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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
42/63

37.青いドレス

 マヤとリビトは妖精の森の出発を翌日に控えた今日、妖精王主催の送別会に参加する予定だ。せっかくの宴の席だからとセリンはドレスの色を合わせよう、とマヤに提案してきた。

 今、マヤはセリンの暮らす王女の宮に呼ばれ、早起きをして夕方に行われる送別会の準備をしていた。


「マヤ、とってもきれいよ! 私の思った通りだわ」

「そ、そうかな? でもちょっと露出が多すぎないかな?」

「そんなことないわ、立派なレディは胸元や背中、肩のラインが美しく見えるドレスを選ぶものよ。フィデリスのお姉様が教えてくださったわ」

「そ、そうなんだ……」


 セリンが着るドレスは試着が終わっているため、朝からマヤが着るドレスのサイズ調整を行っている。ドレスのデザインを決める際にセリンから希望はあるかと聞かれたが、元の世界でもこちらの世界でも、ファッションとは無縁の人生を送ってきたためセリンに任せることにした。

 セリンに丸投げしたのは申し訳なかったが、どうにも自分がドレスを着るというイメージが思い浮かばなかったのだ。それに、第三者の方が本人より客観的に判断できるというではないか。それなら、セリンに頼んだ方が結果的にマヤに似合うデザインのドレスになる可能性が高い、という結論に至ったのだった。


 実際に仕立てられたドレスは息を飲むような美しさだった。胸元から首元へ続くホルターネックタイプのデザインで、胸元はハート形のビスチェにレースのような刺繍が重ねられていて露出が抑えられている。

 その分、背中は大きく開いた大胆なデザインだった。首の後ろに大きなリボンが結ばれており、後姿も華やかでおしゃれである。

 ドレスの色は夏の青空のような濃いブルーで、スカート丈は前が膝上、後は膝下というように前側よりも長めのカットになっている。ドレスの生地はサテンのような肌触りが良く、艶のあるもので、胸元の刺繍と同じデザインの淡いブルーのレースが生地に重ねられている。サイズはマヤの体にフィットしていたため、サイズ調整の必要はなかった。セリンの侍女の腕は見事である。


 足元は濃藍(こいあい)の落ち着いた色味で、(かかと)に小さなリボン飾りのついたハイヒール靴が採用された。マヤが靴を試着するとやや大きいと感じたが、靴に魔法がかけられていたのか、マヤの足のサイズにフィットする大きさに変わった。

 マヤは、こちらの世界でハイヒールを履くのが初めてで靴擦れの心配があったが、靴の内側に革の縫い目はなく、心配は杞憂(きゆう)だったと内心でホッとしていた。


 ドレスの試着はあっという間に終わってしまった。こんな早くに終わるなら、もっとゆっくり寝ることができたのに、と心の中で愚痴(ぐち)ったが、マヤはこの世界のパーティー仕様のおしゃれを見くびっていた。


 試着後は侍女数人に腕を引っ張られ、セリンの衣装ルームに併設されたバスルーム兼マッサージルームに引きずり込まれた。そこでは精油が垂らされたいい香りのする湯船に入れられ、髪は花から抽出されたオイルでケアされた。

 入浴後はマッサージ台に寝かされ、アロマオイルで全身を丁寧に揉み解される。おかげで髪から足先まで、どこを見てもピカピカになった。


 旅を初めて数カ月、肩につく長さの髪はすでに胸元まで伸びていた。セリンの侍女によってあっという間におしゃれなお団子ヘアが完成した。ヘアスタイルが完成すると、次は化粧をするという。

 妖精もおしゃれが好きなのだと驚いたが、種族は違ってもきれいでいたい、美しく見せたい、というのは万国共通の女子の願いなのだと悟った。その反面、これまでおしゃれに疎く、何の努力もしてこなかった自分は女性として失格かもしれないと反省した。


「マヤ、この耳飾りが合うと思うの! せっかくだから私につけさせて」

「きれいな耳飾りだね。私にはもったいないくらい」

「マヤ、女の子は誰だって美しいのよ。どんな宝石も磨かなければくすんだままだけれど、ちょっと磨くだけでとびきり美しく変身するわ。でも外側だけを磨いても、内側が(にご)っていたら輝きは半減してしまうの。


 マヤは内面がとても美しいから、ちょっとだけ磨いてあげるだけですぐに美しくなれるわ」


「セリン……ありがとう」

「ううん、これは半分、いいえ、ほとんど私の我儘(わがまま)ね」

「我儘?」


「そう、マヤを一目見た時から美しく着飾れば、内面にくすぶっている美しさがさらに輝くと思っていたの。でも、マヤはおしゃれとか美しくなることにあまり興味がなさそうだったから……。だから、最後にこうしてマヤと女同士でしかできないおしゃれを一緒に楽しむことができて、とてもうれしいの」

「セリン――。そんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。気付いてあげられなくてごめんね」

「ううん! そんなことはいいの。だって私の夢は今叶っているんだから」

「そっか、うん、そうだね。今日は一緒におしゃれをして楽しもうね」

「えぇ、次は私の番だから、マヤの意見も教えてね」

「うん、分かった」


 送別会の会場は森の奥の一角にある花園だ。花園の入口にはシンメトリーの石柱があり、緑の葉と(つた)で覆われている。中に入ると、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「ねぇ、リビト見て! とってもきれいね」

「おい、先に行こうとするなよ。また転ぶぞ」

「えへへ、だってこんなにたくさんの花が咲いてる場所、初めてなんだもん」

「せっかくきれいな恰好(かっこう)をしてるんだから、大人しくしていればいいのに……」

「えっ? 今何か言った?」

「いや、何でもない――」



 時間を遡ること、今から少し前――。



 マヤたちよりも一足早く身なりの準備が終わったリビトとジオウは、2人揃ってマヤとセリンとの待ち合わせ場所の応接間に向かっている最中であった。森の中とは思えないほど立派な王宮内部はリビトが幼い頃歩き回っていた風景そのままだった。


 ジオウから繰り返される話に辟易(へきえき)したリビトは、苛立たしさを隠すことなく不機嫌な顔をして歩いていた。すれ違う侍女たちは廊下の脇により、触らぬ神に祟りなし、とでも言いたげな表情で(うつむ)いている。


 ジオウのすぐ後ろを歩くフィデリスは周囲の目を気にしながら、時折、主を(いさ)める言葉を耳打ちするが、当の本人は気にすることなくリビトとの交渉を続けている。


「ねぇ、兄上っ、今日くらい私に譲ってくださいよ」

「その話はもう終わっただろ、蒸し返すな」

「だって私は今日で最後なのですよ。少しくらい甘い夢を見てもいいではないですか」

「甘い夢って……お前なぁ――」


 リビトは開け放たれた扉の前に立った時、石にでもなったように全身が硬直した。視線は一点に釘付けになった。


「兄上、私の話を聞いていますか? ん? 兄上? どうかされましたか?」


 リビトの異変に気付いたジオウはリビトが向ける視線の先に顔を向けた。


「あの美しい娘は一体誰だ?」

「さぁ? 森の外から招待客はいらっしゃらないと聞いておりますが――」


 ジオウは青いドレスを身に(まと)った娘からリビトに視線を戻した。未だリビトは呆然とその場に立ち尽くしていた。その瞳はあの青いドレスの娘へ真っ直ぐと向けられている。


「ははぁ~ん、兄上。兄上はあの娘がご所望(しょもう)なのですか? でしたら、私はマヤと――」

「…………」


 ジオウの声はリビトの耳に届いていなかった。するとリビトは応接間の中へ歩みを進めた。


「兄上がその娘をエスコートするなら、私がマヤのエスコート役をいただきますよ」

「リビト殿はあの娘を気に入ったのでしょうか?」

「兄上も存外、美しいものが好きだったのか。私はマヤの方がいいけれどね。私たちも中に入ろう。きっと面白いものが見られそうだ」

「殿下、お願いですから引っ()き回すようなことはしないでくださいよ」


 ジオウはフィデリスの言葉を無視するように、リビトのそばへ歩いていく。


 リビトは応接間の奥でサーティスと楽しそうに話している青いドレスの娘のすぐ近くで止まった。その娘はそばに誰かの気配を感じ取ったのか、そちらへ視線を向ける。リビトが声をかけるよりも、その娘が口を開く方が早かった。


「リビト?」

「――マヤ、とてもきれいだ……」


 リビトはとろんと緩んだ瞳をマヤへ向けたままである。マヤは、いつもと違う反応を見せるリビトに驚いたのか、顔だけでなく耳まで赤くなっていた。


「えっ? マヤだって?」


 一際大きな声を出して驚いていたのはジオウだった。その声に驚き、応接間にいた者たちの視線はジオウへと向けられた。


「まぁ、兄上とリビト兄上。思ったより早かったのですね」

「セリン、お前がマヤを着飾ったのか?」

「えぇ、私がドレスのデザインを考え、侍女たちが仕上げをしましたのよ。マヤ、とてもきれいでしょ?」

「あぁ、驚いたよ。最初は誰だか分からなかったくらいだ」

「まぁ、兄上はマヤだと分からなかったのですか? やはり兄上の負けですね」

「えっ? それはどういう意味だ?」

「ご覧ください、リビト兄上はマヤだと気付いているのですよ? 外見だけでなく、内面もよく見て知っているからこそ、リビト兄上はいつもと違う装いのマヤにもすぐに気付いたのです」

「――そういうことか、これは私の完敗だな。今夜のエスコート役を兄上に譲ってもらおうと、しつこく強請(ねだ)ったが兄上は首を縦に振ってくれなかったよ」

「当然ですわ、マヤとリビト兄上の間には、兄上が入り込む隙間なんてこれっぽっちもないのですよ」

「我が妹君はもう少し兄にやさしくしてはどうだ?」

「何を言っていらっしゃるので? 兄上はそんな小さなことは気になさらないではないですか」

「参ったな、さすが我が妹だな。兄のことをよく分かっている」


 セリンはマヤの元へ歩いていった。


 ジオウはいつもと変わらぬ笑顔だったが、何故かフィデリスは主の瞳に切なさを感じ取っていた。いつもなら笑ってリビトを揶揄(からか)いにいくところだが、セリンとのやり取りで何を感じたのか、いつもより元気がないように見える。

 主に気の利いた言葉をかけようとしたが、どんな言葉も(なぐさ)めにならないと思った。


「マヤ、ほら私が言った通りでしょっ?」

「えっ、あ、うん」

「マヤ、顔が真っ赤になってるわよ」

「えっ! そんなこと……気のせいよ」

「うふふふ。リビト兄上? まぁ、まだマヤの美しさに見とれているのね」

「セリンったら冗談は言わないでよ」

「冗談なんかじゃないわよ。リビト兄上はほらっ、鼻の下が伸びているわ。間違いなく美しく着飾ったマヤに見とれているわ。私にはこうなるって分かっていたのよ」


 ようやく現実世界に戻ってきたのか、リビトは緩んだ表情筋を正すようにコホンと咳払いをして表情を引き締めた。だが、顔や耳の熱は未だ冷めないでいる。


 マヤもリビトもお互いに俯いたままで会話が一向に進まない。見かねたセリンはリビトへ話しかけた。


「もちろんリビト兄上がマヤをエスコートするのですよね?」

「えっ、あぁ、そのつもりでいるが――、その、マヤの意思もあるだろうし……」

「えぇ、確かにそうですわね。マヤ、誰にエスコートしてもらいたいかしら? リビト兄上? それとも兄上?」

「えっ、そ、そんなこと急に言われても分かんない……」


 セリンは、リビトがマヤのエスコートをするつもりでいると思っていたが、今日はいつになく歯切れの悪い返事が返ってきた。

 マヤはと言うと、こちらも同じで「リビト」と言いたいが、照れて言いづらい、といったところだろうか。これでは誰がマヤをエスコートするのか決まらない、と思っていた時だった。


「マヤ、兄上は女性のエスコートには慣れていない。私を選んでくれればマヤに恥をかかせることはないよ」


 リビトもマヤも煮え切らず、誰がマヤをエスコートするのかという話にジオウが割り込んできた。


「あら、兄上。往生際(おうじょうぎわ)が悪いのでは? 私はてっきり(いさぎよ)く負けを認めて引き下がると思ったのですが?」

「セリンプス、誰がエスコートするのかはマヤが決めることだろう? マヤが私を指名してくれる可能性があるなら、私は決して諦めはしないよ」

「まぁ、兄上ったら……。でもそうですわね、確かにリビト兄上よりも女性のエスコートは兄上の方が慣れていますわね。マヤ、どうします?」

「えっ? そ、その――」


 応接間にいる者たちの視線がマヤへと注がれている。その視線に耐え切れなくなったマヤは、応接間を出て行こうと出口に向かって駆けだした時だった。履きなれないハイヒールのつま先が床の絨毯(じゅうたん)につっかかり、バランスを崩して体が倒れかけた。


――うわぁ~、倒れるっ! 皆が見ている場所で転ぶなんて恥ずかしすぎるっ!


 体のバランスを崩して床に倒れたかと思ったが、床にぶつかる衝撃や痛みはない。咄嗟(とっさ)に閉じてしまった瞳をゆっくり開くと、すぐ目の前にリビトの顔があった。マヤの体はリビトの胸にすっぽり埋まるように抱きしめられていたのだ。


「まぁ! リビト兄上、まるで御伽話(おとぎばなし)に出てくるナイトのようですわ。ねぇ、サーティス、あなたもそう思わない?」

「えぇ、本当に! リビト様もマヤ様もお2人とも素敵です」

「さぁ、マヤはリビト兄上にお願いして、私たちは宴の準備ができているか確認しに行きましょう」


 セリンが手を叩くと、応接間にいた侍従や侍女たちは一斉に部屋を後にした。ジオウもフィデリスに引きずられるように応接間から退出していく。応接間に残るのは青いドレスの娘を抱きしめたままのリビトと、その胸にすっぽりと収まっているマヤだけだった――。

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