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Trace Ⅱ


 二人の背負う袋がいっぱいになった。私の手にも、軽いものばかりを詰めた保存食がある。


 次どこかにたどり着くまでは持つはずだ。もしそうでなくても、動物や魚が生きてさえいてくれたら、食いつなぐことは出来る。


 その次に向かうべく、街の外に繋がる方へ足を向けた私たちの前に、唐突に現れたのが、この剥き出しの階段だった。


 この開けた一帯は数日前に探索していたはずだった。三人が三人とも、今の今まで気づかなかったのだ。


「これは僕たちを行かせまいとしている、街の意思を感じるね」


 不敵に低く笑った彼は、すでに階段への探索を決意しているようだった。


「久しぶりの人間を歓迎してくれているのかもしれませんね」と、私が調子を合わせると、「俺たちを忘れないでくれーって感じでですか?」と、ラディスが悲壮感漂う声を演じてみせた。


 そのラディスが興味津々で、階段の奥を覗き込む。同じようにしてみると、冷えた空気だけを感じた。風の通り道はなさそうだった。


 辺りをぐるりと見渡してみる。ここに何があっただろうか?

 横長の大きな建物だったということだけはわかる。すると、その建物にあった地下室というのが妥当だろう。


「是非誘われてみたいに一票なんだけど、リアナとラディスは?」


「投票する意味はないように思えますが」


 両手を広げ、大仰に提案したアレンへ即座に返すと、彼は二度笑いをあげて、「仰るとおりです」と頷いた。



 問題の灯りを作るのに、随分な時間がかかった。

 少し長めの木材をナイフで整え、持てるようにし、先端に布を多く巻き付ける。


「いつか役に立つと思ってたんだよ」


 アレンは誇らしそうに、袋から蝋燭の欠片をいくつも取り出した。

 彼はそれを布に練り込むようにして、押し込んでいき、同じものを三本作り上げる。


 出来上がった立派な松明に、私は数秒考えた。いつかのために取っておくのが良いのではないか?と。


 その間にも二人が火を起こし始めたのを見て、それを口にすることはやめておくことにした。


 その「いつか」は来ないかもしれない。人々の口を揃えて言ってきた、明日のことは誰にもわからない、という言葉が妙な輪郭を纏って、私たちの目の前にある。

 ならば、小さな探検を存分に楽しむ方が、有意義というものだった。








 入る段になって、突如の何かしらによって、入り口が塞がれたらどうするのか、と怖気づいたラディスに、アレンは「その時はその時さ。出口がひとつとは限らないからね」と、暢気に答えていた。


 外へ通じる回路は、このひとつしかない。それを彼はわかっていたはずだった。


 先頭は、その彼が歩いた。

 風に揺らいでいた炎は、降りるにつれ静かに煙を上に伸ばし、消えていく。


 階段は、途中真逆に折れて、同じ段数を刻んだ。踊り場には、小さな瓦礫のようなものが端に落ちていた。

 二十六段。降りてみるとそれしかなかった。



 ひんやりした空気を肌に感じる。アレンの持つ松明が生む多くの煙のせいで、暗い辺りは霞んで見えた。


 彼は左手で私の手を握ると、「あと少ししたら、新しい松明につけなおすつもりだけど、もし消えても僕を見失わないようにね」とラディスには、服の端を掴ませていた。


 地下の崩壊は軽度に留まっていた。アレンが足元に転がる瓦礫の存在を、そのたびに報せてくれたので、転ぶ心配もなかった。



 広く開けたそこには、この世界の過去が並べられていた。


 私たちが生まれるよりも遥か前の遺物たちは、終わりを迎えた世界の陽を見ることは二度と叶わないのだろう。運良く損壊を免れた物たちを、ひとつひとつ眺めていくうちに、私はそんな風に思った。


 ふいに胸が痛んだような気がした時、唐突にアレンが言った。


「こう見ると不思議だね。これを生み出して守ってきた人たちはもういないのに、彼らは何事もなかったように、ここで息をしている」


「息を?」


 私は灯りに照らされる彼の顔を見る。ラディスも同じようにした気配があった。

 アレンは新しい松明に火を移すと、並べられた陶器に被る硝子の破片を、手で丁寧に払った。


「僕がそう思うだけさ。本当は物に意思なんてないのかもしれないけど、僕には彼らが世界に還ることを望んでいるように思える。外で崩れた鉄や瓦礫たちと同じようにね」


 私は外の景色を思い浮かべた。彼にはこれらの遺物と、終末を形として表した群像たちが同じように映っているのかもしれない。


 あれらのほとんどが長い時間をかけて土に還っていくように、目の前に並んでいる(彼がいうに息をしている)遺物たちも、やがて土に還っていくかもしれない。



 私も陶器に触れてみた。思った以上の滑らかな肌触りは、私の胸に刺さった小さな棘を取り除いてくれた。


 彼らが陽を見たいだろうと思ったのは、私の考えに過ぎない。


 人々が何を思って生き、死んでいったのかわからないように、誰のどんな気持ちによって生まれ、主人を失ってもなお、彼らがどんな心境で、ここで息をしているのか、私にわかる日はこない。



 二本目の松明は、先ほどよりも長い時間、私たちに視界を与えてくれた。


 いくつかあった小さな部屋に入ることはせず、たどり着いた一番奥の壁には、一面の壮大な絵が飾られていた。

 鑑賞者の立ち入りを静かに拒んでいたロープたちは、低い柱と共に地に伏せってしまっていた。


 松明の照らした絵は、比較的新しい。

 刻印された画家の名前は、私とアレンがよく知るものだった。


 画家というよりは、研究者のような出で立ちの彼とアレンが話すときには、私もよく同席していたことを思い出した。

 飲酒しないアレンの顔を見るたびに、懲りずに酒を勧めた男性が生きているのなら、もう白髪の老爺になっている歳だろう。



‘’その日、世界は救われた‘’



 血のような赤い文字を、銀で縁取った題名。


「勇者伝じゃないですか! やっぱり実在してたんですね、勇者!」


 歓喜の声をあげたラディスが、アレンにねだって松明を手に取った。高く伸ばした手が、絵を明らかにした。


 下部には戦火にまみれ、倒れた人ならざる者たちと、人々が折り重なっている。


 中央より少し左側には、醜い人型の生き物が描かれてあった。

 全身はおおよそ黒色で、鋭い牙と角は折られ、真っ赤な瞳は半開きのまま、倒れている。魔王だ。


 勇者の持っていたとされる装飾は少ない立派な剣は、魔王ではなく、その頭の近くの地面に突き刺さっていた。


 剣の右側には、立派なマントの裾をたなびかせた勇者の姿と、白い法衣を着た聖女が並び、さらに後ろには、かつて存在していたとされる七人の魔法使いの姿もあった。

 フードを被っている彼らの顔は、黒い影として塗られていた。


 一番の主役として大きく描かれた勇者と聖女の顔まで、灯りは届いていなかった。


 すごい、すごい、とひとり高い声を響かせるラディスの持つ灯りが、左へ右へと揺れた。


「天蘇歴二年、ある冬の朝に」


 絵に近づいたアレンが、そっとその文字を手でなぞる。その呟きと共に、彼がこちらを見た。


 たった三十四年のうちに、絵に描かれたすべては、物語となってしまっていた。

 私はもう一度絵を眺めてみるが、やはり絵の全貌を見ることは出来ない。


 ふいに戻ってきたラディスが、咳き込みながら言った。


「アレンおじさん。松明が限界みたいです」


 蝋がなくなったのだろう、一段と松明が吐き出し始めた煙が、視界を覆った。アレンが最後の松明を取り出す。


 火を移すため彼とラディスの手が交差した瞬間、さらに咳き込んだラディスが、アレンもろとも絵の方へと体をよろめかせた。

 二つの松明が絵に押し当てられた。ほんの数秒、それだけで絵は途端、燃え始めてしまった。


 ラディスの悲鳴が轟く中、アレンはあたかも、こうなることを知っていたかのように、冷静に最後の松明だけを絵から離し、ラディスの手を引いた。


「これはまずいね。一刻も早く上に戻ろう」


 その声は跳ねている。私は鎮火を叫ぶラディスの手を取った。

 早足で歩くアレンがラディスの手を引き、そのラディスに私はついていく。


 最後に振り返ると、すでに勢いをなくした火は、絵の周りだけをくすぶり、勇者と聖女の顔を明らかにさせていた。


 その二人は、私の知らない顔をしていた。


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