35.攫われた妃
王と王妃の出会いから夫婦になるまでの昔話を共有したことで、妖精王とジオウ、セリンの3人の絆は深まり、今までにない楽しい時間を過ごしていた。そこへ真剣な表情でジオウが口を開いた。
「――父上、和やかな雰囲気に水を差すようで忍びないのですが、この機会を逃せば次はないかもしれないと思うのです。どうか母上の死の真相について教えていただけませんか?」
ジオウは母がまだ生きているのではないか、という仮説を持っていた。ジオウがまだ幼い頃、「父上、なぜ私とセリンプスには母上がいないのですか?」と質問した。妖精王は自分を見つめる瞳から視線を逸らし、「お前たちの母上は病で亡くなったのだ」と言った。
母が亡くなったのは病のせい。幼い頃は父のその言葉を信じて疑わなかった。だが、母のお墓や命日など母の死に関することを他の者たちに聞いても、いつもはぐらかされて確かなことは分からなかった。
物心ついてからは母の死に対して疑いを持つようになっていた。その疑いの目は父の行動に向けられた。
ある日、ジオウは深夜に目が覚めた。再び眠ろうと目を瞑っても眠れず、眠るのを諦めて外の空気を吸いに出ることにした。
空には美しい満月が煌々と輝いている。その美しさに見とれていると、ふいに森を足早に進みゆく人影を視界に捉えた。
――こんな夜更けに森を出て行くなんて、一体誰だろう?
足音も立てずに人影を追うと開けた場所に出て、そこで初めて影の正体に気付いた。月明りに照らされて姿を露わにしたのは父だった。護衛もつけずに1人で森を出て行く父を訝しく思ったが、最初は重要な任務でもあるのだろうと考えていた。
父への疑念が確信へと変わったのは、父が新月の夜に花束を抱えて森の外に出て行く姿を幾度となく目撃したことだった。
父が抱えていたのはただの花ではなく、結晶花であった。結晶花は妖精の魔力で作られるもので、それは決して死者への手向けとして作られるものではなかった。
その用途はさまざまあるが、主と契りを結んだ者同士の通信手段や生死の確認に使用されている。
――夜更けにわざわざ結晶花を持って新月の日に、父上が度々出かけているのは何故だ? 母上はすでに亡くなっているのに。それとも他に想い人でもいるのだろうか?
いや、父上に限ってそのようなことは絶対にない。母上を愛していた、と父上の側近たちは言っていたのだから。だとすれば……まさか!
ジオウはそれから任務で森の外へ出る度に、母の情報を探し続けた。だが、一切母に関する情報は出てこなかった。
――やはり、父上に直接聞くしか手がないのだな……。
ジオウは妖精王へ謁見を求めたが、多忙故にずっと後回しにされてきた。
そんな時、セリンプスが自分とリビトの仲を取り持とうと何かを企んでいることに気付いた。ジオウは絶好の好機だと考えた。
――セリンプスには悪いが、利用させてもらうとするか。うまくいけば、兄上との関係も修復でき、父上から母上のことを聞き出せるかもしれない。
ジオウはそんな打算もあり、セリンプスの仲直り作戦で一芝居を打ち、皆を己が用意した舞台の上で見事に転がしたのである。
そして今、妖精王がジオウとセリンプスの母である王妃の死の真実を語ろうとしている。
「あぁ、そうであったな。其方たちはもう立派な1人前だ。そろそろ真相を話しても受け止められるであろう」
王は応接間の外で控えていた給仕に紅茶を入れ直すよう指示を出した。給仕の者が部屋を出て行くと、紅茶を1口、2口と啜った後、王妃の死に関する真相を話し始めた。
「――ジオウ、セリンプス、其方たちの母は生きているかもしれぬ」
「……!」
「父上! それはどういうことですかっ!」
「待て待て、話すから少し落ち着きなさい」
セリンプスは興奮のあまり、勢いよく立ち上がったため座っていた3人掛けのソファが大きな音を立てて後ろへずれた。王から注意を受け、曲がったソファの上に大人しく腰を掛けた。
「クララステラ――其方たちの母上は妖精王の妃であると同時に、精霊の祭祀という役割を兼ねていた。
あの日、母上は祭祀者として最後の星祭りに参加したのだ。祭りは滞りなく進められ、後は片付けだけを残していた。私は片付けが終わるまで待つと言ったのだが、母上は多忙で休みなく働いていた私を気遣い、私を先に帰したのだ。
母上には私の側近や精鋭部隊を付けていた。だが、森への帰り道、何者かに襲われ連れ去られてしまったのだ。命からがら逃げてきた者から報告を受け、私はすぐに護衛部隊を率いて母上の探索にあたった。だが、母上の痕跡は一切なく、見つからなかったのだ」
「そんな……母上が! 一体誰が?」
「私は捜索を続けた、そこである組織の名前に辿り着いたのだ」
「父上、その組織の名は?」
「その組織は『カラス』という、魔力の高い人間によって作られた秘密組織だ」
「父上、人間が精霊の血を引く母上の所在を正確に探り当てられる訳がありません。その人間たちを裏で手引きしていた者がいるはずです」
「あぁ、ジオウの言う通りだ。その後、私と長老、信頼できる側近たちだけで慎重に調査を行った。その結果、我が同胞の中に手引きした者がいると分かった」
「父上、それは妖精族の中に母上を売った者がいたということですかっ!」
「セリンプス、落ち着くんだ。紅茶でも飲め――」
「兄上っ、落ち着いていられる訳がございません! 兄上は母上が生きていると知ってらしたのですか?」
「あぁ、確信はなかったが、父上が度々森の外に出ていく姿に気付いていたからな……」
「ジオウ、お前は気付いていたのか? まさか、お前に姿を見られていたとはな」
「私だけ……私は母上が病で亡くなったものと――」
ジオウはセリンプスの隣に座り、顔面蒼白な妹の肩を抱いた。王も娘の顔色の悪さを気遣うように声をかけた。
「セリンプス、お前には衝撃が強すぎたようだ。部屋に戻っていなさい」
「嫌です! 私も最後まで聞きます」
セリンプスの顔は相変わらず血の気が引いたままだったが、その強い意志は瞳を通じて王にも届いていた。
「分かった。私は話を続けるが、気分が悪くなったらいつでも部屋に戻っていいからな」
「はい、分かりました。私のことは気にせず、話を続けてください」
「あぁ、そうしよう」
ジオウは表情も崩さず、冷静に王の話に耳を傾けている。
「母上を売った裏切り者は母上が攫われて間もなくしてから、私に自分の娘を妃に娶れと提案してきた一族の者たちだった。ジオウを精神的に追い詰めたのも奴らだ。母上を売った裏切り者は分かったが、その一族を捕まえられるほどの証拠がなかった。悪知恵の働く連中で、一切証拠を残さなかったのだ。
そこで奴らが尻尾を出すまで泳がせることにした。そのせいで、ジオウには要らぬ辛い経験をさせてしまった――。
それから、私は精霊や信頼できる他の種族長たちの協力のもと、奴らの悪事に加担する者たちを捕らえ、母上の拉致に関わった連中を探し当てた。言い逃れのできない証拠を掴んだのだ。
その証拠をもとに、母上の拉致に関わった連中を追放した。私の権限では一族郎党全員を処刑するまで追い詰めることはできなかった。何より母上の生死が不明であったからな」
「――追放。確かに、追放というのが妖精王の権限でできる最大の処罰だったのでしょうね。私なら、そんな奴らは追放した後、人間に襲われたと見せかけて処刑してしまいますが」
「私も、追放だけだなんて、許せません!」
「――体裁上、追放ということになっているだけだ。戦闘に長けた古くからの友たちは悪事を犯す者が大嫌いでな、同族の中で掟を破った一族が逃走したことがあった。その後、逃走した者たちは1人残らず遺体で見つかったそうだ。これは余談だがな――」
「父上、では――」
「ジオウ、お前もいずれ同じような経験をするかもしれぬな。よいか、悪しき人間と結託し、同族を売る者はまだ生きている。いずれ私の代かお前の代で復讐を謀ろうとするだろう」
「――まさか、私が捕まったのは!」
「断言はできぬ。だが、生き延びた者が今も悪しき人間と結託しているやもしれぬ。だから、これからは今よりも一層森の外へ出る時には注意するんだ。よいな?」
「はい、分かりました。父上のお言葉、胸に刻みます」
母が生きているかもしれない、という父の言葉に、ジオウは希望の光を見い出していた。
――しかし、父上が他種族と協力しても母上の足跡を掴めぬとは……。首謀者は余程、母上のことを見つけられたくないようだな。どうにか母上の情報を探れぬものだろうか。私は父上から禁足を言い渡されているし、諜報活動も禁止された。
母上が生きているのだとしたら、できるだけ早く救いたい! 母上は精霊と妖精族の血を引く者だ、利用価値はいろいろとあるのだろう。だとすれば、やはり生かされている可能性が高い。
諦めずに情報を集め続ければ、母上を見つけ出すことができるかもしれない。だが、どうすればいい? 森を出られない以上、私にできることは無いに等しい。何とか森を出る大儀名分があれば良いのだが……。
そうか! その手があったか。やはりマヤは私にとって天の恩恵かもしれぬな。兄上には悪いが、利用させてもらうとするか――。
******
応接間を出て自室に戻る途中、リビトはマヤの様子が気になり、マヤが休む宿へ向かった。
リビトはマヤが休む宿の扉の前で立ち止まった。マヤが泊まる宿は大きな傾斜のある屋根が印象的な木造の家で、外壁は青々と茂る蔦や葉で覆われている。
森はすでに日が沈みかけているが、窓は暗く明かりが灯されている様子はない。
――マヤは疲れて眠っているのだろうか。今日は朝からいろいろあったから、疲れて寝ていても仕方ないか。寝る前にマヤの顔を一目見ようと思ったが、今日はそっとしておく方がいいかもしれないな。
リビトは別棟の自室に向かおうと方向転換したところで、後ろからカチャリと扉の鍵が開く音が聞こえた。振り返ると、大きな欠伸をしながら、両手を上に伸ばすマヤの姿があった。
「あれ? リビト――。こんな所でどうしたの?」
「いや、お前の様子が気になって見に来たが、明かりが消えてたから寝ているのだと思って、宿に向かうところだった」
「私の心配をして来てくれたの?」
「――いや、まぁ。何と言うか、そうだ、一応俺たちは旅仲間だからな。お前は自己管理が苦手そうだし――俺がしっかり目を光らせていないとだな――」
「そっか……そうだよねっ。私はこの通り元気だよ、今日は朝から心が忙しかったから宿に戻ったらすぐに寝ちゃってたんだよね。あははは……」
「そうか――」
「…………」
2人の間には長い沈黙が続いた。
――思ったより元気そうだな。まぁ、これなら大丈夫そうだな。さて、俺も宿へ戻って休むとするか……。だが、この場を離れるのが名残惜しい、と感じるのは何故だろうか。
その時、静まり返る森の中、腹の鳴る音が響き渡った。
「ぐぅ~」
「…………」
――そうか、マヤは夕食もとらず寝てしまったのか……。
「夕食がまだのようだな? 食事を用意してもらうよう頼んでくるから、部屋で待ってろ」
「えっ、あっ――、うん」
――遠慮してるのか? マヤの様子がいつもと違う気がするが……。まずは食事だな、その後で話を聞いてみるか。
「ではお食事がお済みになられましたら、外に置いてあるカートへ食膳をお戻しください。後ほど回収に参ります」
リビトとマヤが感謝を述べると、給仕の者は微笑んでから宿を後にした。
リビトとマヤは、マヤが泊まる小屋の居間でテーブルを挟み、向き合う形で座っている。
「わぁ! 美味しそう、いっただきまぁ~す!」
マヤは目の前のご馳走に瞳を輝かせている。今夜の食事は野菜のパイ包みや煮込みスープ、白身魚のソテー、朝どり野菜サラダの果実ソース添え。いずれもマヤが特に美味しいと喜んでいた料理を頼んでおいた。
リビトは、幸せそうに料理を頬張るマヤの顔を見て安堵していた。
「急いで食べると咳き込むから、ゆっくり食べろよ」
「うん! 大丈夫っ! ケホッ、ケホッ」
「お前、言ったそばから――」
マヤは緑茶を美味しそうに啜っている。はじまりの森では紅茶を飲むのが主流だが、妖精の森には大陸中から珍しい飲み物が集まるという。マヤはその中でもこの緑茶が気に入っている。
リビトが初めて緑の飲み物を見た時、思わず顔を大きく歪めた。その緑色が苦い薬草汁を想像させたからだ。マヤはその飲み物の香りを嗅いで迷いもなく1口啜ると、「緑茶だ! 懐かしい!」と言って非常に喜んでいた。
マヤが美味しそうに飲んでいるのを見て、リビトも緑の飲み物に興味を引かれ、1口飲んでみることにした。すると、薬草汁とは違い、苦味がなく、すっきりと爽やかな味が口内を満たした。それ以降、リビトは毎食のように紅茶の代わりに緑茶を淹れてもらっている。
リビトは人間ほどお腹は空かない。はじまりの森では1日1~2食とるのが基本で、食事をする時間や回数は人によって異なる。朝食と夕食をとる者もいれば、夕食のみをとる者もいる。
食事の回数は、はじまりの森だけの習慣ではなく、マグス全体に共通する認識であった。大昔は妖精族のようにほとんど食事をとらないのが基本で、普段口にするのは水分や果実などだ。
食事をするのは豊穣を祝う星祭りや婚礼をはじめとする祝いの席だけである。種族長は他種族の婚姻や子が一人前になる成人の儀で祝い膳でもてなされるが、形式上のことで食事には手を付けず、酒だけを飲むのが習わしである。
一方、マヤは人間で1日2~3食とらなければならない。1食抜くと腹の音が、栄養補給を促すように鳴り響く。
リビトは1日1食でも十分な体のつくりをしている。だが、説明したところで、1日3食しっかりとるマヤには納得してもらえない。リビトは気にせず食べろと言っても、自分だけ食べるのを気にして食事を控えようとするため、旅を始めてからは特に、マヤが食事をとるタイミングに合わせて一緒にとることにしている。
「あぁ~、お腹一杯。今夜は私の好きなメニューばかりだし、とっても美味しかったぁ」
マヤは腹が満たされて満足した笑顔になっていた。リビトはマヤの笑顔に釣られるように口角を上げた。
「これも飲め」
リビトは食後にハーブティーを2人分淹れ、ティーカップの1つをマヤの前に置いた。
「リビトが淹れてくれたの?」
「あぁ、茶を淹れるのは俺の方がうまいからな」
「えぇ~、私だって最近はサーティスに教えてもらってるから、自信あるんだけど」
「それなら、次はお前が淹れてくれ」
「えっ、うん。――負けないから!」
「負けない、って。茶を入れるのは勝負じゃないだろう」
「私もしてみたいんだもん、真剣勝負! だって、今日のリビトは凄く格好良かったからさ。まぁ、あの後ジオウ様といろいろあって、胃がキリキリしたけど……。でも、何かを真剣になれるって素敵じゃない?」
「…………」
リビトは言葉を失っていた。
――茶の話からどうして真剣勝負の話になるんだよ。それに、俺が格好いいって……。わざとジオウに負けたとはいえ、両膝をつく無様な姿を見せたから気にしていたんだが――。マヤは俺を格好いいと? そうか、マヤの目には俺が格好良く映っていたということか。そうか、そうだったのか……。
「――ビト、リビト。ねぇ、リビトってば!」
「えっ?」
「リビトったら、何ぼーっとしてるのよ」
「いや、何でもない――」
マヤがリビトの顔をじっと眺めて、何か考えている。
「リビト、顔赤いけど。まさか……熱があるんじゃない?」
「……!」
マヤが自分の手をリビトの額に触れようとした時、リビトがその手を軽く払った。
「ちょっと、熱を測れないじゃない。大人しくしていなさいよ」
「熱なんかない。俺の体はそんなに脆くない」
「だって、顔が赤いじゃない――」
「大丈夫だ。俺は部屋に戻る。お前もさっさと寝ろよ! じゃあな」
「あっ、ちょっと、リビトっ!」
リビトは逃げるようにマヤの部屋から出た。
マヤが自分のことを「格好いい」「素敵」だと言っていた言葉を思い出すと、また顔の温度が上がった。
――何で急に全身が沸騰するように熱くなったんだ? それに、マヤは何で俺の顔を触ろうとしたんだ? あいつは誰にでもあんな風に触れるのか? 何だか無性に腹立たしくなってきた――。どうも最近、マヤといると調子が狂うことばかりだ。俺はどうしたんだ……。
「あぁー! こんな時は素振りに限るな。早く部屋に戻って素振りでもするかっ」




