40.スリと少女(前)
「アルティフェクス?」
「あぁ、そうだよ。嬢ちゃんはこの街に来るのは初めてかい?」
「えっ? そ、そうなんです」
「そうかい、ここは国中から職人見習いが集まる街なんだよ。首都には王族や上位貴族お抱えの職人がたくさんいて、皆この街で腕を磨いて首都進出を狙っているのさ。首都での商売を子どもたちに任せ、隠居した職人連中がこの街で工房を開いて見習いを育ててるって訳さ」
「そうなんですね。きっと皆さん腕のいい職人さんばかりなんでしょうね」
「あぁ、見習いも多いが、腕がいい連中ばかりさ。首都で出回る物と遜色ない品が安く手に入ると、国中から客がわんさかとくるのさ」
「なるほど、それでこんなに人が多いんですね」
「おぅ、そうよっ。嬢ちゃん、若いのによく分かってるなぁ」
「えへへへ、おじさん、ありがとう!」
「おぉ、あっ、嬢ちゃん!」
「えっ? な、何でしょう?」
少女は呼び止められ反射的にビクッと肩が震えたが、小さく深呼吸してからゆっくりと中年の男の方へ振り返った。
「最近、スリの被害が増えてるらしいから、嬢ちゃんも気を付けろよ」
「う、うん。それは、怖いですね……。気を付けます、おじさん、ありがとう。じゃあ私はこれで――」
少女はその場から走り去り、人混みの中へ姿を消していった。
「マヤ、はぐれるから先に行くな」
「大丈夫よ、子どもじゃないんだからっ」
マヤはリビトとジオウ、フィデリス、サーティスの5人で、アルティフェクスにある4つの街道のうち、最も人通りの多い街道を歩いていた。通り沿いに軒を連ねる露店に時折足を止めては品物を見て、街見物を楽しんでいた。街道は正午で、食事をかねて出かける人も多い。
リビトが先頭を行き、その後ろをサーティスが心配そうに着いて行く。すぐ後ろにリビトとジオウ、最後尾にフィデリスが控えていた。
華やかな街並みに気分を良くしたマヤは性懲りもなく、リビトから注意を受けながらも気にせず先をどんどんと進んでいる。すると、リビトが心配した通り、マヤが人混みに紛れ、姿が見えなくなった。
「――マヤ?」
「アイツっ、言ったそばから!」
リビトとジオウ、フィデリスは周囲を見回した。比較的背の高い部類に入るリビトとジオウは遠くを確認し、フィデリスは左右の人混みにマヤが紛れていないか目視している。
すると、リビトが前方の人混みの流れを割るように逆方向へと進む人影を確認した。そこにはサーティスの手に引かれ、バツの悪そうな表情をしていたマヤの姿があった。
「マヤ、無事で良かった」
「えへへへ……」
「…………」
マヤを心配し、やさしい言葉をかけてくるジオウに対し、終始無言で不機嫌な表情を露わにするリビト。その顔を見て、マヤも黙り込んでしまった。
「そうだ! マヤ、私と手を繋げば迷子にならずに済むよ」
「えぇ! ジオウ――ジオと手を繋ぐのはちょっと……」
「えぇ、何でさ。私ならマヤを守ってあげられるのにー」
実は、旅をするにあたり、ジオウのことはジオと呼ぶことになっている。人間は妖精族の名を知る者はいないだろうが、用心に越したことはない。ジオはそう理由をつけて皆にジオと呼ばせることにした。
ちなみに、フィデリスやサーティスの名前はそのままである。
ジオはマヤの返答に対し、頬をプクッと膨らまして抗議の意を表しているが、彫刻のように美しい顔である。年頃の青年がするような表情ではなく、マヤはついつい「可愛い」と思ってしまった。
マヤはクスッと小さく笑った後、ジオの隣から凍えるような寒さを感じた。恐るおそる隣に視線をそっと向けると、青筋を立てるリビトの視線がマヤをじっと捉えている。一瞬忘れていた先ほどの失態を思い出した。
リビトの冷たく鋭い視線に耐え切れず、視線を逸らしたマヤだったが、これまでの旅を振り返ってもさっさと謝った方がいいと思い、再びリビトへ向き直った。
「――ごめんなさい。皆さんにご迷惑をおかけしました。本当にすみませんでした」
マヤは深くお辞儀をして、謝罪を述べた。
「マヤ、気にすることないよ。私と手を繋がないのなら、サーティスと手を繋げばいい」
ジオがそう提案すると、皆の視線はリビトへ向けられた。
「マヤは言っても聞かないからな。サーティス殿には悪いが、それが最善策だろう。サーティス殿、マヤを頼めるか?」
「はい、もちろんでございます。マヤ様は私がお守りいたします」
「サーティスさん、ご迷惑おかけします……」
「いえ、とんでもございません。マヤ様の手を引けるなんて、私は幸せ者ですもの」
サーティスは可愛らしい笑みをマヤに向けた。申し訳ないと思っていたマヤだったが、釣られるように笑顔へ変わっていった。
暫く街道を歩き進めると、露店からいい匂いが漂ってきた。マヤの鼻は匂いの出処を探している。
その匂いの出処を探り当てると、リビトに「あそこで売ってるものが食べたいなぁ」と強請った。
リビトもお腹が空いていたのか、軽口を叩くこともなく、「そろそろ飯にするか」と言った。
「兄上、私たちは――」
「あぁ、そうだな。じゃあ、ここからは別行動にするか?」
ジオはリビトの提案が不服そうだったが、妖精族は滅多に食事をしないため、店に入って何も食べなければ周囲から疑われる可能性がある。
リビトは極力、ジオたちの正体が疑われないように提案したのだったが。
「――私はマヤと離れたくないのだけど」
「どうせ宿で落ち合うだろうが――。それに、お前には事前に頼んでいたことがあるだろ?」
ジオはリビトにそう言われると肩をガクンと落とし、マヤと共に行動するのを諦めたのだった。
「ジオ、使える金は持っているか?」
「あぁ、金貨なら――」
「おい、いきなりそんな大金で払ったら、相手も警戒するだろうが――。いや、いい。俺が払う――」
リビトは胸ポケットに手を入れて、ジオの任務遂行に必要なお金を手渡そうとした。だが、胸ポケットから手を出すと、他のポケットに手を入れて何かを探し出した。
「リビト? どうしたの?」
「いや――、金がない……」
「えぇ? お金がないってどういうこと?」
「胸ポケットに金が入った巾着を入れていたんだが、見当たらない」
「どこか別の場所にしまったんじゃないの?」
「荷物には入れてない。確かに、上着のポケットに入れたんだが――」
「兄上でもそのようなことがあるのですね? それなら、ここは私が出しましょう」
お金が入った巾着を失くしたリビトに代わり、次はジオが所持金の入った巾着を取り出そうとした。だが、ジオはすぐに取り出す様子がない。慌てるように体のあちこちを触っていくうちに、顔色が悪くなっている。
「まさか、お前もか?」
「――そんなはずはないのだけれどなぁ。確かにここへしまったはずなのだけれど……」
するとリビトがフィデリスとサーティスに所持品の確認を促した。
「私の方も同じです」
「えぇ、私もです」
「やはりか――」
フィデリスとサーティスはリビトに所持品を確認してから、そう呟いた。その答えを受け、リビトは険しい表情をした。
マヤは3人が何かに気付いたようだと確信した。
「リビト? やはりって、どういうこと?」
皆の視線がリビトへ向けられた。
「俺たちはスリ師の洗礼にあったんだ」
「スリ師の洗礼? それって私たちスリに遭ったってこと?」
「あぁ、そうだ。見事に皆1人残らずやられた」
「そんなっ! じゃあ、宿代も、食事代も、全部なくなっちゃったの?」
リビトは大きく溜息をついた。
「ここは人通りが多すぎる。人気のない場所に移動する必要があるな」
「あぁ、そうだね」
マヤたちは街道から外れた人気の少ない通りに出て、近くの空き地に移動した。
「ここなら問題ないだろう。ジオ、頼んだ」
「分かった、やってみるよ」
リビトはジオと少ないやり取りをしたが、マヤにその会話の意味は分からなかった。事情を説明してもらおうと口を開きかけた時、ジオの全身が淡いグリーンの光に覆われ、ブラウンに色を変えた髪が風になびいている。
ジオは妖精の王族にしか見られない銀髪を隠すため、特殊な魔製具で人間と同じ容姿に変身している。整った容姿と金髪が目を引くフィデリスとサーティスも同様である。フィデリスはジオと同じブラウンに、サーティスは赤髪だ。
見慣れない髪色だが、妖精族はとにかく顔が整っている。3人の容姿の美しさは変わらず健在である。
暫くして、ジオが纏っていた淡いグリーンの光が消え、風になびいていたブラウンの髪は元通りになった。
「どうだ? 分かったか?」
「犯人は人間の少女のようだよ」
「少女?」
「あぁ、彼女は私たちだけでなく、人間からも金品を盗んでいるみたいだ」
「犯人が子どもだとは……してやられたな」
「居場所は分かるか?」
「この先の広場から外れた人気のない古びた小屋にいる」
「そこがそいつの隠れ家って訳か。すぐに取り返しに行くぞ」
「えっと、ジオはスリの犯人が分かったってこと?」
「……」
リビトは「何を今更当たり前のことを聞くんだ?」とでも言いたげな視線をマヤに送った。その隣に立つジオはにっこり笑顔を向けて、丁寧に説明してくれた。
「マヤ、私は妖精族は皆追跡の魔法を使えるんだよ」
「追跡の魔法? あぁ、ジオウ先生が教えてくれた? 確か、魔力のあるマグスはもちろん、魔力のない人間や動物も追跡できるのよね? 魔力の痕跡や魂の残滓から追跡ができる!」
「そうだよ、私の生徒は優秀だなぁ」
「ジオは追跡の魔法が使えるのね、凄い能力だね!」
「そうかな? マヤに褒められるとうれしいな」
妖精族には特定の誰かを追跡する能力がある。フィデリスやサーティスは対象者の気配を感知することはできるが、それは美味しそうな匂いがする場所を探すように手探りで追跡する必要があった。一方、王族であるジオはその場にいつつも、自分の意識を飛ばしながら対象者の気配を追跡し、場所を特定することができるのだ。
追跡魔法は難易度が高い魔法で、追跡範囲が広範囲になるほど魔力の消耗が激しくなるため、1日に何度も使うことができないそうだ。今回は幸い、犯人がすぐそばにいたから、魔力の消耗は少量で済んだようだ。
マヤたちはジオの案内に従って、スリの犯人捕獲に乗り出したのだった。
「ちょっと! 何するのよ。もしかしてあんたたち、人攫いなの? やめて! 離しなさいよ。私の体に指1本でも触れてみなさい! ただじゃおかないわよ!」
「随分、威勢のいい子どもですね」
少女はジオの追跡魔法で突き止めた古びれた小屋におり、フィデリスによって後ろ手で捕縛されている。
少女はダークブロンドのショートヘアに、くりくりとしたブラウンの大きな瞳が印象的だ。子どもの割に小綺麗なワンピースを着ており、平民にしてはピカピカの靴を履いていた。比較的整った顔立ちだったが、その大きな瞳は細められて釣り上がり、正面にいるリビトを睨んでいる。
「うるさい口は閉じておけ」
リビトは右手を出して指をパチンと弾くと、その少女の口は糸で縫い付けられたようにしっかりと閉じられている。それでも少女は声を上げようと必死だ。
「むぐっ! むぐぅ……!」
「お前、俺たちの金品を奪っただろう?」
「――!」
威勢よく騒いでいた少女はリビトの質問に、ピタリと動きが完全に止まった。どうやら、本当にスリの犯人であるらしい。
「俺たちの所持品を返し、他の者から奪った物を返すのなら、お前を衛兵に突き出すのは見逃してやる。どうする?」
「…………」
少女はリビトの言葉にも動じることなく、平然とした態度でそっぽを向いている。
「兄上、ちょっと甘すぎなんじゃないの? 子どもとはいえ、犯した罪は子どもも大人も一緒だよ。ここは衛兵に突き出すのが妥当じゃないかな? どうせ逃がしたら、また同じことをするんだからさ」
「――!」
盗んだ物を返せば許してやるというリビトに対し、ジオはまた同じことを繰り返すから衛兵に突き出すべきだと正論を言い放った。
すると、平然としていた少女の表情が大きく歪み、その大きな瞳は潤いを増している。今にも涙が零れそうだ。
「リビト、まだ子どもじゃない。今にも泣き出しそう。衛兵に突き出さずに許してあげようよ」
少女は救いを求めるようにマヤの方に視線を向けて、何かを訴えている。だが、リビトは少女に対する態度は変わらなかった。
「――そんな手には乗らない。こいつは騙せても俺は騙されない」
「…………」
リビトがそう言うと、少女は諦めたようにふてくされた表情をした。その後、瞳から涙が流れることはなかった。
「嘘っ、本当に泣き真似だったの?」
「マヤは本当に純粋だよね。私はそんなところが気に入っているんだけれどね。でも、これじゃあ、すぐに騙されちゃうよ?」
「う、うん。気を付けます……」
マヤの返事は空気の抜ける風船のように小さく萎んでいった。
「君は自分が子どもだからって、逃がしてもらえるって期待してるんでしょ? きっとそうやってあれこれ細工して、馬鹿な男を手玉に取ってきたんだよね? でも運が悪かったね。
兄上はあの通り、子どもだからと1度だけ許してあげる、そんなやさしい人なんだよ。でもね、私は違うよ。役に立たない者は簡単に切り捨てられるんだ。
君が選択できるのは2つだ。衛兵に突き出されるか、兄上に従って盗んだ物を返し、許しを乞う。簡単だろう?」
「…………」
ジオは少女に近づき、そう告げた。少女は瞳を伏せて黙って聞いている。そこへジオが少女の耳元へ自分の口を近づけ、さらに少女を追い詰める言葉を囁いた。
「だが、私は今虫の居所が悪くてね。せっかく楽しい街見物をしていたところを君に邪魔された。もしも盗んだ物を返さないと言うなら、私が直々にお前を衛兵のいる場所まで連れて行ってやろう。
兄上は反対するだろうが、お前は私の楽しみを奪ったんだ。衛兵に突き出すだけでは物足りない。お前は衛兵ではなく奴隷商人に引き渡してやる。一生街を自由に歩けなくしてやるさ」
「――――! むぐぅっ!!」
ジオは少女の目の前で冷たい笑みを小さく浮かべると、少女は一際大きな意思表示を見せた。
リビトと視線を無言で交わしたジオはコクリ頷いた。リビトが再び指を弾くと、動きを止められていた少女が大きな声を出した。
「お願いっ! 奴隷として売り飛ばさないでぇ!! 盗んだ物は全部返すから! 他の人から盗んだ物も全部返すから、お願い!」
マヤはさっき静かに瞳を潤わせていた表情とは大きく違うことに驚いた。今は本気で恐怖を感じ、なりふり構わずに泣いて訴えているように見えた。
「盗んだ物を全て持ち主に返すんだな?」
「う……ん」




