022話 外部講師
「よう、サボり魔。学園が恋しくなったか?」
学園に入学してから約半月が経っていた。
入学から半月も経つと、ある程度グループが形成される。
クラスメイト同士の距離も縮まり、気の合う者たちは自然とつるむようになっていた。
そして今、ノルンは仲の良い男友達──アレンに話しかけられている。
「体調崩して寝込んでただけだよ」
《呼び込み屋》との邂逅から二日が経過していた。
ノルンはその間、学園を休み、怪我の回復に努めていた。
正直なところ、傷はまだほとんど癒えていない。
だが、動けないほどではないため、今日から再び学園へ通うことにしている。
「あんまりからかわないの。体は大丈夫? 休んでる間のノートは取ってあるから、もし必要だったら言って」
「さすがセリィ様だ。アレンなんかとは大違いだよ」
アレンを窘める少女──セリアは、ノルンの体調を気遣うように話しかけてきた。
金色の髪が陽光を受けてきらめき、まるで神の使いのような美しさを漂わせていた。
セリアの優しさが神の祝福のようにノルンに染み渡る。
「そういや、剣術の授業のクラス分け、発表されたぞ」
「ってことは、やっとあの“最高に有意義な”体力作りの授業から解放されるってこと?」
剣術の授業では、最初に基礎訓練として体力強化の授業が行われていた。
おそらく、体力測定も兼ねていたのだろう。
ゴールもなく延々と走らされたり、重りを持ちながら素早く動いたりと、なかなかに苦痛を感じる内容で、生徒からは批判の声が多かった。
「そういうこと。残念すぎて涙が出るよな」
アレンは口ではそう言いながらも、嬉しさを隠し切れていなかった。
かくいうノルンも、誰かにやらされる訓練は苦手だったので、思わず安堵のため息を漏らしてしまった。
「それで、クラス分けはどんな感じ?」
「俺とノルンは一番上のクラスだ。セリィは貧弱だから一番下だな」
「あんたたちみたいな体力お化けと一緒じゃなくて安心したわ」
ノルンの質問に、アレンが答える。
どうやらセリアとは別のクラスになったらしい。
そして、何かを思い出したように、アレンが続けた。
「そうそう、各クラスには臨時の講師が来るらしいぞ」
どうやら学園には理論を教える人材は豊富だが、実践を指導できる人材が不足しているらしく、外部から講師を招くのが通例となっているようだ。
そのため、冒険者や元軍人といった実戦経験豊富な者たちに白羽の矢が立つことが多く、生徒たちの中には彼らを侮った態度を取る者もいる。
しかし、そうした生徒が講師たちに実力の差を思い知らされるのが、毎年の風物詩になっているらしい。
貴族の子息たちが通う学園に外部の人間を招き入れて問題ないのか──そんな疑問も浮かんだが、学園が十分な身元調査と適性検査を済ませているのだろうと信じるしかなかった。
それでも、ノルンの脳裏には「学園に潜伏するクラック」という情報がこびりついて離れなかった。
警戒するに越したことはなさそうだ。
「どんな講師が来るかな? 美人なお姉さんだと嬉しいよな」
「安心しなよ。きっとアレン好みの筋肉ムキムキで笑顔が素敵なおっさんが講師だよ」
アレンは期待に胸を膨らませながらノルンに話しかけてくる。
外部講師として来る冒険者。
冒険者と聞くと、ノルンの頭には一人のエルフの少女──ルクレツィアの顔が浮かんでくる。
だが、人嫌いな彼女のことだ。
きっと学園に来ることはないだろう、とノルンは心の中で苦笑した。
* * *
「あ、ノルンだ。やっほー」
午前最後の剣術の授業。
そこにはルクレツィアがいた。
ノルンは自分が今いる場所を確認する。
学園内の訓練場だった。
ノルンはもう一度ルクレツィアを見る。
やはりそこには見慣れたジト目のエルフ──ルクレツィアがいた。
ノルンの頭の中にいくつもの疑問符が浮かぶ。
たとえ依頼だとしても、彼女が講師を引き受ける姿はまるで想像できない。
人嫌いな彼女に講師が務まるとは到底思えない。
きっと気のせいだ、とノルンは無視を決め込もうとした。
「あれ? ノルン、どうしたの? おーい」
なおも話しかけてくるルクレツィア。
隣にはアレンとセリアがいる。
無視を決め込むのは流石に無理があったので、ノルンは挨拶を返すことにした。
「やあ、ルクレツィアさん、お久しぶりです。アレン、セリィ、紹介するよ。彼女はルクレツィアさん。金ランクの凄腕冒険者なんだ。以前、冒険者ギルドに依頼を出した時にお世話になってね。彼女のおかげで助かったよ」
ノルンは早口でまくし立てるようにルクレツィアへの挨拶と紹介を済ませる。
ノルンが冒険者であることがバレるのは非常に面倒だ。
どうか意図を汲み取ってくれ──そう願いながら、ノルンはルクレツィアの目を見つめた。
「……そうだね、あの時のノルンの依頼はそこそこ大変だった」
ノルンが再び「ルクレツィア」と呼んだことに、彼女は少しムッとした表情を浮かべたが、ノルンの意図を汲み取って話を合わせてくれる。
ホッとしたノルンはアレンとセリアを見る。
「おい、ノルン。どういうことだ? お前がこんな可愛い子と知り合いだなんて聞いてないぞ」
アレンは怒気を含んだ声でノルンに詰め寄る。
そのあまりの迫力に気圧され、ノルンは思わず後ずさる。
そんなアレンをセリアとルクレツィアは冷ややかな目で見ているが、当の本人は気付いていない。
やがてアレンはルクレツィアへ向き直ると、精一杯さわやかな笑顔を浮かべながら手を差し出した。
「俺、アレンって言います。ノルンのことは結構面倒見てます。よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします。あと、握手は遠慮しておきます」
ルクレツィアの塩対応に、少し傷ついた様子のアレン。
そんなアレンを無視して、セリアがルクレツィアに話しかける。
「ルクレツィアさん、お久しぶりです。覚えてますか?」
「ん? ………………もしかして、セリア?」
ルクレツィアは脳裏の奥に埋もれた記憶を探り、ようやく少女の顔と名前を結びつけた。
その言葉にセリアはにこりと微笑む。
「あれ? 二人は知り合い?」
「うん。昔、ちょっとね」
ノルンの疑問にルクレツィアが答える。
その際、彼女はちらりとセリアに視線を向けた。
どうやら何か含むところがあるらしい。
ノルン自身も隠し事の多い身だ。
無理に詮索するのは野暮だろうと思い、それ以上は尋ねなかった。
「まさかとは思うけど、臨時講師?」
「そう。一番下のクラスを教える。体力ないけど魔法の素養が高い子が多いから、魔法を使った剣術を教える。ノルンは?」
「僕は一番上のクラスだよ。だからルクレツィアさんに教えてもらう機会は少ないかも」
念のための確認ではあったが、やはりルクレツィアは臨時講師として学園に来ていたようだ。
ルクレツィアに剣を振るうイメージはなかった。
しかし、魔法を織り交ぜた剣術を教えると聞けば納得できる。
一方で、彼女はノルンが冒険者として接するべき相手なのか、それとも学生として接するべき相手なのか、判断しかねているようだった。
そのためノルンは、自分が学生として授業を受けることを、それとなく伝えることにした。
「そっか。まぁ、そうだよね。あ、そういえば前の依頼で確認したいことがあるんだ。時間があるときに詳しく話を聞かせて」
それじゃ、と手を振りその場を後にするルクレツィア。
──要するに、「どういうことか後で説明しろ」ということなのだろう。
ノルンは大きくため息をつき、天を仰いだ。
* * *
時間になり、生徒はクラス別に分かれることになった。
一番上のクラスに配属された人数は十数人ほどだった。
体力に自信のある者ばかりで、どの生徒も精悍さとやんちゃさを併せ持った顔つきをしている。
そんな彼らの前に、一人の男がのっそりと現れた。
年の頃は二十代半ばだろうか。
髪はぼさぼさで、無精髭が生えている。
服装もだらしなく、シャツの裾はズボンからはみ出していた。
纏う雰囲気としては黒色を想起させる。
休日には酒場の椅子にもたれかかり、昼間から酒をあおって酔い潰れている──そんな姿が容易に想像できる男だった。
男は死んだ魚のような目をしながら、生徒の前で自己紹介をした。
「臨時で剣術を指導することになったヴィクトル・ヴァルターだ。適当によろしく」
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