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3.逡巡

 現在、世界中に普及したメタバースは、現実と比べて若干の解像度の違い ―もっとも、それに気づける人はまず存在しない― と、通信環境によって稀に発生するわずかなタイムギャップ ―ただし人間の脳が認識できるギャップよりも短いことが多い― を除けば、現実とはフレキシブルに、あるいは “フラットに違和感なく” もしくは “サーフェイス的に接続された” もっと平凡な表現では“ 現実と地続きである世界” と言っても差し支えなかった。

 いずれにせよ、どのような小難しい表現をしたところで、今や大多数の人々にとってメタバース世界のほうが現実と呼べる代物であることに変わりはないであろうというのが現状である。

 多くの人々は、メタバース世界の中で仕事をこなし、多種多様な娯楽に身を投じ、その世界すべてに酔っている。それに今や、重要な政治的意思決定や政策議論、経済活動までもが取り込まれていた。


 テツジはベッドに寝転がって、いつものように同じ考えをめぐらせた。

 まるで大昔のSF映画『マトリックス』のように……いや、どちらかというとJ・P・ホーガンの小説『巨人シリーズ』に登場する ”ヴィザー” や ”ジェベックス” といった超AIとでもいう存在が作り出す仮想世界、あるいはグレッグ・イーガンの『順列都市』の進化版ような仮想世界みたいなものみたいだな、と。


 メタバース世界で人々は自由な姿で歌い騒ぎ、時には叫び、遊びまわり、ひたすらに飲み食いする。

 古代ローマの貴族たちもびっくりの世界だ。見ようによっては、まるでアルコールかドラッグをキメてハイになっているかのような、混沌とした場面もあった。ともあれ、よほど極端な例が多いわけではない。

 どのみち、安全の保障されたにスリルを味わえるとあれば、種々雑多な享楽に喜んで身を投じるというのが人間というものだ。

 現実世界でハメを外せば、それなりのリスクや代償といったものを払う必要があるが、ここではそんな心配などまったく不要なのだ。とすれば、メタバース世界では人々のタガが外れる状況がみられたとしても、いたって普通のことなのだ。

 仮想現実が人類の生活の側面の一つを担うようなったとき、このような社会になるなとは、誰が予想したであろうか? あるいは、容易に想像できるがゆえに誰も気にかけなかったのかもしれない。

 今や “ほんとうの現実” というものが、人々の生活にとっては小さな側面になってしまったようにも思えた。

 少なくとも、テツジはそういった暮らしを、心から好きになれそうになかった。

 娯楽として、第三者的視点で鑑賞するぶんにはおもしろいのであろうが、当事者としてそうした状態に長く身を置いていたとしたら、自分というものが分からなくなるのではないか? そんな危惧も感じていた。

 彼はそういったことをふと考えるたびに、俺は古臭い考え方を持った懐古主義人間なんだろうか? とひとりで苦笑するのだった。

 メタバース世界に対して、驚嘆や畏怖のような念を覚えるとともに、ある種の嫌悪のような、ネガティブな感情も思い起こされるよう気もしていた。

 それでも、バー〈アヴァンティ〉には定期的に通っていたし、メタに遊びに行くこともまったくないわけではなかった。

 それに彼は以前に一度だけ、セラピストのところ ―もちろんそれだって場所はメタの中である― へ出向いて、このことについて相談したこともあった。

 そのときのセラピストは穏やかな雰囲気で、それでいていかにもその分野の長けているとでもあるいったかっこうみためだった。

「人として、相反するような感情を抱いたりすることは不思議でもありませんし、それが一般的というものです」

「そんなもんかねぇ」

「もう少し、生活に刺激的体験を取り入れてみてはいかがでしょうか?」

「いや、もう充分刺激的だと思うがね」

「外の世界で、お仕事をされているわけですよね? それも連勤で」

「ああ、そうだよ。だが好きでやってんだ。しょうに合うってやつさ」

「もしかすると、あなたの表層的心理では、それを感じていなくても、実は深層的な部分で、無意識にストレスを感じている可能性もあります」

「はあ……つまり、気分転換でもしろということか?」

「端的には、そうですね」

 ある意味、テツジの予想したとおりの答えが返ってきただけだった。

「あまり、根詰めて考え過ぎるのはよくありません」

「ああ、そうだよな。貴重なアドバイスをどうも、先生」

 彼は面と向かって言い返したりはしなかったが、「やれやれ、ようは仕事ばっかしてねえで人生楽しめよ、ってわけだ……。まあ、昔は思いっきり楽しんでいた時期もあったけどな。まあ、他人の人生に対して適当なことがよく言えたもんだ!」というのが、彼の率直な感想だった。

 だが、今となっては、疑問をはさむこともなかったし、自分は自分で他人は他人というようなビジネスライクに割り切った考えをするようにしていた。

 そもそも歴史を振り返れば、メタバース普及の黎明期にはいろいろと揉め事もあった。もちろん、この時は現実世界での話である。

 なにか新しいものに対して拒絶反応を示す人々は、いつの時代も一定数いるものだ。

 例えば、十九世紀ごろのイギリスで産業革命が起きたとき。労働者は職を失うことを恐れ、産業の機械化に反対し、わざわざ機械を破壊する人たちが現れた。

 最近のことで言えば、二十一世紀の中頃から実行された、全世界計画経済プランもそうだった。地球上での限られた資源の有効活用と公平な分配という至極真っ当な経済の話が、かつての社会主義国家を例に持ち出し、市民の自由や権利が脅かされるなどいう見当はずれな方向から反対運動が起きたのだ。

 社会の革命的変化技術発展に対して、過剰な批判や反対手段を訴える人は歴史のいたるところで散見される。蒸気鉄道、電信、フィルムカメラ、飛行機、電話、ラジオ、テレビ、VHS、コンピュータ、携帯電話、スマートフォンとインターネット、5Gや6G通信、SNS、インプラント端末とその補助インフラ……どれもこれも、登場したときはそうだった。歴史は知っている。

 ただ結局のところ、普及の波が来てしまえば、飲まれるのは瞬間のことだ。人間は良くも悪くも、うつろいやすく、適応能力も持っている。人々の日常生活はもとより政治も経済も、全てがメタバースに吸い込まれたようなものだった。

なには「これまでの伝統的な社会が破壊されていく」といった表現をする者もいたが、正確には衰退と言った方が適切だっただろう。

 現実の社会が陳腐でつまらなく感じるほど、メタバース世界は多くの人々にとって魅力的で、大きな力を秘めていた。だが確かにメタバースが現実世界から破壊したと呼べるものもあるにはあった。

 国境と言語の壁。

 だが、それで困るのは当時の社会トップに君臨する支配者層であり、発展するメタバース世界に対する彼らの非難めいた言葉は、迫りくる運命への戯言と考えるとこもできた。メタバース世界の普及は、市民層の多くの社会的しがらみを取り払ったのだ。

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