47.嘲笑う男
「マヤお姉ちゃん、こっちこっち!」
「テリス、ちょっと待って」
テリスは野原をうれしそうに駆けている。マヤはテリスに手を引かれながら息を切らしていた。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……テリス、少し、休ませて」
「マヤお姉ちゃん、まだ若いのに体力がないのねっ。それに比べて、サーティスさんは息一つ乱れてない」
マヤはテリスの言葉にぐうの音も出なかった。
サーティスは柔らかな笑みを浮かべている。
「マヤお姉ちゃん、これくらいの距離で息を切らしたら、いざって時に逃げ切れないよっ」
「そ、そんなこと――ハァ、ハァ――言ったって――ハァ、ハァ」
マヤたちはテリスの記憶をもとに大魔法士を探すことになった。テリスの記憶は曖昧で、噂話をどこで聞いたのかまでは思い出せなかったため、テリスの足取りを辿ることにした。
最初に訪れたのは首都クレアシオンの西にあるマテリアという街へ向かった。
マテリアはマヤとリビトが以前、女勇者と出会った街だ。マヤたちがマテリアを訪れたのはこれで2度目である。
テリスが首都に来る前にいたのがマテリアだった。まずは大魔法士に関する情報を集めにマヤとリビト、サーティス、テリス、ジオとフィデリスの二手に別れることになった。
半日、情報収集にあたったが、大魔法士に関する情報はほとんどなく、その日は街見物で終わった。
翌朝、テリスが裏通りのネットワークを使って調べてくると1人で宿を出ていった。マヤも一緒に行くと言ったが、関係者以外が一緒にいると接触できないため、テリス1人で行くことになった。
テリスが情報収集をしている間、マヤとリビトは宿近くのカフェでテリスを待つことにした。
サーティスは念のため、テリスに気付かれないように後を追ってくれた。ジオとフィデリスも情報収集に出て行ったのだった。
日没前にテリスがカフェに合流した。サーティスが戻ってきてから、テリスが入手した情報を共有することになった。
「それで? 何か情報は得られたか?」
「うん、大魔法士の居場所を知ってるという商人を紹介してもらうことになったの。その商人は明日の朝、この街を出発するんだって。検問所の少し先で待ち合わせする算段よっ」
「明日の朝か、その商人はどこへ行くんだ?」
「近くの集落に商品を卸しに行くんだって。その集落の人が大魔法士の居場所を知っているらしいの」
「――そうか」
「テリス、凄いじゃないっ! 大手柄よっ、ね、リビトっ」
「あ、あぁ、そうだな。テリス、よくやった」
「えへへへ、マヤお姉ちゃんとリビトお兄ちゃんに褒められてうれしいっ!」
テリスは満面の笑顔で本当にうれしそうだ。
一方のリビトは大魔法士の居場所を知る人が見つかったことを喜ぶ様子が見られない。マヤはそんなリビトの様子が気になっていた。
「リビト、何か気になることでもあるの?」
「いや。まさか、こんなに早く居場所を知ってるという者に出会えるとはな。順調すぎて――!」
リビトは突然言葉を切り、席を立った。
「悪い、用事を思い出した。サーティス悪いが、マヤとテリスを頼めるか?」
「――承知いたしました。私たちは一足先に宿へ戻っています」
「あぁ、頼む」
リビトはそう言うと、カフェを飛び出して行った。
――リビト、どうしたんだろう? 用事って何のことかな? それに、さっきから様子がおかしかった。
「マヤ様、リビト殿のことなら心配はいりません。リビト殿は誰よりも強い御方ですから」
「うん、そうだよね。じゃあ、私たちはリビトたちが戻ってきてから何か食べられるように美味しい料理でも買って宿に戻っていよう」
「マヤお姉ちゃん、あたし、『魚揚げの卵ソースかけ』が食べたぁ~い!」
「それ、美味しそうねっ」
******
「どこへ行った?」
――さっきみた男、あの時感じた魔力の揺らぎと同じだった。忘れもしない。ジオウを他国へ売り飛ばそうとした奴らの一味だ。この溢れ出る魔力の揺らぎ、間違いない!
数分前――。
リビトはテリスから大魔法士の居場所を知る商人と会う約束をしたと聞いた後、カフェから行き交う商人や旅人で賑やう外の大通りをボーっと眺めていた。
すると突然、魔力の強い揺らぎを感じ取ったのだ。その揺らぎが強くなったと同時にカフェの窓の前を横切る若い男の姿が目に入った。
その男は大人というよりもどちらかといえば、少年のあどけなさの残る顔立ちだった。
サーティスにマヤとテリスを預け、カフェを飛び出したのはいいが、人混みに紛れたのか、若い男を見失ってしまった。若い男が歩いていった方向
――ちっ、見失ったかっ。子どもみたいな顔をして、あの魔力の揺らぎ、只者ではないな。
だが、忘れもしないっ。奴は俺たちを罠に嵌めようとした。あの時マヤが止めなければ、俺たちは……!
リビトは大通りに立ち尽くしていた。爪が掌に食い込みそうなほど拳をギュッと握りしめる。
「この借りは必ず返させてもらうっ」
リビトは男が消えていった方向を見つめ続けた。
翌朝、マヤたちはマテリアの検問所を出たすぐ先で商人を待った。
暫くすると、数台の馬車が検問所を通過して、マヤたちの前を素通りしていった。
「あの人たちではないみたいね」
「うん、違うみたいだねっ。あっ、マヤお姉ちゃん、また1台馬車が出てきたよ」
「本当だ、今度はどうだろうね?」
馬車に乗ってるのはフードを被った子どものようだった。マヤたちの目の前を通り過ぎる時、何故かその子はマヤの方をじっと見て、ニコリと笑っていた。
「んっ?」
「マヤお姉ちゃん、あの子と知り合いなの?」
「ううん。知らない、はずだと思うんだけど――」
「でも、あの子、マヤお姉ちゃんを見て笑ってなかった?」
「う~ん、そんな気もするけど……」
マヤとテリスのやり取りを見ていたリビトが声をかけてきた。
「マヤ、どうかしたのか?」
「う、うん……」
「リビトお兄ちゃん、今通り過ぎた馬車に乗ってた子がね、マヤお姉ちゃんに笑いかけたから、知り合いなの? って聞いたんだけど、マヤお姉ちゃんは知らない人だったみたい」
「子どもが? まさか、そいつは男だったか?」
「えっ、う、うん、たぶん男の子だったと思う――ちょっ、リビト?」
リビトはマヤの返事を聞き終える前に、通り過ぎたばかりの馬車が進む方向へ走り出した。
――俺たちを知っている者は少ない。マヤに笑いかけたという男、きっと奴に違いないっ!
リビトは全速力で馬車を追いかけた。すると、ゆっくり走っていた馬車は急に速度を上げ、リビトは距離を縮めるどころか、徐々に離されてしまった。マヤたちのいる所から死角に入る位置に差し掛かった時、その馬車は霧が晴れるように消えてしまった。
「クソっ!」
リビトが魔力を使って走る速度を上げようとした瞬間、馬車も消え去ってしまった。あと一歩という所で謎の少年に逃げられてしまった。
「馬車が消える寸前、魔力の揺らぎを感じた。確かにあの時の奴と同じ揺らぎだった。間違いない、俺が追っていたのは奴だ。
奴は一体何がしたいんだ? 俺を揶揄って面白がっているのか? それともジオウを逃がした腹いせか? ジオウをまた狙っているのか? ――! まさかっ」
リビトはマヤたちのいる場所へ急いで戻った。
「リビト? 大丈夫? 急に走り出してどうしたの?」
「――――」
リビトはマヤの言葉にも答えず、辺りを見回した。
「ジオは? どこだ? 今どこにいる?」
リビトの顔から血の気が引いていく。周囲を見渡すが、ジオの姿は見当たらない。
その時、そばの木の蔭からひょっこり顔を出すジオの姿が目に入った。
「兄上? どうしたの?」
リビトはジオの顔を見て安堵した。
――狙いはジオかと思ったが、そうではなかったようだな。警告のつもりか? 奴は何を企んでるんだ?
「兄上?」
リビトの前には、心配そうな表情のジオがいた。
「いや、何でもない――」
「――兄上、話がある。場所を変えよう」
「――あぁ、分かった」
ジオはマヤたちから距離を取ると、リビトに話しかけた。
「兄上、この期に及んでまだ私に隠し事をするつもりなの?」
「別に隠し事などない――」
「さっきの馬車の男、私を襲った連中の一味なのだろう?」
「ジオ、お前、気付いていたのか?」
「私も馬車の男を見ていたが、魔力の揺らぎは感じなかったし、最初は何とも思わなかった。でも、兄上が血相をかいて私を探していた姿を見て確信したよ。あの男は私の拉致に関わった者の1人だってね。
それに、兄上が追いかけてここから見えなくなった時、一瞬だったが強い魔力を感じた。きっと奴なんだろう?」
「あぁ、お前の言う通りだ。奴はお前を他国へ売ろうとした組織の一味だ。それに、俺に罠を仕掛けた張本人だ。マヤが気付かなかったら、あの時俺とマヤは今頃ここにはいなかっただろう」
「へぇ、私を他国へ、ね。そのうえ兄上とマヤを、ね。しっかり奴の顔はこの目に焼きつけた。次に顔を見た時は私も黙ってはいないよ」
ジオは口元にうっすらと笑みを浮かべているが、目は全然笑っていない。整った顔立ちがその笑みを一層と怪しげに映し出している。
「ジオ、復讐もいいが、旅の目的を忘れるな、いいな?」
「あぁ、分かってるよ、兄上」
ジオはいつも通りのにっこり笑顔をリビトに向けた。
リビトとジオはマヤたちのいる場所へ戻ると、すでに大魔法士の居場所を知るという商人と合流していた。
マヤたちは商人の案内でマテリアから近い、ある集落へ向かった。
「私がこの集落の長です。先ほど商人からお話は聞きました。皆様は大魔法士様をお探しとか?」
「はい、私たち、大魔法士様のお力添えが必要なんです。今どこにいるのか教えていただけませんか?」
「えぇ、ですが、大魔法士様のお住まいは森の中にあります。途中、魔物と遭遇する可能性があるので、あまりお勧めできませんが――」
「魔物が?」
「はい、とても危険な魔物が次から次へと泉から溢れる水のように、たくさん襲ってくるのです。悪いことは言いません、このまま元来た道を戻られることをお勧めします」
――おかしい。テリスの話だと、大魔法士は人間と魔物が暮らす間にいて、人間が住む土地に魔物が来ないようにしていると言っていた。でも、集落の長は危険な魔物が出るって。
話が合わない。どちらかが嘘を言っているってこと? それとも短期間で、魔物が狂暴化したとでも? まさか、マーモーの言うことを無視するマグスがいる訳がない!
「――でもっ!」
「話は分かった。集落の長がここまで言っているんだ、俺たちは別の方法を考えよう。長殿の厚意、有難く受け取った。俺たちは元来た道を戻ることにする」
「そうですかっ、それがいいです。出口までお見送りいたしましょう」
「いや、ここで構わない。出口まで目と鼻の先だからな」
「そうですか、では、お言葉に甘えて、お見送りはここで。どうか道中お気を付けくださいませ」
「あぁ、ありがとう。世話になった」
長はリビトが話終えるのを待たずに、自分の住まいへと戻って行った。
「随分と感じ悪い奴だね。テリス、お前の話と全く違うようだけど?」
「…………」
テリスはジオの言葉に反論もせず、俯いている。
「テリスが気にすることじゃないよ。もしかしたら、短期間で状況がいろいろと変わったのかもしれないし」
「うん、マヤお姉ちゃん、ありがとう。でも、あいつらの情報網に間違いなんてないはずなのっ――」
マヤは落ち込むテリスの頭をやさしく撫でた。
「私たちもリビトの所へ行こう」
「う……ん」
皆がリビトと合流し、馬車に乗って集落を出て少し経った頃。
リビトは突然、フィデリスに馬車を停めるよう声をかけた。馬車が停まると、リビトは馬車から下りてクーリアの正面に立った。
「クーリア、お前なら大魔法士の居場所が分かるか?」
「ヒヒィーン」
クーリアはリビトの問いかけに応えるように嘶いた。
「もう一頑張り頼むぞ、クーリア」
「ヒヒィーン」
リビトにやさしく撫でられたクーリアはうれしそうに再び嘶いた。
「フィデリス、クーリアが目的の場所まで連れて行ってくれる」
「はい、承知いたしました」
******
マヤたちは集落を出てすぐの所でマテリアには戻らず、集落を迂回するように裏の森へ進んだ。
暫くすると、クーリアの歩みが止まった。
馬車が停まると、すぐに動き出したのはリビトだった。
「ここからは徒歩での移動になる。最小限の荷物だけ持って森の中へ入るぞ」
リビトの指示に従い、皆は馬車を下り、不要な荷物は馬車に置いていった。
「クーリア、お前はここで待て。俺たちが森の中へ入ったら、安全な場所で休んでいるんだ、いいな?」
「ヒィーン」
「大丈夫だ、心配いらない。そうだな、万が一のことがあれば妖精の森まで走ってくれ」
「ヒィーン」
「あぁ、頼りにしてるぞ」
テリスはリビトがクーリアと会話している様子を不思議そうに見ていた。
「マヤお姉ちゃん」
「ん? テリス、どうかした?」
「うん、あれっ見て」
「あれ? あぁ、あの馬はね、クーリアって言うのよ」
「クーリア? 馬に名前をつけてるの?」
「しっ! テリス、あの馬はとっても賢いの。人の言葉を理解するんだよ。だから、絶対にクーリアを怒らすようなことは言っちゃ駄目だよっ」
「う、うん。分かった」
「それより、テリスは必要な物を持った?」
「うん、バッチリだよっ。ほら、焼き菓子と焼き菓子と飴玉っ!」
「あははは、テリスったらお菓子ばっかりじゃないっ」
「だって、森の中でお腹が空くかもしれないじゃない?」
「あははは、テリスの言う通りね。お腹が空いたら何もできないもんねっ」
「そうだよっ、マヤお姉ちゃんっ」
ピクニックにでも行くような明るい雰囲気のマヤとテリスに比べて、リビトやジオ、フィデリス、サーティスはいつもより警戒心が高まっていた。黙々と、森へ持っていく所持品を確認している。
「準備は終わったか?」
リビトの言葉に、皆がコクリと頷頷いた。
「じゃあ、行くか。森の中で迷わないよう気を付けろ。絶対に1人で離れるなっ、いいな?」
リビトを先頭に、皆が森の中へ足を踏み入れていった。




