50.師匠の正体(三)
本日3本目の投稿です。
いよいよ明日、第1章の最終話を投稿する予定でいます。
投稿時間は午後9時を回るかもしれませんが、どうぞ温かく見守っていただけますと幸いです。
マヤの話が終わると、バタンと大きな音がした。皆が驚いていると、テリスは再び勢い良く立ち上がって椅子を盛大に倒していたのだ。
「すっごいっ! リビトお兄ちゃんも、ジオも、皆、マグスだったなんて! 聞いた時は驚いたけど、あたし、やっとマグスに会うことができたんだっ!」
「テリス? やっと、ってどういうこと?」
マヤはテリスの言葉にふと感じた違和感を口にしていた。
「あたしね、本当はずっと昔、マグスに会ったことがあるの」
マヤはテリスから告げられた言葉に驚いた。テリスはマグスに会ったことがないと言っていたからだ。
「というか、本当はあの人がマグスだったのかは確証がないんだけどねっ」
「テリス、どういうことだ?」
リビトもマヤと同じく疑問を感じたのだろう。テリスに詳しい説明を求めた。
「うん、まだ孤児院にいた頃のことなんだけどね。実はあたし、13になった日に孤児院から逃げたんだ。本当は、13になると、知らないおじさんが孤児院に来て、13を迎えた娘を連れて行くの……」
「テリス?」
テリスの表情がみるみるうちに暗く、険しいものになっていった。そんなテリスを心配したマヤが声をかけるが、テリスは懸命に口元に笑みを浮かべながら続きを話し始めた。
「本当はあの日、あたしも知らないおじさんに連れて行かれるところだったの。そのおじさんに連れて行かれた娘は暫くしてから孤児院に帰ってくるの。娘たちは皆変わり果てた姿で……」
「テリス、まさかっ!」
「うん、そう。マヤお姉ちゃんが今想像した通り。そのおじさんは娘たちを自分の欲を満たすためだけに――!」
「テリス、もういいっ! それ以上話さなくていい!」
リビトが大きな声でテリスの話を遮った。
「テリス、その話は分かったから。マグスと君の関係について教えてくれないか?」
やさしい声色でジオがテリスに話しかけた。
「うん、それであの日、私の番が来たの。でも、そのおじさんが来る前にあたしを逃がしてくれた人がいたの。でも、フードを深く被ってたから、顔までは見えなかった。その人が孤児院から逃してくれなかったら、あたしは今頃どうなっていたか分からないわ」
皆、テリスの話を静かに聞いていた。再びジオがテリスに質問した。
「君はその人物がマグスだと?」
「うん、そうなの」
「だが、顔は見ていないんだろう? 君を助けたのはマグスとは言い切れない」
「うん、でも耳の形が明らかに違ったの」
「耳の形?」
「うん、その人の耳は人間の耳よりも尖がっていたわ。だから、孤児院を出てからそういう特徴のある人を探してたの。
ある時、それはエルフじゃないかって話を聞いたことがあって。だとしたら、あたしを助けてくれたのはマグスじゃないかって思ったの」
「確かに、耳が尖っている特徴を持つ者にエルフが挙げられるが――」
テリスの話に、次に反応を見せたのはリビトだった。
「だが、エルフはマグスの中でも特に警戒心が高い。戦闘に長けた種族で、人間に対して強い敵対心を持っていると聞く。果たして、テリスを救ったというのが本当にエルフなのかは分からない」
テリスはリビトの説明を聞くと肩を落としたが、落ち込んでいたのは一瞬のことで、すぐに気を取り直していた。
「何年も前のことだし、はっきりしたことは覚えてないの。でも、あたしが言いたかったことは、あたしはマグスに対して悪いイメージはないってことっ! むしろ、マヤお姉ちゃんに会うまで、人間の方が嫌いだったものっ!」
「テリスっ?」
「もちろん、マヤお姉ちゃんのことは大好きだよっ。でも、あたしは孤児院でも、どの街にいても、居場所がなかった。
街にはお金持ちがたくさんいるのに、あたしらみたいな底辺の人間のことなんて虫けらみたいに扱ってきたんだっ。
だから、あたしは復讐のつもりで、贅沢をしている奴らの金品を奪ってやろうと思って、スリをしてたの……」
「テリス、そんなことがあったなんて知らなかった……」
「そんなの当たり前だよっ! マヤお姉ちゃんにも昔のこと、話してなかったんだから」
「テリス、無理に辛いことを話そうとしなくてもいいのよ。話したくないことは話さなくていいの」
「うん、分かってる。マヤお姉ちゃんなら、きっとそう言ってくれると思ったから」
「それなら――」
「マヤお姉ちゃん、ありがとう。でも、リビトお兄ちゃんも、ジオ、兄さん……も本当なら隠しておきたい秘密をあたしに打ち明けてくれたんだもの! あたしだって、隠し事はしたくないの。
だから、あたしのことも知ってほしかったの。皆がマグスだろうが、人間だろうが、関係ないよ。今までと何も変わらないよっ! そうでしょっ、マヤお姉ちゃんっ」
テリスの本音を知ることになって、マヤは胸が詰まる思いだった。
――テリスはそこまで私たちのことを大切に思ってくれてたんだ。私たちの間に、もう隠し事はない。これからは本当の兄弟姉妹みたいに一緒に立ち向かって行ける!
「テリスっ!」
マヤはテリスの元へ近寄ると、椅子に座ったままのテリスを横から抱き締めた。
マヤたちは皆が正体を明かし、自身の過去を打ち明け、ようやく真の仲間となったのだった。
皆が温かい空気の中、微笑み合っているところ、突然のように大魔法士が口を開いた。
「では、皆が晴れて真の仲間に、兄弟姉妹になったお祝いをしようかっ!」
大魔法士の一言で、今夜は皆で宴をすることになった。
料理担当は腕に自信のあるサーティスと大魔法士が、料理の材料となる魚はリビトとジオ、フィデリスの3人が近くの川で大量に調達してきた。マヤとテリスは円卓の上にテーブルクロスを敷いたり、カトラリーの準備を請け負った。
「――美味いっ」
「確かに、美味しいねっ、兄上はバカの一つ覚えみたいにチキンの香草焼きばかり食べていたからねっ。これでようやく別の料理にも手を付けてくれそうだね」
リビトはジオにイジられているにも関わらず、いつものように反撃の言葉を口にしない。ジオを無視するかのように、目の前の料理に夢中になっているようだ。
リビトから何の反応もなく、つまらなくなったのか、ジオは逆側の隣の席に座るフィデリスに話しかけていた。
本来なら、ジオたち妖精族は料理を口にすることはないのだが、祝いの席ということもあり、一口分ずつ味わうこととなった。
「マヤ様、お味はいかがですか?」
「サーティスさん、とっても美味しいですっ! 特にこの焼き魚がピカイチに美味しいです」
「お口に合ったようで良かったです。まだお代わりもありますから、たくさん食べてくださいね」
「マヤお姉ちゃん、サーティスは本当に料理が得意なのね!」
「サーティスさんが得意なのはお料理だけじゃないのよ。お菓子も、紅茶も、何を作っても美味しいんだからっ」
「まぁ、マヤ様にそう言っていただけて、うれしいですわ。もっと喜んでいただけるよう、日々精進して参ります」
マヤたちが料理に舌鼓を打っていた頃、大魔法士が突然席を立ち、声を上げた。
「せっかくの祝いの席だ、僕も取っておきを出すことにしよう」
大魔法士はそう言うと、誰の返事を待つこともなく、小屋の外に出ていった。
皆が美味しい料理を味わっているところに、外へ出て行き席を外していた大魔法士が円卓のある部屋に戻ってきた。
大魔法士の手にはずっしりと重そうな小さな瓶があった。瓶の口には古びた革製の蓋が巻き付けられている。
大魔法士はその瓶を円卓の上に置くと、声高らかに言った。
「祝いには酒がなければなっ! お前たち、今夜はとことん呑むぞぉ」
そう言うと、人数分のグラスと杓子を魔法で円卓の上に出現させ、蓋を開けた瓶から杓子で酒を掬い、グラスに注いでいく。
――私たち、まだ未成年じゃ? あっ、でもリビトやジオ様たちは見た目よりずっと年齢は上なんだっけ? そう言えば、大魔法士様はいくつなんだろう?
「マヤ、これはそれほど強い酒ではない。お前でも呑めるだろう」
大魔法士はそう言うと、酒が注がれたグラスの1つをマヤに手渡した。
大魔法士は皆にグラスを渡し終えた時、サーティスがテリスの前に置かれたグラスを奪い取った。すかさず逆の片手に持っていた果実のジュースを置き、テリスに微笑んだ。
「あぁ、あたしもお酒飲んでみたかったなぁ。別にいいじゃんっ」
「駄目ですよっ。まだテリスは子どもなんですから、成長してる段階でお酒を飲むのはおすすめできません」
サーティスはテリスとも打ち解けたようだ。円卓での話が終わってから、サーティスはテリスのことを呼び捨てで呼ぶようになっていた。
マヤのことは相変わらず様呼びなのだが、マヤも自分のことを呼び捨てにしてほしいと言ったのだが、サーティスからは断られてしまったのだ。
だが、マヤはサーティスがそう答えるだろうことは、妖精の森で初めて言葉を交わした時から分かっていた。だから、落ち込むことはない。
「グラスは皆行き渡ったなっ。よしっ! マヤ、お前のいた世界ではこういう時に何と声をかけるのだ?」
「へっ?」
マヤは突然、元の世界での乾杯の作法を聞かれて、思考が一時停止した。なぜなら、マヤはこれまでに1度も乾杯の音頭を取ったことがなく、何をどうすればいいのか、すぐに答えられなかったからだ。
少しの間を置いて、思考が正常に動き出していった。
――う〜ん、乾杯の時のことを聞かれてるんだよね? 私も会社勤めをしてる時に飲み会に参加したこともあったけど、居心地が悪すぎてあんまり記憶がないんだよなぁ。乾杯の音頭を取る人は何か挨拶みたいなことを話してた気がするけど……。
やっぱり何を話せばいいのか分からないなぁ。ここはシンプルにいくのがいいかな?
皆の視線がマヤに向けられていた。何故だろうか、心なしか、皆の視線に熱が込められている気がするのだが。
マヤはそんないつもと違う興味津々な熱視線を集める中、シンプルな言葉を乾杯の挨拶に選んだ。
「私の世界ではこういう時に『乾杯』って言いながら、グラスを軽くぶつけ合って挨拶するんです」
「かんぱい?」
「グラスをぶつけ合って割ってから飲むのが、お前の世界の習わしか?」
「ち、違いますっ! グラスは絶対に割らないでくださいねっ。そうじゃなくて、こうやってグラスとグラスを近づけて、軽くぶつけ合うんです」
マヤは隣に座るテリスのグラスに自分のグラスを近づけて軽く当て、カチっと小さな音を出した。
「おぉ、それだけでいいのか?」
「へぇ、マヤの世界ではこうやって祝い合うんだね」
「俺はグラスを割らないか心配だ」
「リビト、大丈夫だっ。グラスなら僕がいくらでも出してあげるよっ。じゃんじゃん割ってくれて構わないっ」
「駄目ですよっ! グラスが割れたらケガするじゃないですかっ! リビトもグラスを割らないようにそっと近づけるだけにして」
「お、おぅ」
マヤの説明を聞き終えると、それぞれが隣り合う者とグラスを近づけて乾杯の練習をし始めた。
あちこちでガチン、カチッ、カッ、とさまざまな音が聞こえてきた。
マヤは皆が楽しそうにグラスとグラスを合わせている姿を見て、感極まった。
――やっぱり、こうやって種族も、生まれも、育ちも違う人同士が同じ料理やお酒を共にする、私はこんな景色が見たかった。
ううん、今日だけじゃない。これからもっともっと仲間が増えれば、今日みたいな幸せな日がたくさんになる。
私が目指している世界は絶対に間違っていないはず。だから、これからどんな大変なことが待ち受けていようと、決して諦めないっ! 辛いことも、苦しいことも、もちろん楽しいことやうれしいことも、皆で分け合っていこう!
「マヤ、早く『かんぱい』をしようよ。兄上のグラスが割れる前にね」
「おいっ! お前、俺のこと馬鹿にしてるのか?」
「まさかぁ」
「ジオ、顔が笑っているぞっ」
「気のせいじゃないかな?」
「お前なぁ」
「あぁ、ほら、そこっ、喧嘩しないのっ。じゃあ、乾杯するからね」
マヤがグラスを片手に席を立ち上がると、皆がマヤに倣って席を立った。
マヤがグラスを持つ片手を上げると、皆がグラスを高く上げた。
「それでは、大切な仲間に、乾杯っ!」
「かん、ぱい」
「「かんぱ〜い」」
「マヤお姉ちゃん、かんぱ〜いっ」
「かんぱいっ!」
「かんぱい、うふふ」
皆、グラスをぶつけ合って、酒やジュースを美味しく味わった。
「大魔法士殿、このお酒は美味ですねぇ。何杯でもいけそうだ。酔わないように気をつけなければならないかな?」
「この酒の美味しさが分かるのか、そうか、そうかっ。この酒はなっ、僕が師匠から教わって初めて浸けた酒なのだよっ」
お酒の美味しさに喰いついたのはジオだった。ジオからお酒の味を褒められた大魔法士は酒自慢を始めた。
「大魔法士様が自分で作ったんですか?」
「あぁ、そうだ。僕もこの酒を呑んだのは今日が初めてだ。本当は弟子が巣立つ時にでも開けようかと蔵に閉まっておいたんだがなっ」
「えっ! そんな大切なお酒を私たちに振る舞ってくれたんですか? でも、弟子の方のために取っておいた方が良かったんじゃ……」
「あぁ、別に良い。あやつは可愛げがないからなっ。きっとこの酒を呑んでも、お前たちのように美味しさが分からぬであろう。そんな奴のために取っておくよりも、今日出した方が僕も楽しく呑めると思ったんだよ」
「そ、そうですかっ。でも、本当にそれでいいんですか?」
「あぁ、構わない。僕の弟子は可愛げが全くないからねっ。料理を振る舞ってやっても『美味い』と言ったことがない。あんな奴に酒を振る舞うだけ無駄だよ」
大魔法士が弟子の話をしていると、どこからか見知らぬ声が聞こえてきた。その声は低く、一言だけだったが、マヤは背筋がゾクッとするような冷たさを感じた。
「俺は粗食でやりくりしていたというのに、随分と盛大に楽しんでいるではないですか?」
マヤはその声がどこから聞こえてくるのか突き止めることはできなかった。それは仕方のないことだ。室内を隈なく見回しても、マヤたち以外の姿は見えないのだから。
リビトを見ると、大魔法士のいる方向に視線を向けていた。その隣にいるジオもリビトと同じ方を見ているようだった。
「あぁ、お前、か。予定よりも随分と早いではないか」
大魔法士はお酒を味わいながら、姿が見えない者に話しかけている。話し終わると、「ふん」と鼻で笑ったような声がどこからか聞こえてきた。
「お前、隠れていないでそろそろ姿を見せたらどうだ? ちょうどいい、皆に紹介してやろう」
マヤの耳に「ふん」という声が再び聞こえてきたと思ったのと同時だった。大魔法士のすぐ後ろに黒のローブを羽織った青年が姿を現した。
その青年は青みがかった黒髪で、漆黒の瞳はさっき聞いたままの冷たさを感じるような鋭い眼差しが印象的である。
マヤはその冷たい視線を怖いと感じた。
――この人、一体誰なんだろう? 冷たい目、私、この人苦手だ。




