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001話 霧の中の少年

初投稿です

 霧の中から今にも枯れてしまいそうな呼吸の音が聞こえる。

 それ以外の音はすべて飲み込まれたのかと思うほど濃い霧の中、呼吸の主である一人の少年が座っている。


 年の頃は十代半ばほど。美しかったであろう黒髪は、今は濡れたカラスの羽のように萎れている。

 少年が背を預けているのは木か壁か、それすら分からぬほどの霧。


 そんな白い霧の中で少年から流れ出る血の赤だけが異様に鮮やかだった。

 それは今でもまだ生きようとする輝きにさえ見える。


 自分からこれ以上何も零れ落ちないよう傷に手を当てながら、少年はこれまでの事を考え、乾いた笑みを漏らした。

(約束を、果たせただろうか……)


 そして、あるかも分からないこれからの事に思いを巡らせようとした時、

 カツン、カツンと靴の音が聞こえてくる。

 生き残りは逃がしたはずだ。敵も先ほど倒したはず。では誰が――と、少年は思考を巡らせる。


「──ま、だ」


 全身が灼けるような痛みを無視して魔法の行使を試みる。


「必、ず、──り、戻す」


 瞬間、少年の胸を中心に黒い何かが侵食するように広がっていき、苦痛に顔を歪めながら魔法の行使を諦める。

 それはまるで水を伝って墨が広がるような光景である。

 ブリキのようなぎこちなさで顔を上げ、目の前に誰かが立っているのを認めたところで少年の意識の糸は切れてしまった。


 そして再度訪れる静寂。

 残るのは鉄人形のように動かなくなった少年と、それを見下ろす一人の老婆。

 霧錆びた夢の中で、彼は何を思うのだろう。



 * * *



「あんた、今日から学園に通うんだったよね?」


 厳しさの中に優しさを含んだ声で老婆が少年に語り掛ける。

 70歳を超えているはずなのに、腰は曲がっておらず、凛とした佇まい。

 美しく年を取った、と表現するのがぴったりな老婆である。


「そうだよ。試験も無事合格して、今日から晴れて学生の仲間入り」


 話しかけられた少年はそう答える。

 この老婆とは、一年前に死にかけていたところを助けられて以来の関係である。


「あんたなら問題ないと思うけど、──学園ねぇ」


 老婆は1年前の出来事を思い返す。

 霧の立ち込めた街の中、一人死にかけだった少年。

 後遺症にいまだ苦しめられているものの、今生きているのが不思議なくらいだった。


「まずは学園で薬師の資格を取るんだったかい?」


 少年の目的を知る老婆はそう語りかける。


「そ。まずは薬師の国家資格を速攻取って、その後は面倒な授業を受けながら図書館通い」


「学園に通うことが目的ではないとはいえ、たった一度の青春。親代わりとしてはもっと楽しんでもらいたいものだけどねぇ」


「陰で細々と楽しませてもらうよ。しかし、今日でこのボロ家ともお別れか。寮の部屋がここより快適であることを願うよ」


 少しの名残惜しさを滲ませた声色で、少年がつぶやく。


「人の御殿をボロ家扱いするんじゃないよ。まったく、たまには顔を見せに帰っておいでよ」


 教会跡地を改修したこの家はボロ家というには立派すぎるが、あちこちに子供のつけた傷や落書きがあるので、見ようによってはそう捉えられるかもしれない。


「週末は冒険者をして日銭を稼ぐ予定だから、その時には顔を出すこともあるかもね」


「たしか冒険者に登録するのは学園の規則に反してなかったかい?」


 知ってるよー、とバタバタと準備をしながら少年は言葉を返す。


「バレなきゃ問題はないのです」


「悪ガキめ。──それで、忘れ物は?薬はちゃんと持ったのかい?」


「確かにガキだけどさぁ、ガキ扱いはしないでほしいな」


 まるで出来の悪い我が子を心配するように話す老婆に少年は言葉を返す。


「私にとっちゃお前みたいなのは、みぃんなガキだよ。──ほら、他のガキども!出ておいで!兄ちゃんが出発するよ!」


 今までどこにいたのだろうか、部屋の奥から何人もの子供たちが猫のように騒がしく飛び出してきた。


「そんじゃ行っておいで、──ノルン!」


 そう送り出す老婆の声を背に少年──ノルンは学園への道に歩を進めた。



 * * *



 王立オルテンシア学園。


 元々は貴族専用の学び舎であったが、優秀な人材を広く集めるという名目で先代国王の意向により平民にも門戸を開いた過去がある。

 学園での成績は上層部も注視しており、将来有望な人材を青田買いしようと目を光らせている。

 そのため、成績優秀者や突出した才能を持つ生徒は官僚や軍の幹部候補に抜擢される事があるそうだ。


「おいお前、平民か?平民なら道の真ん中じゃなく端を歩けよ」


 というのは表向きの情報である。

 実際は、戦争による人材の損失が深刻だったため、やむを得ず平民からの登用を行おうとしたが、特権階級万歳の貴族派が大反対。

 国政に平民を加える事は連綿と続いてきた国家の否定につながるといって、国王派と貴族派で大政争が行われたらしい。

 結果は国王派の勝利となったが、平民一期生はかなり肩身の狭い思いをしたと聞いている。


 そして今でもこのように平民出身は肩身が狭い。


「おい、聞いているのか!」


 無視をされて激高した貴族がノルンに掴みかかろうとしてくる。


「やぁやぁスペルグ殿。私の友人が済まない。どうやら初めての学園に気を取られていたようだ。ほら、君もスペルグ殿に謝罪を」


 あと少しで掴みかかられる瞬間、ノルンの知らない友人が間に入ってくる。

 そうしてその少年はノルンに目配せをする。


「これは貴族様、大変失礼しました。学園のあまりの壮麗さに呆然としていたようです。私のような田舎者が学園に足を踏み入れる栄誉だけでなく、貴族様のような品格のある方と机を並べることができ、光栄の極みです」


 そう、思ってもいないことを述べるノルン。

 その言葉に多少気を良くした貴族は、次からは気をつけろ、と言って歩き去っていった。

 それを見届けた二人は言葉を交わす。


「いやぁ、入学早々大変だったね」


「いえ、あなた様の叡慮に救われました。心からの敬意と感謝を」


 おそらく彼も貴族の子息だろう。

 ノルンは少し警戒しながらも感謝の言葉を述べた。


「堅苦しいのは止めてくれ。俺はアレン。子爵の息子ではあるけど、学園では共に学ぶ仲間だ」


 そう言ってアレンと名乗る少年は握手を求めてきた。

 貴族ではあるがフランクな関係を望んでいることが予想できる。

 だが、いきなり砕けた口調に変えて問題になっても面倒なので、ノルンはある程度敬意を残して会話を続ける。


「ノルンと言います。改めてありがとうございました、アレン」


「まだ堅苦しいけど仕方ないわな。ちなみにノルンはなんで学園に入ったんだ?平民出身だと試験とか大変だったろ?」


 貴族だと学園用のネットワークがあり、試験の傾向と対策がしやすい。

 一方で平民にはそういう伝手がないので、入学自体の難易度が高いと言われている。


「試験自体は問題ありませんでしたよ。学園には薬師の資格を取るために入りました」


 ──あとは人探しですね、その言葉を、ノルンはギリギリで飲み込んだ。

 まだ誰を信用していいのか判断できていないからだ。


「へぇ~、優秀なんだな。俺なんかギリギリまでひぃひぃ言ってたのによ」


「私も結構頑張ったんですよ。──アレンはどうして学園に?」


 これ以上自分の話すことでボロが出ないよう、アレンに切り返す。


「恥ずかしながら俺は何かを目指して学園に入ったわけじゃない。ただ、強いて言うならスカウトとコネ作りだな」


 ここで言う「コネ作り」とは、将来の結婚相手探しの意味合いが強いのだろう。

 子爵家も中々大変なようだ、とノルンはしみじみと思う。


「あ、もしかして私を助けたのもその一環ですか?」


 と、ノルンは冗談めかしてアレンに問う。


「違う、と言えばウソになるな。半分くらいは打算ありだ。平民で学園に入るような奴は向上心と能力があるからな。声をかけて損はない」


「アレン、いえアレン様。アレン様のお眼鏡にかなっていればこの上ない喜びです」


「うむ、儂の期待を裏切るでないぞ」


 ノルンの三文芝居に乗っかるアレン。

 ほかの貴族の子息に同じことをしたら間違いなく騒がれているだろう。

 アレンという少年はある意味貴族らしい人物で、人の懐に入り込むのが得意なようだ。


「ま、これからよろしくな、ノルン」


 そういってノルンとアレンは改めて握手をした。

 こうして共に入学式の会場に足を運んでいると、アレンがぽつり呟いた。


「ああ、それと知ってたか?俺らの代には王女殿下がいるらしいぜ。首席合格だってよ、凄いよなぁ」


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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