49.大魔法士(前)
本日も2本に分けて投稿します。第1章まもなく完結します。ぜひ最後までお楽しみください!
「それにしても随分なお出迎えだな」
「あぁ、全くだね」
「さぁ、どうするか、だな?」
「それで、どうするつもりだい? 君たちがどう出てくるのか、僕も楽しみだよ」
「「…………!」」
皆が大魔法士がいるであろう小屋に視線を向けていると、突然、頭上から男の声が聞こえ、皆が一斉に空を見上げた。
マヤたちが上を向いた時には、すでに黒いローブを纏った男が宙に浮いていた。
「「――!」」
皆が言葉を失っている間に、その男は黒いローブをひらりと風に靡かせながら、静かに地面に着地した。
マヤとテリス以外の皆は思考を戦闘モードへと即座に切り替え、それぞれが魔法を発せられる体勢を整えていた。自身の瞳の色と同じ魔力の揺らぎが光として浮かび上がり、それぞれの体を覆った。
「そう構えなくてもいい、僕はお前たちに危害を加えるつもりはないからね」
「――それなら、お前が俺たちの敵ではないという証を示せっ」
その男はリビトの言葉を聞いて、口元に薄い笑みを浮かべ、手にしていた長杖を一瞬で消して見せた。
「これで信じてもらえるかな?」
黒いローブの男の言葉に、最初に反応したのはリビトだった。リビトは体に纏わせた魔力の揺らぎを徐々に小さくしていった。
リビトの魔力の揺らぎが消え去ると、ジオ、フィデリス、サーティスも同様に戦闘モードを解除した。
「せっかくわざわざ会いに来てくれたのだからね、立ち話もなんだ僕の家に招待しよう。おすすめの茶葉と茶菓子もあるからさっ」
「――分かった」
「兄上っ!」
「お前たちはここに残れ、中へは俺とマヤで行く」
「――私も一緒に行くよ」
「ジオ様っ! 危険過ぎます」
「マヤ様が行くのなら、私も参ります」
「リビトお兄ちゃん、私も連れて行って、お願いっ!」
「…………」
黒いローブの男が両手を広げて、呆れた表情を浮かべた。
「やれやれ、君たちはなかなか面白いが、少々面倒だな。皆一緒に行けばいいだろう?」
黒いローブの男は右手を高く上げると、ピカッと目を開けていられないほど眩い光を放った。
マヤが目を閉じると、すでに建物の中にいて、円卓を囲うように並べられた木製の椅子に座らされていた。周囲を見渡すと、皆が席についている。目の前には人数分のティーカップが置かれており、湯気の立つ紅茶からはいい香りがした。
マヤの正面には黒いローブを脱いだ男が座っている。その男はマヤと視線が合うと、やさしく微笑んでから口を開いた。
「先ほどは大変失礼した。僕はこう見えても大魔法士と呼ばれていてね、立場上、簡単に警戒心を解く訳にはいかないのだよ。だから、君たちが僕と会う資格があるのか試させてもらった――」
「試したというのはさっきの幻覚を見せる魔法のことか?」
リビトは大魔法士が話終えると、待っていたように質問をした。
「あぁ、その通りだ。とても興味深いものを見せてもらったよ。特に、君は特別な存在のようだ」
大魔法士はマヤの瞳をじっと見つめていた。マヤは自分の心の中を見透かされたのかと思い、酷く焦った。
――この人が大魔法士。さっきの幻覚もこの人が……。私がこの世界の人間じゃないことも分かってるのかな? 何だか、全てを見透かされているみたいで怖いっ。
「恐れる必要はない。僕は君たちの敵ではないからね」
「敵ではない? それならば、私たちの味方になる可能性があるということか?」
黙ってリビトと大魔法士のやり取りを見守っていたジオが会話に割って入ってきた。
「うむ、僕は誰の味方にも敵にもならない。僕を縛り付け、従わせる者もこの世には存在しない――でも、君の話なら聞いてもいいよ?」
大魔法士はジオからマヤに視線を移し、口角を少し上げた。
「何故、マヤに興味があるんだ?」
「そうか、君はマヤと言うんだね。実に良い名だ」
「おいっ、俺の話を聞いているのか?」
「はぁ、外野が五月蠅くて堪らないね」
大魔法士は右手の指をパチンと弾くと、円卓には大魔法士とマヤの2人きりになっていた。皆と小屋の中にいたはずが、真っ白な空間の中にいたのだ。
「えっ? リビト? ジオ様? み、皆をどこへやったんですか?」
「マヤ、落ち着きなさい。誰もどこにもやってはいませんよ」
「そ、それならっ! 皆はどこに?」
「ここは僕が作った異次元空間です。皆は僕の小屋で大人しく座って待っていますよ」
「ど、どうしてこんなことを?」
「僕はマヤと2人で話したくてね。安心してくれ、僕は君にも他の者にも危害を加えるつもりはない。ただ静かな環境で君と話したいだけなんだ。話が終われば、皆のいる場所へ戻すから心配しないでくれ」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、僕が君を攫って得することはないからね」
「――分かりました。それで、話とは?」
「時間はたっぷりあるから、ゆっくり話そうか」
大魔法士は自慢の紅茶と焼き菓子をマヤに勧めてきた。
マヤは美味しそうな焼き菓子をじっと見つめている。
「マヤ、毒も小人特製の自白剤も入っていないから、安心して食べなさい。君は焼き菓子が好きなのだろう?」
「えっ! ど、どうしてそんなことを?」
「あぁ、驚かせてしまって済まない。幻覚魔法を使用すると、その者の過去の出来事やその時の感情を覗くことができるのだ」
「ぜ、全部ですかっ?」
「あぁ、もちろん皆の過去も覗いたが、一番興味深かったのはマヤ、君の過去だ」
――それって、私がこの世界の人間ではないことや、リビトたちの正体も全て知られてしまったってこと? それってかなり不味い状況じゃ……!
「誤解のないように伝えておくが、マヤの過去や君の仲間の正体を知ったからといって、どうこうするつもりはない。僕は干渉するつもりはないんだ」
「全てを知っていると言うのなら、そもそも私と話す必要なんてないんじゃないですか?」
「まぁ、そうとも言えるが、僕は君の思考を全て見通せる訳ではない。現に、君が今何を考えているか、それを知る術は僕にはないからね。でも君にはその才能があるね?」
「才能?」
「あぁ、君は知っているはずだ。人間でありながら、マグスや人間だけでなく、全生命の真の声を聞くことができるじゃないか」
「そ、それは……」
「うむ、実に興味深いっ! 異世界から迷いし者に、天は恵みを与えた。それも特別なギフトを」
「あの、この能力が天から与えられたギフトなんですか? 私は特別だとは思えません。それよりも私は優れた魔法を使えるようになりたかったです」
「マヤ、天恵は誰もが与えられる訳ではないのだぞ? 君は特別ではないと言うが、その能力のおかげで、はじまりの森で自分の役割を見つけることができただろう?」
「そ、それはそうですけど……。でも誰かの心の声を聞くのはあまり褒められることではありません。自分が相手の立場なら、知られたくないこともありますから」
「――マヤ、君は本当に欲がないのだね。うん、そうだね、だから天は君にこの能力を与えたのかもしれないね」
「そうなんでしょうか?」
「もちろん僕には天のする全てのことを理解はできない。だけど、マヤを見ているとそんな気がすると言うだけさ」
「はぁ……」
大魔法士は紅茶のお代わりを勧めてきた。マヤは言われるがままにお代わりをもらったのだが、紅茶を楽しむ余裕はなかった。
紅茶の香りを楽しんでいる大魔法士は、紅茶を一口、二口啜ってから静かに話し始めた。
「マヤ、君たちが僕に会いに来た理由は知っている。さっきも話した通り、僕はマグスにも人間にも干渉はしない。謂わば、この世界の見届人だからね」
「見届人? 大魔法士さんはこの世界で最も魔法に長けた人なんですよね?」
「面と向かって言われるのは照れるが、そうだ、僕は世界一の魔法士だ」
――この人、自分で世界一って言ったよ。普通は謙遜するところなんじゃないの?
「仕方がないだろう? 僕を上回る魔法士は存在しないのだから」
「へっ? 今、私の思考を読んだんじゃっ!」
マヤは頭に浮かんだ言葉を大魔法士に読み取られたと感じて焦り、思わず本音が口をついて出てしまった。
「マヤは本当に素直な娘だね。真の声を読み取る能力がなくとも、君は全て顔に出ているから手に取るように分かるのだよ」
「そ、そんなことありませんっ」
「君の仲間もそう言っていただろう?」
「うっ! そ、それは……」
大魔法士はマヤの顔色が青や赤とコロコロ変わるのを面白がり、お腹を抱えて笑い出した。
「あははは……! こんなに笑ったのは久しぶりだっ、くっくっくっ……」
――この人、大魔法士だからってちょっと失礼過ぎない? そんなに笑わなくってもいいじゃないっ!
大魔法士は暫くの間、大笑いをしていた。マヤはその笑いが収まるのを待っているしかなかった。
「いや、済まない。マヤ、君は本当に面白い」
「わ、私は大魔法士様を笑わせるつもりはこれっぽっちもありませんっ!」
「あぁ、悪かったよ。こんなに楽しいのは久しぶりなんだ。僕の弟子は口数が少なくてつまらない男だからね。マヤが僕の弟子になってくれたらいいのに」
「絶対にお断りですっ!」
「マヤ、君は本当に面白い。一緒にいて飽きないよ」
大魔法士はそう言うと、再びお腹に両手を抱えながら笑い始めた。
マヤは怒る気力もなくなり、諦めたように紅茶を啜ってから焼き菓子に手を伸ばした。
「お、美味しいっ!」
「そうだろう。それは僕が今朝焼いたのだよ」
「大魔法士さんってお菓子作りもするんですか?」
「いや、それは僕の趣味でね。僕の弟子は甘い物が苦手でね。客も滅多に来ないから、今日は君たちが来ると分かって、朝から張り切って焼いたのだよ。喜んでもらえて良かった」
大魔法士がお菓子作りとは意外である。マヤは案外、自分と趣味が似ているのだと分かり、妙な親近感を覚えてしまった。
それはマヤが唯一確信していることがあるからだ。それは――。
――お菓子作りをする人に悪い人はいないっ!
リビトが聞いたら、鼻で笑われて馬鹿にされていたことだろう。
だが、お菓子作りはなかなか奥深いものである。その日の天候によって仕上がりが変わることもあるため、材料の配分を多少調整する必要があるからだ。
それだけでなく、計量や混ぜ合わせる順番、発酵、加熱の温度と時間、全てのピースがピタリと揃ってこそ、美味しいものが出来上がるのだから。
マヤがお菓子作りに思考を取られていると、大魔法士はすでに真剣な顔でマヤを見つめていた。
「マヤ、僕が君に興味を持った理由が分かるかい?」
「私に興味を持った理由ですか? そんなこと、私が分かる訳ないじゃないですか」
「まぁ、そうだな。君の能力は僕には効かないからね」
「そうなんですか?」
「あぁ、試してみるかい?」
「――いえ、大魔法士さんがそう言うなら、きっとそうなんだと思います」
「素直だね」
「あっ! また私のことを馬鹿にしてます?」
「いや、そんなつもりはないよ」
マヤはまた笑われると思い、先に釘を刺すべくそう言ったのだが、今度ばかりはどうも様子が違うようだ。
大魔法士の表情は真剣そのものだった。
「マヤ、僕は君たちが今日ここに来ることをずっと前から知っていたんだ」
――えっ? あぁ、そういえば、さっきも私たちが来るって知ってたから朝からお菓子作りをしたと言っていたっけ。
あぁ、そっか。大魔法士ともなると、未来も見通せるってこと? それで私たちが今日ここに来るって分かったんだ。大魔法士って本当に凄い人なんだ。
「いや、正しくは僕の師匠がそう言い残したんだけれどね」
「大魔法士さんの師匠さんがですか?」
――大魔法士さんの師匠が言い残した? それってどういうこと? それじゃあ、大魔法士さんは未来を見通す力まではないってこと?
「実は、僕の師匠は君と同じく、異世界から来た人間なんだよ」
「えぇっ! 大魔法士さんの師匠が私と同じ? この世界の外から来た人?」
マヤは大魔法士から驚くべき事実を知らされた。




