33.王の告白と和解
応接間は妖精王の登場により、いつになく緊張感の走る空気へと変わった。暴走したと思われたジオウはすでに冷静さを取り戻し、表情もなくソファに大人しく座っていた。
ジオウの従者は主を心配そうに隣へ視線を向けている。
マヤは顔色の悪いリビトが気になったが、この場ではとても話しかけられる雰囲気ではない。仕方なく、顔を正面に戻すが、視線の行き場を失い、俯いていた。
セリンは王女の風格というものだろうか、凛とした表情でソファに腰掛けている。
「皆に聞いてもらいたい話がある。少し長くなるが、私が話し終わるまで黙って聞いていてほしい」
妖精王が沈黙を破り、落ち着いた口調で話し始めた。
「さて、どこから話せばよいものか……。そうだな、順を追って話すとしよう」
王はまるで誰かと相談でもしているかのように独り言を呟いた。皆の視線が王へと集まったところで、王は再び口を開いた――。
「リビトにはすまないことをしたと思っている」
「…………」
「ジオウ、リビトは何も悪くないのだ。悪いのは全て、この私だ――」
******
数十年前――。
「王、最近ジオウ殿下の悪評が広まっております」
「何だと? どんな話だ」
「はい、それが――。殿下が半端者の半魔人にも勝てない愚か者と……」
「それなら私が先日、緘口令を敷いたであろう。私の命に逆らった者がいたのか? すぐに連れて参れ! 私がその者に裁定を下してやろう!」
「王、お静まりください。事はそう単純なものではございません」
「それはどういう意味だ?」
王は側近から事の詳細を聞いた。
「ジオウは悪評を耳にして自室で籠っていると……」
「はい、リビト殿も説得に当たってくださっているのですが、殿下が聞く耳を持たず――」
「ジオウは頑固なところがあるからな――。一体誰に似たのやら」
側近はじとりと細い目を王へと向けている。
「――何が言いたい」
「いいえ、何も」
「ならば、その目は何だ?」
「王、今はそんなことを話している場合ではございません」
「そんなこと……まぁ、確かにそうだな。ジオウの方が最優先だ」
「早急に策を練らねば、殿下の土台を揺らしかねません。決してそのようなことがあってはならないのです」
「分かっておる。だが、私が一喝したところで、失った自信が戻る訳でもなかろう」
「はい、そうなのです――」
その時、王の間の護衛にあたる者が報告があると、王の許可を得てから中へ入ってきた。
「失礼いたします。王、リビト殿が面会を申し出ております」
「リビトが? よいよい、すぐに通せ」
「はっ、お通しせよ」
護衛はリビトと入れ替わりで王の間を出て行った。
リビトは片膝をつき、胸に片手を当てて最敬礼を行った。
「妖精王、面会の許可をいただきましてありがとうございます――」
「よいよい、お前と私の仲だ。堅苦しい挨拶はせずとも良い」
「ありがとうございます」
「それで私に何か話でもあるのか?」
「はい、ジオウ殿下のことです」
「何か妙案でも浮かんだのか?」
「正直なところ、殿下にとって良いことかどうか判断し兼ねております」
「とりあえず話を聞かせてみよ」
「はい」
リビトの提案はジオウに鍛錬を積ませた上でリビトと再戦させて、引き分けに持っていくことだった。
魔力の差はそれほど大きくはないが、リビトはジオウよりも戦闘向きの体格、筋力、スピードを持ち合わせていたため手加減は必要になる。そこは戦いながらリビトの判断任せになるのだが。
鍛錬の成果としてリビトに引き分けたとなれば、ジオウの自信回復に繋がるのではないか、とリビトは考えたのだ。ジオウの成長スピードに合わせながら、時折リビトが負けるという話だった。
「ですが――」
「リビト、お前はジオウの友として手加減することに忍びないのだな?」
「はい、体格差やスピードなど差があるとはいえ、万が一殿下がこのことを知ったら、今以上に傷つくのではないか、と――」
「ならば、気付かれぬよう、お前がジオウを導いてやればいい」
「私が殿下を導く、ですか?」
「あぁ、師匠が弟子に教える方法は人によってさまざまだ。厳しく指導する者もあれば、弟子のレベルに合わせてやさしく教え導く者もいる。お前は後者のようにジオウを教え導いてやればいいのではないか? 物は考えようとも言うだろう」
「私に、そのような大層なことができるでしょうか?」
「ジオウはお前を実の兄のように慕っておる。お前の言葉であれば信じるであろう。どうだ? 私からもぜひお前に頼みたいのだが、引き受けてくれるか?」
「――はい、ジオウの成長と自信回復のために、精一杯やりたいと存じます!」
「よう申した! ならば、これに関する全ての責は私が負う。リビトよ、妖精王が命じる。次期妖精王である王子ジオウの自信を回復させ、成長させてみせよ! 手段は選ばぬ」
「はい! 王命を承りました」
******
「後はお前が知っての通りだ。リビトはうまくお前を教え導いていた。お前がスノーと私の会話を聞いていたとは――。私の落ち度だな。リビト、すまなかった」
「妖精王、頭をお上げください! 王が私に頭を下げることはございません。それに、私が始めたことでございます」
「礼を言う。だが、言ったはずだ。全ての責は王である私が負うとな」
「それは……」
「――父上、まだ私の質問に答えていただけておりません」
「分かっている。お前は私に言ったな、自分だけが蚊帳の外だと。私はそんなつもりはなかったのだ。ただ、お前を守りたかっただけだった」
「私を守る? 守りたかったのは私ではなく、王太子という存在だったのではないのですか?」
「ジオウ!」
「兄上は黙っていてください。私は父上と話しているのです」
「――私の言葉が信じられぬか? お前には私が保身のために愚かなことをリビトにさせたと思っているのか?」
「違うのですか? でしたら、私にも分かるように説明してください」
妖精王の威厳ある強い光を放つ瞳は大きく揺れ、やさしい光へと変わった。ジオウとセリンを順番に見つめ、大きな溜息を吐いてから再び口を開いた。
「――私はお前たちの母を心から愛していた。妃を失った私は失意の底に落とされたのだ。執務はこなしていたが、1人でいる時間は恐ろしく長く感じたものだ。まるで監獄の鎖にでも繋がれた気分だった。睡眠も浅く、未だに悪夢に襲われる。
愛する妻を失って、どうやってジオウとセリンプスを育てていけばいいのか分からなくなったこともあった。あの頃の私は自分のことで精一杯で、幼いお前たちへの配慮が欠けていたと思う。
お前たちは本当に妻と似ているのだよ。其方たちの顔を見るのが辛い時期もあったくらいに――。
妻は子どもの扱いをよく心得ていた。お前たちがまだ赤子の頃、私が抱くと大泣きしたが、妻がお前たちを抱くとすぐに泣き止み、安心してすぐに寝てしまったものだ。父である私の尊厳は見事に打ち砕かれたよ」
セリンは「うふふ」と楽しそうに小さく笑った。マヤは部外者の自分が笑うのは避けた方がいいと判断し、作ったような笑顔を必死に貼り付けていた。
ジオウとリビトは黙って王の次の言葉を待っている。
「妻がいなくなった時、ジオウは会話もままならない年齢で、セリンプスはまだ赤子だった。私は妻に代わり、お前たちを必ず立派に育て、守り抜くと誓ったのだ。
だが、ジオウが成長するにつれて、妖精族の古狸どもが事あるごとに魔力の高い妃を娶れ、と進言してくるようになった。私は妻以外に妃を娶るつもりはない、と断言した。
暫くは古狸どもも大人しくなったが、ジオウの魔力の器が私に及ばないと分かると、何かにつけて後継者に相応しい王子を別に立てるべきだと言い始めた。まぁ、すぐに力で捻じ伏せてやったが、あやつらは一向に諦める様子がなかった」
マヤは不穏な話題になり、自分がこの場にいていいのか不安な気持ちになった。とはいえ、王の命令でここにいるのだから、勝手に出て行くことは許されない。平常心を保っているように、見せかけの表情を必死に作る。
「あやつらはリビトの存在を利用して、ジオウを王太子の座から引きずり下ろす好機と捉えたのだろう。そこで鍛錬の一環としてジオウとリビトを戦わせ、リビトが勝利すると、ジオウの悪評を広めたのだ。
私も長老もできる限り策を講じたのだが、あやつらは悪知恵だけは働く連中でな。まんまとジオウを追い詰めることに成功したという訳だ。
だから正直、リビトには悪いと思ったが、お前の提案を受け入れたのだ。やり方は褒められたものではないが、他に策がなかった。早々にジオウの自信を回復せねば、妃を宛がわれそうでな。
妃を娶るくらいは大したことはないのだが、妃として娶れば子を成さない訳にはいかぬのだ。王子が生まれれば、あやつらはその王子を後継者に、と進言してくるだろう。それだけは避けたかったのだ」
「では、その時私に、正直に話してくだされば良かったではないですか――」
「お前はあの時、誰の話にも耳を貸さなかったではないか」
「ですが!」
「話したところで、お前はあやつらの言葉を真に受けて、王太子の座を簡単に明け渡したのではないか?」
「――それは!」
「ジオウ、王とは魔力が高ければ良いという訳ではないのだ。王の素質は魔力の高さよりも、民を慈しみ、共に生きていくという強い信念を持つことの方が大事だ。
私は、お前が私の息子だから後継者に選んだ訳ではない。お前はまだ若く、経験も乏しいが、皆を導く者としての素質があると思っている。だから、私はお前を後継者に選んだのだ」
「――父上、申し訳ありませんでした。父上のお気持ちも知らずに……、私は愚かでした」
「ジオウ、謝らねばならないのは私の方だ。お前ともっと正面から向き合うべきだった。私は妻を失った悲しみにどっぷり浸かり込んで、お前たちを蔑ろにしてしまった。本当にすまなかった」
「父上、私が記憶している父上は娘を甘やかす親バカでしたわ」
「あははは、そうか。そうだな、そうだった。セリンプスは甘やかして育てたが、ジオウは王太子として厳しくしすぎたかもしれんな。私は王である前にお前たちの父であったのに、愚かな父を許せ――」
「――父上、それでも私は随分父上を困らせてきました。甘やかされて育っていたら、今頃使い物にならなかったでしょう」
「お前も言うようになったではないか」
「えぇ、私は父上の息子ですから」
親子の誤解が解け、張り詰めていた空気は随分と和やかなものに変わっていた。マヤは、親子3人が本音を伝え合うことができて良かったと喜んでいた。
心配そうな表情をしていたジオウの従者も今は安堵しているようだ。
ふと隣に視線を向けると、リビトは未だ暗い表情をしている。それもそのはず、親子の誤解は解けたが、リビトとジオウの関係性はまだ修復できていないのだから。
――リビト、凄く辛そうな表情をしている。ジオウ様のためとはいえ、騙していたことを後悔しているのかな。
妖精王は全て自分の責任だと言っていたけれど、リビトの性格を考えると、ジオウ様をあそこまで追い詰めてしまった、と自分を責めているかもしれない。こんな時、何もできない自分が情けない。リビトのために、私が何かしてあげられたらいいのに――。
「リビト、私は己の弱さを棚に上げて、お前ばかり責めていた。すまなかった!」
「…………!」
ジオウが突然、リビトに深く頭を下げて謝罪の言葉を述べた。リビトはジオウの言葉に瞳を大きく見開いたまま、固まっている。
「お前は常に私のために動いてくれていた。たとえそれが、私を欺く結果になろうとも――。
私がお前の立場だったら、同じようにできた自信がない。私は……私こそが、己の保身ばかり考えていたのだからな。こんな私が、友のために損な役回りを引き受けてくれたお前を、責められる訳がない」
「違う! 俺は2度もお前を欺いた。最初はお前のためを思ってのことだった。だが、あの事故の後、お前がはじまりの森を訪れた時、俺はお前に嫉妬していたんだ。
正当な血筋、親兄妹もいて、何も不自由していないお前が羨ましかった。だから、俺はあの時お前に酷いことを言ってしまった!
最初は演技のつもりだったんだ……。昔のことをいろいろと思い出すうちに、心の奥へ封じ込めていた黒く醜い感情を抑えきれなくなってしまった。あろうことか、抱えきれなくなった怒りや憎しみをお前にぶつけてしまったのだ。俺を、半端者の俺を実の兄のように慕ってくれていたお前に!」
「――確かに、あの時は正直傷ついたよ。リビトはいつだって私やセリンプスにはやさしい兄だったからね。私は愚かだったから、リビトの真意を汲み取ってやれなかった。
それでも、リビトは命懸けで私を助けた――運が悪ければ、死んでいたかもしれなかったのだ。そんな愚かな真似、私にはできない。何故あの時、考えが及ばなかったのか、とずっと後悔していた」
「…………」
リビトはようやく閉ざしていた心の扉を開くように、自身の本音を話した。ジオウもまた、リビトに対する思いを必死に伝えようとしている。
だが、リビトはジオウの謝罪を受け入れるどころか、ジオウを傷つけたことを酷く後悔するばかり。そんなリビトに、ジオウは長年胸に秘めていた思いを打ち明けた。
「私はずっとリビトに憧れていた。リビトのように強くなりたいと、その一心で毎日厳しい鍛錬も続けてこれた。
リビトが半魔人だと知ってからは、その強さが人間にあるのではないかと考えるようになったのだ。だから、自分の目で確かめたかった。人間とはどのような種族なのかと」
「まさか、それで――!」
「今思えば、自分がどんなに愚かなことをしたのか、と恐ろしくなるな。今となってはリビトがあそこまで私を突き放そうとしたことも納得できる。
だが、あの頃の私は真剣にそう思っていたのだ。人間の危険性も知らぬ中で、自ら近づこうとしたのだ。
リビトに拒絶されて自分なりに考えてはいたのだが、分からなかった。その答えに気付いたのは人間に捕まった時だった。そこで初めて、リビトの真意が分かった気がした」
「自分から捕まりに行くなんて、自殺行為だ!」
「あぁ、その通りだ。だが、どうしても見捨てられなかったんだ! 奴隷商人に捕まった半魔人の子どもを――」
その場にいた皆がジオウの話に驚いていた。黙って聞いていた妖精王が口を開いた。
「ジオウ、何故それを先に言わなかったのだ?」
「父上、言える訳がないではないですか」
「それはどういう意味だ?」
「半魔人の子どもは無事に逃がせましたが、愚かにも私は捕まってしまったのですから……。
それに表面上とはいえリビトと敵対しているというのに、半魔人を救うために捕まったなどと言えば、リビトは私を疑ったでしょう。そうなれば、また私に何かある度に私を欺き、己を呪うことになるのですから」
「――まさか、お前は気付いていたのか? 俺がわざとお前を遠ざけようとしていたことを」
「さすが、リビトは賢いね。私ははじまりの森でリビトに会って、一時的には辛い思いをしたよ。だが、私なりに考えたんだ、命懸けで救った私を心底恨むはずがない、ってね。
もちろん、私に抱いていた感情も、思うこともあっただろう。それでも、私を救った事実は変わらない。私はもう2度とリビトに損な役回りをさせない、と心に誓ったのだ。だから、わざと私はリビトを嫌っているふりをしていたんだよ」
皆がジオウの話に食い入るように聞いていた。まさか、騙していたはずのジオウに、リビトや妖精王たちは一芝居打たれていたとは露知らずに。
「俺はお前を欺いているはずだったが、実際は弟の掌の上で転がされていたということか――」
「まぁ! 兄上、リビト兄上のことは昔と変わらず大好きなのですね!」
「セリンプス、私はもう子どもではないのだぞ、大好きなどと……そのような言葉は幼い子どもが使う言葉だ」
「そんなことありませんわ。私は兄上も、リビト兄上も、マヤも、皆が大好きですもの!」
セリンの言葉がこの場にいた皆の心を温めてくれた。マヤは皆の口元が笑んでいるのを見て、そう確信していた。
長年のわだかまりも解け、昔話に花が咲いている。昔からそうであったように、妖精王とジオウ、セリン、リビトの4人は楽しそうに笑い合っている。
マヤはそんな4人を見ながら、自分が知らない歴史をこの4人は積み重ねてきたのだと、何故か淋しい気持ちになった。
――私ったら、淋しいと思うなんて! 皆、相手を思い合っていたからこそ、ちょっとの誤解が予想以上に大きくなってしまった。それぞれが心を痛めながらも、大切な人のことを思っていた。そして、ようやく誤解が解けたのだもの。私も喜ぶべきよね……。
マヤはそんな4人に失った時間を少しでも取り戻して欲しくて、疲れを理由に自室へ戻ることにした。
リビトが部屋まで送ると申し出てくれたが、ジオウの従者がマヤの意図を理解してくれたのかは分からないが、自分が案内すると申し出てくれて助かった。
――これで私に気兼ねなく、ゆっくり話ができるはず。
マヤは自室に戻り、ベッドへ横になった。
「ジオウ、お前まさか――王を謀ったのか?」
「兄上、人聞きの悪いことを言わないでもらえないか?」
ジオウの細められた目は笑んでいなかったが、口元は綻んでいる。
「俺は本気でお前が狂気の沙汰でも起こしたのかと思ったぞ」
「兄上、戦略を学べとおっしゃったのはどこの誰でしたかな?」
「あぁ、確かにそんなことを言ったかもな。だが、さすがにアレはやりすぎだろう? 王の怒りに触れたらどうなっていたことか――。まさか、確信があったのか?」
「いいえ、そんな確信持てる訳がないでしょう。一か八かの賭けに出たまでです」
「一か八か――。お前がまさかそんな大博打を打って出るとはな。恐れ入ったよ」
「兄上、それは本心ですか?」
「当たり前だ! 俺ならこんな確信もない大博打など打てる訳がない!」
「そうでしょうね、兄上は冷静沈着、万全に万全を期した策を練り上げてあっという間に任務を見事に完遂するのですからね。私とはやり方が正反対かもしれませんね」
「未来の王は随分、末恐ろしく成長したものだな――」
「それは私にとって最大の誉め言葉ですよ」




