028話 あの収穫祭をもう一度
「最近、おかしなことは起きていないか?」
いまだ放心状態のガルドに向かって、ノルンは言葉を投げる。
クラックのメンバーが学園周辺にいるということもあり、些細な変化も見逃したくなかった。
反応のないガルドに業を煮やしたノルンは、ガルドの脛を軽く蹴飛ばす。
「いてて……えっと、おかしなこと、か? 特にないな」
痛みで脛を押さえながら、ガルドはノルンの問いかけに答える。
顔をゆがませながら脛をさすっているが、ふと、思い出したように口を開く。
「……いや、待て……そういえば最近、夜に辻斬りが出るらしいぞ。すでに二人やられたらしい」
「辻斬り? 珍しいね」
ガルドは古い煙草を床に押し付けて揉み消し、新しい煙草をくわえて火をつけた。
「一人目は飲んだくれの元冒険者だ。喧嘩っ早く、過去の武勇伝の自慢ばかりしてる。酒と賭け事に溺れる寂しい野郎だ」
そこそこ活躍していた冒険者が、ケガか何かで冒険者を廃業せざるを得なくなった。
別の仕事に就こうにも、これまで荒事ばかりを生業にしてきたせいで、堅気の仕事はどうにも性に合わない。
それでも、あの頃の栄光を忘れられず、酒をあおっては、何度も何度も過去の夢を思い返す。
よくある話だ、とノルンは特に感慨もなく思った。
「二人目はパン屋の主人だ。すげぇ嫌味な野郎でよ。過去のことをネチネチといつまでも責めてくるような奴で、評判は良くなかった」
説教が終わらない、終わったと思ったらまた最初から説教が始まる。
説教の目的がすり替わる人によくあることだ。
最初はまっとうに説教しているのに、だんだんと説教をしている自分に気持ちよくなっていく。
おそらく周囲からは腫れ物のように扱われていたのではないだろうか。
「二人とも肩口からばっさりと斬られていた。すげぇ力で、犯人は元軍人なんじゃないかって言われてる」
被害者二人の間に、特に関係性らしきものは見出せない。
ただの通り魔的な犯行であれば注意するに越したことはない、とノルンは考えた。
だが、「通り魔的な犯行」という言葉から、彼の脳裏には《呼び込み屋》の能力がよぎる。
ノルンの胸中では、疑惑の芽が静かに育ち始めていた。
「ありがとう、夜に出歩くことが多いから、助かるよ。他にも気になったことがあったら教えてほしい」
ノルンはガルドに礼を言った。
ある程度目的を果たしたため、ノルンは部屋を出ようとする。
「ノルン様」
ガルドは、部屋から出ていこうとするノルンを呼び止める。
振り返ると、ガルドが片膝をついている。
その瞳はまっすぐにノルンを見つめ、決して逸らそうとしない。
「クローデルでは今頃、野イチゴの小さな花が咲いているのでしょうか」
ノルンは目を閉じる。
白い花から漂う、かすかでありながら優しく甘い香りが脳裏によみがえる。
あと二月もすれば、ルビーのように愛らしい赤い実をつけるだろう。
「仕事を忘れ、昼間っから酒を楽しむ男ども。新作のデザートを楽しむご婦人方。口の周りにいちごジャムをべったり付けて走り回る子供たち。初夏の収穫祭がなんとも、あぁなんとも懐かしいですなぁ」
ガルドの目の奥には、かつて賑わっていたクローデルの街並みが映っている。
その瞳を見ながら、ノルンは在りし日の光景に思いを馳せる。
はしゃいでジャムまみれになった子供。
そんな子供を叱りつけながらも、笑顔を浮かべる女性。
その様子を見て、友人と楽しそうに酒を酌み交わす男性。
──そして、自分と父の笑い声が聞こえる。
「あの収穫祭を、もう一度見たいものですな」
「見せる、見せるさ」
ガルドのぽつりとこぼした独白は、静かでありながら重くノルンの胸に沈んだ。
その言葉に込められた不安や覚悟を感じ取り、ノルンの心はきつく締め付けられる。
ノルンは、まっすぐにガルドの瞳を見つめ、自らの決意を言葉にする。
ガルドはそんなノルンを見つめ、やがて安堵したように目元を緩め、言葉を続ける。
「ノルン様。必ず、クローデル領を再興させましょう」
* * *
ガルドと別れ、ノルンは街中を散策する。
街の楽しげな様子が、在りし日のクローデルと重なる。
ノルンは寂しい気持ちを抱えていたが、なんとか気持ちを切り替える。
必要最低限の生活用品を手に入れるため、ノルンは学生御用達の店に入る。
羊皮紙やインク瓶がそろそろなくなりそうなので、いくつかまとめて補充するためだ。
他に必要そうなものがないか物色していると、とある一団が入店してきた。
パイライトの一団だ。
彼らは周囲への迷惑など意にも介さず、店内を騒ぎ回っている。
店主が一応注意してみせても、それを一笑に付し、逆に鋭く睨み返した。
そんな一団の先頭を歩くスペルグは、終始不機嫌そうに顔をしかめていた。
「どけ」
「あ、すみません」
「買うもん買ったら、さっさと出てけ」
スペルグはノルンを見るなり、わずかに眉をひそめた。
路傍の石をどかすかのように、ノルンに言い放つ。
反抗してもろくなことにはならなそうだ、と判断したノルンは、おとなしく道を譲ることにした。
スペルグは鼻を鳴らすと、そのままノルンの脇を通り過ぎていった。
ノルンはさりげなくスペルグを観察することにする。
スペルグの仲間が他の客にちょっかいをかけているのを、彼は苛立たしげに見ている。
「平民なんかに関わるな」と咎めると、仲間はバツの悪そうな顔をしながら、それに従う。
しばらく様子を見ていたが、スペルグ自体は店に用があるわけではなく、仲間の付き添いのようだった。
やがてノルンは、憔悴しきった様子の店主との会計を終え、店を出る。
すると少し離れた場所に、一人の女生徒が立っていた。
彼女は心配そうな表情で、じっと店のほうを見つめていた。
おそらく、パイライトの一団が店の中に入ったせいで買い物ができず、様子をうかがっているのだろう。
ノルンは少し迷ったが、やがて声をかけることにした。
「あの、どうかされましたか?」
「ひゅいっ!」
突然声をかけられた女生徒は、妙な声を上げると、わたわたと慌てふためいている。
なんだかヒヨコのようなかわいらしさがある。
ただ、ここまで混乱されることは予想外だったため、ノルンは声をかけたことを少し後悔した。
「あの、もし……?」
「あ、あ、申し訳ございません!」
再度のノルンの声掛けにより、女生徒は落ち着きを取り戻した。
美しいというよりは、かわいらしいという言葉がよく似合う。
小柄で、どこか幸の薄そうな少女だった。
ノルンはこの女生徒を見たことがある。
名前は確か──。
「リネットさん、でしたよね。学園でお見かけしたことがあります」
「あ、はい。ご存じでしたか……」
彼女──リネットは名前を呼ばれたことにより、少しの安堵の表情を浮かべる。
それと同時に、先ほどの醜態を見られたことによる恥の感情が、彼女の顔を赤色に染め上げる。
ノルンはなるべくリラックスさせるように会話を続ける。
「店の様子をご覧になっていたようですが、いかがなさいましたか」
「えぅ、あ、その……。あっ!」
リネットの声とともに、その視線がノルンの背後を示した。
何事かと、ノルンはゆっくり振り返る。
そこには、店を出てどこかへ向かうパイライトの一団の姿があった。
彼女の瞳は、その中の一人の男子生徒を追っている。
パイライトのリーダー、スペルグだ。
やがて彼女は、その背中を見つめたまま、ぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「スペルグ様は私の婚約者だったんです」
「だった?」
「婚約破棄されました……」
しまった、とノルンは天を仰いだ。
他人の恋愛事情、それも貴族のものに首を突っ込むと、ろくなことにならない。
ノルンは直感的にそう悟った。
ノルンの心情など露知らず、リネットは言葉を続けていく。
「スペルグ様は学園に入学してから変わってしまいました。昔は、どんな人にも分け隔てなく優しくて。困ったことがあったら泥だらけになってでも助けてくれて。それに、こんな私なんかを蝶や花のように扱ってくれて」
過去を思い出すように、リネットは語り始める。
今のスペルグを見ていると信じられないことばかりだ。
彼は誰彼構わず厳しい言葉を浴びせ、周囲の反感を買う。
多くの者にとって頭痛の種であり、その傲岸不遜な態度は広く知れ渡っていた。
それが、ノルンにとってのスペルグ像だ。
しかし、初対面の相手にここまでペラペラと話すとは、リネット嬢は人を信頼しすぎではないか、とノルンは彼女の先行きに不安を感じる。
「別に、婚約破棄されたことはいいんです。きっと私に至らないところがあったからでしょうし。ただ、何があの方を変えてしまったのか、それが知りたくて……」
リネットは寂しそうに笑う。
ノルンはこの場を逃げ出そうとゆっくりと後ずさる。
これは、ノルンには手に負えないことだ。
しかし、リネットはぱっと顔を上げると、ノルンの目をまっすぐに見つめる。
庇護欲をそそる泣き顔を見せるが、ノルンには蛇が睨んでいるようにしか見えなかった。
「どうしてああなったか、調べてもらえませんか?」
「いや、僕は平民なんで、さすがに近づくこともできませんよ。別の方に頼んだほうが賢明かと」
そう、ですよね……、とリネットは俯きながらトボトボと歩き始める。
その後ろ姿はなんとも哀愁が漂っている。
言い知れぬ強い罪悪感がノルンの心を支配する。
ノルンはスペルグのことを思い返す。
スペルグ・ヴェルザーク。
侯爵家の嫡男で、ヴェルザーク家は代々軍事の要職についている。
入学前後で性格が大きく変わり、婚約破棄を行っている。
単なる家庭の事情や、学園デビューの可能性もある。
だが、もしかしたらクラックにより、何らかの影響を受けている可能性も捨てきれない。
ノルンは頭を振った。
「いや、まさか、ね……」
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