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010話 王女殿下

 休みが明けて、学園では本格的な授業が始まる。


 午前は礼儀作法や紋章学のような対貴族向けの授業が集中しており、ノルンやアレンにとっては退屈極まりない内容であった。

 反面、セリアはさすが優等生といったところだろう、生き生きとしながら授業を受けていた。


 午前の授業が終わり、ノルンたち三人は連れ立って学園内の食堂に向かった。

 食堂は広く、100人以上の生徒が入ることができるうえ、いつでも食事が可能と至れり尽くせりな場所だ。

 床は磨かれた大理石に高価そうな絨毯が敷かれており、天井には様々な宝飾をあしらった豪華なシャンデリアが吊るされている。

 壁には様々な絵画が飾られており、セリアが言うには高名な画家の作品ということだ。


 食堂自体は一階と二階に分けられており、開放感のある二階は基本的に高位貴族の子弟が利用している。

 平民や下位貴族が二階を利用すると大変なことになるというのは、入学当初から噂として囁かれている。


 食事に関してはコース料理というわけではなく、ビュッフェ形式で各々が好きなものを好きなだけとっていくような感じだ。

 毎日異なるメニューが提供されるのが、この食堂のすごいところだ。

 貴族のわがままもあるだろうに、料理人には頭が下がる思いだ、とノルンは感謝した。


 三人は一階で共に昼食を取りながら会話をしていた。

 セリアなどは二階を利用しても問題ない家格なのだが、こうしてノルンとアレンに合わせてくれるのはありがたい。

 話題は午前の授業についてだ。


「紋章学って言っても他家の紋章の歴史なんか知らねぇって感じだよ。なあ、ノルン?」


「あはは、発言を控えさせていただきます」


 アレンは午前の授業内容に不満を漏らす。

 それをノルンは躱そうとする。

 家に自信のある貴族が聞いたらすごい勢いで睨んできそうだ。


「そう?私はなんだかパズルみたいで面白かったけど?」


 セリアは紋章学について肯定的な意見を示した。

 確かに配置や図柄などから、過去に何の功績を上げ、どの家と婚姻関係が結ばれたかを読み解く行為は、パズルと言えなくもない。


「あれをパズルって思えるのがすげぇよ……」


 アレンはげんなりして答える。

 そして切り替えたようにアレンは二人に問いかける。


「午後は軍略の授業だけど、お前らは?」


「僕たちも同じだよ」


「よっしゃ、早めに飯食っていい席確保しようぜ」


 午前の授業の時とは打って変わって、アレンは急にやる気を出し始めた。

 どうやらアレンの好みは貴族的な学問への関心ではなく、軍人的な実戦への関心のようだった。

 あ、と思い出したようにセリアが言葉を紡ぐ。


「そういえば、軍略の授業は王女殿下も出席なさるそうよ」


 その言葉に、アレンのテンションは最高潮に達した。

 こうして三人は昼食を済ませ、軍略の授業が開かれる教室へと向かった。



 * * *



 軍略の授業は三十人程度の規模で行われる。

 ノルンたち三人は教室の前に陣取っていたが、アレンはどうも落ち着かない様子だった。

 というのも、噂の王女殿下がノルンたちのすぐ後ろの席に座っていたからである。


「なあ、ノルン。俺、髪の毛とか跳ねてないよな?」


 アレンがこそこそとノルンに話しかけてくる。

 大丈夫だよ、という言葉をかけるも、まだそわそわしている。

 そうこうしているうちに、軍略学の教官が教室に入室してきた。


 教官は、軍略とは何なのかという基本的な概念の説明を始める。

 多くの学生が何となく知っている内容なので、認識を合わせる意味合いが強いのだろう。


 説明を終えると、教官は過去の戦争について解説すると言い、黒板に何やら書き始めた。

 どうやら戦いの布陣図のようで、教官はその状況を説明した。


 天気は晴れで朝から昼の時間帯。

 北には川、南には山、その間数kmの隘路が戦場の舞台となる。


 西軍の数はおよそ50,000。

 中央には30,000の歩兵を弓なりに配置し、両脇には計10,000の重装歩兵を配置。

 川沿いに傭兵として参加した7,000の重装騎兵、山沿いにも同様に傭兵として参加した3,000の軽装騎兵を配置。


 対する東軍の数はおよそ87,000。

 中央には80,000の歩兵を密集陣形で布陣。

 騎兵は川沿いに自国の精鋭が3,000、山沿いに同盟軍が4,000。


 質は西軍のほうが高いが、士気は東軍のほうが高い。

 また、傭兵は契約上不利になると離脱しやすい。


「さて、どちらが勝ったと思う?」


 説明を終えた教官は教室をぐるりと見渡す。

 間違えて恥をかきたくないのか、誰も目を合わせようとしない。

 仕方なく教官は一人の少年を指名する。


「よし、ノルン。答えてみろ」


 突然の指名に驚くノルン。

 アレンやセリアを見ると、見事に顔を逸らされてしまう。

 ノルンは思案し、ややあって回答する。


「……おそらく、西軍です」


「残念ながら違う」


 周りからクスクスと笑い声が聞こえる。

 おや?とノルンは不思議に思ったが、こういうこともあるか、とノルンは気持ちを切り替えた。


「実際はこうだ。まず中央同士のぶつかり合いが起き、しばらくは拮抗。やがて数の多さで東軍が優勢に。それを見た西軍の騎兵は戦場から撤退し、それが決め手となって西軍は壊滅。結果、東軍の大勝利となった」


 学生たちは感心したように教官の説明を聞く。

 おそらく脳裏で戦場の推移を想像しているのだろう。


「つまり戦争では数が、士気が、そして裏切らない味方が重要になってくる。諸君にはこの授業で数の優位と組織の現実を学んでほしい」


 最後に、教官はそう締めくくって授業を終えた。



 * * *



「ノルン、気にすんなよ」


 笑いをこらえながらアレンはノルンを慰める。


「アレンが代わってあげればよかったのに。そしたら王女様にアピールするチャンスだったかもよ?」


 セリアの言葉に声を詰まらせるアレン。

 どうやらアレンもどっちが正解だったか自信が持てていなかったようだ。


「この後どうする?俺は街に繰り出すつもりだけど?」


「あ、私もついてく。気になるお菓子があるの」


 気持ちを切り替えるようにアレンはこの後の予定を確認する。

 アレンの予定にセリアが同調する。


「ごめん、この後図書館に行く予定。ちょっと調べ物があって」


 また今度誘ってよ、と言いノルンは二人に別れを告げた。



 * * *



 ノルンは学園に付属している図書館の前に立ち、両開きの扉を押し開けた。

 図書館も他の例に漏れず豪華だった。


 一階と二階に分かれており、壁一面の本棚にはジャンルごとに様々な本が並べられている。

 本好きにとってはたまらない空間だろう。

 だが、この図書館の豪華さに反して、利用者はノルンしかいないようだった。


 ノルンは気になる本をいくつか見繕い、中央の読書スペースで中身を確認していた。

 しばらく本に熱中していると、入口からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。


「王女様も図書館に来られるのですね、僕もこれから毎日通おうかなぁ」


「本を読まれる王女様もきっと絵になって素敵ですよ」


 一人の少女を囲むように複数の男女のグループが矢継ぎ早に言葉を投げかける。

 ──王女殿下だ。

 おそらく周りの学生は王女殿下に取り入ろうとしている貴族の子弟たちだろう。


「みなさん、ここは図書館ですよ。お静かになさってください」


 王女殿下は周りの学生たちを窘める。

 注意を受けた学生たちは、それでもまだ浮足立っている。


「私は調べ物があるので、少し一人にしていただけると助かります」


 静かな、しかし圧のある声で周りの学生に告げる。

 それを聞いた学生たちは大人しく図書館から出ていくのであった。


 それを見届けた王女殿下は静かに振り返り、ノルンのもとへと歩み寄る。

 何か不敬でも働いてしまっただろうか、とノルンは警戒する。


「騒がしくしてしまいましたね」


 王女殿下から申し訳なさそうな声で話しかけられる。


「滅相もございません、私めは気にしておりません。恐れながら、私もこの図書館より退出したほうがよろしいでしょうか?」


 相手は王族であるため、可能な限り下手に出る。


「同じ学生なのですから、ある程度の敬意を残していただければ、そこまで気を張らなくてもよいですよ」


 ありがとうございます、と礼を述べたノルンに、王女は尚も話し続ける。


「薬学、医術、魔法理論に過去の事件簿。いろんな本を読まれるのですね」


「読書が趣味ですので、この図書館は私にとって天国のような場所です」


 何の意図があるのだろう、とノルンは訝しげになりながらも、当たり障りのない回答をする。

 ──チク、タク、チク、タク

 図書館にある時計の音がやけに響く。


「実はあなたにいくつか尋ねたいことがあるのです。そうですね、まずは簡単なものから──」


 そう言って王女殿下はいたずらそうな笑みを浮かべてノルンに質問する。


「軍略の授業、なぜ西軍が勝つと思ったのですか?」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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