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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
46/63

41.スリと少女(後)

 ジオの追跡魔法によってスリの犯人を捕まえたマヤたち。驚いたことに、犯人は小悪魔的な可愛らしさのある少女だった。ジオに脅された少女は観念して、盗品を返すと約束したのだった。



「まずは俺たちから盗んだ物を返してもらおうか」

「そこの床の下に隠してある」

「お前が取ってこい。いいか? 少しでもおかしな動きがあれば、お前の動きを止める。その時は衛兵に突き出すからな、分かったか?」

「分かった、あんたたちには小細工が利かないんだ。もう素直に従うよ。その代わり約束して!」

「盗人の分際で約束だなんて、随分笑わせてくれるよね」

「――!」

「気にせず話せ」

「――うん、絶対にアイツとは2人きりにしないで!」

「アイツ?」

「そう、アイツだよ」


 少女が指差したのはジオだった。

 ジオは何故自分が指を差されているのか分からない、とでも言いたげな表情をしている。

 リビトはジオの様子を見てから、小さく溜息を吐き、少女に向き合った。


「分かった。約束は守ろう」

「絶対だよ! アイツはあたしを奴隷商人に売り飛ばそうとしてるんだから」


 少女の言葉に皆の視線がジオに向けられた。その後、リビトが(こら)えられずお腹を抱えて笑い出した。リビトに釣られるように、マヤも堪え切れなくなって笑ってしまった。


「あははは――」

「くっくっくっ……あははは……」

「兄上も、マヤも笑い過ぎじゃないか?」

「あははは――悪かったよ」

「くっくっくっ、あははは――ごめんなさい、でも、くっくっくっ、だって、ジオが奴隷商人に売り渡す、だなんてっ」


 マヤは、その奴隷商人とやらに、少し前に捉われていたのはどこの誰だっけ? と言いたい気持ちだった。笑いを堪えつつ、リビトの方を見ると、未だに大笑いしている。


 少女はマヤとリビトの笑う姿をぽかんと口を開けて見ている。

 ようやく笑いが収まり、リビトは真剣な眼差しを少女に向けた。


「早く持ってくるんだ」

「――うん、約束は絶対に守ってよ」


 少女は数歩先の床板を()がし、中から盗んだ金品を取り出した。両腕に一杯の戦利品を名残惜しそうに見つめてから、リビトに差し出す。リビトは目の前の床を指差し、「そこへ置け」と少女に指示を出した。


 床に置かれた少女の戦利品の中に、リビトたちが盗まれた金品があった。盗まれた自分たちの物を全て取り返したが、目の前にある盗品の量は変わらなかった。その中には、仕立てのいい巾着に入った銀貨や、どこかの貴婦人が身に付けていたであろうネックレスや腕輪などの宝石類があった。


「これほどの金品をお前1人で盗んだのか? それとも仲間でもいるのか?」


 リビトの問いに少女は誇らしげな表情をして答えた。


「もちろんさ! あたしの腕にかかれば、身に付けている物が何であろうと、ターゲットが誰であろうと簡単に盗めるんだから。あたしはターゲットに姿を見せずに盗むから今まで掴まったことなんてなかった。でも、あんたたちは――。何でなの? あたしは完璧(かんぺき)だったのに……」


 リビトは大きな溜息をつくと、少女の額に片手を近づけて指を弾くと、ペチッと鈍い音が鳴った。


「痛っ!」

「お前、このまま続ければ、俺たちに見つからなくともいつかは衛兵に捕まっていたはずだ。ここらで改心して、真面目に働け」

「何さっ! あたしは絶対に捕まらないんだからっ!」

「もうすでに私たちに捕まったじゃないか」

「そ、それは……! 魔法を使うなんて卑怯じゃない、そ、そうよ。魔法を使えるなんて、あんたたち、もしかしてお貴族様なのっ?」

「――」

「お貴族様に、あたしのような最下層の平民の気持ちなんか分かる訳ない! もういいでしょっ、盗んだ物は返したんだから、さっさとどっかへ消えて!」


 少女は強気な発言をしているが、その表情は大きく(ゆが)んでいた。今にも泣きだそうだと、その場にいた皆が思った。


「ねぇ、あなたは何故、他人の物を盗んだの?」

「――、お貴族様に言ったところで分かる訳ない……」

「私たちは貴族ではないわ。事情があって詳しくは話せないんだけど、あなたのことを教えてくれない?」

「――あたしは孤児なの……」

「孤児?」

「そうよ、親に捨てられたの……」

「そんな、どうして?」

「あたしが知る訳ないじゃない。生み落とされてすぐに修道院に捨てられたんだから――」


 少女は生まれてすぐに修道院の門の前に捨てられていたという。修道院に拾われたものの、貴族から受けた寄付は全て修道士たちの懐に入るため、孤児たちは休む間もなく働かされていた上に、肉体労働の後にもまともな食事をもらえなかった。


 孤児たちには戸籍が与えられないため、今まで人知れず命を落としていった孤児も多かったそうだ。だが、少女は決して生きる希望を捨てなかった。13歳になる前日の深夜、修道院を抜け出すことに成功した。

 修道院での辛く苦しい日々から抜け出せたものの、雨風を(しの)ぐために深夜こっそり他人の家に忍び入って馬小屋で夜を明かしたり、飲食店の残飯を漁ったり、と想像を絶する人生を送っていた。


「ある時、街の裏通りで出会った男の子がスリの方法を教えてくれたんだ。私は手先が器用で、あっという間にその子よりも上手にできたんだ。その子とはそれから折り合いが悪くなって、もう顔を見せなくなったの」

「そう、だったの……。辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい……」

「――別に、昔のことさっ。あたしはスリ師として1人前になったんだ、最近は好きな物を食べられるし、欲しい服だって買えるんだ。さすがにまだ家は買えないけど、もう少し大人になったら家を買って一生贅沢をして暮らすんだ!」


 少女の声は明るかったが、マヤには少女の瞳の奥には暗い影が潜んでいるように感じた。


「あなたは物を盗む以外に得意なことはある?」

「へっ? 何を言い出すかと思ったら、あたしの得意なことだって? そんなこと聞いて何になるのさ。――まさか、あたしを売り飛ばそうって思ってるんじゃないでしょうね?」

「ち、違う、違う! そんなことしないよ。そうじゃなくって、えっと何て説明すればいいんだろう?」


 マヤが困惑するのを見てリビトがすかさず話に割って入ってきた。


「マヤ、お前何を考えている? こいつを仲間に入れるとか言い出すんじゃないよな?」

「えっ! あぁ、リビトには誤魔化せないね。バレてたか――」

「当たり前だ、俺を何だと思ってるんだ?」

「えへへへ……でも、この子をこのまま放っておけないよ」

「――お前なぁ、会うやつ1人ひとり助けてったらキリがないぞ。それに俺たちにはやるべきことがあるんだ。こんなところで子守りに時間を費やしている場合じゃないんだ」

「分かってる。でも――」

「あぁ、なるほどね。マヤが考えていることがようやく分かったよ。ふむ、マヤ、私に任せて?」

「ジオ?」


 ジオはにっこり笑顔をマヤに向けると、その顔のまま少女の前に立った。

 ジオが目の前に来たところで、少女は恐怖に(おのの)いた表情に変わった。


「マヤはこう言ってるんだ。お前の能力が優れており、私たちの役に立つなら仲間に加えてやるとね」

「――えっ!」


 少女は青白くなった表情が一転し、驚いた表情に変わっていた。口をポカンと開けたかと思いきや、マヤの方を向いて瞳を潤せながら両手を組んで祈るポーズをしている。


「本当ですか? 私を仲間にしてくれるんですか? それってつまり、もうスリをしなくても衣食住が約束されるってことですか?」

「おいおい、今お前と話しているのは私だよ」

「――今言ったことは本当なの? あたし、あんたは信用できないんだけど」

「お前は本当に子どもだね。本当に奴隷商人に売り飛ばすなら、お前に手の内を明かす訳がないだろう?」

「へっ? どういうこと?」

「私がお前を孤児院に連れて行くとでも言って連れ出して、奴隷商人に売り渡す。兄上たちには孤児院で引き取ってもらったと報告する。私が本気でやるならそうするよ」

「――じゃあ、あんたは最初から私を売り飛ばす気はなかったってこと?」

「もちろん、奴隷商人は違法行為をしているんだ。そう容易く会える訳がない」

「そんなぁ、あたし、(だま)されていたのね……」


 少女は床にへたり込むように座った。今度は声も上げずに、シクシクと泣き始めた。


「ジオはちょっと意地悪だけど、悪い人ではないのよ。あなたのこれまでの人生を思うと、スリに手を染めるのも仕方ないことかもしれない。子どもが生きていくにはきっと他に手がなかったのよね。

 でもね、人の物を勝手に奪う行為は悪いことなの。だから、これからは絶対にしないでね。約束できる?」

「ぐすん、ぐすん――約束、する。お姉さん、あたしもう絶対にスリはじないがらぁ~、うわぁ~ん」


 少女はマヤの胸に抱きつき、わんわんと泣いた。リビトもジオも皆、少女が泣き止むのを静かに見守っていた。




「あたしの名前はテリス・サイン。これは自分で名付けたの」

「テリス、私はマヤ。こっちはリビト、こちらはジオ、そして――」

「私はフィデリスだ」

「私はサーティスと申します」


 簡単な自己紹介が終わったところで、マヤは再びテリスに同じ質問をした。


「テリスの得意なことは何?」

「――得意なこと……、あっ、そうだ! あたし、こう見えても交渉は得意だよ! 盗んだ物を闇市で売る時、子どもだと思って安い値をつけられることが多かったんだけど、全部交渉でこっちの言い値を通したんだ」

「闇市って、テリス、そんな危ないところへもう行っては駄目よ」

「うん、マヤお姉ちゃんと一緒なら、スリをしなくてもいいもん。もう行かないよ」

「良かった」

「マヤ、信用しすぎると裏切られた時に辛い思いをするよ?」


 ジオはテリスのことをまだ信用できないようで、マヤが騙されることを心配していた。テリスは奴隷商人に売り飛ばすと嘘でも脅してきたジオのことが信用できず、ジオにだけ態度が悪かった。


「べぇ~、あたしはマヤお姉ちゃんのことは裏切らないもん! でも、あんたのことは簡単に裏切れるからっ」

「お前、私の恐ろしさを本当に教えた方が良さそうだね」


 ジオは子ども相手に、本気で脅そうとしているのか、その凍りつくような笑顔にマヤの背筋はブルッと身震いした。


「ジオ、大丈夫だから!」


 マヤの顔を見て、にっこり笑顔に戻るジオ。マヤは一先ずジオの殺気のような冷たい空気が解放されるのを防げたと安堵(あんど)した。


「交渉術か――」


 テリスの得意なことが交渉だと聞いて、それまでテリスを仲間へ加えることに賛成も反対もしなかったリビトが呟き、何かを思案している。


「――テリス、お前の衣食住は約束してやる。だが、子どもでもしっかりと働いてもらう。それに、俺たちは今後危険な場面に出くわすことが多くなる。それでも俺たちと一緒に来るか?」

「今の暮らしを抜け出せるなら、一緒に行きたい! でも、危険な場面って? あんたたちは何をしようとしてるの?」

「――」


 リビトはテリスの質問には答えず、マヤに視線を向けた。マヤと目が合うと、コクリと(うなず)いた。

 マヤはリビトが「お前の好きなようにしろ」とでも言われたような気がした。リビトが頷いて見せたことで、マヤも覚悟を決めた。


「テリス、あのね。あなたに理解してもらえるか分からないんだけど、私たちはね、あなたにも協力してほしいの。人間とマグス――あなたたちの言葉で言えば魔物かしらね? 人間と魔物が共存できる世界を一緒につくってほしいの」

「――マヤお姉ちゃん、お姉ちゃんたちが何でそんなことをしようとしてるかなんて子どもの私には分かんないけど、お姉ちゃんが言うことならきっと正しいことなんだと思う。あたし、お姉ちゃんたちに協力するよ! だから、一緒に連れて行ってほしい!」

「本当に? テリス、ありがとう!」


 マヤはテリスをやさしく抱きしめた。その時、耳元でテリスが(ささや)いた。


「あたし、誰かに必要とされるのなんて初めて――うれしい。ありがとう、マヤお姉ちゃん」


 テリスはマヤの背中に回した手に力を入れた。マヤもテリスを強く抱きしめた。


 こうして、スリの天才少女を新たな仲間に迎えたのだった。




 アルティフェクスの夜の街道に出ると、マヤとリビト、テリスの3人と、ジオとフィデリス、サーティスの3人の二手に分かれ別行動となった。

 それは事情を知らないテリスの手前、妖精族の3人が食事をとらないことを隠すための嘘であった。ジオとフィデリスはテリスが盗んだ金品をこっそりと衛兵の詰所へこっそり置きに行き、一足先に宿へ戻った。

 サーティスはリビトとジオの話し合いで、マヤの護衛役として密かに後をつけてもらうことにした。


 夕食後、マヤたちも宿へ戻り、テリスはマヤとサーティスと同室になった。テリスがマヤと一緒にお風呂に入りたいと言い出し、室内に併設されたバスルームを使うことになった。


「マヤお姉ちゃん」

「なぁに?」

「あたし、ずっとお姉ちゃんが欲しかったんだ」

「そっか、ずっと1人だったんだものね。寂しかったよね」

「うん、でも今は平気。あたし、ずっとマヤお姉ちゃんのそばにいてもいい?」

「うん、もちろん。あっ、でも私もテリスもいつかは誰かのお嫁さんになるかもしれないよ?」

「あたしは絶対にお嫁さんなんかにならないよ。そんなのよりマヤお姉ちゃんと一緒にいる方がいいもん!」

「そっか、そうだね。――ずっと一緒にいられたらいいね」

「うん!」

「ほら、ここ洗えてないよ? 私が洗ってあげる」

「本当? こういうのもずっとしたかった。うれしい!」


 テリスは満面の笑顔になった。マヤは本当の妹ができたようで、思わず頬が(ほころ)んだ。

 だが、一瞬だけ、元の世界の家族のことが頭を(よぎ)った。


――最近は元の世界のことを思い出すことなんてなかったのに……。どうしてだろう? あの人たちの元に戻りたいなんて思わないのに。

 それでも、テリスに比べれば私は遥かに幸せだったのかもしれない。両親も健在で、弟や妹もいたのだから。小さい頃は仲良くしていたものね。


「マヤお姉ちゃん? どうかした?」

「ううん、何でもない。私も妹ができたみたいでうれしくって」

「マヤお姉ちゃんは家族はいる?」

「――昔はいたけど、今はいない。私の家族はリビトかな?」

「リビト? あの人がマヤお姉ちゃんの家族なの?」

「う~ん、本当の家族ではないんだけど、家族みたいに大切な人、かな?」

「そうなんだ。じゃあ、リビトのことは信用しても大丈夫だね」

「えっ?」

「マヤお姉ちゃんの家族なら、私の家族も同然だもの。ね? そうでしょ?」

「――うん、そうだね。じゃあ、私はテリスのお姉ちゃんで、リビトはお兄ちゃんかな?」

「それなら、リビトお兄ちゃんって呼んだ方がいいかな?」

「う~ん、それは、どうかな?」

「明日、聞いてみるね!」

「えっ? あ、うん、そうだね」


 テリスは満面の笑顔だ。


――こうやって笑ってると、普通の女の子に見える。随分(ずいぶん)と苦労したんだろうな。スリをして生計を立てているなんて……。リビトの言うように出会った人全員を助けることはできないかもしれないけれど、せめてテリスだけは幸せになってほしい。


 マヤはテリスの笑顔ににっこり笑顔で応えた。


――それにしても、リビトはどんな反応をするんだろう? リビトお兄ちゃん、かぁ。セリンもリビト兄上って呼んでたから、テリスがお兄ちゃんと呼んでも受け入れてくれるかな?


 マヤはそんなことを考えながら、テリスとのバスタイムを楽しんだのだった。

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