34.妖精王の妃(前)
本日も2本に分けて更新いたします。
リビトが自室に戻ると、応接間には妖精王とジオウ、セリンプスの3人だけとなった。久しぶりに親子水入らずだ、と皆笑顔である。
「父上、私、母上のことをほとんど知りません。これまで母上のことを話す機会がなかったものですから……」
「セリンプス――そうであったな。母上はお前たちが幼い頃に……」
「その、父上と母上の出会いについて教えていただけませんか?」
「私とクララステラの出会いか――」
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「王よ、そろそろ妃を娶り、跡継ぎを設けなければなりますまい」
「長老、私は噂に違えず冷酷無比な王だ、妃を名乗り出たい者がいる訳がないではないか」
「――王、誰か心に留め置く女子はおりませぬのか?」
「いる訳なかろう。私は日夜政務に追われているのだからな」
「困ったものですな」
長老は大きな溜息をついた。すると、王の側近が進言を願い出た。
「王、明日は精霊の森で豊穣を祝う祭りが開かれるそうです。そこには見目麗しい女子の祭祀者がいるという噂を耳にしました。せっかくですから、気分転換も兼ねて参加されてはいかがでしょうか?」
「精霊の星祭りじゃな? うむ、それは良いかもしれぬな! 王よ、ぜひ参加しなされ」
「長老、相手は精霊だぞ? 精霊はマグスと契りを交わさぬであろう」
「祭りには他の種族長やその子らも参加するんじゃ、王のお眼鏡に合う者が1人くらいはおるだろう」
精霊の星祭りとは星供養のことで、1年間の加護を星に感謝する儀式をいう。精霊はルーディス全体の祭祀を司っており、マグスも人間も全ての生命に対する加護への感謝や祈祷を行うのが太古からの役割となっている。
マグスと人間が共存していた頃は人間を含む各種族の長が精霊の森に集まり、星祭りを行っていたが、マグスと人間が争うようになってからは人間は自分たちの都合の良い儀式を自分たちだけで行うようになったのだ。
「分かった。気は乗らないが、先王殿がおっしゃるのだから断りはせぬ」
「王! 儂は隠居の身、決めるのは王である其方ぞ!」
「ただの戯言だ。分かっている故、そう怒るな。血が頭に上りすぎると寿命が短くなるらしいぞ」
「――誰のせいじゃ」
「ん? 長老、何か言ったか?」
「いえ、何でもございませぬ」
精霊の森は妖精の森とはじまりの森のちょうど中間地点にある。人間はもちろん、マグスも勝手に入れない神聖な森で、奥には太古から生い茂る原生林がある。その景色は今もなお変わらないと言われている。
精霊は木や花、土、川などの自然に宿る生命エネルギーのようなもので、霊力の高い精霊は人型や羽根を持つ妖精の姿に変身できる。精霊は感情も肉体も持たないため、マグスや人と交わることはないとされている。だが、一説では妖精族と交わった精霊の末裔が存在するとも言われていた。
「妖精王様、よくぞお越しくださいました」
「あぁ、急な参加で申し訳ない」
「とんでもございません。我等精霊は妖精王のおかげで安寧な暮らしを築けております。妖精王でしたら、いつでも歓迎いたします。皆、妖精王にお目にかかれるのを楽しみにしておりますよ」
「それは良かった。今日は祭りを楽しませてもらうとしよう」
「えぇ、ぜひ楽しんでいってくださいませ」
星祭りには各種族から長が代表として参加する。今回参加するのは、マグスの王族であるスノボマーモー、小人のプエリ族、エルフのデライヤダリス族、獣の姿をしたベスティア族、ドラゴンのドラコニス族、そして精霊王と妖精族だ。女神の一族のデア族は長いこと消息不明である。
「アルクレイじゃないか、祭り嫌いのお前が顔を出すなんて珍しいな」
「スノー、別に私は祭り嫌いなのではない。私の顔目当てに寄ってくる輩の相手が面倒なだけだ」
「あははは、確かにな。それなら今日はどういう風の吹き回しだ?」
「長老や側近たちがいい加減に妃を娶れと急かすのだよ」
「妃と祭りにどんな関係があるんだ?」
「側近が今回の祭祀者が美しい女だと言うのだ」
「あぁ、そういうことか。確かに、祭祀殿は美しい女子だったな」
「スノー、お前まさか――」
「冗談はよせ。俺には最愛のリビアがいるんだ。俺の妻はリビアただ1人だ」
「そうだな。お前が重婚などできる訳がないか」
「祭祀殿は前回も同じ者でな。私以外、皆その者の美しさに目を奪われていたな」
「へぇー、私よりもか?」
「アルクレイ……全くお前って奴は。せいぜい自分の目で見て確かめるんだな」
星祭りでは大きな松明は灯さない。明かりは夜空に輝く星と月明り、足元を照らす小さなランタンだけである。小さな松明で囲われた中には石の祭壇が設けられている。
各種族長や代理の者、祭りの賑わいを楽しみたくて付いてくる供の者たち。大きな輪を作るように各種族の代表者が設けられた木の椅子に腰を掛け、それぞれが笑顔で会話を楽しんでいる。
鼓の音が祭祀開始の合図。皆が口を噤み、息を殺すように静まり返った。鼓の音に竹笛の音色が重なって響き渡る。皆で作った輪の一部が左右に分かれ、祭祀者が現れた。
妖精王たちがいるのは祭祀を行う者が現れた場所の反対側だったため、祭祀者の顔は分からなかった。祭祀者は一段高くなった祭壇の中央に立ち、両手に携えた若木を天高く上げながら、何やら祈りのような言葉を唱えている。
アルクレイは祭祀者が何を言っているのかは分からなかったが、その美しい旋律に耳を奪われていた。
――実に美しい声だ。繊細でありながらも、芯の強さも感じられる。私の中の警戒心が溶けて消えていくようだ。胸の奥底へと侵入されているのに全く嫌な感じを受けない。むしろこのままずっと聞いていたいと思うくらいだ。このような心地いい響きは聞いたことがない。この声の主は一体どのような女子なのだろうか。
祭祀者は祭壇を下りると同時に、鼓と竹笛の演奏者と踊り子たちが祭壇を囲うように並び、演奏が始まると、踊り子と共に祭祀者の舞が始まった。
すると、合わせたように祭りに参加した皆が手を叩き始めた。隣に座る友も楽しそうな笑顔で手を叩いている。友に倣い、アルクレイも手を叩くことにした。
祭祀者は舞を踊りながら、祭壇の周りを移動していく。アルクレイは心なしか、少しずつ祭祀者との距離が縮まっていくことに期待が膨らんでいった。
祭祀者が近づくにつれて、その容姿の細部が明らかになっていく。金に輝く髪は腰よりも長く、若草色のリボンを髪に絡めるように結んでいる。所々に紫の花が飾られていた。上衣と下衣は麻のシンプルなものだったが、袖や裾には若草色や緋色のリボンが縫い留められていて華やかさがある。
アルクレイと祭祀者の距離がさらに近づくと、アルクレイはその者に目を奪われていた。肌は白く透き通っており、瞳の色は高貴な雰囲気を纏う紫色。舞を踊りながら微笑む顔は見る者たちの心を奪っていった。祭祀者を目で追う者たちは呆けたような顔をしている。アルクレイもまたその1人であった。
――美しい。私は心から美しいと感じる者に出会ったのはこれまでで一度もなかったが、この者の美しさは本物だ。奥ゆかしさの中に見え隠れする妖艶さが私の目と心を奪っていくようだ。
祭祀者は、アルクレイが手を伸ばせば届きそうな所まで来るとその場に留まり、これまでと違う舞を踊り出した。舞が終わるとアルクレイの元へ歩みを進めていく。アルクレイの目の前で止まると、両手に携えていた若木を空高く上げてから下ろし、アルクレイの右肩、左肩、頭上の順に若木の葉で撫で終えると笑みを1つ落として、再び舞を踊り出して演奏者と踊り子たちと共に祭場を後にした。
アルクレイは未だ悦に浸っている。冷酷無比と呼ばれる王の威厳はどこかへ吹き飛んでしまっていた。マグスの王は最初こそ隣に座る友の呆けた顔を見ては揶揄っていたが、アルクレイの反応が思った以上に薄かったため途中から話しかけるのを諦めた。
祭祀者の舞が終わると、祭場の空気は浄化されたように澄み切っていた。多くの者が夢うつつの心地良さに浸っている。暫くすると、精霊たちによって酒や果実などが運び込まれ、宴会へと移った。夢から現実に引き戻された者たちから酒や食べ物に手を付けていった。
「おい、アルクレイ!」
「んっ? 何だ大きな声を出しおって」
「お前ときたら、呆れて物も言えないな」
「何のことを言ってる?」
「いや、何でもないさ。さぁ、今日は祝いの席だ。お前も酒を飲め」
「――あぁ」
アルクレイは祭祀者が姿を消した方向をじっと見ながら、酒器を口元に傾けた。その後、祭祀者の姿を見ることはなかった。
アルクレイは行動が早かった。星祭りの翌日、長老と側近を王の間に集め、命令を下した。
「私はあの祭祀者の女子を妃に迎える! すぐに調査と契りを結ぶ儀式の準備を始めよ」
「王よ、妃を迎えるにしても事を成すには順番というものがある。先方の意思も聞かねばならぬしな」
「私は妖精族の王だ。私が妃にすると決めたのだ。それにあの者は私に特別な感情を持っている。私と契りを結ぶことを断る訳があるまい」
「王、なぜ祭祀者の女子が王に特別な感情を持っていると分かるのですか? 確か、祭祀中は言葉を交わすこともできないはずじゃが――」
「よいかお前たち、あの者は多くの者たちの前を素通りする中、私の前で止まり、私の為だけに特別な舞を踊ったのだ。私の目の前まで来て微笑んでから去って行ったぞ。きっと私の虜になったに違いあるまい!」
「王、それは――」
側近が祭祀者の取った行動について説明をしようとしたところ、長老が制止した。長老はニヤリと怪しげな笑みを浮かべながら、口を開いた。
「では王よ。さっそく祭祀者の身元を調べさせ、私が王との契りの話をつけて参りまする」
「長老がわざわざ出向くことではあるまい。他の者に任せよ」
「はい、承知いたしました」
「長老様、祭祀者の身元を調べ、契りの話をしてきたのですが――」
「それでどうなった?」
「実は――」
「うむ、まぁそうであろうな」
「長老様、こうなるとお分かりだったのですか?」
「そうじゃな。あぁ、お前はもうよい、後は儂に任せなさい」
「長老様~、恩に着ます!」
「早く下がっておれ」
長老に報告した王の側近は音もなく、その場を走り去って行った。
「王、契りの件でお話がございます」
「おぉ、そうか。儀式の準備を進めてくれ」
「王、祭祀者殿は王の妃にならぬと言っておりますぞ」
「はっ? 長老、もう一度言ってくれ」
「祭祀者殿は王と契りは結ばぬと申しておりますぞ」
「な、何故だ! あの者は私を好いているはずだ」
「王、祭祀者殿が王の前で舞を踊ったのは、星祭りに初めて参加する者へ行われる儀式の一環だそうじゃ」
「そんな訳がない! 私以外の者の前で舞を踊っていなかった。あれだけ多くの者が集まっていれば、誰か他にも初めて参加する者がいるはずではないか」
「そうではありませぬ。儀式を行うのは種族長のみです。スノボマーモー様にその話をしなかったのですか?」
「いや、聞いていない。それに、スノーは舞のことは何も言っていなかったぞ」
その時、アルクレイは自分が祭祀者に見惚れている時、隣で何やら騒がしかったのを思い出したが、記憶を辿っても友が何の話をしていたのかは分からなかった。
「やれやれ。王、どうするおつもりか?」
「うっ……うむ、ならば私が自らあの者と会って話そう」




