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霧錆びのクローデル ~滅んだ辺境伯家の嫡男は、王立学園で王国を蝕む真実を暴く~  作者: 上止正
2章:正義のミカタ編

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033話 戦略的差別

「ということがあったんです」


 フェリシエルの話を聞き終え、ノルンとグレイは考え込む。

 一方のフェリシエルは、ひと仕事終わったと言わんばかりに、優雅な所作で紅茶のカップを傾けた。


「……不可解な点が、いくつかあるね」


 グレイの呟きに、ノルンは小さく頷く。


「殿下である必要性。争いをなくすために争いを生み出すという目的と手段の矛盾。交渉の継続意思。他に挙げればきりがない」


「私、嘘はついてませんよ?」


 フェリシエルはニコニコしながら、ノルンの所感を聞いている。

 《演出家》の話が真だとすれば、その話には綻びが多すぎた。

 おそらく、意図的にすべてを語っていないか、あるいは別の目的があるのだろう。

 自己矛盾に気づけないほど愚かな集団であれば、ノルンとしては助かるが、そんな相手ではない。


「今にして思えば、誘いに乗っておくべきでした。まさかクラックの正体をここまで掴めないとは。私の失態です」


 フェリシエルはさらりと恐ろしいことを口にした。

 おそらく、獅子身中の虫として組織に潜り込むつもりだったのだろう。

 だが、それはあまりにも危険すぎる。

 ノルンは呆れた目でフェリシエルを見据える。


「もう一つ、気になることと言えば、『未開拓領域で待つ』と言っていたね」


「エリューゼ、地図を」


 グレイの言葉を受け、フェリシエルはエリューゼに指示を出す。

 エリューゼは懐から地図を取り出し、テーブルに広げる。


「ご存じの通り、この大陸における人類の統治領域は約三割程度。残りは未開拓領域と失陥領域になります」


 未開拓領域とは、人類がこれまで一度も支配・統治したことのない領域である。

 地形や生態系など未解明な部分が多く、各国が編成した調査団や冒険者たちによって、現在も地道な調査が続けられている。

 調査は命がけで、魔族によって全滅させられることも珍しくはない。


 一方、失陥領域とは、かつて人類の支配下にあったものの、何らかの理由によってその支配権を失った領域を指す。

 身近な例を挙げるなら、クローデル領は失陥領域に分類される。


「未開拓領域は我々人類にとって未知の領域。ですが、分かっていることが一つ。魔族が生態系の頂点に君臨しているということです」


 両領域に共通するのは、人類が生存していないこと。

 そして、魔族が存在することだ。

 魔族とは、高い知性を備えた魔物の総称である。


「わたしは、クラックという組織は魔族側の存在だと考えています」


 世界平和。

 しかし、それは視点を変えるだけでまったく異なる意味を持つ。

 人類の視点で語るなら、人類同士の争いをやめ、誰もが手を取り合って生きる理想の世界を指すだろう。

 一方、魔族の視点ではどうか。

 自分たちに敵対する人類を滅ぼし、魔族だけが安寧に暮らせる楽園を築くことこそが、世界平和となる。


「つまり、これは人間同士の争いではなく、魔族側の侵略戦争の可能性があります」


 フェリシエルが淡々と自身の見解を述べる。

 その言葉にノルンは頭を殴られたような衝撃を受ける。

 魔族は高い知性を持ちながらも社会性を持たず、本能に従って動くだけだと考えられている。

 しかし、侵略戦争を行うということは、魔族がなんらかの社会性を獲得している、ということになる。


「魔族側の防波堤だったクローデル領が失陥領域となった今、王国は堤防に穴が開いたようなもの。私としては、一刻も早くクローデル領を奪還し、王国の防備を立て直したい」


 フェリシエルはノルンの目をまっすぐに見つめる。

 アメジストの瞳にはこれまでのような妖しさはなく、純粋に力強い光を放っていた。

 そして、はっきりとした声で告げる。


「だから、私はあなたと協力したいのです──ノルヴェイン・クローデル」


 これは、フェリシエルの本当の思いなのだろう。

 ノルンは腕を組みながら目を閉じ、思案に沈む。

 グレイは口を挟まず、その結論を待つように視線を送った。


「いくつか、聞きたいことがある」


「ええ、どうぞ」


 フェリシエルは笑顔で答える。

 その様子はまるで猫のようで、気まぐれさに満ちているようにも見える。


「なぜ、俺がクローデルだと分かった?」


「ただのカマかけです」


 フェリシエルはいたずらが成功した子供のような笑顔で答える。

 予想外の返答に、ノルンは目を瞬かせる。

 そんなノルンを見て、グレイは「クックッ」と笑いながら声をかける。


「覚えておきな、ノルン。女ってのは確証がなくても断言する生き物なんだ」


 ノルンは思わず天を仰いだ。

 汚れ一つない白い天井が、今のノルンには恨めしく感じられた。

 フェリシエルは笑いながらも言葉を続ける。


「ある程度は予想していましたよ。あなたのことはクローデル辺境伯からよく聞かされていました。

『殿下もなかなかのものですが、愚息はもっとすごい』

 なんて口癖のように仰ってましたよ。

 それに、学園長から、魔法以外なら私以上の者がいると聞いていましたから。予想するのは難しくありませんでした」


「そうか……そうですか……」


 フェリシエルから父のことを聞かされる。

 家では厳格で、あまりノルンを褒めることはなかったが、外ではかなり息子に甘い父親だったようだ。

 温かく、懐かしく、淋しく、誇らしい。

 様々な感情が胸の内で渦を巻き、まるで四季が一度に訪れたかのような不思議な感覚をノルンは覚えた。




「もう一つ聞きたいことがある。クローデル領崩壊前後の王国の動きについて」


 しばらく感傷に浸っていたノルンは、気持ちを切り替えるように次の問いを投げかける。

 フェリシエルは紅茶のカップとソーサーを手にしたまま、話に耳を傾ける。


「崩壊前に、クラックの人間が紛れ込んだ巡察使がクローデル領を視察に来た。書状には王家の刻印が押されていたが、何か知っているか?」


「……お待ちください。それは本当ですか?」


 その言葉を聞いたフェリシエルの表情が変わる。

 どうやら彼女も把握していなかった情報らしく、隠しきれない驚きが浮かんでいた。

 フェリシエルはエリューゼへ視線を向け、問いかける。


「エリューゼ? このことはご存じ?」


「いえ、殿下。私も初耳です」


 エリューゼも寝耳に水だったらしく、困惑した表情を浮かべていた。

 フェリシエルは持っていたカップとソーサーをテーブルに置き、しばらく考え込む。

 やがて、彼女はゆっくりと話す。


「私、クローデル領崩壊前後のことはかなり綿密に調べました。ですが、視察の件も巡察使の話も耳にしたことがありません。難民として流れてきた元領民に身分を隠して話を聞いたこともありますが、視察について語る者は一人もいませんでした」


「そんなはずはない。巡察使が乗っていた馬車は多くの領民が目にしていたはずだ」


 その言葉を聞き、ノルンは即座に反論を述べる。

 クローデル領の元自警団長のガルドも知っていることだった。

 しかし、反論をしながらもフェリシエルが嘘をついていないことは分かっていた。


「情報が、分断されている……?」


 フェリシエルがポツリと呟く。

 その言葉を聞き、ノルンは何かを思いついたかのようにグレイへ質問する。


「……婆さん、クローデル領の難民が都市に来てから、どのくらいで差別が始まった?」


「かなり早かったのを覚えている。せいぜい数日程度だったね」


「……おかしい。噂が広まるのが早すぎる」


 ノルンはその言葉を聞き、深く考える。

 本来なら、既存の住民と難民の間で軋轢が生じ、その不満が積み重なって初めて広まる類の話だ。

 どんなに早くても一ヶ月はかかるというのがノルンの認識だ。


「自然発生的な差別なら、ここまで早く広がるはずがない。誰かが意図的に差別されるような情報を広めたのか?」


「クローデル領民と分かれば強い差別を受ける。この時点で互いの信頼関係はなくなり、既存の住民と難民で分断される」


「難民の中には、働くためにクローデル領民であることを隠す者もいる。その場合、自分の過去を、クローデルのことを話す者はいない」


 ノルンは考えを整理するように独り言を呟く。

 フェリシエルも目を閉じ、深く考えているようだ。

 やがて、一つの答えに辿り着く。


「──これは、戦略的差別だ」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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