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002話 入学式

「ご存じの通り、代々我が校では首席合格者が新入生代表の挨拶をする習わし。王女殿下にはその挨拶をお願いします」


学園の一室、老人が一人の美しい少女に話しかける。

彼女の名前はフェリシエル・オルテンシア。オルテンシア王国の第一王女である。

薄青い髪、白磁のような肌、アメジストのような瞳、同年代の少女と比べて小柄な体躯。

切れ長の瞳は、人によっては値踏みされているように感じられるだろう。


その少女は小さな口を開け、鈴のような声で答える。


「本当に私が首席なのですか?私が王族だからではなく?」


「はい、間違いなく王女殿下が総合首席の成績でした」


王女の問いに老人──おそらく学園長であろう人物が答える。

相対するは数ある王族の系譜の中でも最高傑作と言われる少女。

本来であれば萎縮さえしてしまうような彼女の問いに学園長は平然としている。


「そう、そうですか。──今回の試験、あえて何問かを間違えたのですが、それでも私以上がいないとなると、いささか残念です」


少女の口からは強い失望が滲み出る。あるいはそれは諦念だろうか。

その心情を汲み取ってか、学園長は話を続ける。


「ただ、一人だけ筆記満点かつ武芸実技が高得点の者がいましたな。その者は魔法実技で0点だったため総合では殿下に譲ることになりましたが」


その言葉に少女の目が怪しく光る。

カエルを見つけた蛇、あるいはネズミを見つけた猛禽――といったところだろうか。


「その者の名は?」


少女の問いに学園長が返答する。


「個人に関することなので、たとえ王女殿下の頼みでも答えることは出来ませんな。──ただ」


そう一言区切って学園長は話を続ける。


「その人物を探し当てることも、一つの楽しみになるとは思いませんかな?」


その言葉に、少女の唇がわずかに笑みを描いた。



* * *



入学式。


ノルンとアレンは式が開かれる講堂に入る。

講堂に向かう途中、あれやこれやと世間話をする中で、二人の距離はそこそこ縮まっていた。


中央には新入生用の座席が用意されており、その両側を囲むように来賓の席が用意されている。

席は自由だと言われているが騙されてはいけない。

高位の貴族の子息ほど前の席に座るという暗黙の了解があるのだ。


「じゃあ僕は後ろのほうの席に座るから、アレン、また後でね」


そういってノルンはアレンと別れようとする。


「何言ってるんだ、俺も後ろの席に座るぞ。家柄自慢のいけ好かない貴族の隣に座るより、お前の隣のほうがいいに決まってるだろ」


そこへ待ったをかけるアレン。


「個人的には嬉しいけど、コネ作りの目的忘れてない?」


「それはそれ、これはこれ。そんなのは後でいいんだよ」


そうしてアレンは後ろの席に向かって歩き出す。

アレンの申し出は素直に嬉しく感じるノルンだが、後から来る平民の新入生が混乱する光景が容易に想像でき、内心で苦笑する。


「あ、セリィ!おーい、セリィ!こっちだ!!」


突然、アレンが大声で誰かを呼び始めた。

すると一人の少女が振り返り、困った顔でこちらに向かって歩いてきた。


「アレン、大声で呼ぶのは恥ずかしいからやめてっていつも言ってるでしょ。あと、曲がりなりにも私の家はあなたの家の主家にあたるの。だからこういう公的な場ではちゃんとしてちょうだい」


金色の髪をなびかせ、眉尻を下げながらセリィと呼ばれた少女はアレンに話しかける。


「ごめんごめん、見知った顔があったから、つい」


そうアレンは人好きのする顔で答える。

それに対してセリィと呼ばれた少女は仕方のない人ね、とでも言いたげな顔だ。


「セリィ、紹介させてくれ。彼はノルン。さっき会って仲良くなったんだ。そしてノルン、彼女はセリア・エルフィレム。伯爵令嬢で、いわゆる俺の幼馴染みたいなやつだ」


と、アレンはにこやかに両者を引き合わせた。

いきなりの流れでノルンは内心気が気でないが、アレンにとってはどこ吹く風だ。


「お初にお目にかかります、セリアお嬢様。私のような不調法な者がお目にかかるなど、身に余る光栄に存じます」


「ご丁寧にありがとうございます。ですが、そんなにかしこまらなくても結構ですよ。ここは平等を謳う学園。私のことはアレンと同じように、セリィとお呼びください」


セリアは軽くカーテシーをしながらノルンに上品な微笑みを向ける。

そしてアレンのほうに顔を向けると左手を腰に当て、右手の人差し指をアレンに突き付ける。


「それにしても、アレン!あなたいつもみたいに強引に周りを巻き込んでノルンさんに迷惑をかけたんじゃないでしょうね?」


綺麗な眉を吊り上げてプリプリと怒る幼馴染の姿に、アレンは思わず両手を上げて降参のポーズを取った。

どうやらこちらが自然体のようだ。


「いえいえ、アレンには貴族様に咎められていたところを助けていただいたんですよ」


そうだそうだ、というアレンの小さな抵抗をセリアは無視し、ノルンに語りかける。


「もしアレンのことで迷惑がかかったら、私に言ってちょうだいね。いつでも力になるわ」


「あはは、ありがとうございます」


「あと、アレン。そこに座るのはあなたの勝手だけど、後から来る人がどう思うかはちゃんと考えなさいよ」


それじゃあ、とセリアは前の席へと歩みを進めた。

アレンはというと、叱られた犬のようにばつの悪そうな顔をしている。

と思いきや、いたずらな笑みを浮かべてノルンに語りかける。


「あいつ、生真面目そうだろ?でも結構ポンコツなところがあるんだぜ」


なんとなく二人の関係性を読み取れたノルンもつられて笑うのであった。



* * *



そうこうしているうちに入学式が始まった。


学園長を名乗る老人の有り難い話が終わり、魔法による歓迎のパフォーマンスが行われる。


講堂の壁面を緑が覆い、氷でできた小鳥があたりを何羽も飛び回る。

足元には鏡のような湖面が映し出され、室内にも関わらず天井には青空が広がる。

小鳥が互いにぶつかるとそれは花びらへと変わり、湖面に彩を添える。

かと思えば昼の光景から夜に変わり、星空が映し出される。

一瞬の静のあと、色とりどりの花火が上がり、宙に歓迎の文字が浮かび上がった。


空を見上げた新入生から歓声が上がる中、一人の少年──ノルンだけが下を向いている。

ノルンの表情は苦痛にゆがみ、呼吸が上がっている。

ノルンは慌てて懐から薬を取り出し、一息に飲み干した。


「ん?おい、大丈夫か?」


それに気づいたアレンが心配そうに声をかける。


「問題ないよ、持病みたいなもので薬さえ飲めば大丈夫。身体自体はすごく丈夫さ。それにこれは学園長の話の長さが原因だね」


苦しそうな顔はしているものの、ノルンは心配かけまいと強がりを言う。


「はは、たしかに眠たくなるほど長かったな。──でも苦しかったら俺に言えよ。それに、薬師志望の理由も今ので何となく分かったわ」


あえて事を重大に捉えないよう努めるアレンに、ノルンは感謝を告げた。

距離を詰めすぎない彼の配慮がノルンにはこの上なくありがたかった。



* * *



魔法による歓迎パフォーマンスが終わり、新入生代表の挨拶が行われることとなった。


一人の少女が壇上に上がる。

彼女はまるで氷の妖精のように美しく、可憐で、そして鋭かった。

そして、歌でも歌うかのように口を開き、挨拶を行った。


「皆様、本年度の新入生代表を務めさせていただきます、フェリシエル・オルテンシアです」


「あれが噂の王女殿下だ。首席入学とは流石だな」


アレンが小声でノルンに語りかけてくる。


「それにしても可愛いよな。ぜひお近づきになりたいものだ」


王族のような人間は、ノルンの目的にとって毒にも薬にもなる。

彼女の為人が分からない以上、今のノルンとしてはあまりお近づきになりたくない類の人間だ。


「婚約者候補たちも結構いるらしいぞ。王家の最高傑作らしいからな、結婚相手選びも慎重になってるらしい」


「そんでその候補たちは学園にもいるから、周りのガードは堅そうだな」


「殿下は知性だけじゃなく、武芸もかなりのものらしい。特に氷魔法に関しては王国でも指折りの腕前だとか」


少女の挨拶が続く中、アレンは彼女の噂話を次々とノルンに吹き込んでくる。

ありがたいことだが、これで変に目をつけられでもしたらこちらとしては困る、とノルンは内心辟易していた。

アレンの噂話から少女の挨拶へと思考の焦点を合わせようとしたところ、少女のアメジストのような瞳がノルンを見ていることに気づいた。


え?と思った瞬間には、少女は別の場所へ視線を移していた。

目が合った?なぜ?いや、さすがに偶然だろう、とノルンは思考を巡らせる。

そうしているうちに、少女の挨拶は終わり、来賓の挨拶へと移っていくのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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