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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
32/63

30.三本勝負(一・前)

長くなってしまったため、本日2本に分けて順次投稿します。

 こうしてマヤとセリンは、リビトとジオウを仲直りさせるために真剣勝負をさせることとなった。


 温室では真剣勝負はできないし、戦うとなれば着替えもあるから、とセリンは時間を設け、ある場所で待っているとリビトとジオウに告げた。


 そして、マヤはリビトたちよりも一足先に会場となる、ある場所へ向かった。

 セリンの後を着いて行くと、開けた場所に出た。何をするための場所だろう、という疑問が顔に出ていたのだろうか。

 セリンが「ここは兄上やリビト兄上が鍛錬の場として使用している場所なのよ」と教えてくれた。


 ぐるりと辺りを見回すと、鍛錬の場にはすでにセリンの護衛騎士と従者が数人控えていた。


 鍛錬の場には不釣り合いの立派な東屋(あずまや)も設置されている。元々設置されていたとしても、やけに真新しい。


――まさか、東屋は今日のために作られたとか? いやいや、さすがにセリンが従者に手伝わせたとしても、時間的に難しいよね。

 リビトは毎日早朝から剣の素振りをしているし、その後は魔力を使った特訓をしていると言っていたもの。それから時間は左程(さほど)経っていないしね。


 セリンはいつの間にこんな準備を1人で進めていたのだろうか。作戦の立案は元より、揺るぎない実行力と隙のない準備、最早もはや見事としか言えない。

 マヤはセリンを尊敬すると共に、絶対に敵に回したくないと思った。


「マヤ、何とかうまくいったわね! あなたが協力してくれたお陰よ」

「えっ、でもまだ――」


 セリンは興奮気味でマヤの話が終わらないうちに話を続けた。


「一時はどうなることかと思いましたけど、案外何とかなるものですわね」


 セリンは平然とした顔で言い放った。


「――本当に。リビトもジオウ様も怖かったよ。間違いなく寿命が短くなった気がするもの……」

「まぁ、マヤったら。うふふ。私もよ」


 セリンの表情は放った言葉とにつかわないにっこり笑顔を見せている。マヤはそんなセリンを見て、本当は全く怖がっていないだろうと思った。


 (しばら)くしてから鍛錬の場へ関係者が集まってきた。


 リビトは見慣れた景色なのか、無表情のまま屈伸したり筋を伸ばしたりして準備運動のような動きをしている。


 一方、ジオウは見慣れている景色のはずだが、辺りを見回してから溜息を吐いていた。それはまるで全てを察したかのように。マヤにはそんな風に見えたのだった。


 関係者が集まると、セリンは声高らかに「それでは三本勝負の説明をしますわ」と宣言した。皆の視線がセリンへと向けられている。


「勝敗は三本勝負で決めるわ。1本目の勝負は模造剣を使った打ち合いよ。2本目は魔力を使った勝負。いずれもどちらかが先に膝をついた方が負け、というシンプルなルールです。安全のため、胸から上への攻撃は禁止。もしも攻撃したらその時点で負けとなるわ。

 勝負事は私だけで判断ができないこともあるだろうから、そうね。判定は兄上の従者にお願いしてもいいかしら?」

「あぁ、構わない」

「殿下、それでは――」


 ここまで黙って見守っていたジオウの従者は、主に不利な判定もしなければならないことに異議を唱えようとした。だが、従者が言い切るよりも先にジオウが言葉で制した。


「もちろん、私に有利な判定は絶対にするなよ。いいな! これは命令だ」

「――はい、承知いたしました」


 ジオウの従者は項垂れるような表情を見せるのかと思いきや、横を向いた時にニヤリと怪しげな笑みを浮かべていた。


――まさかとは思うけど、ジオウの従者さん、ジオウ様の普段の行いや我儘(わがまま)に対する不満を、この場で発散しようなんて考えているんじゃ……。


 その時、その従者とパチリと目が合ってしまった。マヤは気付かなくてもいいことに気付いてしまい、急ぎ貼り付けたような笑顔を作った。

 従者は不思議そうな顔で見ていたが、そろりと視線をセリンへと移した。


 皆が説明に納得したところで、セリンは三本勝負の説明を続けた。


「そして2本目で勝負がつかなかった場合は3本目の勝負をします。勝負の内容はまだ秘密です。3本目となった場合、直前にお話します。兄上、リビト兄上、お二人とも異存はございませんか?」

「あぁ、私はそれで構わない」

「俺も異議はない」

「分かりました。ではお二人に模造剣を!」


 いつの間にかセリンの護衛騎士が木製の剣を何本か持ってきて、そのうちの2本をそれぞれに渡し、再び護衛騎士の手元に返された。

 護衛騎士はリビトから受け取った剣をジオウに、ジオウから戻された剣をリビトへと手渡した。

 これは相手の模造剣に細工がなされていないかを確認するための行為だとセリンがひそひそ声で教えてくれた。


 なるほど、これが騎士道というものか、とマヤは妙に納得していた。


 ジオウの従者とリビト、ジオウの3人が中央へと歩いていくのを皆黙って見つめている。


 セリンは「マヤ、こっち、こっち」とマヤに向かって手招いている。セリンの後を着いて行くと、東屋が目に入った。


 セリンは一足先に東屋に設置された椅子に腰をかけている。マヤが近づくと、セリンは「ここなら日差しも気にせず、ゆっくり観覧できるわよ」と言い、隣の席に座るよう促してきた。


 マヤが椅子に座ると、目の前の白いテーブルに見覚えがあった。じっとテーブルを見ると、「やはり温室の白テーブルだ」と思い当たった。


 何故、温室のテーブルと同じであるのか分かったかというと、テーブルにセリンとリビト、ジオウの名が刻まれていたからだ。

 これはセリンたちが出会った記念として、ジオウがこっそり護衛騎士から拝借してきた短刀で彫ったのだと、セリンがマヤとお茶会をした時に教えてくれたのだ。


 セリンからテーブルに彫られた名前を見せてもらった時、マヤは内心「3人が羨ましい」と思っていた。


 マヤは元の世界で兄弟はいたが、仲は良くなかった。社会人になっても心を許せるような友人もできなかった。だからこそ本当の兄弟のような想い出がある彼らのことが羨ましくて仕方なかったのだ。


 セリンはそばで控えていた護衛騎士を突然呼び、拝借した短刀を手にした。

 マヤはセリンが短刀を手にして何をしようとしているのか分からず、ただ見守ることにした。


 セリンは無言のままテーブルの表面に短刀の先端を器用に当てて、何か文字のようなものを彫っている。


 マヤはセリンの正面に座っていたため、セリンが何を彫っているのかを確認することができなかった。

 一心不乱にテーブルの表面を彫るのに集中しているセリン。マヤは仕方なく、紅茶とお菓子を味わって待つことにした。


 すると、ようやく完成したのか、セリンは短刀を護衛騎士に返し、マヤにこちらへ来るよう告げた。

 マヤがセリンの横に立つと、セリンが彫っていた部分が両手で隠されていた。セリンがにっこり笑顔をマヤに向けながら、両手を横へとずらした。


 マヤがテーブルを見ると、そこにはセリンとリビト、ジオウの名が刻まれている。驚いたのは、そのすぐ隣に真新しい文字を見つけたからだった。


 そこには「マヤ」の文字が刻まれていた。


「セリン、私の名前を?」

「えぇ、そうよ」


 マヤは困惑していた。このテーブルにはセリンたち3人だけの想い出が詰まっている。セリンの意思とはいえ、新参者(しんざんもの)の自分の名前が勝手に加えられたら、他の2人は気を悪くしないだろうか、と思った。


「マヤ? ごめんなさい。勝手に名前を入れてしまったから……」


 セリンは笑顔を崩し、申し訳なさそうな表情でマヤを見つめていた。


「違うの! セリンは何も悪くない。3人の大切な想い出に、私なんかが紛れ込んじゃって良いのかな、って……」


 セリンに誤解を与えたくなくて必死に思っている言葉を口に出した。すると、セリンはやさしい声色で話しかけてきた。


「マヤ、聞いてちょうだい」


 マヤは(うつむ)いていた顔を上げ、セリンに視線を向けた。そこにはまるで菩薩(ぼさつ)のようなやさしい微笑みをしたセリンの顔があった。セリンはマヤの片手を取り、自分の両手で包み込んだ。


「マヤ、私はマヤのことを心の底から親友だと思っているわ。私は兄上やリビト兄上と幼い頃から一緒だったけど、成長していくにつれて3人で過ごす時間が減っていったの。

 兄上はリビト兄上と鍛錬に食事と、いつも一緒だったのが羨ましかった。私も男として生まれていたら良かったのに、と何度思ったことか――」


 西洋人形のような美しい容姿に、王女として(りん)と振る舞う素敵なレディのセリンが、男に生まれたかっただなんて、マヤは驚いていた。

 マヤの驚いた顔がおかしかったのか、セリンはクスクスと小さく笑った。


「それなら、私も男の子になればいいと思って、兄上たちの真似をしたこともあったわ。でも父上に泣いて説得されて、男の子になるのを止むなく諦めたの」


 まさか、こんな麗しの王女が本気で男の子になろうとしたなんて驚きだ。


――妖精王が泣いて説得しただなんて、セリンは一体何をしたの? 男の子向けの服を着たとか? それとも、まさか兄たちと連れション――。


 あろうことか、王女に大して不敬な想像が頭の中を巡りかけ、一瞬で吹き消した。マヤは必死に心の中でセリンに謝罪をした。


 セリンはマヤを不思議そうな顔で見ていたが、柔らかな笑みを浮かべながら、話を続けた。


「私はね、ずっと姉か妹が欲しかったの。父上にお願いしたのだけど、今度は『すまぬが、それはもう叶えられない』と苦しそうな顔をして言ったの。その顔を見たら、それきり姉妹が欲しいと言えなくなってしまって……。

 無理もないわよね、母上は病気で亡くなってしまわれたのだから――。その時私はまだ幼くて母がいないことを理解できていなかったのね……」


 セリンの顔には寂しそうな表情が浮かんだ。マヤはかける言葉を見つけられずにいた。すると、セリンの顔にまたにっこり笑顔が戻ってきた。


「姉妹は諦めたのだけど、そんな時にマヤがこの森に来てくれた。これは神様の思し召しだと思ったわ! こんな奇跡があるのだと、従者に叱られるくらい自室で浮かれてしまったわ。でも仕方ないじゃない? マヤとなら本当の姉妹になれそうだと思えたのだから!」


 セリンの表情は今までで一番キラキラと輝いていた。そんなセリンの笑顔を可愛いと思った時だった。

 セリンの顔は柔らかな表情から突如、真剣な表情に変わった。


「マヤ、私たちは種族こそ違うけれど、私は本当の姉妹だと思っているわ。だから、マヤの名前もここに加えたくなったのよ」


 セリンの白く透き通った肌は、ほんのりと紅が差したように頬が染まっていった。

 次の瞬間、マヤの視界は次第にぼやけていった。


「あらまぁ、マヤったら」


 セリンはそう言うと、自分のハンカチをマヤの目元に軽く当てた。そこでようやく自分が泣いているのだと知った。

 セリンはやさしくマヤを抱き締めた。マヤが泣き止むと、隣り合わせにした椅子に座り、白いテーブルに刻まれた4人の名前を見ていた。


「マヤ、兄上とリビト兄上の真剣勝負が始まるわよ」


 セリンの声と共に、広場の中央に視線を向けると、すでにリビトとジオウは模造剣を構えていた。


 ジオウの従者が2人から距離を取るように後ろへ下がり、「始め!」という勝負開始の合図を高らかに宣言した。


 模造剣での打ち合いは激しいものとなった。マヤにはカン、カンという音しか聞こえず、リビトとジオウの動きが早すぎて視界に捉えることができなかった。時折、動きが止まったかと思えば、またすぐに打ち合いが始まる。


 マヤに分かるのはリビトとジオウのどちらにも笑みはなく、真剣そのものだということくらいである。


 セリンもマヤと同じだったのだろう。セリンは2人の打ち合いを観戦するのを諦めたのか、優雅に紅茶を味わっている。

 自分の兄たちが模造剣とはいえ剣で打ち合いをしているにもかかわらず、セリンは随分落ち着いているように見える。


――セリンはやっぱり敵には回したくない。もちろん彼女を敵に回す予定も計画もないけど……。


「マヤも肩の力を抜いて、一緒に紅茶でも楽しみましょうよ。私たちが見ても分からないですし」

「うん、でも怪我をしないか、心配じゃない?」


 セリンは目を細め、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべている。そして「なるほどね」とだけ言って、東屋の近くに控えていた自分の護衛騎士の1人をそばに呼んだ。


「今どちらが優勢なのかしら?」

「はい、王女様。私が見る限り、リビト殿の方が優勢のように思います。ジオウ殿下は何とかかわしている、といったところでしょうか」

「そう、動きがあったら教えてちょうだい」

「はっ! 承知いたしました」


 王女の命を受けた護衛騎士は元の位置に戻り、中央で打ち合う者たちに視線を向けている。


「ねっ、そういうことだから、さぁお茶にしましょうよ」


 マヤは勝負の行方が気になったが、セリンがそう言うのだから、と諦めてティータイムを楽しむことにした。


 マヤが好物のドライフルーツ入りの焼き菓子を頬張っている時、2人の勝負を見守っていた者たちの中からどよめきが聞こえてきた。


「王女様」


 先ほど王女の命を受けた護衛騎士がセリンに声をかけたのは、マヤが中央へ視線を向けたのと同時だった。


 模造剣を打ち合う音はなく、会場は静まり返っていた。次の瞬間マヤの視界が捉えたのは、今にも膝をつきそうなところを必死に堪えているジオウの姿だった。

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