036話 俺の正義に殺される
学園にはいくつかの恒例行事がある。
実地研修もその一つで、いわゆる実技試験を兼ねた催しだ。
年に数回実施されるこの行事は、見えない鎖で縛りつけてくる勉強机から解放される数少ない機会でもある。
そのため、生徒の中にはレクリエーション感覚で参加する者も少なくない。
しかし、そんな浮ついた気持ちで参加する者が多いため、毎年ケガ人が発生している。
稀にではあるが、死亡事故が発生することもある。
「今回の実地研修は討伐ですよね? 今回は一人で挑もうかと思ってます。魔法科目は好成績が見込めないので、これで点数を稼いでおこうかと」
「お? ノルンも俺と同じか? 俺も座学がダメダメだから、実技で挽回しないとな」
「私はあなたたちと違って戦闘が苦手だからね。他の仲の良い子たちと協力の約束をしてるわ」
実地研修にはさまざまな種類がある。
宝探しのように遊び心のあるものもあれば、長距離行軍のような地獄じみたものまで、その内容は多岐にわたる。
剣技だけでなく魔法にも秀でたアレンは単独で、魔法は得意だが戦闘そのものが苦手なセリアは他の生徒と協力して挑むようだ。
今回のような魔物討伐では、戦闘に自信のある者ほど単独で挑む傾向があった。
複数で組んで参加することも可能だが、その際の戦闘報酬は参加メンバーで按分することになる。
一方、単独であれば成果を独り占めできるため、より高い成績を狙いやすかった。
「殿下はどうされるんですか?」
「私はエリューゼと二人で臨みますよ」
「……魔物の解体とかできるんですか?」
ノルンはフェリシエルにも確認するが、付き人と参加するらしい。
しかし、二人は王族と貴族の令嬢である。
魔物を解体するような血生臭い作業を経験しているとは思えない。
「当然できますよ。……エリューゼが」
どうやら完全無欠の王女殿下にもできないことはあるようだ。
一方のエリューゼはなぜか自信満々だ。
敬愛するフェリシエルに頼られて嬉しいのかもしれない。
「あちゃ~、ノルンくんは単独か~」
当てが外れたのか、ネルは残念そうに手で頭を押さえる。
「ボクの友達、戦闘得意な人いないんだよね。だから、ノルンくんがいれば心強かったのに」
「ごめんね。力になれなくて」
「ううん、別に大丈夫だよ。あ、もし心変わりするようなことがあったら教えてね!」
どうやら騎士団の面々には戦闘が得意な人はいないらしい。
ノルンが謝罪すると、ネルは気にしないでとばかりに胸の前で両手を振る。
そして、そのまま足早に立ち去っていった。
「モテモテですね、ノルンさん」
「はは、ありがとうございます……」
フェリシエルが意地悪そうな笑みを浮かべてノルンに語りかけた。
ノルンとしては困ったような顔をするしかなかった。
「さて、私はそろそろお暇させていただきます。楽しかったですよ。またご一緒させてください」
そう言って、フェリシエルは立ち上がり、エリューゼと共に食堂を後にした。
残された三人は、張り詰めていた緊張の糸が切れたように大きく息をつく。
「緊張した~」
「憧れの王女殿下と話せてよかったじゃない」
だらしなく椅子にもたれかかるアレンにセリアは茶々を入れる。
そんな彼女も、空になったカップに気付かず口をつける。
「しかしノルンさんや、いつの間に騎士団の姫と仲良くなってたんだ?」
「薬学の授業で少し話しただけだから、そこまで仲良くないよ」
アレンがニヤニヤしながら話しかけてくる。
からかう気満々の表情に、ノルンはため息をついた。
「学園注目の二人に目をかけられるなんて、なかなか隅に置けない男ね」
「……勘弁してくれ」
セリアも便乗してからかってくる。
二対一では勝ち目などあるはずもなく、ノルンは白旗を上げるしかなかった。
二人がしばらくノルンをからかっていると、アレンが思い出したようにぽつりと呟く。
「……よく考えたら、ネルは別に俺を誘ってくれても良かったよな?」
ノルンもそう思っていたが、あえて口に出さなかったことだ。
二人は生暖かい視線をアレンに送った。
* * *
放課後、三人は街へ繰り出した。
買いたいものがあるわけでもなく、食べたいものがあるわけでもない。
行き先すら決めず、ただ何となく同じ時間を一緒に過ごす。
そんな学生らしい放課後だった。
「そういえば二人って、いつからの付き合いなの?」
「ん? そうだなぁ、物心ついた頃には互いのことを知ってたよな?」
ふと気になったノルンが尋ねる。
アレンは頭の後ろで手を組みながらそう答えた。
「あの頃は『セリア様~、セリア様~』って可愛かったのに、どうしてこうなっちゃったのかしら」
「おいおい、今も十分可愛いだろ?」
「はいはい」
アレンの茶目っ気を軽く受け流すセリア。
なんとなく分かってはいたが、昔からセリアのほうが姉役だったのだろう。
そんな二人の昔を想像し、ノルンはくすりと笑う。
「でも、仲良くなったのはあの時からだよな?」
「それって八歳のころ?」
「そう、それ」
アレンはセリアに目を向けて話す。
セリアは小さく首を傾げて問い返した。
幼馴染らしい、息の合ったやり取りだった。
「何があったの?」
「昔のセリィはしっかり者の癖にお転婆だったんだよ。エルフィレム伯の領地巡回についていった時にこっそり抜け出してさ」
「へぇ、なんか想像できないな」
今のセリアはノルンから見てもしっかり者に見える。
しかし、お転婆な姿というのがどうしても想像できない。
「そこで人攫いに連れ去られそうになって、ワンワン泣き出してさ。そこへこの俺が格好良く参上したってわけ」
「何が『格好良く』よ。小鹿みたいにぶるぶる震えてたじゃない」
「思い出補正だよ。別にいいだろ?」
互いの軽口を叩き合うが、それだけの信頼が伺える。
しかし伯爵領内で、しかも伯爵が近くにいる状況で人攫いを行うとは、なかなかに肝の据わった賊だとノルンは変なところで感心した。
「結局、大人が駆けつけてくれて何とかなったんだけどね。その後、二人一緒に朝まで叱られて大泣きしたっけ」
「そこから妙な結束感が生まれて、仲良くなったんだよな」
「へぇ~、その仲の良さも納得だね」
二人の仲の良さは、共に窮地を乗り越えたことで生まれたもののようだ。
そうした絆を持つ幼馴染のいないノルンには、二人の関係が太陽のように眩しく映った。
「そういうノルンはどんな子供だったの?」
「僕の話かぁ……」
セリアの問いかけに、ノルンは自分の幼少期を思い出していた。
そして、二人に自分のことを話そうとした時、大通りから大きな喚き声が聞こえてくる。
「なに?」
「行ってみよう」
三人は互いに目を合わせて、喚き声が聞こえる方向に足を運ぶ。
人だかりをかき分けると、そこには剣を持った男が大勢の衛兵に取り囲まれていた。
男は衛兵の格好をしており、周りの衛兵の仲間だということがわかる。
「俺だ! 俺なんだ! 全部俺なんだよ!!」
「しっかりしろ! 一体どうしたんだ!」
男は意味が分からないことを口走りながら、剣を振り回す。
周囲の衛兵たちは取り押さえようとするものの、相手が仲間だけに強く出られず、対応に苦慮していた。
野次馬もどんどん増え続け、騒ぎは大きくなる一方だった。
「俺だ! 俺が殺したんだ!」
男は両手を広げ、慟哭した。
その姿は、神の前で己の罪を懺悔する咎人を思わせた。
「あの冒険者も、あのパン屋も、あの商人も、俺だ! みんな俺が殺したんだ!」
周囲からどよめきが上がる。
ここ数日、街を騒がせていた辻斬りの正体こそ、この男だった。
周囲の衛兵も、その突然の告白に動きを止めた。
「ああ、だめだ、もうだめだ! 殺されちまう!」
周囲のざわめきをよそに、男は両手で頭を抱えながら、何かにおびえるように叫び続ける。
やがて、手にしていた剣を自らの喉へと押し当てる。
これから起こるであろう悲劇に、周囲から小さな悲鳴が漏れた。
「──俺の正義に殺される」
そう言って男は、自らの剣で喉を貫いた。
血飛沫が噴き上がり、石畳の大通りを赤く染めていく。
男はそのまま前のめりに倒れ伏し、やがて二度と動くことはなかった。
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