31.三本勝負(二・前)
本日も少し長めになったので、2本連続で投稿いたします。
妖精の森の鍛錬専用の広場。中央には本日の主役たち、リビトとジオウが向き合って立っている。
ジオウの従者は中央ではなく、東屋の方へ近づいてきた。セリンの少し手前で止まり、胸に片手を当てて、口を開いた。
「王女様、お二人の安全のため、東屋全体にバリアを張らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、でもマヤと2人だけなら、私1人で十分だわ。それに、あなたは兄上が暴走した時のために万全でいてもらわなくては――」
「――できれば私の出番が来ないことを祈りたいものです」
「えぇ、私もよ」
セリンは発した言葉とは裏腹に楽しそうな笑顔を見せている。
マヤにはセリンが「面白いものが見れそう!」と喜んでいるように見えるのだが。
マヤが従者に視線を向けると、従者は貼り付けたような薄い笑顔を浮かべていた。恐らく従者もマヤと同じことを思ったのだろうと考えた。
「――では、王女様」
「えぇ。――バリア!」
セリンは椅子から立ち上がり、片手を上げて短い詠唱を唱えた。
東屋は大きなシャボン玉のような幕に覆われた。ポワン、ポワン、と揺れていたが、暫くするとピタリと動きが止まり、虹色に光っていた表面は透明になった。まるでシャボン玉の中に入ったみたいである。
「マヤ、勝負がつくまでは東屋から出ないでね。このバリアは魔法を跳ね返すけど、人の出入りは自由だから。東屋を出たらバリアの効力はなくなるから、くれぐれも気を付けてね」
「――うん、分かった」
マヤは頭の中で東屋から飛び出して丸焦げになった自分を想像してしまった。あまりにも恐ろしくなって、頭をブンブンと振って嫌なイメージを打ち消した。
「――では、私は勝負の開始を宣言して参ります」
従者はマヤを不思議そうに見た後、セリンに一礼してから中央で待つ2人の元へ歩いて行った。
「それではこれより、ジオウ殿下とリビト殿による三本勝負を開始します。2本目は魔力を使った攻撃による勝負です。ルールは1本目と同じく、どちらか先に膝をついた方が負けとなりますが、気絶した場合は戦意喪失とみなされ、負けとなります。
安全のため、胸より上への攻撃は禁止です。胸より上に攻撃した場合、勝負は即時終了。攻撃した者が負けとなります。お二方ともよろしいですね?」
「無論だ」
「了承した」
従者の説明に、ジオウ、リビトが了承を告げる。
マヤは魔力を使った戦いを見たことがない。胸の中は、魔法がどんなものかとワクワクする気持ち半分と、白熱した戦いになって2人が大怪我しないか不安な気持ちが半分。
本当ならセリンのように声援を送った方がいいのだろうが、どちらかを応援するのは良くない気がして静かに見守ることにした。
ジオウの従者が2人から大きく距離を取った。リビトもジオウも互いを視界に捉えながら後ろへと下がり、間合いを取る。そして2人から十分な距離を取った従者が片手を高く上げた。
「始め!」
いよいよ2本目の真剣勝負が始まった。静まり返る会場、皆の視線は中央に距離を置いて対峙する2人の男に釘付けだ。
2人は互いに相手を見ながら立ったまま。何の魔法も放たれていない。ただじっと見つめ合っているだけである。
「セリン、これは一体――」
「兄上も、リビト兄上も、全く隙を見せる様子がないわね。マヤ、魔法の発動方法には種類があると知っているかしら?」
「う、うん。確か、詠唱、呪文、魔法陣、想像の4種類があるのよね?」
「えぇ、大まかにはね。異なる方法を組み合わせて魔法を発動させることもできるわ。発動方法は親子兄弟でも変わると言われているの」
「それじゃあ、セリンもジオウ様と違う発動方法ってこと?」
「えぇ、私は魔法の発動に詠唱が必要だけど、兄上は頭の中で想像するだけで魔法を使えるの」
「えっ? それって――」
「そう、兄上は稀に見る天才なの。幼い頃は詠唱から学ぶのだけれど、そのうちイメージするだけで魔法が使えるようになっていたわ。父上も兄上の才に大層喜んでいたわね」
「リビトの発動方法はどれなんだろう――」
マヤは無意識に心の声を漏らしていた。
「リビト兄上は全ての発動方法が可能なの――」
「えっ?」
セリンは中央から視線を逸らさず、真剣な眼差しを向けていた。
その時、会場からどよめく声が上がった。
マヤが中央に顔を向けると、何故かジオウの姿が見当たらなかった。
「えっ? ジオウ様は?」
「兄上お得意の目眩ましよ」
「目眩まし?」
「えぇ、妖精族は皆この能力を備えているの。魔力の器によって発動できる時間や範囲は大きく異なるのだけれど――」
セリンの説明を聞いて思い当たる節があった。それはジオウを魔法の檻から救出した直後のことだ。ジオウは目を覚ますと、その体は突然透明になっていき、マヤの前から姿を消したのだ。
だが、それは姿を見えなくしただけで、その場からいなくなったという訳ではなかったのだと、セリンの説明で納得した。
それよりも気になったのはリビトのことだ。聞き間違えていなければ、セリンはリビトが全ての発動方法で魔法が使えると言った。
――魔法の発動方法は、さっきセリンが説明してくれた通り、使える発動方法は生まれつき決まっているはず。なのに、どうして?
この世界の常識からすると、マグスと人間のハーフであるリビトよりも、妖精族の正当な血統を受け継ぐジオウの方が魔法に関しては抜きん出ているはずなのだ。
それが実際は、リビトは詠唱も呪文も唱えて発動できる上に、魔法陣を描くこともできる。頭の中で想像するだけで魔法を発動できるというのだ。
ジオウも講義で言っていた。魔力を持つ者は生まれつき全てのことが決まっていると。魔素を体内に溜めておける器の大きさやその限界値、魔法を発動できる回数や時間、範囲までも。そして使える魔法の種類は、種族ごとの属性に大きく依存すると。
例えば、妖精族は姿を消したり、容姿を変化させたりするのが得意である。戦闘に向いていないといわれる彼らだが、相性のいい精霊の力を借りて魔法を発動することで、敵を撹乱させたり一時的にその場に足止めさせたりすることは可能だという。
ジオウとしては得意な目眩ましで姿を消しながら、隙をついて精霊の力を借りて魔法を発動し、リビトの膝をつかせるという作戦になるのだろうか。
一方のリビトはジオウが姿を消したにも関わらず、慌てた様子がない。
「リビト兄上はさすがだわ。まるで兄上がどこにいるのか分かっているように見えるわ」
「リビトが? セリンにはジオウ様の姿が見えるの?」
「えぇ、残像程度ならね。妖精族でも魔力の高さで見える人と見えない人がいるのよ」
「リビトもジオウ様の姿が見えているってこと?」
「それはどうかしらね。リビト兄上に兄上の姿が見えているなら、目で追っているはずよ。今のところ、そんな様子はないわ。恐らく、兄上の魔力の足跡を捉えているのだわ」
「魔力の足跡?」
「えぇ、魔法を発動させると体内の魔力が体を包むのよ。発動者の動きに合わせて魔力の跡のようなものがその場に残るの。そうね、一言で言うなら、残り香かしらね」
「残り香――」
「そう、魔力の跡を辿ることができれば、発動者の次の動きを予想することができるのよ。リビト兄上は慌てている様子がないわ。まるで感覚を研ぎ澄ませて、何か一点に集中しているみたいだわ」
セリンから視線をリビトへと移すと、確かにリビトはキョロキョロとジオウの姿を探している様子はない。じっと見ていると、リビトは目を瞑っているように見えた。
――目を瞑ってる? リビトは一体何をしているの?
リビトの目が開いたと思った瞬間、リビトの背後に竜巻が発生した。その竜巻はリビトを目がけて移動していく。
「危ない!」
マヤは咄嗟に声を上げていた。次の瞬間、リビトは後ろを振り返ったと同時に全身が光に包まれていた。すると、竜巻は光に吸い込まれる形で消滅していった。
「なるほど、光魔法だわ」
セリンは視線を中央に向けたまま、独り言のように呟いていた。その大きな瞳はキラキラと輝いている。まるで、子どもが初めてサーカスでも見たように楽しそうな笑顔を浮かべて――。
光魔法は光の性質を利用した魔法である。光は屈折したり、あらゆるものを吸収したりする性質があり、今起きた現象のように竜巻を光に吸収させることができるのだ。
光版ブラックホールとでも言ったら分かりやすいかもしれない。
マヤはリビトがどんな魔法を使えるのか、1度も聞いたことがなかった。偶然その場に居合わせて知っているのは――。
はじまりの森にいた頃、リビトに海へ連れて行ってもらった時のことだ。空飛ぶ馬車や料理などを出現させたり、人間に見つからないように全身を魔法のベールのようなもので覆って姿を隠したりしていた。
他にも、冒険者ギルドのある町で捕われたマグスの子を助けようとしてマヤが飛び出した時、リビトは逃げるまでの時間稼ぎにと時間を止める魔法を使っていた。
改めてリビトが使っていた魔法を思い返すと、誰でもできるような魔法ばかりではないのではないか、と思った。特に、時間を止めた時は驚いた。マヤとリビト以外は皆時間が止まっていたのだから。
――もしかして、リビトって物凄い魔法使いなのかも……!
「マヤ、兄上がまた攻撃を仕掛けるわよ」
「えっ?」
セリンにはジオウの姿がうっすら見えているようだが、マヤは全く見えない。セリンが所々で説明をしてくれるから、何とか勝負の行方を追うことができた。
その時、リビトの斜め前方から、再び竜巻が発生した。
――さっきと同じ攻撃? これなら、リビトはまた光魔法で吸収するんじゃ。
マヤの予想を超え、リビトの後方から空高く反り立つ水柱が上がった。水柱はクネクネと曲がり、まるで獲物を狙うヘビのようである。リビトはほぼ同時に前から竜巻、後ろから水柱に攻撃されようとしている。
――さすがのリビトでも前と後ろの両方からじゃ対応できないはず! リビトっ!
マヤは目を瞑り、両手を組んでリビトの無事を祈ることしかできなかった。
「あらまぁ、驚いた――」
隣で観戦中のセリンの声が聞こえてきて、閉じた目を開くと、さっきと変わらずリビトが中央にポツンと立っている。相変わらずジオウの姿は見えない。
「セリン、今何が起きたの?」
「兄上が前後から風魔法と水魔法の両方で攻撃したのだけれど、リビト兄上は防御魔法で攻撃を防ぎながら、跳ね返したのよ。防御しながら相手の攻撃魔法を無効化するのは高度な魔法なの。リビト兄上は簡単にその2つのことをやってのけてしまったの。マヤ、これは凄いことなのよ!」
「そう、なんだ……」
マヤはリビトもジオウも今のところ怪我をしていないことにホッとした。
すると、セリンがうれしそうな声を上げた。
「マヤ、ようやくリビト兄上が反撃に出るみたいだわ」
「リビトが?」
これまでリビトは姿を見せないジオウの攻撃魔法から身を守ることに徹していた。だが、マヤの脳裏には1つの疑問が浮かんでいた。
――セリンはリビトが反撃に出ると言ってたけど、そもそもジオウ様は姿を見せないし、リビトが攻撃したところでジオウ様に当たるか分からないはず。もしかしてこの短時間でジオウ様の動きを読み切ったというの? それとも別の手でもあるのかな?
リビトをじっと見ていると、全身をバリアのようなもので覆ったかと思うと、次の瞬間無数の光の玉が空の一点を目がけて放たれた。
「兄上っ!」
これまで冷静かつ楽しそうに兄たちの戦いを観戦していたセリンだったが、リビトが空に向かって攻撃するや否や、声を上げた。
マヤはセリンのあげた声に驚き、隣へ顔を向けた。
セリンは両手で顔を覆っていたが、大きな瞳は開いたままで指の合間からしっかりと2人の動きを捉えているようだった。
――もう、セリンったら急に声を上げて、びっくりしたじゃない。
マヤはついつい内心で不満を呟いてしまった。再び中央へと視線を戻すと、その視界にジオウの姿をしっかり捉えることができた。
自分にも魔力が後発的に芽生えたのだろうか、と一瞬喜びそうになったが、その希望はセリンの一言によって吹き飛ばされてしまった。
「マヤ、リビト兄上の攻撃が兄上に何発か当たったわ。今ならあなたも兄上の姿が見えるわよ」
「えっ? あぁ、本当だ……」
やはりマヤに魔力が後発的に芽生えた訳ではなかった――。
「――リビトの攻撃がジオウ様に当たったって! ジオウ様は大丈夫なの?」
「えぇ、あの通りピンピンしているから大丈夫よ。それにすぐ防御魔法を発動させて、リビト兄上の攻撃を相殺したから大きな外傷はないはずよ」
「それなら良かった――」
マヤは大きな溜息をついた。無意識に手が鳩尾辺りを擦っていることに気付いた。道理で胃がキリキリしている訳だ。
気を静めるため、セリンの給仕係が入れてくれたハーブティーを飲むことにした。
――あっ! これは図書館でサーティスが入れてくれたのと同じだ。確か、胃にやさしいと言っていたやつだ。
ハーブティーを数口啜って、昂ぶった気持ちが静まりかけた時だった。
「兄上、一体何を考えているのかしら?」
「セリン、それはどういうこと?」
セリンは独り言を呟いていたのだが、マヤはその言葉が気になって質問していた。
「戦略が単調すぎて、兄上らしくないわ。兄上の性格からして、あんなワンパターンな攻撃の仕方は納得できないわ。それとも他に策があるのかしら?」
マヤはセリンの言いたいことがよく分からなかった。ただ、魔法に疎いマヤでも、圧倒的に攻撃回数が多いジオウに対して、リビトの攻撃回数は少ない。
リビトは1度も攻撃を身に受けていないが、ジオウは最小限とはいえ、リビトの攻撃を喰らったのである。 素人目で見ても、明らかにリビトの方が優勢に見える。
やはりリビトは魔法においてもジオウを上回っているのだろうか、そんなことを考えていた時、セリンが再び声を上げた。
「リビト兄上の様子がおかしいわ」
「えっ? リビトが?」
慌ててリビトに視線を戻すと、リビトへと近づくジオウに対して、リビトの動きはピタリと止まっているように見える。




