6話 動き出す力
分かる、分かっちまう。今も脳からは神経伝達物質がドバドバと分泌されている──。
既に、普通の人なら致死量。それどころか、一般レベルの数十倍を優に超える量が分泌されているのだ、通常、耐えられるわけがない。
けど、そんな量が分泌されているというのに、肉体や脳は異常をきたすどころか、むしろ気持ちはクリアになっていくぐらいだ。
「あぁ……」
脳が震える──。
髪の毛先から足の爪先まで、ピリピリとした武者震いにも似た震えが響く──。
こんなものはまだ序の口だという、抗い難いほどの力の実感。
そう、つまりこれが──。
「この躰の力」
脳が、脊髄が、心臓のすべてが、この躰の限界を引き出そうとしている。
俺は言うならばパイロット、この躰の使い手として使いこなさなければならない。
応えなければならない、ならないのだが……。
「うッ──!」
俺はここで、三つの失敗をしていたことを自覚した。
──一つ目は、混乱による状況整理とはいえど、思考に時間を掛けすぎてしまったこと。
体感速度により実質超スピードと言える感覚になっていたが、それでも少しずつ動いてはいるのだ。
現に、かのロボットはさすがにこちらへと銃口を向け、発砲の準備ができたように見える。
──二つ目は、この躰を根本的に扱い切れていないということ。
脳からのドーピングによって体感速度だけでなく、運動神経や反射速度、なんなら筋力なども底上げされているはず。
だというのに、俺はそれの発揮方法が分からない……。
さっきから力んだりして意識はしているが、まるで夢の中で力を入れているような感覚で、出来るはずなのに出来ないという、力だけが空回りするそんな状態に陥っている。
「いや……そんなことはどうでもいい、どうでもいいんだ……」
──三つ目、〝俺の背後に少女が居る〟ということ、これが最大で最も悩ましい問題。
今までの問題は大したことない、時間を掛ければどうとでもなる。はっきりいって、俺一人でかわすだけなら、決して難しくはない状況だと思えている。
躰が上手く扱えないとはいえど、それでもまったく動かせないというわけじゃない。おそらくかわそうと思えばかわせる、なんなら反撃に転じることさえ可能だろう。
この躰にはそれだけの力があり、そこだけに意識を集中させればなんとかできそうではある。
「だけど……」
だけど、それをすればこの子はどうなる?
俺は目線だけを後ろへと向ける。
そこには目を開けてはいるが、さっきと変わらない姿で、今もカプセルの中で夢現のように浮かんでいる少女の姿があった。
あの銃口が俺にだけ向けられているというならそれが一番いい。だけど、そんな保障はどこにもない。もしかしたら、少女のほうを狙っている可能性だってある。
願わく俺だけを狙ってくれていたとして、向けられた銃口は完全に俺を捉えている。この銃口から放たれる初発含めた数発の弾丸は、俺が移動して射線を変えたところでもはや手遅れだ。
「イヤだな、そういうの」
名前の一つも思い出せてない俺だが、これだけは分かる。そんなことはしたくない、と。
年端もいかない少女だから? そんなことはない。
厳つい大男であろうと年老いた婆さんであろうと、俺は同じように思っただろう。
自己犠牲なのか、それとも道徳心からくるものなのか……誰であろうと出会ったからには助けたい。
そういう考えを持っている──。
「違うね」
いいや──そんな、お高くとまった高尚な理由なんかじゃねぇ、もっとこうシンプルなアレだ。
〝ただ、イヤなだけだ〟。
俺が取った行動によって、俺が不快な思いをするのがただただ嫌なだけ。
せっかく見つけた仲間だからか? まあ、それも要因なのは間違いない。
けどさ、たぶんそういうのじゃないんだよ、俺は。
ここで俺だけが避けたら、この子が穴だらけになるかもしれない?
そんな様を目の当たりにして、それを心に秘めて強く生きていく?
ハッ! なんだそりゃ、冗談じゃない!
「ならさ──」
なら、どうする? ──決まっている。
避けるわけにはいかない、避けずしてこの子を守るというのなら、これしか選択はないっ、てね!
「ふんッ!」
──俺が取った選択はこの子の盾になること。
側から見られていれば、命を捨てる無謀な行為に見えるかもしれないが、生憎と死ぬだなんて微塵も思っちゃいない。
自問自答は常に前向きだ。
全身に力を込め衝撃に対抗する。そんなことで防げるのか? ──ああ、できる。
血を生み出す骨髄が、その血を流してくれる心臓が、俺の意志に応えるように力を滾らせていく。
ならば、俺に応えようとしてくれるこの体の力を俺は信じる。
「もってくれよ、俺の躰!」
覚悟を決め、少女をかばうように両手を広げたとき、それが起きた。
今は不要とばかりに、脳内に溢れ出していたドーピングの流れが止まり、まるで止まっていた時が動き出しかのようなそんな錯覚を覚え、そして──。
「ぐゥッ!」
金属が回り擦れる甲高い音と共に、俺の躰を貫こうとする無数の衝撃が全身に走っていくのを感じた──。




