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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
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36.最後の講義

「マヤとこうして2人で過ごせるのも今日が最後か」

「月日が流れるのは早いですね。この森に来た時は夏でしたけど、もう秋ですもんね」

「父上が兄上にはもう教えることはない、と言うから、兄上も突然この森を出発するだなんてさ」

「はい……妖精王が送別会をしてくださるとおっしゃったので、出発は3日後となりましたが――」


 妖精王によるリビトの鍛錬は無事に終了したようだ。時間が経つのは早いもので、旅を始めたのは夏真っ盛りだった。最近は、日中でも涼しい風が森を通り抜け、朝晩は肌寒く感じる日も増えてきた。森のあちこちでは、木々の果実が熟れ、芳醇(ほうじゅん)な香りを漂わせている。


 妖精の森を出発するのは3日後と決まったが、ジオウは執務が忙しいのか、講義は今日が最後となった。講義前のティータイムは2~3日に1回という頻度で行われた。今日は講義が最後とのことで、忙しい中ティータイムの時間も作ってくれたようだ。


 これまでジオウはルーディス大陸やヴェルテックス王国などの歴史から各種族のこと、魔力に関することについて詳しく教えてくれた。

 今日はまだ教えてもらっていない魔製具について講義を受けることになった。


「マヤ、それでだが、今日は講義が最後だから急ぎ足だけど魔製具について説明するよ」

「はい、ジオウ先生、どうぞよろしくお願いします」


 いつものように森の図書館の中央にある大きなテーブルを挟み、マヤとジオウは椅子に腰をかけている。


「魔製具は魔力を動力とした道具のことで、動力源は大きく分けて3つある。1つは魔力、残り2つは何か分かるかな?」

「えっと、魔力の元となる魔素も動力源に使えますよね?」

「あぁ、もちろん。だけど魔素は自然に存在するものだからね、そのままでは動力源には使えないんだ」

「魔素を動力源にするには――」


――魔素は気体のようなものだったよね。それじゃあ、何か形のある物に変えれば使えるってことか。形、形、かた――。


「魔石でしょうか?」

「正解! もう1つは分かるかな?」

「う~ん」


――魔石は元の世界でライトノベルや異世界もののアニメの知識として知っていたんだよね。確か、魔道具の動力源に使われていたんだっけ。でも、魔力や魔石以外で動力になるものってあったっけ?


「マヤは魔製具を使ったことはないの?」

「あ~、はい。はじまりの森で生活していた時は全部マーモーの魔力を動力源にしていたので――」

「マーモ……マヤ、君はなかなか命知らずな子だったんだね……」

「えっ? どうしてですか?」

「スノボマーモー様はマグスの頂点にいる御方だ。皆の建て前としては各種族長と同列の扱いとなっているが、ルーディスの絶対的な支配者は今も昔もマグスの王だからね。マヤはそんな唯一無二の尊き御方の魔力を自分の生活のために使っていたのだから――」


――気のせいだろうか、ジオウ様がもの凄く遠い目でこちらを見ている気がする……。マーモーってそんなに偉い人だったんだ。でも、はじまりの森では(おそ)れられているというよりは皆親しそうだった気がするんだけど。


「マヤ、私やセリンの前ではともかく、他の者の前ではその話はしない方がいい。変な勘ぐりや疑いの目を向けられたくなければね――」

「そうですよね、これからはマーモーのことは話さないように気を付けますね」


 マヤはジオウの忠告を素直に受け取ることにした。ジオウはにっこり笑顔でコクリと(うなず)いている。


「少し、話が脱線してしまったね。確か、魔製具の動力源の話だったね。3つの動力源は魔力と魔石、そして『魔素水(まそすい)』だよ」

「『魔素水』ですか? 聞いたことがないかも……」

「魔素水は魔素を液体化したものだ」

「魔素を液体化ですかっ?」

「あぁ、そうはいっても、その辺にある魔素を集めて液体化する訳ではないよ。自然にある魔素を大量に取り込むには時間も手間もかかるからね」

「ジオウ先生、魔素水はどこで作っているんですか?」

「『魔素溜(まそだ)まり』だよ。魔素溜まりはその名の(ごと)く、濃度の高い魔素が溜まっている場所のことだ。ルーディスには、はじまりの森や精霊の森、ドラコニスの森などにあるんだ。中でも群を抜いている魔素溜まりがあるのは、はじまりの森だよ」

「はじまりの森でも魔素水を作っていたんですね……。私、全然知らなかったです」

「――きっとマヤにはスノボマーモー様の魔力があったから、必要なかったんだろうね。ただそれだけのことさ」

「そう、なのかな?」

「きっとそうだよ。――それで、魔石は大昔から使われている動力源だけれど、少し前に魔素水が生まれたんだ。当時は画期的な発明だ、とマグスたち皆が喜んだものだよ。兄上はあっけなく他人に功績を譲ってしまったのだけれどね」

「えっ? 他人に功績を譲った? リビトが、ですか? それって――」

「あぁ、マヤは知らなかったんだ。それもそうか、私たちにとっては少し前でも、人間のマヤにとっては数十年も前の話だからね。魔素水を発明したのは兄上なんだよ」

「えぇ~! リビトが発明したんですか?」

「そう、魔石は魔力の残量が分からなくて、切れてからでないと交換できなかったんだけれど、その点、魔素水は魔素の消耗につれて液体の量が目に見えて減少するから、あとどれくらいで補給すればいいのか分かるようになって、随分生活が便利になったものだよ」

「なるほど……、ガソリンや灯油みたいなものと同じなのかな……」

「えっ? 今何か言った?」

「い、いえ、何でもないですっ」

「そう?」


――独り言がつい声になって出ちゃった。いけない、いけない。危なかった。


 マヤはリビトからプエリの森を出た後に注意を受けていた。マヤが別の世界から来た人間であることはマグスたちに知れ渡っているが、元の世界の話をしてマヤに利用価値を見い出す者が出てきたら危険だ、とリビトに言われた。

 そのため、元の世界の話はできる限りしないことにしている。もちろん、ジオウやセリンは信頼できる相手ではあるが、どこで誰が聞いているか分からない。万が一に備えて、話さないのが得策である。


 マヤは心の中で「ジオウ様、ごめんなさい」と謝っておくことにした。


「魔製具はマグスの発明によって生まれた訳だけど、今はマグスだけでなく人間たちの間でも広がっている。人間たちは魔力や魔石を動力源にしていて、魔素水のことはマグスしか知らない事実なんだ。魔素水の存在が人間たちに知られるのも時間の問題だろうけれどね」


 魔製具に関する本を眺めていたマヤは突然静かになったジオウに視線を向けた。ジオウはどこか遠くを見ているような目をしていた。そんなジオウを心配してマヤは声をかけたが、「何でもないよ」と笑顔でかわされてしまった。


「魔製具の歴史は古く、最初に発明されたのは星空のランタンなんだ」

「星空のランタン?」

「フィデリス」

「はい」


 ジオウの側近であり従者のフィデリスは古びたランタンを手にし、テーブルの上にそっと置いてから自分は元の位置へ下がった。


「マヤ、目を(つぶ)ってくれる?」


 マヤはコクリとうなずくと、ジオウの言う通り目を瞑った。


 ジオウがランタンに触れているのか、キィー、カチャ、カチャと音が聞こえてきた。次の瞬間、閉じた(まぶた)越しでも室内の灯りが消えたのが分かった。


「マヤ、さぁ目を開けていいよ」


 マヤがゆっくり瞼を開くと、室内を明るく照らしていた照明は消えて暗闇に覆われていた。その中で目の前だけがうっすらと明かりが灯っていた。

 ジオウがこちらを見てにっこり笑顔を見せると、すぐに天井を見上げた。マヤもジオウと同じように天井を見上げると、そこには夜空を(きら)めく星々が浮かび上がっていた。


「わぁ、凄い……本物の星空みたい」

「マヤ、これが星空のランタンだよ」

「これが――」


 マヤは(しばら)くの間、図書館の天井に照らし出された星空を眺めていた。


――大昔に発明された魔製具。初めて作られたのがこんなにロマンチックな物だったなんて、誰がどんな目的で作ったんだろう。


「――マヤ、長く見ていたいところだろうけれど、まだ講義の途中だからね。一旦止めるよ」

「――はい」


 マヤは星空のランタンをずっと眺めていたいと思っていた。名残惜しい気持ちを抑え、明かりが灯されたテーブルの上に開かれた本に視線を戻した。

 フィデリスが星空のランタンをテーブルから持ち上げ、定位置に下がっていった。


「さて、星空のランタンは天候が悪い時でも目的地に辿り着くための道標(みちしるべ)として発明されたんだよ。マヤも知っての通り、森の中は翡翠(ひすい)が行き先を光で照らして教えてくれるけれど、森の外に出ると夜空の星の位置を頼りに移動するんだ。

 だけど、雨雲で星が見えないと方向が分からなくなる。そこで活躍したのが星空のランタンなんだ」

「あのランタンは星空を()して明かりで照らされているだけではないんですか?」

「ランタンに魔力を入れると実際の星空と同じ位置に星が見えるらしい。私は星詠み学は得意だが、魔製具の製造に関しては不得手(ふえて)でね。詳しく説明できなくてすまない」

「いえ! きっと私が聞いても難しくて理解できないでしょうから」


 マヤとしても難しいことは分からないし、魔製具の構造まで深く知識を得たい訳ではない。ジオウには「気にしないでほしい」と伝えておく。ついでに思いついた質問を投げかけることにした。


「あの、星空のランタンは今も使われているんですか?」

「ランタンだと持ち運ぶには嵩張(かさば)るからね。今はもっと小型化されているんだよ」


 ジオウは首元に指を入れて紐を引っ張り出した。紐には美しい青色の鉱石が(くく)りつけられている。


「これはルクセスト鉱石と言ってね、星空のランタンの代わりとして使われているんだ」

「きれいな青ですね」

「そうだね。あぁ、そういえばランタンだけど、今は幼い子どもを寝かしつけるために使われているらしい」


 マヤは子どもの寝かしつけに使われていると聞いて、元の世界のおもちゃ屋で売られていた家庭用プラネタリウムを想像した。


――役目を取って代わられたのは残念だけど、子どもたちは喜ぶだろうな。


 ふと自分が知る青い肌の子どものことを思い出した。


――チコに見せたら喜んでくれるかな? どこで手に入れられるんだろう?


「マヤ、星空のランタンが欲しくなった?」

「えっ! どうして分かったんですか?」

「マヤは感情が顔に出やすいからね。手に取るように分かるよ」

「そんな、子どもじゃないんですから……」

「ほらっ、顔が赤くなってるよ」

「もうっ、ジオウ先生、揶揄(からか)わないでくださいっ!」

「本当にマヤは可愛いんだから」

「…………」


 マヤはそれ以上何も言えなくなってしまった。


――ジオウ様は意外と意地が悪いのね。何だかリビトとそっくりじゃない。リビトのことも兄上と呼ぶようになったし、悪い影響を受けている気がする。


 ジオウから揶揄ったことの謝罪は受けたが、当の本人は悪びれる様子がない。本当に反省しているのだろうか、と不満はあるが、すぐにいつもの先生の顔に戻ったのでマヤも緩んだ表情を引き締め、残りの講義に向き合うことにした。




「――ということで、私の講義はこれにて終了だ。マヤ、今までよく頑張ってついてきたね。途中急ぎ足になったけれど、分からないことや最後に聞いておきたいことはあるかい?」

「いえ、ジオウ先生は初心者の私にも丁寧に分かりやすく教えてくださったので、分からないことはありません」

「そうか、それは良かった。マヤは優秀な生徒で、私も教え甲斐があったよ。最後だというのが残念なくらいだ」

「ジオウ先生、今日まで教えてくださってありがとうございました! ほんの気持ちですが、調理場をお借りして焼き菓子を作りました。良かったら執務の合間にでも召し上がってください」


 マヤはサーティスに預けていたピクニックバスケットを受け取り、その中からライトグリーンのリボン紐で結んだ袋を取り出してジオウに手渡した。


「マヤの手作りの焼き菓子か! これはうれしい誤算ってやつだね。マヤ、ありがとう。さっそくもらうよ」

「えっ? ジオウ様?」


 ジオウはリボン紐を解き、袋の中のクッキーを1枚取り出すとじっと見つめ、間を置いてから口の中へそっと放り込んだ。静かな図書室にジオウの咀嚼(そしゃく)音だけが響いた。


「うん、美味しい! マヤの手作り菓子はいつも美味しいな。毎日でも食べられるよ」

「喜んでいただけて良かったです」


 マヤはジオウに微笑むと、再びピクニックバスケットに手を入れ、今度は水色のリボン紐の袋を取り出した。ジオウに背を向け歩いた先はジオウの従者であるフィデリスだった。


「フィデリスさん、今まで大変お世話になりました。ほんの気持ちですが、良かったら召し上がってください」

「……」


 マヤは焼き菓子の袋をフィデリスに差し出したが、彼はそれを受け取ろうとしない。不思議に思い、彼の顔をじっと観察していると、マヤから視線を外し、困ったような表情をしている。視線が忙しく揺れ、一点に定まったところで、マヤは彼の視線の先を辿った。その先にいたのはジオウだった。


 ジオウはにっこり笑顔を見せているが、フィデリスの顔色は(かんば)しくない。


「フィデリスっ、マヤがせっかくお前のために焼いてくれたのだから、早く受け取りなさい」

「いや、ですが……マヤ殿、ありがたく頂戴(ちょうだい)させていただきます」


 フィデリスは小さな袋をその大きな両手で丁寧に受け取った。


「あの、フィデリスさんは甘いものはお好きではなかったですか?」

「いえ、そんなことは!」

「それなら良かったです」


 マヤは再びピクニックバスケットを置いたテーブルに戻ると、バスケットの中からもう1袋手に取った。その袋のリボンの色はルビー。マヤは袋を持ち、サーティスの前で止まった。


「マヤ様……」

「サーティスさん、あなたと一緒に過ごせて本当に楽しかったです。セリン以外でこんなに話が合う女の子に出会えてうれしかった。ほんのお礼の気持ちですが、良かったら受け取ってください」

「私にも焼いてくださったのですね……とてもうれしいです。マヤ様、ありがとうございます。お仕えできる時間は残り少ないですが、精一杯勤めさせていただきます!」

「えぇ、ありがとう」


 こうしてジオウの最後の講義は無事に終わった。



 ******



「フィデリスは甘いものが苦手だったよな?」

「はっ? 別に嫌いでは――。分かりましたよ、どうぞ私の分もお召し上がりくださ――」


 ジオウはフィデリスが話し終える前に焼き菓子の袋を奪い取った。リボン紐を解いてクッキーを1枚取り出した。それを見るや否や、大きな溜息をついた。


「はぁー、やはり……」

「何ですかっ、私から焼き菓子を奪い取っておいて溜息とは」

「焼き菓子の袋に結ばれていたリボンの色を見たか?」

「えぇ、それぞれの瞳の色と同じでしたね」

「リボンだけではない、焼き菓子に練り込まれていた飴部分にも瞳と同じ色が使われていたのだ」

「ほぉ、マヤ殿はそんな細部まで――。誰かと違ってとても繊細な方なのですね」

「私は今度こそマヤが私に()れたのではないかと思ったのだ……」

「あぁ、なるほど。そういうことですか。残念でしたね、私が頂いた焼き菓子の飴の色は私の瞳の色と同じ色で作られているようですね」

「おそらくサーティスにやったものも同じなのだろう」

「殿下、いい加減諦めたらどうですか。マヤ殿にはリビト殿がいらっしゃるのですから」


 フィデリスの言葉にジオウは鋭い視線で返した。フィデリスはジオウから視線を逸らさずにじっと見つめ返している。ジオウの瞳の光は弱々しく輝いていた。


「私は諦めないぞ、まだ勝負はこれからだからなっ」

「殿下、諦めが悪い男は女子に嫌われるそうですよ」

「何っ? 本当か?」

「えぇ、3番目の姉上がそう申しておりました」


 フィデリスは5人姉弟の末っ子で4人の姉がいる。日夜姉たちから女子の恋愛事情を耳にしており、女という生き物の裏側を熟知していた。建て前と本音を見事に使い分ける姉たちの姿を目の当たりにし、恋愛恐怖症となったのだった。それを知るのはジオウだけ。


「お前の姉上がか? それは真実味があるな……」

「ならばマヤが兄上と喧嘩でもした時に(なぐさ)めて――」

「弱みに浸け込む男はもっと最悪だそうですよ」

「はぁー、ならば私はどうすればいいのだ?」


 フィデリスは主の前にも関わらず、(あき)れた顔をしている。


「私にそれを聞くのですか?」

「お前の姉上は他に何か言っていなかったか?」

「さぁ――、あぁ、そういえばこんなことを言っていました」

「何だっ、早く教えろ」

「2番目の姉上がこう申しておりました。本命の男もいいが、下心をひたすら隠し、見返りも求めず誠実に愛してくる男は捨てがたい、と」

「なるほど、見返りも求めず誠実に愛する……か。ん? フィデリス君、それは私が本命ではなく2番目の男を目指せ、ということか?」

「あっ、殿下にしては察しがいいですね!」

「おいっ! フィデリスっ、不敬罪で首を()ねられたいのか?」

「私の首を刎ねたいのでしたら、いつでも差し出します。他に殿下の暴走を退けられる者がいるのであれば――」

「お前っ、最近私の扱いが雑ではないか?」

「そんなことはございません。私はいつでも殿下のご命令に従う実直な臣下でございます」

「抜け抜けと……まぁいい。お前に口では(かな)わぬからな」

「お褒めの言葉を(たまわ)り、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます」


 フィデリスは澄ました顔でさらりと嫌味を言ったかと思えば、王族への礼儀を踏まえた言葉遣いでジオウの落ち込んだ気分を見事に回復させた。

 ジオウはそんな煮ても焼いても食えぬ古い友に視線を移し、ニヤリと怪しげな微笑みを浮かべながら言った。


「フィデリス、そろそろ妻でも(めと)るか? 私がお前にぴったりな娘を探してやろ――」

「――お、お断りいたします」

「遠慮するでない。最近宮に入った若い娘がいてな。お前とお似合いだと思うのだが」

「殿下っ! 分かりました」


 フィデリスは床に正座し、土下座をした。


「殿下、この通りでございます。私が間違っておりました。殿下に無礼な態度を取ったこと、謝罪いたします」

「うむ、分かればいいぞ。もう立つがよい」

「有難き幸せにございます……」


 フィデリスは立ち上がり、口を(つぐ)んだ。

 ジオウは満足気に笑うと、フィデリスに袋を手渡した。


「これはマヤの感謝の気持ちがこもった焼き菓子だ。1つ残らずお前が平らげよ」

「いいのですか?」

「私はそこまで狭量(きょうりょう)ではない。それに、マヤの気持ちを無下にしたくはないからな」

「殿下……最初からそう言えばいいものを」

「何か言ったか?」

「いえ、何も申しておりません」

「嘘をつくなっ、今私のことを悪く言っただろう」

「それは殿下の聞き間違えでございましょう」

「お前、また土下座をしたいのか?」

「殿下、そんなことより王にお話があるのではなかったですか?」

「あぁ、そうだった! 父上はお忙しい、待たせるわけにはいかないからな。急ぎ王の間へ参るぞ」

「はっ!」


 主と従者はさっきまでふざけていたが、今は真剣な眼差しを浮かべている。


 フィデリスは一世一代の大勝負に挑む主の(りん)とした背に、自分は一生この方のそばを離れない、身を盾にしてでも主を守り切ると誓った。

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