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011話 王女との対話

「軍略の授業、なぜ西軍が勝つと思ったのですか?」


 王女が笑顔で問いかけてきた。

 しかし目は笑っておらず、逃がさない、とでもいうような笑みを浮かべている。


「いやぁ、わからなかったので二分の一に賭けて、見事失敗しちゃいました」


「実は私も西軍だと思ったのですよ。ぜひ、あなたの見解を聞かせてください」


 ノルンの誤魔化しの発言はあっさりと無視された。

 王女は自分と同じ回答をしたノルンに興味を持ったのだろう。

 そしてこれは質問ではなく、詰問のようだ。


 これは逃げられない、とノルンは腹を括って答える。

 老婆との会話から、いずれ王女に接触する予定であった。

 それが早いか遅いかの問題である。


「西軍中央が押されたかのように後退させ、左右の重装歩兵で両脇を固め、質の高い騎兵部隊で後方に回り込めば、包囲殲滅陣が完成すると思ったからです」


 ノルンは記憶を思い出しながら回答する。

 そう、ノルンには曖昧な前世の記憶がある。

 ただ、家族の顔や友人の顔には靄がかかっており、死の記憶さえもない。

 自分が何歳だったのか、生が続いているのかどうかも分からない。

 ゆえに、曖昧な前世の記憶である。


「私も概ね同じ意見です」


 王女がノルンの回答に同調する。

 軍略の授業で出された状況は、前世でもっとも有名な戦いと言っても過言ではない、カンナエの戦いだ。

 ノルンはただ知っていたから西軍──カルタゴ軍が勝利したと言ったに過ぎない。


「ではなぜ、実際は東軍が勝利したのか」


 しかし、こちらの世界では西軍(カルタゴ軍)が敗北し、東軍(ローマ軍)が勝利した。

 それはなぜか。ノルンはその答えを知っている。

 少女は続ける。


「指揮官の差です」


 指揮官がハンニバル・バルカじゃなかったから。

 史上最高峰の軍事・戦術の天才と評された稀代の戦術家である。

 ノルンは、黙って少女の言葉に頷いた。


「あなたも同じ意見で大変うれしく思います」


 しかし、末恐ろしいのは目の前の少女である。

 ノルンのように前世の知識があるわけでもないのに、稀代の戦術家と同じ考えに辿り着いているのである。


「とはいえ、教官が間違った教えをしているとは思っていません。確かにあの状況では東軍が優勢ですので」


 そう言って、少女は教官のフォローも忘れない。

 これについてはノルンも同意見だ。


「殿下も同じ考えなら、私の回答など不要だったのではありませんか?」


「いえ、私にとってはどうしても必要でしたし、意義のあるものでした」


 自分との会話に意味はない、とノルンは遠回しに告げた。

 しかし、少女はノルンに微笑みかけて否定する。

 その微笑みにノルンは寒気を感じた。


「さて、本題に入る前の雑談も終わったことですし、さっそく本題についてお尋ねしたいことがあります」


 これが本題じゃないのか、そしてまだこの時間が続くのか、とノルンは胃が痛くなるのを感じた。

 一方の王女はどこか楽しげな様子だ。


「魔力測定の時、大変でしたね」


「あはは、殿下にお見苦しいところをお見せしてしまい、恥ずかしい限りです」


 魔力測定の際、ノルンが全身に汗をかきながら暗い赤色の魔力値を示した時のことだろう。

 まさか王女殿下に覚えられているとは驚きだ。

 ばつの悪そうなノルンの回答に、王女は疑問を投げかける。


「でも不思議です。なぜ、そんなに魔力があるのに、暗い赤色なのでしょうか?」


「ええと、なんのことでしょう?」


 確かにクローデルの事件前は魔力が多いほうだった。

 しかし、なぜこの少女は今のノルンを見て魔力量が多いと言ったのか。

 知られるはずのない情報を知る少女に、ノルンはかすかに警戒を示す。


「あなたは確かに魔力が多い。ただ、他の方とは決定的に違うところがあります」


 ノルンは黙って王女の話の続きを聞く。


「魔力は魔石を中心に自然発生し、その魔力は全身を巡り、そして靄のごとく漏れていきます」


 王女は講義でもするかのように言葉を紡いでいく。


「でも、あなたは特定の箇所に魔力を留めている。いえ、正しくは牢獄のように何かを閉じ込めるために留めている。そんな状態での魔法はさぞ大変でしょう」


「なぜ、それがわかるのですか?」


 ノルンの回答は認めているのと同義だった。

 ノルンは確かに呪いが暴れ出さないように、自身の魔力を制御して檻を作っている。

 魔法の行使で全身に痛みが走るのは、檻に割く魔力リソースが減少し、呪いが暴れ出すためである。

 それを目の前の少女に次々と言い当てられていき、ノルンは背中に冷たい汗が流れるのを感じる。


「宿痕、というものはご存じでしょうか?」


 ──宿痕。

<しるし>とも呼ばれる、魔法とは異なる異能である。

 全員に発現するわけではなく、誰よりも"強い"生き方をする者に発現するという。

 言うなれば、


「──自分の運命や生き方を具象化した異能」


「はい、私は宿痕持ちです。私にはいわゆる魔力の流れが見えます」


 ノルンは驚愕した。

 王女が宿痕持ちだということもそうだが、なにより能力をノルンに教えたことに、だ。

 おそらく自身の宿痕のすべてを話しているというわけではないと思う。

 それでも、この王女が自分の手札の一部を見せるということが俄かに信じられなかった。


「なぜ、そんな重要なことを私に?」


 ノルンは恐る恐る王女に尋ねた。

 何より彼女の真意を知りたかった。


「私、こう見えても敵が多いんです。ですので、信用できる味方が欲しいのです」


 にこやかに話す王女。

 嘘ではないが、全部を話しているわけではないだろう。

 ノルンは彼女の思惑を推測しながら、当然の疑問をぶつける。


「なぜ、私なのですか?私が敵だとは思わないんですか?」


「それはありえませんよ、クローデル」


 本日一番の爆弾が投下された。

 ノルンは思わず王女を睨みつける。

 それでも王女は涼しい顔をしている。

 ノルンはその勢いのまま、王女に考えを述べる。


「まだあんたのことは信用できない。異能を開示したが、俺を信用させるためのはったりの可能性もある。別の誰かが持つ異能で、あんたはその結果を聞いただけとも考えられる」


「あら?それが素なんですね?」


 と、王女はにこやかに笑う。

 しまった、とノルンは後悔するが、もう遅い。

 ノルンの言葉を不快とも思わず、王女は言葉を続ける。


「ええ、それで大丈夫です。いずれ色よい返事がいただけると思っていますので。私のことはフェリンって呼んでいいですよ?」


 最後に、王女は茶目っ気のある声で話す。

 王女に完全にペースを握られていることをノルンは理解している。

 これ以上は、さらにドツボに嵌まることになる。

 ノルンは一つ息を吐いて冷静さを取り戻した。

 そして、いつもの調子で王女に返答する。


「私にもいくつか収穫がありました。殿下、もしくは殿下の周りに宿痕持ちがいること。殿下がなぜか私を取り込もうとしていること。そして最後の殿下のお言葉」


 そこで話を区切り、ノルンは立ち上がる。

 これ以上の会話は、情報を整理してからのほうがよいと判断したからだ。


「本日は大変有意義な場をありがとうございました」


 ノルンは王女に会釈し、本を片手にその場を去ろうとする。

 この日から、ノルンにとって王女殿下は要注意人物になるのであった。


「それではまた明日、学園で」


 それを見送りながら、王女はにこやかに手を振った。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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