026話 曇天の休日
週末になり、ノルンは街へと繰り出すことにした。
今日の目的は、生活用品の買い出しと冒険者ギルドへの顔出しだ。
平日の昼間は学園内で過ごしているため、普段の街の様子は分からない。
ただ、春の花々が咲き誇るような華やかな賑わいは嫌いではなかった。
空は残念ながらどんよりと曇っており、昨日の快晴が嘘だったかのようだ。
それでも街には活気が満ちており、その賑やかさにノルンの心は自然と躍った。
ノルンはまず、冒険者ギルドに向かった。
ルクレツィアに弁明、もとい謝罪するためだ。
それに、ルクレツィアが定期的に学園に来るのであれば、情報共有は必要だとノルンは考えていた。
ギルドは相変わらず街とは異なる熱気に包まれていた。
依頼に出かける冒険者たちを掻き分けるように、ノルンはギルドの中へと歩みを進めた。
さて、ルクレツィアはいるかな、と周りを見回したところ、退屈そうに座っているエルフの少女を見つけた。
彼女もノルンを見つけたらしく、顔を上げてヒラヒラと手を振ってくる。
「やあ、レツィ。今、大丈夫?」
「すごく忙しいから無理」
「そう? 残念。じゃあ、また今度」
ノルンはルクレツィアに近づいて話しかけるが、彼女は意味もなく断ってくる。
あれだけ暇そうにしていたのに、忙しいというのは無理があるだろう、とノルンは肩をすくめて笑う。
ちょっとした悪戯心が芽生え、踵を返して帰るような素振りを見せた。
そんなノルンの様子を見て、ルクレツィアは慌てて立ち上がり、ノルンに声をかける。
「たった今忙しくなくなった。大丈夫」
子供みたいなことを言うルクレツィアがおかしくて、ノルンは思わず吹き出してしまう。
からかわれたと気づいたルクレツィアは不機嫌そうにそっぽを向く。
これ以上機嫌を損ねるのはまずいと思ったノルンは、彼女に謝り倒して許してもらった。
* * *
ルクレツィアは昼食として、ライ麦パンとポトフを食べている。
ノルンが昼食を奢ることでさっきの件は手打ちになった。
リスのようにパンを食べるルクレツィアを見ながら、ノルンは会話を始めた。
「昨日は驚いたよ。まさか、レツィが学園に来るなんて」
「私も驚いた。ノルンって学生? 貴族?」
「学生だけど平民だよ。冒険者をしてることは学園にバレると面倒だから内緒にしてくれると助かる」
「ふーん。ノルンの弱み、一つ手に入れた」
話題は昨日の剣術の授業のことだ。
互いの疑問を解消させるために、二人は質問を投げ合っていた。
ノルンの秘密を知ったルクレツィアは、さっきの意趣返しだとばかりにニヤニヤしている。
彼女のしたり顔を見て、ノルンは苦笑するしかなかった。
「レツィこそ学園に指導しに来るなんて、どういう風の吹き回し? こういうの嫌いだと思ったけど」
「ギルドの依頼。断るつもりだったけど、悪魔のような受付嬢に脅された」
やはり、ルクレツィアは依頼で講師を引き受けたようだ。
しかし、その裏でどのような交渉術が繰り広げられていたのかは分からない。
ノルンは登録時の受付嬢の顔を思い浮かべたが、背中に寒気が走ったので考えるのをやめた。
「でも、本当に意外だったよ。それに、生徒たちからも教え方の評判はよかったよ」
「当然」
澄まし顔で得意げに胸を張るルクレツィア。
しかし、ノルンは見逃さなかった。
頬が緩むのを必死に抑えようとしている彼女を。
素直なようで素直ではないが、褒められたことは純粋に嬉しかったようだ。
「セリアとも知り合いだったんだね。どういう関係か聞いてもいい?」
「セリアが話していないのなら、私からは話さないほうがいい。伯爵家のことを勝手に喋ったら、信用を落としちゃうでしょ?」
ある意味ノルンが一番気になっていたことだが、これには答えてもらえなかった。
だが、これで二人の関係性が僅かに見えた。
二人の関係は個人間のことではなく、伯爵家に関することだと分かった。
「そうだね。これ以上は聞かないでおくよ。あと、アレンがレツィに袖にされて悲しんでたよ」
「アレンって誰だっけ?」
これ以上踏み込むことはルクレツィアとの関係に影響が出そうだと感じたため、ノルンは話題を切り替えた。
ルクレツィアに男としてのアピールをしたアレンのことだ。
しかし残念。
どうやらアレンは、彼女の心には一切残らなかったようだ。
話はまったく広がらなかったが、むしろアレンをからかう格好のネタができたと、密かにほくそ笑んだ。
「そういえば、ヴィクトルって人が担当になったんだけど、知ってる? 冒険者仲間だったり?」
「ううん、知らない。少なくとも、私がこの都市を拠点にしてからは見たことがない」
「冒険者じゃなくて、最近この都市に来たのかな?」
「多分そう。別の国の軍人とか、腕貸稼業とか?」
「授業で立ち会ったけど、凄かったよ。勝つどころか、一撃当てる未来も見えなかった」
ヴィクトルのことを確認したが、ルクレツィアには思い当たる節がなさそうだった。
あれだけの腕を持っているのなら、どこかで有名になっていてもおかしくない。
ヴィクトルに関する謎は深まるばかりだ。
学園はどうやって彼に依頼を出したのだろう、という当然の疑問がノルンの中に湧き上がる。
もし、彼がクラックの一員なら、ノルンとの相性は最悪だ。
ノルンの宿痕『世界檻』は、魔法や宿痕を主軸に戦う相手には抜群の効果を発揮する。
だが、ヴィクトルのように圧倒的な技術と身体能力を備えた相手となると話は別だ。
『世界檻』を使うことは、獅子の檻に自ら飛び込んでいくようなものだ。
おそらくノルンは、なすすべもなく敗北するだろう。
──クラック。
「ちょっと真剣な話になるけど、いい?」
「ん? いいよ」
「これ、見覚えある?」
クラックのことに思いを馳せたことで、ノルンは本題に入る。
ノルンの真剣な様子に、ルクレツィアは居住まいを正す。
周囲の冒険者がこちらに注意を向けていないことを確認し、ノルンは懐からあるものを取り出した。
《呼び込み屋》が持っていたペンダントだ。
「たしか、《呼び込み屋》が持ってたやつ?」
「そう、この意匠と似たようなものを知ってるかな、と思って」
「うーん、見たことあるような、ないような」
ルクレツィアにペンダントを渡す。
ペンダントを受け取った彼女は、首をかしげながら意匠を指でなぞった。
何か引っかかるものがあるらしい。
うーんうーん、としばらく考え込む。
「これ、借りてもいい? ちょっと手持ちの資料を確認してみる」
「僕はもう意匠を覚えたから問題ないよ」
「ごめんね、ありがとう。次会ったときに返すね」
ルクレツィアの記憶の引き出しは、すぐには開かなかったようだ。
確認のために持ち帰ることを、ノルンは快く了承した。
しばらく難しい顔をしてペンダントを眺めた後、ルクレツィアは諦めたように懐にしまう。
「これって、クラックのシンボル?」
「そうだと思ってる。あいつらとは因縁があってね。手がかりを探しているんだ」
「何があったか聞いてもいい?」
「ちょっとあいつらに故郷を滅ぼされてね」
「……ごめんなさい」
好奇心を抑えきれなかったのか、ルクレツィアはノルンの過去について尋ねた。
ルクレツィアはすでに《呼び込み屋》というクラックのメンバーに遭遇している。
特に隠す必要もないだろう──そう考えたノルンは、自分の過去を語った。
しかし、それを聞いたルクレツィアは沈痛な面持ちになり、ノルンに謝罪する。
おそらく、軽々しく聞いてよい話ではなかったのだと悟ったのだろう。
借りてきた猫のように大人しくなってしまった彼女を見て、ノルンはかえって罪悪感を覚えた。
だが、しばらくして何かに思い至ったのか、ルクレツィアは顔を上げると、改めてノルンに問いかけた。
「あれ? 故郷を滅ぼされたって……もしかして、クローデル領?」
「ごめんね。迷惑かな?」
「なんで謝るの? 別に迷惑じゃない。ノルンも大変なんだね」
クローデル領出身だと知られると嫌われるかもしれないと思い、ノルンは思わず謝罪する。
しかし、ルクレツィアは特に気にした様子はなかった。
だが、クローデル領民の扱いを知っているのだろう。
ルクレツィアは申し訳なさそうに視線を伏せた。
気まずい沈黙が落ちたので、ノルンは場の空気を変えようと追加の料理を注文した。
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