48.罠(前)
本日、2本に分けて投稿いたします。続けてお楽しみください。
マヤたちは大魔法士に会うため、奥深い森の中へ足を踏み入れた。
集落の長の話だと、危険な魔物が人間を襲ってくると言っていたが、今のところ魔物の影すら見えない。
「リビト?」
「何だ?」
マヤは集落の長の話が気になって、先頭を歩くリビトの隣へ移動した。
「集落の長さんの話だけど、リビトはどう思った?」
「あぁ、あのおっさんの話か、胡散臭いな。俺たちを大魔法士に会わせたくなさそうな言いぶりだったな」
「そうだよね。それに、マグスが人を襲うなんてあり得ないし」
リビトは後を歩くテリスを一目見た。テリスはサーティスと楽しそうに話していて、こちらの話は聞こえていないようだった。
「お前が言いたいことは分かっている。あのおっさんは明らかに嘘をついているように見えた。何故俺たちを大魔法士に会わせたくないのかは分からないが、な。まぁ、予想はつくが」
「リビトは理由が分かってるの?」
「まぁ、俺の推測ではあるが」
「私にも、教えてっ」
マヤは真剣な様子でリビトに詰め寄った。
「何もそこまで思いつめるほどのことではないぞ?」
「うん、分かってる。でも、大切なことだからっ」
「――あぁ、分かったよ。そうだな、考えられるのは2つ」
「2つ?」
「1つは大魔法士は余所者に会わないってことだ。俺たちは外から来た余所者だ、大魔法士にすれば自分の力を悪用する奴が会いに来るのは避けたいはずだ。集落の長たちも大魔法士のおかげで安心して暮らしている訳だから、大魔法士がこの森からいなくなれば困るだろ?」
「じゃあ、つまり、大魔法士と集落の人たちが協力関係にあって、余所者には会わせないようにしてるってこと?」
「そういうこと」
――そうか、私たちの信用がないから、集落の長さんは私たちを追い払ったのね。確かに、それなら納得できるかも。そうだ、リビトはもう1つ理由があるって言ってたよね?
「リビト、もう1つの理由って何?」
「――罠の可能性がある」
「罠っ?」
「しっ!」
リビトはマヤの口を自分の片手で塞いだ。
「静かにしろっ、テリスに気付かれるだろうが」
マヤがコクリ、コクリと頷いたのを確認すると、リビトはマヤの口を開放した。
「罠ってどういうこと?」
「テリスの手前、お前には話してなかったが、さっきお前に笑ったという若い男がいただろう?」
「若い男? あぁ、あの馬車に乗ってた子のこと?」
「いいか? 驚いても大声は出すなよ? 先に言ったからなっ」
「う、うん、分かった」
マヤは両手で自分の口を押さえ、リビトの次の言葉を待った。
「奴はジオを奴隷として他国へ売ろうとした組織の一味だ」
「むぐぅ……!」
マヤは両手で口をしっかり押え、大声が出そうなところを何とか抑えた。
リビトはマヤが落ち着いたのを確認してから、続きを話し始めた。
「奴は人間だが、今の俺と同等、もしかしたらそれ以上の魔力を隠しているかもしれない。それほど危険な奴だ」
「…………」
「俺たちはいくつかの街を移動したが、それを先回りしているかのようにわざと俺たちに情報を流しているのも確認した」
「……!」
「今のところ、俺たちに危害を加えようとする気配は感じられないが、奴は俺たちが行くところへ必ずと言っていいほど姿を現している。俺も何度か奴の姿を見た」
「どうして、私たちを? まさか、ジオ様を逃がしたから?」
「さぁな。だが、ジオを攫うつもりならとっくにそうしていただろう。いくらでもチャンスはあったはずだからな」
「じゃあ、どうして?」
「分からない――」
「もしも罠なら、このまま先へ進むのは危険なんじゃ――」
「あぁ、だが、他に方法がない。それに、ジオも覚悟の上だ。あいつらは自分の身は守れる。俺が二度と危険な目に遭わせない。お前のことも俺が守る、だから安心しろ」
リビトは真剣な表情をしていたかと思うと、マヤの方に顔を向けて、やさしく微笑んだ。
リビトの笑顔に、マヤの鼓動は高鳴った。
――あれっ? 私、どうしちゃったの? 心臓の音がバクバク言ってて激しい。それに顔の温度が急に熱くなったみたいっ。
マヤの様子をおかしく思ったのか、リビトが上半身を曲げるようにマヤの顔をじっと見つめてきた。
「おい、どうしたんだ? 顔、赤くなってるぞ?」
「ち、違うっ、何でもないのっ!」
「違わないだろう。耳まで赤いぞ? 熱でも出たのか?」
リビトは自分の片手をマヤの額に乗せて、熱がないことを確認した。
「熱はないみたいだな? 大丈夫か? 具合が悪いなら、クーリアと一緒に――」
「大丈夫だからっ! ほらっ、元気一杯だから!」
マヤはその場で何度かジャンプして、元気さをアピールした。
その様子を皆が見ていて、マヤの周囲に集まり出した。
「マヤお姉ちゃん、急にジャンプしてどうしたの?」
「マヤ様、まさか、お体の調子が悪いのですか?」
「本当だ、マヤ、私が背負ってあげるよっ」
「ジオ様、そ、それ以上はお止めになった方が――」
「えぇ! 何でさっ――フィデリス?」
ジオが後ろを振り返ると、こめかみに青筋を立てたリビトがジオを睨みつけていた。
「あぁ、兄上ったら、本当にマヤのことになったら感情を抑えられないんだから――これじゃあ、私とそう変わらないじゃないかっ」
「お前と一緒にするなっ! さっさと離れろっ!」
「えぇ! もう、束縛が強いと女の子に嫌われるよっ、兄上っ」
「はぁ? 誰が束縛が強いだと?」
「ジオ様、もうお止めください」
「ねぇ、フィデリス? お前の何番目かの姉上が、そう言っていたよね?」
「ちょ、ジオ様、私を巻き込むのはお止めください」
「えぇ~?」
「うるさいっ! いいから、お前はフィデリスと後ろを歩けっ!」
「ちぇっ~、せっかく楽しくなってきたところだったのになぁ~」
「文句があるなら、今からでも戻っていいんだぞ?」
ジオは両頬を膨らまして、リビトの言うように後へと下がって大人しくしていた。
「ねぇ、マヤお姉ちゃん」
「んっ? どうしたの、テリス」
「もしかして、リビトお兄ちゃんってマヤお姉ちゃんのこと――」
「リビトがどうしたって?」
「う、ううん。何でもなぁーい」
「そう?」
サーティスはテリスとマヤのやり取りをすぐ後ろで聞いていた。形のいい口元はクスリと笑い声を零していた。
暫く歩くと、開けた場所に出た。マヤたちは少し距離はあるが、その奥に小屋のような物を視界に捉えていた。
すると突然、太陽の光が燦々と降り注いでいた空に黒い雲が立ち込め、マヤたちはあっという間に濃い霧に包まれてしまった。
「これって霧? さっきまで晴れていたのにね?」
マヤは隣にいるテリスに話しかけたが、テリスの姿は濃い霧で見えなくなっていた。それどころか、霧の中で両手を伸ばして左右に動かすが、テリスの体に触れることすらできなかった。
「テリス? どこに行ったの?」
マヤは嫌な予感がした。すぐ後ろを歩いていたサーティスを探したが、その姿を確認できなかった。ジオとフィデリスが会話していた声も聞こえなくなっていたことに気付いた。
「サーティスさん? ジオ様? フィデリスさん? 皆どこに行ったの?」
マヤは先頭を歩いているはずのリビトの方へ向き直ったが、リビトの姿も消えていた。
「リビトっ! リビト? どこにいるの? リビトっ!」
いくら呼んでも、誰の返事もない。
――まさか、私、迷子になっちゃったの? どうしよう、このまま見つけてもらえなくなったら、どうなっちゃうの?
マヤは不安と恐怖に押し潰されそうになった。すると、目の前に呼んでも返事がなかったリビトが現れた。
「なんだ、リビト、近くにいたんだ。もうっ、何ですぐに返事をしてくれなかったのよっ。私、1人で怖かったんだからっ」
「…………」
リビトは何も答えなかった。
マヤはリビトの様子が変だと思い、リビトの顔を観察した。
リビトの顔は憎しみに満ちた鋭く冷たい視線をマヤに向けていた。
「リビ、ト?」
「お前のお守りはいい加減うんざりだっ。何の役にも立たない上に、そうやってすぐに泣く。お前にマグスと人間が共存する世界など作れる訳がないっ! さっさと諦めて、元いた世界に戻れっ! お前は余所者なんだからなっ」
「そ、そんなっ。リビト、どうしてそんなこと言うの? だって言ってくれたじゃないっ! 私の仲間になってくれるって――」
「仲間だと? 俺は一度もそんなことを言った覚えはない。あぁ、そうだな、言ったかもしれないな」
「そ、そうでしょっ、確かに言ったわよ」
「それはあの森から出て行くためにお前を利用しただけだ。端からお前の仲間になるつもりなんてなかった。ただ、お前は揶揄うと面白いからな、暇つぶしに仲間のフリをしてやっただけだ。だが、もうそれも飽きた。俺は俺の道を行く。お前はもう用済みだ、さっさとどこかへ行けっ!」
「どうしてよっ! リビトは、リビトはそんな人じゃないっ!」
「お前に俺のことが分かる訳がない! 知ったような口を利くなっ!!」
「……!」
「分かったらさっさと消えろっ! 二度と俺の前に現れるなっ!」
「ま、待って! リビト、待って! 行かないでっ!!」
リビトはマヤに背を向けると、目の前から姿を消した。マヤは気付くと地面に座っており、鎖にでも繋がれているように体を動かせずにいた。
――どうしてっ? リビトはどうして急にあんなことを言うの? さっきまで、皆を危険な目に遭わせないって、言ってたのに。それに、私のことを守るって言ってくれたのに……。
私が泣いてばかりで役立たずだから? そうか、やっぱり私はリビトのお荷物だったんだ。本当は私のこと……。
「ねぇ、物石さん? ようやく分かったの? あんたが役立たずのお荷物だってこと」
「えっ? ど、どうして、あなたがここに?」
「はぁ? あんた、何を訳分かんないこと言ってるの?」
――どうして? ここは異世界のはずじゃ? どうして、元の世界の人が?
「物石ぃ~、会議の資料に抜けがあったぞ! お前のせいで俺は上司の前で恥をかいたんだっ。本当にお前って奴は使えないなっ!」
「――さん、まで、どうしてここに?」
「このクズがっ! 次も抜けがあったら許さないぞっ! 俺は人事部に融通を聞かせられるんだっ、お前なんてすぐに雑用係に飛ばしてやることができるんだからなっ! それが嫌なら、しっかり仕事をしろっ! いいなっ!!」
――あの会社はとっくに辞めたはずなのにっ! どうして? 今になってまた現れるなんてっ。嫌っ! もうあの頃の自分に戻りたくないっ!
「先生っ」
「えっ?」
「先生っ、先生、先生、先生って偉そうにっ! ――ちゃんがそんなこという訳ないじゃないっ! 最初から怪しいと思ってたのよっ。やっぱり詐欺師だったのね?」
「わ、私は詐欺師じゃありませんっ!」
「嘘おっしゃいっ! ――ちゃんが私のことを怖がってるだなんて、そんなことある訳がないわっ! デタラメを言わないでちょうだいっ! さっさと出て行きなさいっ。貴方のこと絶対に許さないわっ! いいことっ? 警察に訴えてやるからっ!」
「そ、そんなっ、私は嘘をついていません! 伝えたことに嘘はありません」
――そうだった。私は元の世界でも、どんな仕事に就いてもうまくいかなかった。それどころか、役立たずと罵られ、いつも不当な扱いをされていた。最初は抵抗したけど、誰も私を信じてくれる人はいなかった。
次第に抵抗するだけ無駄だと学んだ。言いたいことがあっても飲み込んで、ただただ波風を立てないように張り付けたような笑顔の仮面を被り続けた。
そう、私は全てを受け入れた。自分の気持ちよりも他者の気持ちや要望を第一に考えて日々を過ごした。自分への当たりが弱くなることはなかったけど、それでも怒鳴られる回数は次第に減っていった。その代わり、感情というものが分からなくなっていた。
そうか、皆が言う通り、私は役立たずでお荷物。私なんかが何かを成し遂げようだなんて最初から無理だったんだ。どうしてそんなことも分からなかったの? 最初から分かっていたはずなのに……。
もう、止めよう。私には何もできない。何かを成し遂げる力もない。私は弱い人間なんだから。何もできるはずがない……。
もう楽になりたい。何もしたくない。今すぐに消えてしまいたい……。
マヤは地面の上で膝を両手で抱えて丸まった。まるで、自分の存在を隠すように――。
マヤが全てを諦めようとした時だった。どこからか、懐かしい声が聞こえてきた。




