45.冒険者ギルドの会長
リビトが紅茶を1口啜ったところで、色黒で大きな体躯の男と細目の男が室内に入ってきた。
色黒の男は細目の男よりも顔1つ分出る背丈で、割と背丈のあるリビトでも見上げるほどの高さだった。肌は屋外にいることが多いのか、こんがりと日焼けしたような肌の色で、隣に控える細目の男の肌の白さが際立った。
色黒の男が奥の1人掛けのソファの前に立つと、にこやかな笑顔で挨拶をした。
「お待たせしましたな。私が冒険者ギルドの会長をしております、カイセイ・フクイです」
ギルド会長が挨拶をすると、ソファから立ち上がったリビトに手を差し出した。
リビトは自分の手を出さず、挨拶を返した。
「俺はリビトと言います。こっちが俺たちのリーダーであるマヤです」
ギルド会長はリビトの顔をじっとみつめた後、差し出した手を引っ込めてマヤに向き直った。
「これは失礼いたしました。今日はようこそおいでくださいました、マヤ殿」
「え、えっと、私はマヤです。本日はどうぞよろしくお願いします。隣にいるのが妹のテリスとサーティスです」
ギルド会長の挨拶に、今度はマヤが応えた。
「妹さん、ですか? 失礼ですが、皆様あまり似ていないように見えるのですが?」
「えぇ、血の繋がりはありませんので」
「これは失礼した。女性の前で無礼をお許しください」
「いえっ、特に隠すようなことも、後ろめたいこともありませんので、お気になさらずっ」
「マヤ殿が心の広い御方で良かった。立ち話も何ですから、どうぞお座りください」
挨拶のために立ち上がった一同はソファへと腰をおろした。細目の男だけはギルド会長の左後に立ったまま、ずっと同じ表情でやり取りを窺っている。
「それで、今日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょう? 我々に倒して欲しい魔物でもおありで? それとも他に依頼したいことでも?」
「……」
リビトがマヤに視線を向けると、ちょうど目が合った。マヤの瞳には不安の色が浮かび上がっていた。リビトは「お前なら大丈夫だ、いつも通り自分の想いを伝えればいい」という気持ちで視線を送った。
マヤにその想いが伝わったのか、覚悟を決めたのかは分からないが、マヤはコクリと頷いた。その瞳に映る不安の影は消えたように見えた。
「突然こんなお話をすると驚かれるかもしれないんですが――その、私たち魔物と人間が仲良く暮らせる世界にしたいと考えているんです」
「――――」
ギルド会長の眉間は僅かに歪んだが、マヤを馬鹿にするような様子は今のところない。ただ、にこやかな笑顔は消え、両手を組んで何かを思案しているように見える。
――さぁ、あんたはどう出る?
リビトはギルド会長の表情をじっと観察していた。
「その、冒険者ギルドが魔物討伐で対価として依頼者から報酬を得て生計を立てていることは重々承知しています。でも、冒険者ギルドはこの国やこの国で暮らす人たちを守るために活躍されていますよね。
人間が安心して暮らせる、という点では私たちも冒険者ギルドの考えも一緒だと思うんです。もしも人間と魔物が安心して暮らせる世界を実現できたら、魔物討伐をしなくても魔物たちと協力しあえば労働力も増えて、今よりももっと豊かな暮らしができるようになるはずです。
そうすれば、ギルドの方々や冒険者の方たちは自分の幸せや家族と過ごす時間を大切にすることができます」
「…………」
ギルド会長はマヤの言葉を聞き終えると、静かに口を開いた。
「マヤ殿がおっしゃりたいことはよく分かりました。私からいくつか質問しても?」
「はい、もちろんです」
「では、マヤ殿は魔物が恐ろしくないのですか?」
「魔物が恐ろしい? いえっ、恐ろしくはありません」
「魔物が恐ろしくない? 大抵の人間は魔物を恐れています。マヤ殿は魔物と遭遇したことがないのでは?」
「いえ、あります。私はその魔物に助けられたんです」
「マヤっ、お前何を――」
リビトはマヤがこれから話そうとする内容がマーモーに関することだと察知し、余計なことを言うなと牽制しようとしたが、あっさりマヤに交わされてしまった。
マヤは「大丈夫だから」と言い、ギルド会長に視線を戻した。
「私は森に捨てられているところを、ある魔物に助けられました。目を負傷していたので、最初はどこかの村人に助けられたのだと思っていたんです。でも、私に触れる手の形や目の傷が治っていくにつれて視界がはっきりとしていく中で、私を助けてくれたのが魔物だと知りました。
それでも人間の私を懸命に看病してくれていたのをずっと知っていたので、彼の正体を知っても怖くはありませんでした。
傷が完治し、近くの人間が住む村へ戻った後、彼のことが心配になって出会った場所にもう一度行ったんです。でも、彼は二度と私の前に現れることはありませんでした……。きっと私が人間だったからだと思います」
マヤは間を置いてから、話を続けた。
「人間と魔物は一緒に暮らせない。彼も分かっていたのだと思います。でも、私はどうしても彼ともう一度会って、彼が安心して暮らせる世界になって欲しいのです。だから、私は人間と魔物が仲良く暮らせる世界を作るための懸け橋になりたいと思って、仲間探しの旅に出ることにしました。
そして、魔物と対峙する立場にいる冒険者ギルドの会長にも理解してもらって、協力して欲しいと今日、お願いに来たのです」
「――――」
マヤは話し終えると、ギルド会長の次の言葉を待った。
「なるほど、マヤ殿は介抱してくれた魔物への恩返しをしたい、と」
「はい、もちろん、それもあるのですが、旅の途中で魔物の子どもが奴隷商人に捕まっていた場面に出くわしたことがあります。私には魔力もなく何の力もなかったので、その時は何もできませんでした。
でも悲しそうな顔をしていたその子の顔が忘れられないのです。姿形は違っても魔物も人間と同じように感情があります。魔物が恐ろしいものばかりではない、ということを皆に分かってほしいのです」
「マヤ殿は魔物が恐ろしくなくとも、他の人間たちは違います。魔物に家族を襲われた者もいれば、必死に耕した作物を根こそぎ奪われた者もいる。人間の魔物に対する恨みはそう簡単に変えることはできないでしょう。マヤ殿はそれをどうお考えで?」
「――確かに、ギルド会長のおっしゃる通りです。人間と魔物はずっと互いに憎しみや恨みを抱えています。その考えをすぐに変えることは難しいと思います。でも、だからといって何もしなければずっと今のまま変わりません。
この先ずっと互いに戦って血を流し合って、憎しみや恨みを募らせていってしまいます。どこかで誰かがこの現状を変えなければならないと思うんです」
「…………」
ギルド会長はマヤの答えを聞くと、再び沈黙し、思案している。その斜め後ろに控える細目の男の表情は相変わらず変わることがない。
リビトはまるで人形のようだと内心で感じた。
暫くしてから、ギルド会長がマヤに視線を向け、意外な言葉を放った。
「私はマヤ殿の提案に賛成です」
「ほ、本当ですか? では!」
マヤが満面の笑顔になったが、リビトの表情は固いままである。
「我々としては魔物が人間を襲わず、平和に暮らせる世の中になって欲しいと願っています。冒険者ギルドは魔物の命を無下に奪いたい者が集まっている訳ではありません。マヤ殿がおっしゃるように、人間が安心して暮らせる世を作ることが我々の使命と言えるでしょう。
だが、我々は魔物の討伐依頼を受ける代わりに報酬を受け取って生計を立てておるのです。何の保証もなしにギルドを畳めば、我々は明日からどうやって暮らしていけば良いのでしょう?」
「それは……」
マヤはギルド会長の質問に返す言葉が見つからず、黙り込んでしまった。
リビトは無言でギルド会長の話を聞いている。
すると、ギルド会長は両手をパンッと音を鳴らして重ね、交換条件のように提案をしてきた。
「では、こうしましょう! 最終的に我々とマヤ殿たちが目指す世界は限りなく近いということは互いに認識しました。
だが、我々も暮らしの保証がなければ、マヤ殿に協力したくても協力はできません。それは理解していただけるか?」
「もちろんです。そこは私の考えが至りませんでした」
「いや、マヤ殿を責めるつもりはありませんよ。今まで誰もそのようなことを考えた者はいなかったのですから。私は正直、マヤ殿の提案に感銘を受けました」
マヤはギルド会長からの予想外の誉め言葉に、口をぽかんと開けている。
「本来なら、私のような立場の者がそのような考えに至らねばならなかったのでしょう。私は自分の保身よりも国や国に暮らす人々の安寧をずっと祈り続け、冒険者ギルドの会長として責務を全うしてきました。ですが、マヤ殿の話を聞いて自分を恥じました」
「そんなっ! そんなことはありません。ギルド会長は初対面でどこの誰かも分からない私たちを温かく迎えてくださり、こうして真摯に話を聞いてくださる立派な方です。そのようなことはおっしゃらないでください」
「マヤ殿、このような年寄りには勿体ない言葉です。ですが、そうおっしゃってもらえて、これまでやってきたことが無駄ではなかった、と少しばかり自信が持てそうです」
ギルド会長は苦悶に満ちた表情を軟化させると、柔らかい微笑みを浮かべながらマヤに視線を向けた。
「ギルド会長……」
「マヤ殿、我々はあなたの意見に賛同します」
「ギルド会長! 本当ですか?」
「えぇ、ただ2つ条件があります。その条件を満たしていただければ、我々はマヤ殿たちに惜しみない支援を約束します」
「――その条件とは?」
これまで黙ってマヤとギルド会長のやり取りを見守っていたリビトが口を開いた。
リビトの言葉に反応するように、ギルド会長はマヤからリビトへと視線を移し、2つの条件を告げた。
「――それはあまりにも!」
「分かりました」
「マヤ!」
リビトがマヤの顔に視線を向けると、その顔に不安の色はなく真っ直ぐな瞳が返された。リビトは知っていた。それはマヤが強い意志を持っている時に見せる表情だった。
――マヤ、どういうつもりだ? 何か策でもあるのか? こんな無謀すぎる提案を2つも易々と受け入れるとは……。いや、マヤのことだ、きっと考えなしに返事をしたに違いない。さて、どうしたものか。
ギルド会長との面会を終え、リビトたちは冒険者ギルドを後にしたのだった。




