48.罠(後)
本日、2本目の投稿になります。
「誰? 私を呼ぶのは?」
マヤが全てを諦め、心が闇に取り込まれそうになった時だった。どこからか、懐かしい声が聞こえてきた。
「マヤ。およぐって楽しいの? じゃあ、僕が大きくなったら一緒に入ってくれる?」
「もちろん!」
「やったぁ~」
――この声は? 懐かしいな、確か、この声はチコ?
チコの声を認識したと同時に、蹲っていたマヤの脳裏に大量の記憶が流れていく。
「俺と約束をするなら、お前をこの地に快く迎え入れよう。衣食住も全て心配する必要はない。ただし、皆自分の仕事を持っている。この地に留まりたいなら、お前も、お前にしかできない仕事を見つけろ」
――これは、マーモーと初めて出会った日の会話……。
「マヤさん、体には気を付けるんだよ。これ、持っていきな。急いで編んだから出来はそんなに良くはないんだけど、寒くなったら首に巻くと温かいよ」
「マヤちゃんも元気でね!」
「マヤさん別嬪さんだから、悪い男に引っかかるなよ!」
「マヤ、この森で帰りを待ってるいるわね!」
――はじまりの森の皆?
「私はマヤ殿が作る新しい世界を見届けるため、長生きしてみせます! 絶対に、です!」
――レックス?
「マヤは感情が顔に出やすいからね。手に取るように分かるよ」
「そんな、子どもじゃないんですから……」
「ほらっ、顔が赤くなってるよ」
「もうっ、ジオウ先生、揶揄わないでくださいっ!」
「本当にマヤは可愛いんだから」
――ジオ様?
「こんな物でいいの?」
「もちろん。この髪紐を毎日見て、マヤのことを思い出すわ」
「うん、私もこの腕輪を見てセリンのことを思い出すよ」
――セリ、ン?
「マヤ様」
「マヤ殿」
「マヤお姉ちゃんっ」
――サーティスさんにフィデリスさん、それにテリスもっ。
「マヤ、海に来れて良かったな」
「私たち、このままずっと謝罪を続けるのかな?」
「あぁ、そうかもしれないな」
「心配してくれてありがとう。今度こそもっと気を付けるから」
「あぁ、俺も気を付けるよ」
「――分からなかったんだ……」
「分からないって、何が?」
「もしかして――。リビト、カードキーの使い方が分からなくて部屋に入れなかったんじゃ――」
「…………」
「ぷっ」
「俺が二度と危険な目に遭わせない。お前のことも俺が守る、だから安心しろ」
――リビト!
「そうよっ! 皆私のことを信じて受け入れてくれた。さっきのリビトは偽物だっ! こんなの現実なんかじゃないっ! 私は悪い夢でも見てるんだっ! 私は皆のことを信じてる、皆も私のことを信じてくれてるんだからっ!! こんなの、幻に決まってる!!!」
マヤの体は軽くなり、身動きが自由に取れるようになった。それと同時に、目の前の濃い霧は晴れていく。
次第に、開けた場所は霧が出る前の太陽の光が降り注ぐ明るい野原の景色が現れた。
「リビトっ!」
マヤは目の前で倒れているリビトを発見した。額には汗が流れ、苦悶した表情を浮かべている。何に苦しんでいるのか、傍から見ても辛そうである。
「リビトっ! 起きてっ!!」
マヤはリビトのそばへ寄ると、リビトの体を前後に大きく揺らして目を醒まさせようとした。だが、リビトはマヤの声にも大きく揺らす手の動きにも反応を見せなかった。
「リビトっ! どうして起きないの? どうしよう……」
――もしかして、リビトもさっきの私と同じように悪い夢でも見せられているのかもっ! 早く起こしてあげなきゃっ。でも、どうやって?
そうだっ。私はどうやって悪夢から醒めたんだっけ? 偽リビトに嫌なこと言われて、元の世界で嫌な人たちからされたことを思い出して、それから――。
そうだっ! チコの声がして、はじまりの森や旅で出会った皆のことを思い出したんだった。リビトも森の皆のことを思い出せば目覚めるかもしれないっ!
「リビトっ! 偽物に惑わされないで! マーモーやリビアさん、チコ、長老さん、はじまりの森の皆のことを思い出して! 皆リビトのことを信頼してるし、皆大好きなんだからっ!
森の皆だけじゃない。プエリの森の皆も、妖精の森の皆も、皆、リビトのことを信頼してるっ! リビトは1人じゃない! 私も、ジオ様も、セリンだって! 皆、リビトが必要なんだからっ!!」
「おい、耳元でそんな大声出すなよ」
「――リビト! 良かったぁ」
「まだ頭がボーっとする。一体何が? あぁ、あの霧のせいか?」
「うん、たぶんそうだと思う。あの霧って、もしかして魔法なの?」
「――あぁ、たぶんそうだろう。余程俺たちを大魔法士に会わせたくないらしい、いや、会いたくない、というべきか……」
「リビト、それってどういうこと?」
「――それより、他は? 無事か?」
「あっ、そうだった」
マヤが辺りを見回すと、皆同じように地面に倒れたまま、悪夢に魘されているようだった。
「早く皆を目覚めさせないとっ!」
「うっ!」
マヤが声のする方に視線を向けると、ジオが額に片手を充てながら上半身を起こしていた。
「ジオ様! 大丈夫ですか?」
「マヤ? 本物?」
「そうですよ、私は本物です」
「良かったぁ~」
「えっ? あっ、ちょっと……」
ジオはマヤの腕を自分の方に寄せるように引っ張った。マヤは突然腕を引かれて前のめりに倒れかかった。ジオは両手を開いてマヤの体を受け止める体勢を整えていた。
「えぇ? ちょっと待ってぇ!」
マヤは前に倒れかかっていたが、急に後ろへ引っ張られるように今度は後ろへ倒れかかった。マヤの体を受け止めたのはリビトだった。
「リ、リビト?」
「あぁ~、もうちょっとでマヤを抱きしめられたのにぃ~、兄上、邪魔しないでくださいよぉ~」
「うるさいっ! お前はもう少し寝てろっ!!」
「ちぇっ~」
「んっ……」
マヤの後から小さな声が漏れ聞こえてきた。後ろを振り返ると、サーティスが悪夢から目を醒ましたところだった。
「サーティスさん! 大丈夫ですか?」
「マヤ、様? はい、もう大丈夫のようです。長い悪夢でも見ていたようですわ」
「うっ、ハァ、ハァ……」
「フィデリスさんも!」
「な、何なんですか? 今のは?」
「お前、サーティスの方が目を醒ますのが早かったぞ?」
「えっ? もう皆さん目が醒めているんですか?」
「あぁ、後はあの娘だけだ」
「あれは一体?」
「あれは幻覚を見せる魔法だ」
その言葉に皆が視線をリビトに向けた。
「これだけの人数を一瞬で――」
「ジオ様、もしや、奴らが?」
「それは分からん。奴らの気配は一切感じなかった」
「……」
「恐らく、俺たちに幻覚を見せたのはあそこにいる奴だろう?」
リビトが指差した先を見ると、森に馴染む濃緑の屋根の小屋がぽつんとあった。先ほどこの開けた場所に辿り着いた時に皆が視界に捉えた小屋である。
「ならば、私たちを襲ったのは大魔法士ということか?」
「マグスの気配は感じないだろう? 間違いなく、あの小屋には高い魔力を持つ人間がいる」
「奴らの罠か?」
「分からない。だが、俺たちが幻覚を見ている間に捕らえるなり、殺すなりできたはずだ。それをしなかった――」
「――他に意図があったと?」
「そんな気がしてならない。それに、目を醒ました後でも魔力量は減っていなかった」
「つまり、私たちの魔力を奪う目的で攻撃した訳ではないと?」
ジオは地面に横たわるテリスに鋭い視線を向け、低く冷たい声を発した。
「ねぇ、兄上。その娘が私たちを嵌めたのでは?」
「…………」
皆の視線がテリスに集まった。
「ちょっと待って! テリスはそんな子じゃないっ。確かに、皆の物を盗んだけれど、それは生きるため仕方なくしたことでっ!」
「マヤ、君はやさしすぎる。その娘が生きるために私たちを罠に誘い込んだ可能性もあるだろう?」
「そ、そんなこと――そんなこと絶対にないっ!」
「――マヤ様」
長い沈黙の後、声を最初に発したのはリビトだった。
「確かに、ジオの言う可能性もある」
「リビトまで!」
「マヤ、落ち着け。話を最後まで聞けよ」
「…………」
「ふぅ~。ジオ、意地悪が過ぎるぞ。お前も本当は分かっているはずだ。テリスは悪意を隠せるような奴じゃないって」
「――はぁ、兄上には敵わないなっ。全部お見通しかぁ」
ジオは地面から立ち上がり、服についた土を払うとマヤの前に立った。
「マヤ、ごめんね。マヤを困らせるつもりはなかったんだ。あの娘は私にだけ態度が悪いから、少々腹が立っていただけだ。兄上の言う通り、私も本気であの娘が罠に誘い込んだとは思ってない。悪かった」
「ジオ様……」
「許してくれるかい?」
「もちろんです! えっ、ちょ――」
マヤが返事をするや否や、再びマヤはリビトの胸に収まっていた。
「ちょっと、リビト? 何してるのよっ?」
「兄上~、私がまたマヤを抱きしめると思って、焦ったのですよね?」
「ち、違うっ! それに焦ってなんていないっ」
リビトはそう言うと、マヤを抱きしめる両腕を解き、マヤを開放した。
「兄上、顔が赤いですよ?」
「赤くないっ! お前は暫く口を閉じていろっ!」
「むぐっ、むぐぐぅ……」
「あははは、ジオ様、リビト殿の怒りを買ってしまいましたね。止めておけばいいものを……くっくっくっ」
「――ぷはぁ、ハァ、ハァ、ハァ……フィデリス、駄目じゃないか、主が魔法で攻撃されたというのに、お前は役目を果たさずに何を笑っている?」
ジオはリビトにかけられた魔法をあっという間に解くと、隣で大笑いするフィデリスに冷たく鋭い視線を向けた。
フィデリスの顔から血の気が引いていく。
「い、いえ、わ、私は別に、わ、笑ってなど……」
「私が嘘を言っているとでも?」
「い、いえ、そ、そうではありません――」
皆冷めた目つきでジオとフィデリスのやり取りを見ていた。
「マヤ様、そろそろテリスさんを起こして差し上げましょう。人間が長く幻覚魔法にかかると体力を削がれますから」
「うん、そうね」
「マヤ様、少し下がっていただけますか?」
「えっ、う、うん」
するとサーティスはテリスの横へしゃがみ、テリスのお腹辺りに自分の右手をかざし、ブツブツと何かを唱えたかと思うと、次の瞬間、うっすらと琥珀色の光が右手から発せられ、その光はテリスの体へ注がれていった。
「んっ……」
「テリスっ! 良かった。サーティスさん、ありがとう」
「いえ、大したことではございません」
「テリス? 気分はどう? 大丈夫?」
「ん? マヤお姉ちゃん!」
テリスは目が醒めると、サーティスの横にしゃがんだマヤに抱きついた。
「わぁ~ん! 怖かったよぉ~、マヤお姉ちゃんに嫌われたと思ったよぉ~」
「テリス、もう大丈夫だから。テリスは悪い夢を見ていただけだよ。全部嘘だから、気にしちゃ駄目だよ。私はテリスのことが大好きなんだからね」
「う、うんっ! わ、わだじも、マヤお姉ぢゃんのごど、だいずぎぃ~、ぐすんっ」
「うん、分かってるよ。大丈夫だからね」
マヤはテリスが泣き止むまで抱きしめ続け、頭をやさしく撫でていた。




