔物を五種類討伐するだけで満点になる。

 一方、グループで挑戦する場合は参加人数分の討伐が必要なため、妥協点を探さなければならない。

 学生の何名かは我慢できないのか、そわそわした雰囲気を出している。

 しかし、狩りを研修にするとは、いかにも貴族の学園らしい──とノルンはぼんやり考えていた。


「それでは──研修開始!」


 担当教官の合図とともに、何名かが飛び出すように森の中に飛び込んだ。

 ノルンもその一人だ。

 先陣を切った者たちは、誰よりも早く魔物を討伐しようと逸る気持ちのまま駆け出していった。

 しかし、ノルンは脇目も振らず、ひたすら森の奥へと進んでいく。


 この森が魔物の住処とは言え、そう簡単に見つけることはできない。

 以前のルクレツィアとの依頼のときのように、根気強く痕跡を探し続ければ発見自体はできる。


 しかし、今回は違う。

 依頼慣れしていない大多数による魔物討伐だ。

 人間が百人規模で森の中に入った場合、生物はどのような行動を取るだろうか。


 多くの場合、数では人間に勝てないため、森の奥へと逃げていくのだ。


 ノルンは先んじて森の奥へと潜伏し、逃げてきた魔物を狩ることに決めた。

 他の学生にはノルンのための追い込み漁の網役を演じてもらう。


 ノルンはいくつか罠を仕掛け、木の上に潜伏し、魔物を待つ。

 風の向きが変われば、その都度潜伏場所を移動する。

 時折、森から飛び立つ鳥を見て、どこに人が多いかを脳内の地図で確認する。



 * * *



 二時間後、二つの革袋を持ちながら満足そうな笑顔を見せるノルンがいた。

 ノルンが討伐した魔物は十五体。

 無事、五種類の魔物の討伐にも成功していた。

 五体分は提出用としてポーチに戻し、余剰部位の十体分を手に持ったまま森の中を散策する。


 途中、研修に参加している三人組に出会う。

 彼らは魔物かと一瞬警戒したが、ノルンの姿を見て警戒を緩める。

 ノルンは彼らに気さくに声をかける。


「こんにちは、調子はいかがですか?」


「全然だめだ。そもそも魔物が見つからない。ゴブリンを二体しか討伐できていないよ」


 三人組は落ち込んだように話す。

 その言葉を聞いたノルンは目を輝かせながら提案する。


「ゴブリン二体を討伐したんですか!? 実は私、討伐数は達成しているのですが、ゴブリンだけ見つからなくて……。よろしければ、アッシュウルフの尻尾二本とゴブリンの右耳一つを交換しませんか?」


 ノルンからの提案に、三人組は目を丸くする。

 三人組にとっては破格の条件だった。

 もちろんノルンは嘘をついており、五種類討伐達成済みだ。

 これらの素材は余剰分から捻出する予定だった。


「俺たちは構わないけど、あんたはそれでいいのか?」


「もちろんです。私はこれで五種類達成になるので。これからの学園生活で困ったことがあったらお互い助け合いましょう!」


 そう言って、ノルンは三人組に別れを告げた。

 平民であるノルンには味方となるような人間が学園に少ない。

 こういう場で少しずつ好印象を抱かせていくのが、この研修でのノルンの目的だった。


 ノルンはこの調子で少しずつ人脈を広げていった。


 ある場所には、膝をつき、項垂れている平民の学生がいた。

 話を聞くと、貴族と組んでいたが、五種類の討伐に成功したところを裏切られたという。

 この研修を聞いたとき、そういうこともあり得るとノルンは考えていた。


「それは酷いですね……。慰めになるかは分かりませんが、私が狩った魔物の部位をお譲りします。気を落とさずこの研修を乗り切りましょうね」


 またある場所には、残り一種類で五種類討伐達成の貴族がいた。

 最後の一種類がどうしても見つからないのだと言う。


「既に四種類も討伐しているなんて、流石です! 実は私、残りの一種類をお譲りすることができます。そこで相談なのですが……」


 さらにある場所には、王女殿下とその付き人がいた。

 森の中の日当たりの良い場所におり、優雅な森林浴をしている。


「……なんだ、殿下ですか」


「失礼な物言いですね。ノルン」


 人脈作りに勤しんでるノルンにとって、今のフェリシエルは重要人物ではなかった。

 それが態度に出てしまったのだろう。

 フェリシエルにはしっかりと咎められてしまった。


「調子はいかがですか?」


「順調ですよ。なぜか、他の貴族たちが私に献上してくるので」


 フェリシエルは涼しい顔で言う。

 ノルンが他の学生にやっているように、彼女もしっかり貢がれているようだ。


「ホーンラビットの角、余ってませんか? それがあれば五種類揃うので」


「いやですよ」


 フェリシエルからの言外の要求。

 ノルンは即座に断る。

 その時、彼女の瞳が妖しく光る。


「断るということは、持っているのですね?」


「……」


「ノルンに意地悪された、と他の学生の前で口が滑ってしまいそうです」


 ある意味恐喝である。

 確かに余剰分の素材にホーンラビットの角は存在する。

 断った場合、この王女なら本当に口を滑らせかねない、とノルンは図書館や食堂でのやり取りを思い返す。

 少し考え、ノルンはフェリシエルに提案する。


「持ってはいますが、別の用途で使いたいので断りたいです。なので、確率ゲームにしましょう」


 ノルンはポーチの中から革袋を三つ取り出し、フェリシエルの前に並べる。

 フェリシエルは興味深そうにその様子を眺めている。


「この革袋のどれか一つにホーンラビットの角が入っています。当てることができれば差し上げますよ」


「いつかの栞ゲームを思い出しますね。念のため、中を検めても?」


「ええ、もちろん。その場合は再度袋の中身を入れ替えますが」


 王女は三つの袋の中身を検め、確かにホーンラビットの角が入っていることを確認する。

 その後、ノルンは背を向けてホーンラビットの角を別の袋に入れ直す。


「さあ、どれを選びますか?」


「では、真ん中を」


 フェリシエルは真ん中の袋をゆっくりと指さす。

 それを見て、ノルンは言葉を続ける。


「……殿下に一つ機会を差し上げます。選ばれなかった袋のうち、外れの一つをお教えします」


 そう言ってノルンは右側の袋の中身をフェリシエルに見せる。

 当然、中身は空っぽである。


「さて、今なら選び直すことができますよ?」


 それを聞き、フェリシエルは目を細める。

 モンティ・ホール問題だ。

 当然、選び直したほうがあたりを引く確率が高くなる。


「……私の意志は変わりませんよ」


 フェリシエルはしばらく考えた後、結論を下す。

 意思は変わらず、真ん中の袋。


「……本当によろしいですか?」


 念のため、ノルンは確認する。

 それを聞き、フェリシエルはため息をつきながら答える。


「公平なゲームであれば、選び直した場合の確率は六十七%ですが、選び直さない場合の確率は三十三%。それくらい分かります。だから、私は選び直さないのです」


 フェリシエルは確率を計算しながら、確率に反する答えを述べる。

 ノルンが黙っていると、フェリシエルは真ん中の袋にゆっくりと手を伸ばす。


「数字は嘘をつきませんが、数字を使う人は嘘をつきます」


 フェリシエルは袋を持ちながらも話を続ける。


「私が最初に外れを引いていれば、『三分の一の勝負だった』と言って、そのまま外れとして処理するつもりだったのでしょう。ですが、私は最初から当たりを引いてしまった。だからこそ、策を弄した。違いますか?」


 そう言って、袋からホーンラビットの角を取り出す。

 バツが悪そうに視線を逸らすノルンとは対照的に、フェリシエルはにこりと笑みを浮かべていた。

 ノルンは降参したように肩を落とした。


「確率も、人の意志が介在した時点で、それは政治です。政治で私に勝てるなどと思わないでください」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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