34.妖精王の妃(後)
本日、2本目です。
「父上、それで母上をどうやって説き伏せたのですか?」
セリンプスは父の方へ体を向け、両手を胸の前で繋ぎ、大きな瞳を輝かせて父の言葉を待っている。
「妻――クララステラは何度も私の申し出を断ってきたのだ」
「父上、母上に嫌われるようなことでもしたのですか?」
「ジオウ、私を何だと思っているのだ?」
「いえ、母上はとても穏やかでやさしい方と伺っています。そんな母上が父上の申し出を断るのには余程の理由があるのではないかと」
「父上、もったいぶらずに教えてくださいませ!」
王は事の詳細を話し始めた。
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「何故だ? 私のどこが気に入らないのだ? 私の顔か? 顔なら其方の方が美しいぞ。それとも妖精王の妃となるのを気後れしておるのか? 其方は私の横に座り、笑顔を振りまいていればいい。もしや住まいか? 妖精の森の王宮が気に入らないのなら、全て新しく作り変えればいい。其方の希望を聞いてやる。他にも何か気になることがあるのなら、私に話せばいい」
「はぁ――。アルクレイ様、あなたは本当に無神経な方ですね」
「えっ? クララステラ殿――?」
「これまで大人しく話を聞き、角が立たぬよう何度も、何度も丁寧にお断り申し上げましたのに。もう我慢なりません! この際、はっきり言わせていただきます!」
天女の如く、妖艶な舞を踊っていた美しい少女の顔が一転し、まるで全身が炎に包まれているような赤いオーラを纏い、麗しい大きな瞳は細く吊り上がっている。鬼の形相とはこのような者の顔を言うのではないか、とアルクレイは思わず後ずさりをする。
「アルクレイ様、あなたは私の意思も聞かずに妻になれとおっしゃいましたが、私は一言もあなたの妻になるとは言っておりません! 妖精王としての面目もあるのでしょう。1度や2度までなら分かります。
ですが、毎日のように前触れもなく会いに来て『妃になれ』というのは些か無礼ではありませんか! 私は妖精族の血を引く精霊ですが、妖精王の配下ではございません。配下に指図するように命じるような言い方をなさるのは今後一切お止めくださいませ!!」
「王は今日も断られたのでしょうか?」
「あの様子を見れば説明は不要じゃろう。そんなことお主も分かり切っていることではないか」
「そうなのですが……でも今日の王はいつになく落ち込んでいるようではありませんか?」
「差し詰め、クララステラ殿の堪忍袋の緒が切れたのであろう」
「あぁー、本当にあのような美しい御方が鬼のような形相に変身するのでしょうか?」
「お主も知っておろう。精霊が本気で怒ると、誰も止められなくなると」
「はい――何だか、王が気の毒で見ていられません」
「暫く放っておくしかあるまい。私は少し出かけてくるから、後は任せたぞ」
「えっ? 長老、どちらへ?」
「お前が気にするようなことではない」
「長老~、私を1人で残さないでくださいよ~。王の怒りを鎮めるのは私1人では難しいんですから……」
王の側近の悩まし気な言葉は長老には届いていなかった。
「お忙しい中、このような老いぼれにお目通りくださり、ありがとうございます」
「いいえ、妖精族の長老様、頭をお上げくださいませ」
「礼を言いますじゃ」
「それで本日はどのようなご用件でいらしたのですか? もしや――」
「えぇ、貴方様のご察しの通りの用件で参りました」
「その件でしたら――」
「いえ、妃となるお話はすでに何度もお断りいただいております。その件はもうお忘れくだされ」
「えっ? では話とは?」
「妖精族を代表して王の非礼をお詫びに参ったのです」
「……」
「王とはいえ、数々のご無礼をお詫び申し上げます。この通りでございます」
「長老様っ! お止めくださいませ! 長老様が頭を下げることはございません。それに私も昨夜は少し言い過ぎてしまいましたので――」
「貴方様は誠に心の広い御方ですな。詫びを受け取ってくださるなら、少しだけ老いぼれの昔話にお付き合いくださいませぬか?」
「昔話、ですか? 聞くだけでしたら構いませんが」
「ありがとうございます。それでは少しだけお付き合いくだされ。
私が王として妖精族を束ねていた頃のことですじゃ。私の息子は幼い頃に病で亡くなり、その後も男児に恵まれませぬでな。王として次の後継者を選ぶ必要があったのじゃ。候補は何人かおったのじゃが、ただ1人群を抜いて優秀な若者がおりました。それが現王の父親でした」
「…………」
「美しい容姿もさることながら、魔力の器も大きく、人望も優れておりました。皆が次期王と納得する者だったのです。王太子となり、同族の妃を娶るとすぐに元気な王子が生まれました。家族ができ、これからという時でした。その後間もなくして、人間と結託した逆賊が民を惑わし、多くの者が奴隷商人の手に落ちたのです。
それを知った王太子は戦闘に長けた者たちを連れて、少数精鋭で見事に捕らわれた民を救出したのじゃ。王太子は自ら殿を申し出て、民たちが逃げる時間を稼いだのじゃが、運悪く魔力の高い人間と対峙し、無残にもその場で命を奪われてしまったのです」
「……そんなっ」
「その戦いで妖精族が失ったのは未来が明るい王太子1人でした。救った民や配下の者はただ1人も欠けることなく無事に戻ったのです。私はその知らせを聞き、落ち込みました。それは単に次期王に相応しい後継者を失ったという話だけではないのです。多くの者たちから尊敬され、人望を集めていた――その者が亡くなるということは妖精族の未来を大きく揺るがしかねない事態でしたのじゃ。
その後、私は後継者に王太子の嫡子を選びました。乳離れもせぬうちに父親を失い、幼い頃からずっと父の愛情を知らずに育ってきたのです。私は王太子に代わり、その子を我が子のように厳しく育ててきました。じゃが、私はその子にずっと王太子の姿を重ねておったのです。
『なぜお前の父のようにできぬ?』『これくらいお前の父はあっという間にできたぞ』私はずっとそのような教育をしてきたのです。あの子は父親に似てとてもやさしく、自分以上に他の者のことを考えていました。
あの頃の私はずっと恐れていたのです。かつての王太子のように他の者を一番に考えすぎれば、この子も自らの命を落としかねないと」
クララステラは黙って長老の話に耳を傾けていた。
「あの子を王太子に指名した後はそのやさしい性格を変えねばならないと考え、私は『王は自分の命を第一に考えねばならぬ』『配下の者は王を守るためにある』のだと教え続けました。あの子はきっと頭の中が混乱していたことでしょうな。
前王太子妃、あの子の母親から『あの子の長所を奪わないでくれ』と嘆願されたこともあったが、私は一切聞く耳を持たなかった。二度とあのような悲劇を起こしてはならぬ、と私は思い込んでいたのです。
それからというもの、あの子は私に反抗することはなくなった。私が想像した通りの立派な王太子となったのです。だが、1つだけ誤算があったんじゃ。貴方様もお分かりの通り、『自分を最優先にしろ』と教え続けたことで、他の者の気持ちに疎い男になってしまった」
「…………」
「森の外での任務も経験するようになってから、少しは気遣いもできるようになったのじゃが、長年教え込んだ気質というものは厄介でな。元々生真面目な性格故、ほどほどというものの加減が下手でな。これと思ったものは誰に反対されようとも自ら突っ込んでいくし、気に入ったものは誰に否定されようと決して諦めぬのですじゃ。何とも扱い辛い王太子に育ってしまったものです」
「うふふふ」
クララステラは長老の嘆きを聞いて、思わず笑ってしまった。すぐに「失礼しました」と言い、口を噤んで聞き手に戻った。
「クララステラ殿、王の妃になってくだされ、とは申しませぬ。じゃが、王の無礼な振る舞いは幼い頃から教育してきた、この老いぼれの責任でございます。何卒私に免じて、王を許していただけませぬか?」
「長老様! 頭をお上げくださいませ。事情は分かりました。種族は違えど、後継者を育てる難しさは私もそばで見聞きしていましたから理解できます。妖精王にそのようなご事情があったとは知りませんでした。長老様がお話くださって良かったと思っています」
「ありがとうございますじゃ。では、この件はここまでということで、全て水に流していただけますかな?」
「――そ、そうですね」
「ではこれ以上長居はできませぬな、そろそろお暇させていただきますじゃ――」
「あの!」
「はて? 何か言い忘れたことがございましたかな?」
「いえ、その――」
クララステラは何か言いたそうだが、何故か言うのを躊躇している。長老の口角が一瞬だけ上がったが、クララステラはそれに気付くことはなかった。
「では、私はこれで――」
「待ってください!」
「……」
「――私、妖精王の妃の申し出をお受けいたします」
「何と?」
長老はクララステラの言葉を聞くや否や破顔した。
「それは実にめでたい! そうですか、クララステラ殿が王の妃に! ではさっそく王にその旨を伝え、契りの儀式の準備を進めますじゃ」
「あの! 1つだけ条件があります」
「うむ、その内容によりますが、どんな条件ですかな?」
「私は妖精王の妃となるのですから、王と同等の発言力をお許しいただきたいのです!」
「王と同等の発言力――うむ、これは少々大きく出られましたな」
長老の顔は影を落とすように鋭い眼差しへと変わった。クララステラは言葉足らずで己の言葉が正しく伝わっていないのだと分かり、説明しだした。
「いえ! そうではありません。王と同等の権力が欲しいと言っているのではありません! ただ王に私の意見もしっかりと聞き入れて欲しいのです。先ほど長老様は王が他の者を気遣う気持ちが薄れた、とおっしゃっていました。
妃として王をしっかりとお支えするつもりです。ですが、家族となるのですから、私にもこれから生まれてくる子どもたちのためにも、妻としての意見を取り入れて欲しいのです。夫婦とは互いに話し合って決めていくものだと聞いています。森のことは王がお決めになればいいですが、家族のことは夫婦2人で話をして決めたいのです。
これは私の我儘かもしれませんが、これだけは私も引けません。こんなことを言うのは欲張りでしょうか?」
「あっはっはっは! あぁ、失礼いたした。そういうことでしたか、クララステラ殿のおっしゃる通り、家族のことは夫婦で話し合うのがよいですじゃ。その条件、しかと聞き届ましたぞ。必ずや王にお伝えいたします」
「ありがとうございます!」
「えぇ、では、今後のことはまた改めて使者を遣わせます。本日はいい話ができて良かったですぞ、クララステラ殿」
「長老様、こちらこそ若輩者ですが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
こうして妖精王と精霊の娘クララステラは夫婦の契りを交わした。
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「父上、本当に今話したのが母上を落とした決め手だったのですか?」
「ジオウ、お前は何故私の話を疑うのだ?」
「父上にしては美談すぎるのではありませんか?」
「何を言う! 父を馬鹿にしおって」
「父上がそんなに情熱的な方だとは知りませんでしたわ。母上はそんな父上の説得に応じて契りを交わしたのですね」
「――あぁ、そうなのだ。クララステラは私に惚れておったからな!」
――どこでどうやって話が脱線してしまったのか? 今更本当のことは言えぬな。まさか長老が謝罪と見せかけてクララステラを説得してくれていたなどとは。彼女が今ここにいなくて本当に良かった。きっと今の話を聞いたら、あの時のように、それはそれは恐ろしい顔になっていたことだろう。




