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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
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44.細目の男

「――少々お待ちください」


 細目の男は顔色一つ変えずにそう答えると、再び奥の部屋へ入っていった。


――やはり、思った通りのようだな。


 リビトの口角は(わず)かに上がったが、傍目(はため)にはいつもの無表情のままである。


 リビトとマヤ、サーティスの3人は情報収集へと向かったジオとフィデリスと別れ、冒険者ギルド本部にいる。


 ギルド会長に面会を申し入れたが、受付スタッフから「会長は忙しい」とあっさり断られてしまった。リビトはこうなることは想定内、すぐに次の作戦を実行した。それは裏で妖精族を奴隷として他国に売り飛ばしている、という情報を餌にギルド会長との面会にこぎつけようとすることだった。


 具体的な内容は伏せて裏情報がある、とだけ告げると受付スタッフは奥の部屋へ姿を消した。暫くしてから細目の男を引き連れて部屋から出てくると、受付スタッフは定位置へと戻り、細目の男がリビトへ近づいてきた。細目の男はリビトと会話を交わしてから再び奥の部屋へと消えていった。

 その男は来客相手にも不愛想で他のスタッフとは違い、鋭い刃を隠し持っていそうな雰囲気のある男だった。リビトの緊張は一気に高まった。


――あの男、そこそこできる奴のようだな。冷めきったあの鋭い眼差し……衣の上からでも分かる引き締まった体躯(たいく)、無駄のない動作に口数の少なさ。魔力の揺らぎは感じないが、普通に戦うだけでも苦戦を強いられそうだ。


 それに、俺が「妖精を奴隷として売買している(やから)がいる」という情報をわざと伝えたが、あの男、顔色一つ変えなかった。


 リビトは少ないやり取りの中で、自分と対峙(たいじ)した男を分析していた。表情は感情を見抜く上で重要な要素ではあるが、それ以上に目や体の動作は正直だ。そちらをじっくり観察することで、大抵の性格や次に取りそうな動作が分かってしまう。

 だが、細目の男はリビトに一切の隙を見せなかった。つまり、他者への警戒心が強く、優れた精神力の持ち主である。いくら動揺させようと策を凝らしても意味はない。


――あのような男を従えているギルド会長とは一体、どんな男なのか?


 リビトは一切興味を示さなかったギルド会長に、僅かな関心を示すようになっていた。


 マヤはというと、テリスと和やかな雰囲気で会話をしている。サーティスはそのすぐ後ろに控え、少々神経をピリつかせているように思えた。


――やれやれ、全く呑気なものだな。まともな警戒心のあるサーティスがいてくれて良かった。


 暫くすると、細目の男が戻ってきた。


「お待たせいたしました。ギルド会長が面会を許可しました。日没前にもう一度いらしてください」

「分かった」


 細目の男は小さくお辞儀をすると、奥の部屋へと戻っていった。


「マヤお姉ちゃん、さっきの目が細い人、何だか気味が悪かったね」

「えっ、そう? あんまりよく見てなかった」

「だってお客のあたしたちが来たのに、ニコリとも笑わないんだよ。もっと愛想良くすればいいのにっ」

「う~ん、そう言われてみればそうかもね。でも、不愛想な人はどこにでもいるからね。ほら、うちにも1人――」


 べちっ、という音の後に、マヤの額に鈍い痛みが広がった。


「いったぁ~い! ちょっといきなり何するのよ、リビト!」

「誰が不愛想だって?」

「えっ? さっきの話、聞こえてたの?」

「こんなそばで話してたら聞こえるに決まってるだろ」

「えぇ~、普通聞こえないでしょっ」

「だから、聞こえたって言ってるだろうがっ」


 リビトがマヤに指を近づけ、再び額を狙う動作を見せると、マヤは額を両手で隠すように覆った。


「やめてっ! それ意外と痛いんだからっ」

「なら、軽口を叩いていないで、少しでもこの後のことを考えておけ」

「この後のこと?」

「おい、お前はここへ何をしに来たんだ?」

「ギルド会長との面会の申し込みに……」

「もしもこの後すぐに面会となってたら、お前は何を話すつもりだったんだ?」

「えっ? 私がギルド会長と話すの? てっきりリビトが話してくれるんだと思ってた」

「――はぁ、お前なぁ。これはお前が始めた旅なんだぞ、自覚はあるのか?」

「そ、そうよねっ。うん、何を話すか考えるっ」

「マヤお姉ちゃん、私も手伝うよ」

「テリスっ、ありがとう! 交渉が得意なテリスが手伝ってくれるなら十人力じゅうにんりきだよ。一緒に考えよう」

「うんっ」


 リビトは大きな溜息を一つ吐いた。


 マヤたちをそばで見守るサーティスの顔には苦笑が()()れている。


 リビトが心配したのはギルド会長との面会で何をどう話すかということもあったが、それよりも気になっていたのは冒険者ギルドを出てからリビトたちの後を()()()()()がいることだった。

 幸い、マヤとテリスはその気配に気付くことはなかった。リビトとサーティスだけがすぐに気付いた。


――やはり追ってきたか。奴隷の売買の話を持ち出した俺たちを警戒しているってことか。さっきの細目の男はいないようだし、様子を伺っているってところか。俺たちが何を要求するのか、気になっているようだな。まぁ、探ったところで分かるはずもないだろうが。


 リビトはサーティスに視線を移し、互いにアイコンタクトを取った。サーティスは小さく(うなず)き、周囲を警戒しながらマヤとテリスの背を守るようにすぐ後へと歩幅を詰めた。


「日没までまだ時間がある、南エリアを見物がてら腹ごしらえでもしに行くか」

「やったぁ~」

「テリス、お腹空いたね。南エリアには何があるの?」

「マヤ様、南エリアは商人街と言われていて、商売をする者たちが登録する『商業ギルド』や、衣服や装飾品など身に付ける物を扱う『服飾ギルド』があり、商人たちの店が多数あります。

 ジオ様から、マヤ様の欲しい物を買うようにと言付(ことづ)かっておりますので、お買い物を楽しんでください」

「ジオ様が? でも、有難いけれど、まだまだ旅は続く訳だし、無駄遣いは控えましょっ。それに、万が一の時に備えておかなければね」

「それなら心配はご無用です。あの方から旅資金が足りなくなったら、追加するから心配せずに使えと(おお)せですので」


「あの方――」


 マヤの頭に、王の間で大きな笑い声を上げる妖精王の姿が(よぎ)った。


「あははは――そ、そうなのね」


 サーティスは淑女らしい微笑みを浮かべている。髪の色は美しい金髪から赤髪へと変わったが、その凛とした美しさは健在である。

 その美しい微笑みを前にして、マヤは商人街で何も買わずに済ませることはできなかった。


 マヤはサーティスの見立てで、何着もの服とそれに合う靴や装飾品を試着した。テリスとサーティスはいつの間にか意気投合しており、2人が選んだ服をマヤが着て見せる、というマヤの1人ファッションショーが各店舗で実施された。

 リビトに助けを求めようとしたが、用があるからと1人でどこかへ行ってしまったのだ。


 マヤはサーティスとテリスの言われるままに従うことにした。サーティスが全て買うと言い出し、さすがにたくさんの服を買ってもらっても着て行くところがないと理由を探して断ろうとした。

 だが、マヤよりもサーティスの方が上手(うわて)だった。マヤが服一式の購入を渋り出すと、テリスと共謀して姉妹の証にお揃いの服を何着か揃えていた方が姉妹という設定に信憑性が出ると言い出したのだ。

 マヤは結局、テリスと色違いの服一式を2~3着購入してもらうことでは決着がついたのだった。


 買い物後、リビトと合流したマヤたちは休憩と題して、スイーツが美味しいという噂のカフェへやってきた。サーティスも甘いものには目がないため、カフェに関しては詳細なリサーチ結果を教えてくれた。

 それぞれが気になるスイーツを2品ずつ注文し、至福の時間を過ごしたのであった。




日没前――約束の時間に、マヤたちは冒険者ギルド本部を訪れた。


 ギルド会長との面会を申し込んでおいたせいか、にっこり笑顔が素敵な女性スタッフに来訪を告げると、それほど待たずに広々とした部屋に通された。室内は豪華な調度品が並んでおり、金縁の絵画や高価そうな骨董品の数々が飾られている。


 ソファにそれぞれ座っていると、案内してくれた女性が紅茶と茶菓子を持って室内に入ってきた。


「会長は間もなくいらっしゃいますから、それまでよろしければこちらをお召し上がりになってお待ちください」


 その女性はそう言うと、笑顔で部屋を出て行った。


「美味しそう!」

「待てっ」


 テリスが茶菓子を手に取って口に入れようとした時、リビトが素早く声で制止した。


 リビトはサーティスと視線を交わすと、サーティスが茶菓子を1つ手に取って自分の口に入れた。室内はサーティスの咀嚼(そしゃく)音が小さく響いた。サーティスがゴクリと喉を鳴らすと、次に目の前のティーカップを持ち、1口、2口と紅茶を(すす)った。


「リビト殿、大丈夫です」


 サーティスの言葉を聞くと、リビトはテリスに「食べていい」と告げた。「マテ」を強いられていた子犬が飼い主から「ヨシ」と言われたように、シュンとしていた表情が一転し、ぱっちりと開いた大きな瞳はキラキラと輝きを取り戻していた。


「このお菓子は何ていうのかな? 外はサクサクしてるのに、中はふわっとしてて、とっても美味しい! マヤお姉ちゃんも食べてみてよっ」

「う、うん。美味しそうだね。はむっ――! 美味しい」

「ねっ! 美味しいね」


 リビトが茶菓子を美味しそうに頬張るテリスたちをじっとみつめていると、マヤがリビトに声をかけた。


「リビトは食べないの? すっごく美味しいよ」

「あ、あぁ」


 リビトは南エリアのカフェでスイーツを2つ食べて満足していた。それなりに腹に溜まって、夕食を少し控えようと思っていたのだが、目の前の旅仲間たちの腹はどうやら別次元のようだと内心で驚いていた。


――あれほどお腹が一杯でもう何も食べられない、入らないと言っていたくせに、それほど時間が経たないうちにもう茶菓子を美味しそうに食べるとは……女の別腹とやらは恐ろしいものだな。

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