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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
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51.大魔法士の弟子(一)

本日いよいよ第1章の最終話となります。本日の投稿は3本立てです。長いですが、最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

「皆に紹介しよう。こやつは僕の弟子だ。名はチスイと言う」


――この人がっ? この人が大魔法士様の弟子なの? 穏やかで柔らかな雰囲気の大魔法士様と正反対なんじゃ?


「おいっ! 勝手に人の名を明かすなよっ」

「えぇー、別に良いではないか。お前は修行の身で、まだ魔法士ではないのだからなっ」

「くっ!」


 チスイは大魔法士に痛いところを突かれたのだろうか、苦虫でも噛み潰したような顔をしている。


「それより、何なんだ、この馬鹿騒ぎは? 森の外まで漂っていたぞ!」

「あぁ、皆と祝っていたのだよ」

「はぁ? 俺が苦労してお前の代役を勤めているという時に、お前は馬鹿騒ぎをして遊んでいただとっ? ふざけるなっ!」


 チスイは、師匠であり、この世界で唯一無二の大魔法士に遠慮もなく、罵声を浴びせ続けていた。

 大魔法士はというと、懐が余程広いのか、にっこり笑顔のままやんわりとした物言いでチスイをあしらっている。


 それにしても、師匠と弟子と言ったら、普通は弟子が師匠を褒め(たた)えるのではなかっただろうか? 目の前にいる師匠と弟子はとても師弟関係であるように見えない。

 マヤはこれも大魔法士の指導法の1つなのかと、深く考えることを止めたのだった。


「チスイ、あの者が異世界から来たマヤだ、人間だよ。そこにいる3人は妖精族で、ジオ、フィデリス、サーティスだ。その者は半魔人のリビトだ。マヤの隣にいる娘はテリスで、人間だよ」


 皆の視線はチスイに集まった。チスイはそんな視線も気にすることなく、不機嫌な感情を隠すこともせずに不満を言い放っている。


 マヤは、自分の感情を抑えることもせず、他人に当たり散らすタイプに苦手意識があった。大魔法士の弟子とはいえ、チスイも例外ではなかった。


「ほら、チスイ、お前も挨拶をしなさい」

「はっ? 何で俺がこいつらに挨拶をしないといけないんだっ。俺の知ったこっちゃない。そんなことより、早く俺に次の魔法を教えろっ!」

「あぁ、またそのことかぁ。お前はまだそれを習うレベルに達していない。お前に教えるにはまだ早すぎる。だから諦めなさい」

「っ!」


 マヤは場の雰囲気的に、チスイが怒り出すのだと予想し、身構えた。だが、チスイは大魔法士に断られると意外にも文句1つ言わず、黙って小屋を出ていった。


「あの、大魔法士様――」

「マヤ、あやつのことを気にかけてやる必要はない。あやつも本当は己のことをよく分かっているのだよ。だから反論もせずに黙って出て行ったのだ」

「でもっ」


 マヤは確かにチスイのようなタイプを苦手としていた。だが、血気盛んに見えたチスイに、につかわない顔を目撃してしまったのだ。


――あの人、大魔法士様にも偉そうにしていたのに、大魔法士様から断られた時、一瞬だけ凄く悲しそうな顔をしていた。あんな顔を見ちゃったら気になって仕方ないよ。

 それに私はあの人の手伝いをしなきゃいけないのよね? 大魔法士様を味方につけるには従う他ないもの。


「あぁ、せっかく楽しい時間を過ごしていたのになぁ。あやつときたら……。全く困ったものだ。まぁ、予定より早く帰ってきたのは褒めてやってもいいのだけれどなっ」


――大魔法士様、それなら素直にあの人にそう言ってあげればいいものを。もしかして大魔法士様はドSなんじゃ……。


「マヤ、今君は何か良からぬことを考えているようだねっ」

「へっ? ま、まさかっ、そ、そんな訳な、ないじゃないですかっ!」

「マヤ、本当に分かりやすいんだからっ」

「ジオ様、何を言っているのか分からないのですがっ?」

「マヤ、お前って奴は……全く」

「リビトも何よっ! 何か文句あるのっ?」


 サーティスとテリスはにっこり笑顔をマヤに向けている。フィデリスはどう反応していいのか分からず、苦笑している。

 ジオは面白がってマヤの反応を見ている。リビトは呆れた様子を見せていたが、皆が食事を終えたというのに、その手には新しく大好物に加わった焼き魚が串ごと握られていた。


「マヤ、君は本当に面白いっ。僕が会った人間の中で特段面白いよっ! さぁ、今日は祝いの席だったね。今度は僕が『かんぱい』をしてもいいかな?」


 大魔法士は自分が乾杯の音頭を取ってもいいか、と口では皆に確認を込めて聞いているが、すでに片手には酒の入ったグラスを持ち上げているではないか。

 大魔法士は最早(もはや)、乾杯の音頭を他の者に譲る気は更々ないようだ。


 そして本日何度目かの乾杯が行われたのだった。



 ******



 翌朝、皆は小屋の外に集まっていた。正確には大魔法士とその弟子の2人を除いてだが。


「あぁ、皆済まない。こやつを連れてくるのに少し手間取ってな」


 大魔法士の片手には、首根っこを掴まれている弟子のチスイの姿があった。よく見ると、チスイの両足は地面に着いていない。チスイはマヤが見上げる位の背の高さで、リビトよりもやや低かった。

 それでも到底、小柄とは言えない体の大きさである。それでも、大魔法士は猫でも掴み上げているような気軽さで弟子を持ち上げているのだ。


 大魔法士に掴まれているチスイは抵抗もせず、借りてきた猫のように大人しくしていた。


「大魔法士殿、俺たちをここへ集めた理由を教えてくれないか?」

「あぁ、今日からチスイが任務に出るのでな、折角だから皆で見送りをしてやろうと思ってな」

「見送り? 昨夜戻ってきてばかりでもう出発するのか?」

「あぁ、僕を頼ってくる者が多くてね。これもチスイの修行の一環なのだよ。あぁ、でも今回はマヤにも同行してもらうつもりだよ」

「はっ? それはどういうことだっ!」

「はっ? それってどういうこと?」


 リビトとジオの声が重なった。どちらも大魔法士の意見に納得できないようだ。


「あぁー、君たちもう忘れたのかい? ここへ来た日に話したはずだろう? マヤに僕の弟子の手伝いをさせるってね」

「――だが、あなたの弟子は不満のようだが?」

「…………」

「大丈夫だよ。こう見えても案外やさしいところもあるし、面倒見が良いのだよ。僕がマヤの安全を保障しよう。ねっ、チスイ?」

「――あぁ」


 チスイは大魔法士から促されるように小さな声で返事をした。


――あの人、全然、私の方を見ようともしないんだけどっ。私、あの人の任務を手伝うことになっているけど、本当に2人きりで大丈夫なのかな?


「やはり、俺も一緒に行こう」

「リビト、君はやるべきことがあるはずだ。そうだろう? 今のままで本当にいいと思っているのかい?」

「そ、それは……」

「僕は大魔法士だ、己の言ったことは必ず守る。それに、チスイは僕が唯一認めた弟子だからね。正直なところ、この中では僕の次にマヤを守れるのはチスイしかいない」


――つまり、あの人はリビトやジオ様たちよりも魔力が高くて強いってこと? だから、大魔法士様は私が一緒でも危ない目に遭う心配がないと言っているのね。

 身の安全はきっと大丈夫なんだろうけど、何の取り柄もない私があの人を手伝う意味はあるのかな?

 あぁー、そんなこと考えても仕方ないかっ。大魔法士様が言ったことはきっと(くつがえ)らないだろうし、私は黙って従うしか他に選択肢はないもの。よしっ!


「分かりました! 私は大魔法士様のことを信頼しています。その大魔法士様が言っているんだから、チスイさんはきっと凄い魔法士さんなんですよね?

 チスイさんのことも信じます。私は魔法も使えなければ取り柄もありません。できるだけ足手まといにならないよう気を付けますので、どうぞよろしくお願いします」


 マヤがそう言い切ると、リビトもジオもそれ以上何も言えなくなったのか、口を堅く閉じている。


「そういうことだ、ではチスイ、マヤのことを頼むぞ、いいな?」

「――あぁ、分かった」


 大魔法士はチスイの返事を聞くと、(つか)んでいた手をパッと放した。


「では他の者は僕と鍛錬をしようか」


 チスイとマヤをその場に残したまま、大魔法士はリビトたちを小屋の中へ招き入れたのだった。



「はぁー、ったく、何が、お前のためになる、だと? いつまで俺にこんなことをさせるつもりなんだっ……」


 チスイが何かブツブツと小さな声で話していたが、マヤの耳にその内容までは届いていなかった。とはいえ、チスイの表情は不満の色が濃く、マヤはきっと大魔法士に対して文句を言っているのだろう、と考えていた。


 マヤがじっとチスイを見ていると、急にマヤの方に顔を向けた。チスイの顔は無表情で、今何を考えているのかさっぱり分からない。チスイは何を思ったのか、こちらへ向かって歩いてきた。マヤは思わず身構え、目を(つぶ)って(うつむ)いていた。


「俺はチスイだ、お前はマヤと言っていたな?」


 マヤは瞑った目を開き、俯いた顔を上げると、目の前に立っていたチスイが右手を差し出していた。マヤは何故手を差し出されているのか分からず、顔をさらに見上げるとチスイと視線が合った。

 チスイは先ほどの無表情な顔とは違い、顔を傾げながら不思議そうな表情をしていた。マヤは視線を下げて差し出された手を見つめた。


――あぁ、そうか、この人は私に挨拶をしてくれたのかっ。何だぁ、急に近づいてきたからびっくりしたっ。この手は握手のために差し出してくれたのか。


「あのっ、ごめんなさい、私はマヤです。挨拶で握手をすることもあります」


 マヤはチスイが差し出した手を取り、握手を交わした。チスイは手を放すと、小屋から離れるように歩いていく。


「あの! どこへ?」

「これからある村へ行く、あんたもこっちへ来てくれ」

「あっ、はい、分かりました」


 マヤはチスイが止まった場所へ駆け寄る。


「今からその村へ移動するから、一歩も動かないで。それと、このローブを羽織って」


 チスイは淡々とマヤに説明をしてくれる。マヤは返事をする代わりに、コクリと(うなず)いた。

 すると、突然地面が光り出し、下から風が吹き上がった。


「えっ?」


 マヤが声を出した瞬間、大魔法士の小屋のある場所からマヤとチスイの姿は跡形もなく消えた――。




「ありがとうございました。大魔法士様のおかげで、村が魔物に襲われる心配がなくなりました。この御恩をどうお返しすればいいのやら――」

「礼には及ばない。魔物はこちらから攻撃しなければ襲ってくることはない。村の者だけでなく、村を訪れる者にも注意をするように」

「はい。大魔法士様の仰る通りにいたします」

「あぁ、そうすればこの先もこの村は安泰だろう。では、ここで」

「あの、よろしければ宴の席を設けさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

「有難いが、まだ他の村を回らなければならない」

「そうでございますか――」

「――また様子を見に来た時は、頼む」

「はいっ! その際は村の者全員で歓待させていただきますっ」

「あぁ」


 大魔法士は弟子を連れて、その村を後にした。


「あの、チスイさん、1つ聞いてもいいですか?」

「――何?」


 マヤは、大魔法士の生き写しのような姿をしているチスイに話しかけた。

 チスイは相変わらず、抑揚のない声で返事をする。


「どうしてあなたは魔物を退治しようとしないんですか?」

「――それが師匠のやり方だからだ。理由を知りたいなら俺ではなく、あいつに聞けばいい」

「そうじゃなくて、いえ、そうなんですけど。何て言ったらいいんだろう……」


 マヤは言葉にならない感情をチスイの言動から感じていた。




 大魔法士からチスイの手伝いをするようにと言われてから1週間、マヤはチスイと行動を共にしていた。とはいえ、マヤが何かを手伝うということは全くなく、何故自分がチスイの手伝いに抜擢(ばってき)されたのか、さっぱり分からずにいた。


 チスイの任務は、魔物から各地の村や集落に住む人たちの安全を守ることだった。まだ魔法士の見習いということもあってか、魔法で大魔法士の姿になり、大魔法士として村や集落に結界を張っていった。そこで暮らす人たちの安全を約束して――。


 マヤは最初こそ、これこそが大魔法士の役割なのかと感心していたのだが、次第にチスイが村や集落の人たちにする言動から、1つの疑問がずっと頭の中にこびり付いて離れなくなった。

 そして、今日ようやくその疑問を晴らすべく、勇気を出してチスイに質問したところだった。


「その、この任務が大魔法士様の代理で行っていることは知っています。そうじゃなくて、何というか、チスイさんから魔物に対する敵意のようなものを感じない気がして――」


 チスイはマヤに背を向けたまま、森の中を歩いている。マヤが話している間、こちらを振り向く様子はないものの、足音を立てずに歩いていて耳だけはこちらに向けているように感じていた。だから、マヤはチスイが歩き続けていても、気にせず話を続けた。


「私は元々この世界の人間ではないし、初めて出会ったのがマグスだったから、この世界の人みたいに憎しみも恐怖心もありません。でも、街や村に住む人たちは例外なく、マグスを敵視しているように思います。

 なのに、大魔法士様もチスイさんも、リビトやジオ様たちにも対等に接してくれている、というか――。

 だからでしょうか、大魔法士様もそうですが、チスイさんからもマグスに対して悪いイメージがないように思えて…。それはどうしてだろう? って……」


 マヤが思っていることを一気に吐き出し終えた時、チスイは足を止めた。今のところ、チスイは振り向く様子がない。

 マヤは今になって、チスイの勘に触ることを話してしまったのではないか、と焦り出した。


――あぁ、この沈黙が胸に突き刺さる。痛い……、やっぱり私、何か余計なことを言ってしまったのかな。どうしよう、言ってしまったことは魔法みたいに消せないし、どうしたら……。


 その時、沈黙を破るようにチスイがマヤの方を振り向き、口を開いた。


「別に。俺はマグスから(ひど)いと思うようなことをされた訳でもないし、実際、各地を回っているが、マグスと衝突を起こしている原因の多くは人間の方にある。


 とはいえ、人間に『マグスを襲うな、刺激するな』と言ったところで、あいつ等は理解しない。便宜(べんぎ)上、あぁいう言い方になるだけのことだ」


 チスイはそう答えると、再び前を向いて歩き出した。

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