50.師匠の正体(二)
「それで、俺たちに重要な話とは何だ?」
「その話は僕からではなく、マヤから話すよ。さぁ、マヤ、よろしく頼むよ」
大魔法士はリビトの質問に答えると、マヤに視線を向けた。
マヤは重大な事実を知って、リビトに話をしに行こうと書斎を出たのだが、大魔法士に呼び止められて、資料から分かった事実を大魔法士に伝えた。
大魔法士はマヤの話を聞くと黙り込んだ。瞳は真剣そのもので、眉間にはシワが寄っている。
暫くしてから、額に片手を添えて、大きな溜息を吐いた。
「師匠はこれを恐れていたのかっ!」
マヤは大魔法士の言った言葉の意味が分からなかったが、いつも余裕がありそうな笑顔の大魔法士がいつになく感情を取り乱していることから、一大事であることを理解した。
マヤたちは大魔法士の招集で円卓に座っている。そして、リビトと大魔法士のやりとりを経て、今に至る。
皆の視線は大魔法士からマヤへと移っていた。
「マヤ、僕に話してくれたことをそのまま言えばいい。難しく考える必要はないよ」
マヤは大魔法士の言葉に励まされ、先ほど知ったばかりの事実を皆に伝えた。
「まさかっ、マグスの王の友がそのようなことを画策していたとは……。俺はそんな話知らない――」
「あぁ、同感だね。私もそんな話は聞いたことがないよ」
「「…………」」
マヤの説明を聞き終えると、皆知らないことばかりだったのだろう、驚いているようだ。
緊張感が張り詰めている中で1人だけ話についていけない者がいた。
「ねぇ、マグスの王って誰なの?」
テリスは話に出てきた知らない単語を質問するような気軽さで口を開いた。
マヤをはじめ、皆が決まり悪そうな顔をして黙っている。
すると、大魔法士が黙り続ける皆に代わって説明し始めた。
「テリス、君はマグスと出会ったことがないのだったね?」
「うん、あたしがいたのは人の多い大きな街ばかりだったから、マグスと会ったことがないの」
「会ったことがないか――なるほどね」
大魔法士は隣に座るテリスに答えているのだが、その視線はリビトやジオたちに向けられていた。
――そうだった、テリスにリビトたちの正体を明かしていないんだった。私から話してあげるべきなんだけど。でも、やっぱりリビトたちから話すのが筋だよね。
マヤはリビトに視線を向けると、右斜めの席に座るリビトと視線が重なった。リビトは真剣な眼差しでマヤを見つめている。その視線はマヤの左隣に逸れ、ジオへと向けられた。
すると、その2人はアイコンタクトを交わしているように見えた。マヤは2人の判断を信じ、その場は見守ることにした。
すると、沈黙が続く中、リビトが口火を切った。
「テリス、お前に話していないことがある」
「あたしに話してないこと?」
テリスは不思議そうな表情でリビトを見ている。
大魔法士はそれ以上何も言うつもりがないのだろう。腕を組んで、リビトの話を聞く姿勢を取っている。
「その話をする前に、お前に1つ聞きたい」
「リビトお兄ちゃん、何?」
「テリス、俺たちはマヤを手助けするためこの旅に参加した。元より命を賭けているというのは言うまでもないことだが。
お前には以前も話したが、ここから先は下手すると命を落とす可能性がある。お前を見捨てるつもりはないが、最優先はマヤだ。もしもマヤとお前のどちらかを選ばなければならなくなった時、俺は迷わずマヤを選ぶ。
それは俺だけでなく他の者も同じだろう。だから、手を引くなら、俺たちと別れるのなら、決断するのは今だ」
テリスは黙ったまま俯いている。
「リビトっ! そんな、何で今そんなことをっ!」
「今だからだ。ここから先は魔力のない人間には危険な旅になる。テリスはそんな危険を冒す必要はないんだ。
――大魔法士殿、テリスをここで世話してもらえないだろうか? まだ幼いが、頭の回転は回る方だ。人を欺くのも、交渉するのも得意だ。きっと、あんたの役に立つはずだ」
「リビト……」
――そうか、リビトはテリスのことを信じられないとか、お荷物だとか思ってる訳じゃなくて、真剣にテリスの安全や未来のことを考えてくれてたんだ。
私はテリスとずっと一緒にいたい、ただそれしか考えてなかった。でも、大魔法士様の側にいればテリスは危険な目に遭わずに済む。会えなくなるのは淋しいけど、ここへ来れば会うことができる訳だし、二度と会えない訳じゃないものね。そうよ。
「僕は別に構わないよ。弟子はすでにいるが、身の回りの世話をしてくれる者がいれば助かるからね」
「大魔法士殿、恩に着る」
リビトが大魔法士に小さくお辞儀をした。
大魔法士もリビトの礼に応えるように目礼を返した。
テリスの身請け先が決まろうとしていたその時、突然バタンと大きな音がして、皆の視線が音のする方に集まった。
それはテリスが勢い良く立ち上がったことで、椅子が背もたれから倒れた音だった。
「皆、勝手に決めないでよっ! あたしが誰といるかはあたしが決めることでしょっ!」
「あぁ、もちろん分かっている」
「リビトお兄ちゃんは、何も分かってないっ!」
「お前……」
「リビトお兄ちゃんに言われなくても分かってるよ。皆が大事なのはマヤお姉ちゃんだって。そんなこと、あたしにだって分かってる。
それに、あたしもマヤお姉ちゃんに何かあったら、自分よりもお姉ちゃんを庇うと思う」
「――テリス」
マヤはテリスの言葉に胸を打たれた。それだけに、テリスをここへ残さなければならないことに申し訳なさを感じていた。
「リビトお兄ちゃん、あたしはここに残らない。たとえどんなに危険な旅になるとしても、あたしはマヤお姉ちゃんのそばを離れないからっ!」
「だが、お前は――」
「あたしのことは気にしなくていいから。あたしはあの日、マヤお姉ちゃんに救ってもらった日から、決めたの。マヤお姉ちゃんのために生きるんだって!」
「テリス――お前がそこまで覚悟を決めていたとは、思わなかった。済まなかった」
リビトはテリスの心からの正直な気持ちと覚悟を知ると、頭を下げてテリスに謝った。
「そ、そんなっ! リビトお兄ちゃん、謝らなくていいよっ。そもそもあたしは皆から信用されなくても当たり前のことをしていたんだもの。それはあたしが悪いんだから」
リビトは顔を上げると、テリスを真っ直ぐ見つめた。
「お前はもう俺たちの信用を得ている。俺たちの仲間だ」
「――リビトお兄ちゃんっ!」
リビトとテリスのやり取りを静かに見ていたジオが、テリスに謝罪の言葉を述べた。
「テリス、私からも謝罪をしよう」
「えっ?」
テリスは突然のジオの謝罪に驚き、口がポカンと開いている。
「私は確かにお前のことをずっと疑っていた。お前が被っている獣の皮を剥いでやろうと思っていた。
だが、お前はマヤにも兄上にも偽りのない心で向き合ってきた。私はそんなお前を認めたくなかったのだろう。それで意地の悪いことばかりお前に言ってしまった。本当に済まなかった」
「そ、そんなことっ。あんたから謝られたら、こっちまで調子が狂うじゃない……。
あぁ、もうっ! 分かったから、さっさと頭を上げなさいよっ。それにあたしは生活のためとはいえ、あんたに疑われても仕方ないことをしていた。
でもマヤお姉ちゃんと出会ってから、昔のあたしはもういないの。だから、これからはあんたもあたしのことを、仲間として見てほしい……」
「あぁ、分かった。テリス、私のことはジオ兄さんとでも呼んでくれ」
「ちょ、ちょっと、あんた! 流石にそれは図々しすぎじゃないっ」
「そうかなぁ? だって兄上がリビトお兄ちゃんなら、私だってお前の兄になるのだろう?」
「えっ! どうしてそうなるのよっ!」
テリスとジオはまるで兄妹喧嘩でもしているかのように、賑やかなやり取りをしていた。
マヤはそんな2人を見て、胸をなで下ろしたのだった。
「残念だなぁ、僕の身の回りの世話をしてくれる子が見つかったと思ったのに、どうやら別に探す必要ができたのかな?」
「あっ、大魔法士様、テリスのことはごめんなさいっ! テリスのことを考えると大魔法士様のそばにいるのが一番いいと思います」
「そ、そんなっ! マヤお姉ちゃんっ!」
テリスはマヤの言葉に慌て、顔から血の気が引いていくのが分かった。
マヤはテリスの目をしっかり見て、やさしく微笑んだ。そして、もう一度大魔法士に視線を向けた。
「でも、私たちはもう仲間で、血の繋がりはなくても大切な兄弟姉妹なんです。だから、テリスのことは諦めてください。お願いします」
マヤはそう言い終わると椅子の横に立ち、大魔法士に深くお辞儀をした。
すると、立ったままだったテリスもマヤに倣い、深く頭を下げた。
「分かったよ。そこまでマヤが言うなら、テリスのことは諦めよう。だが、肝心な話はここからだろう?」
「肝心な話……」
マヤは大魔法士の言った言葉を頭の中で反芻していた。
――そうだった。リビトはこれから自分たちの正体をテリスに明かすところだった。テリスはどんな反応をするんだろう。でもきっと、テリスなら皆のことも受け入れてくれるはず。きっと大丈夫!
「立ったままでは話せないだろう? マヤもテリスも一先ず椅子に座りなさい」
大魔法士の言葉を聞いて、マヤは椅子に腰掛けた。テリスは床から椅子を起こしてくれたサーティスに礼を言うと、椅子に座り直した。
皆が改めて席に座ると、大魔法士が心を落ち着かせる効果のあるというハーブティーを人数分、淹れてくれた。
皆がハーブティーを一口飲み終えるのを見計らって、リビトが再び口を開いた。
「テリス、お前に話しておきたいことがある」
テリスは真剣な眼差しでリビトを捉え、コクリと頷いた。
既に覚悟を決めた後だったからなのか、まるでテリスはこれからする重大な話を聞く心構えが整っているように見えた。
「お前はマグスと出会ったことがないと言っていたが――、いや、これは遠回し過ぎるか」
リビトはテリスに自分たちの正体をどのように明かそうか、言葉を選んでいるように、マヤの目には映った。
すると、再び黙っていたジオは言い淀んでいるリビトを尻目に、あっさりと自身の正体を明かしてしまった。
「あぁ、兄上、流石にもったいぶり過ぎだよ。こういうことは単刀直入に伝えた方がいいと思うよ。テリス、実は私は人間ではなく、妖精族なんだ。ついでに言うと、フィデリスとサーティスも私と同じ妖精族で、私の従者なんだよ」
ジオは一気に言いたいことを言い終わると、にっこり笑顔をテリスに向けた。
カミングアウトを受けたテリスは驚きのあまり、口がぽっかりと大きく開いている。
ジオは言いたいことを全部話したことにスッキリしたのか、リビトの方を見て、「次は兄上の番だよ」とでも言いたげな視線を送っている。
当のリビトは、呆気なく自分の正体を明かしたジオの行動力に驚いていた。
だが、ジオも正体を明かしたのだ。リビトも覚悟を決めたのか、テリスの方を向いて口を開いた。
「全く、お前は――テリスが驚いているじゃないか。話すにも順序というものがあるだろうが――」
「兄上はいつも考え過ぎなんだよ」
「はぁ、全くお前って奴は――あぁ分かったよ。降参だ、今回はお前が正しいよ」
「へぇ、兄上でも降参することがあるのか」
「――冗談はさておき、テリス、今まで黙っていて済まなかった。俺はマグスと人間の血を引く半魔人なんだ。つまり、マヤ以外は皆マグスということだ」
「…………」
リビトが話し終えると、皆の視線がテリスの方へ向けられた。
テリスは今だ放心状態だった。
マヤはそんなテリスを心配し、声をかけた。
「テリス、大丈夫? 突然のことで驚いたよね。でも、私たちの種族は違うけど、皆が仲良く暮らせる世界を作るために立ち上がったの。もしも私たちを受け入れてくれるなら、一緒に旅を続けよう」




