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021話 仕方ないから助けてあげる

「それで、その後どうなったのさ」


 治療院の一室。

 ベッドの上には包帯を巻かれたノルンが上体を起こして座っている。

 その傍らには呆れた様子の老婆が立っている。


「ルクレツィアが言うには、ひとしきり暴れた後、眠るように動かなくなったんだって」


「何を他人事みたいに……」


 《呼び込み屋》との戦闘後、呪いにより自我を失ったノルン。

 それを止めてくれたのがルクレツィアだという。

 ノルンが目を覚ましたのは、森の中でルクレツィアに引きずられている最中だった。

 暴れ回った末に意識を失ったノルンを、彼女は連れ帰ろうとしていたらしい。


 迷惑をかけたことを謝罪するノルンを、ルクレツィアは寛大な心で許してくれた。

 それでも、暴れ回って彼女を攻撃したことに負い目を感じていたノルンは、何度も謝罪した。

 そんなノルンに対し、ルクレツィアが放った一言は容赦なかった。


『力任せに剣を振り回すだけの雑魚だったよ』


 その言葉はノルンの心を深く抉った。

 身体だけでなく、精神にも深刻なダメージを負ったノルンは、そのまま再び意識を失った。

 そして次に目を覚ました時、そこは治療院のベッドの上だった。


「まったく、エルフのお嬢さんが血だらけのあんたを引きずってるのを見たときは、さすがの私も肝が冷えたよ」


「新鮮な驚きを提供できたようで何よりだよ」


 軽口を叩くノルンに呆れながら、老婆は当時の様子を思い返す。

 街道の調査を終え、ノルンに合流しようと森に向かった老婆は、血だらけのノルンを運ぶルクレツィアを偶然見つけた。


 老婆は慌てて二人のもとへ駆け寄った。

 しかしルクレツィアは強い警戒心を露わにし、老婆と対峙する。

 まるで子供を守ろうとする獣のような殺気を向けられたが、老婆にはむしろそれが頼もしく思えた。


(まったく、いじらしいね)


 老婆が事情を説明すると、ルクレツィアは安心したようにその場にへたり込んだ。

 ここまでずっと気を張っていたのだろう。

 その様子を見て、自分がもっと早く到着していればと悔恨の念に駆られた。


 そして、そのまま二人でノルンを抱えて治療院に向かった。

 ノルンの怪我は深刻ではあったが、幸い命に関わるようなものではなかった。

 それでも、ルクレツィアは終始不安そうな表情でノルンを見守っていた。

 やがて、ルクレツィアも疲労の限界が訪れたのだろう。

 うつらうつらと舟を漕ぎ始めたのを見て、老婆は休むよう言って彼女を家へ帰したのだった。


 そして今に至る。

 目の前にはいつもの調子と変わらない能天気な男がいる。

 ルクレツィアの不安を目にしていた老婆は、その様子に呆れとも安心とも言えない感情を抱くのであった。


「それで、話は変わるけど、婆さんのほうはどうだった?」


 ノルンはおちゃらけた表情から真剣な表情に切り替える。

 老婆と調査結果の共有をするためだ。


「こっちは外れさ。年寄りを敬わないガキ共がいたから、ちょっと礼儀作法の授業をしてやったくらいだ」


 街道には山賊まがいの連中がいたが、老婆によってきつめの仕置きがされたようだ。

 顔も知らない山賊たちに、ノルンは同情する。


「こっちは大当たりだった」


 その言葉に老婆が目を大きく見開く。

 ノルンは懐からある物を取り出す。

 それは《呼び込み屋》の首の代わりに断ち切って持ち帰ったペンダントだった。


「クラックの連中だ。《呼び込み屋》を名乗っていた」


 そのペンダントの意匠は独特だった。

 両手を交差させるようなデザインで、手のひらと思われる部分には目のマークが施されている。

 素材自体は特殊なものではなく、おそらく鉄が使われていると思われる。


「拍手……いや、これは裏拍手だね」


 それは一見、拍手をする際の手の形を意匠化しているように見えた。

 だが、よく見ると、確かに指の位置がおかしい。

 それは手の甲を合わせて拍手をしたときのような奇妙な形をしていた。

 だからこそ、「裏拍手」という言葉がしっくりきた。


「これがあいつらのシンボル、かもしれないね」


「念のため、学園の図書館で調べてみるよ」


 そう口にはしたものの、ノルンは正直なところ期待していなかった。

 学園の図書館に資料が残されている可能性は低いと考えていたからだ。

 ノルンは話を続ける。


「それと、《呼び込み屋》と王女が出会っていたのは本当だった」


「ますます王女と対話する必要があるね。叶うなら私も同席したいよ」


 依然として、王女とクラックが繋がっていて、不穏分子を釣り上げようとしている可能性は捨てきれない。

 それでも、王女と対話を進める必要があると老婆は考えていた。

 一方、ノルンも同じ考えだった。

 どうすれば王女と老婆を引き合わせられるか、その方法を模索するのであった。


「最後に特大の情報を。──学園ないし学園周辺にクラックが潜伏している可能性が高い」


「なっ!?」


 老婆が驚愕の声を上げる。

 その場の空気が一瞬にして張り詰める。


「俺は学生と教師陣を調べる。婆さんは学生の親を中心に調べてみてくれ」


 老婆は険しい表情で頷いた。

 これ以上の言葉は必要ない。

 それで十分だった。

 互いにやるべきことは分かっている。


 さて、とノルンは重苦しい空気を払うように口を開く。


「それじゃ、俺はギルドに事の顛末を報告しに行くから、そろそろここを抜け出すよ」


 そう言って、ノルンは抜け出す準備を始める。

 老婆から叱責の言葉が飛んでくるものだと思っていたが、いつまで待ってもそんな気配はない。


「あれ? 止めないの?」


「止めたってどうせ聞きゃしないだろ、まったく。腹に穴が空いてんだから激しい動きはするんじゃないよ」


 さっさと行け、と言わんばかりに手を振る老婆に見送られる。

 こうしてノルンは堂々と病室を抜け出すのだった。



 * * *



 日が暮れ、間もなく夜の帳が下りる時間。

 町の喧騒は労働の熱気から、酒と享楽の熱気へと姿を変えつつあった。

 楽しそうに酒に興じる声が聞こえる。

 だが、辺りはすでに薄暗く、声の主たちの顔までははっきりと見えない。


(そういえば、こんな時間帯を『たそがれ時』って言うんだったな)


 ノルンは《呼び込み屋》のことを思い出す。

 自在に姿を消し、知らず背後から刃を突き立てる男。

 薄闇の中では、人の顔も判然としない。

 《呼び込み屋》はノルンの知らぬところで、王国内を闊歩していたのかもしれない。

 そして明日にでも、この楽しげな喧騒に紛れて混乱を引き起こすのかもしれない。


(いや、深く考えるのはやめておこう)


 ノルンは自身の考えを振り払う。

 気持ちを切り替え、足を進める。

 やがて、冒険者ギルドの建物が見えてきた。


 ギルドに入ると、併設されている酒場では多くの冒険者たちが酒を酌み交わしていた。

 依頼の成功を祝って杯を掲げる者。

 依頼の失敗を酒で紛らわせる者。

 次の依頼に向けて仲間と作戦を練る者。

 酒場は活気と喧騒に満ちていた。

 それを横目にノルンはギルドの受付に足を進める。


「ノルン?」


 すると、酒場のほうからノルンの名前を呼ぶ声がする。

 声のしたほうへ目を向けると、家に帰ったはずのルクレツィアが酒場の隅で食事をしていた。


「ノルン!」


 ルクレツィアがパタパタと駆け寄ってくる。

 驚きや戸惑い、不安、そして安堵――さまざまな感情がその表情に浮かんでいた。


「ノルン、ケガは? 痛くない? なんでここにいるの? 治療院は? 大丈夫?」


 ノルンのもとへ駆け寄ったルクレツィアは、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。

 その慌てぶりに、ノルンは苦笑するしかなかった。


「思ったよりも軽傷だったみたいで、治療院から追い出されたんだ」


 ルクレツィアはジト目でノルンを睨みつける。

 ノルンがバレバレの嘘を吐くからだ。


「僕のことはいいとして、ルクレツィアのほうこそ平気? 休んでなくていいの?」


 分が悪いと感じたノルンは、慌てて話題を変える。

 ルクレツィアは不満げに頬を膨らませる。

 しかし、これ以上追及しても無駄だと判断したのか、小さくため息を吐いた。


「私は大丈夫。冒険者捜索の結果もすでに報告済み」


 そう言ってピースサインを作りながら得意げに胸を張るルクレツィアに、ノルンは苦笑した。

 どうやら心配するだけ無駄だったらしい。

 そんなことを考えていると、ルクレツィアが周囲を窺うようにして小声で告げる。


「ヴァルトモルとクラックのことは、念のため伏せてる」


「さすがルクレツィア」


 ルクレツィアはまたも得意げに胸を張る。

 冒険者の中にクラックの関係者が紛れ込んでいる可能性は否定できない。

 クラックに関しては伏せておくことが正解だろう。


「クラックのことは黙っておこう。ヴァルトモルのことはルクレツィアが倒したことにしてくれる?」


「なんで? ノルンが倒したようなもの」


「冒険者をやってるってバレたくない人たちがいるんだよ」


 学園の規則が原因だ。

 学園にバレると最悪の場合、退学処分になる可能性がある。

 変に冒険者として有名になることは、ノルンとしては避けたいことだった。


「ん~~~、分かった。ノルンと別行動してるときに倒したことにする」


「ありがとう。助かるよ」


 不承不承といった感じだが、ルクレツィアは了承してくれた。

 ノルンが礼を言うと、ルクレツィアはじっと彼の顔を見つめた。


「そういえば、ノルンって戦ってる時と普段とで性格が違うよね。一人称も『俺』だったし」


「あれ? そんなに違うかな?」


 急なルクレツィアからの指摘にノルンは面を食らう。

 自分でもあまり意識していなかったことなので、曖昧に首を傾げるしかなかった。


「違うよ。普段はなんか胡散臭いけど、戦闘中はキビキビしてる」


「う、胡散臭い……」


 地味に酷いことを言われ、ノルンは軽くショックを受ける。

 そんな様子のノルンに、ルクレツィアは笑顔を向ける。

 その笑顔を見て、戦いが終わったんだとノルンは今更ながら実感する。


「改めてだけど、今回はルクレツィアがいてくれて助かったよ。本当にありがとう」


「ルクレツィアって長いでしょ? 別にレツィって呼んでくれてもいいよ」


 今回の死闘で共に戦ってくれたルクレツィアにノルンは礼を述べる。

 特に魔法に関してはノルン一人だと、きっと何もできなかっただろう。

 感謝の言葉への返事としてはあまりにも唐突で、ルクレツィアはどこかずれたことを口にした。


「ルクレツィアはそれでいいの? 一応僕はルクレツィアの嫌いな三要素を兼ね備えてるけど?」


「レツィって呼んでくれてもいいよ」


 ルクレツィアは同じ言葉を繰り返す。

 有無を言わさぬルクレツィアの言葉。

 それは提案の形を取った、強制にほかならなかった。


「ルク……レツィ、ありがとう」


 圧に屈したノルンは、照れくさそうにルクレツィアを愛称で呼び、感謝を伝えた。

 それに対してルクレツィアは満足そうな表情を浮かべる。

 そして、満面の笑みを浮かべながらノルンに言った。


「困ったことがあったらいつでも呼んで。仕方ないから助けてあげる」




 ~第一章 黄昏の呼び声編 完~

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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