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PROTOPIA ─地球人最後の少女─  作者: 叶あたる
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1話 目覚めたのは、見慣れぬ躰

 部屋の様相を改めて見渡してみると、ちょうど背中側だった場所に、ビーカーのようにも見える巨大なカプセルがあることに気付く。

 カプセルだけではなく側には電子機器のようなものもあり、パネルにはいくつもの数字が表示されている。

 恐らく、このカプセルの中に入っていたものをモニタリングしていたのだろうが……配線の類は繋がっていないな。

 いわゆるワイヤレスか配線のようなものが無くても、送受信できる機能があるのだろう。


 ……それよりも、パネルに表示されている、ある数字に目が行った。


「2032……」


 モニタリングによる数字なだけだとは思う。思うのだが……なぜだかこの数字には覚えがある気がする。

 脈拍? なにかの指数表……それとも──。


「2032〝年〟」


 年号──。

 時代を記録して表す紀年法。その数字が年号を表しているのだということに、根拠はないが確信的な自信があった。

 だがやっぱり分からない、というより思い出せない。

 この機械を操作すればすべてじゃないまでも、なんらかの情報が入るかもしれないが。


「……いじるのは、やめておくか」


 機器を操作してみようかとも考えたが、やぶへびになりえそうなことをするのはあまり好まない。

 幸い、かどうかは微妙なラインだが、記憶に対しての関心は薄くて後回しにする思考が働いてしまう。

 そちらは気にしないようにして、再びカプセルのほうへと視線を向けた。


 ……中は空っぽだが、俺から見て正面は開閉されており、カプセルの底には溶液のようなものがわずかに溜まっている。

 見ればカプセルの底にはは()ったような(あと)があり、このカプセルには何かが入っていて、それが外に出たのだということが理解できた。


 まあ、状況からして、その何かというのは俺なわけなんだろうが……。

 気を取り直して、ガラスのような光沢を持つカプセルにちらちらと映っていた男の姿を正面から見つめる。


「……これが、俺の姿か?」


 赤黒い深紅のコートを羽織っており、隙間からは肌にフィットした黒いシャツと黒のカーゴパンツが覗く。

 うなじの下辺りまで伸びた髪はぼさついており、その髪色はコートの色と同じ深紅で、服の色と相まってかなり目立つ。

 顔つきは20代ごろか……強面というよりかは柔和で、黒い瞳と髪色を無視した黒い眉毛は、どこかオリエンタルな雰囲気を感じさせる。

 背丈は、目測で160後半ぐらいはありそうだ、コートの上からでもがっしりとした肩や体躯(たいく)が分かるが、広すぎない肩幅と高すぎない身長から、威圧感を与えないぎりぎりのラインで整えられている、引き締まった体つきという印象だ。


「ふむ……」


 その姿にまったく見覚えはなかった。

 自分の手をわずかに上げて拳を握る動作をすれば、目の前に映る男も左右対称に同じ仕草を返す。

 その様子からカプセル越しに誰かが居るわけではなく、これが俺の姿なのだと思える。


 なら、それでいい。見覚えがあろうがなかろうが、今は少しでも事実を知るのが大事だ。

 それになにより──。


「カッコいいじゃあないか」


 そう、これが大事。

 身もふたもない話だが、何を言ったり思ったところで、この世の7割以上の問題は気にいるか気に入らないかで片付けられるものだ。

 そして俺はこの姿が気に入った。ならば、姿に対する疑問は、ほとんどどうでもいい。


 楽観的か現金なのか、自分のことながら、これが自分の考え方なのかと自覚する。

 しかし、さすがに片付けられない問題もある……。


 脳を手に入れたからか、脱力したような思考は完全に鮮明になっており、それと同時にいくつもの疑問を思い起こす──。


「俺は今、なにをした……?」


 なんの躊躇(ちゅうちょ)も疑いもなく、当たり前のように脳髄(のうずい)を手にし、しかも、それを自分の頭の中に入れた、だと?

 さすがに、これは気にいるとか気に入らないとか以前の問題で──。


 ありえない……が、そう否定して言い聞かせるような考えは、大体が受け入れなくてはならない事実だと、相場の多くが決まっているし現に起きたことだ。


「……やめよ。深く考えるのはこの場所から出てからにしよ」


 そう思い直して一歩を踏み出そうとすると、膝から崩れ落ちそうな感覚に突如襲われ──。


「うっ……!」


 足腰に力が入らず、踏み込むような姿勢になりながらそのまま屈み込んでしまう。


「体のバランスが、取れない……」


 足腰だけではない──まるで起き抜け直後の体のように、どんなに力を入れようとしても全身に力が入らない。

 そんな脱力したかのような感覚に襲われた俺は、目の前に散乱している生物(なまもの)に視線を向ける。

 肉のゴムという表現を思い浮かべさせられる、加工中の生肉に似た異臭を漂わせた臓器が、そこには無造作に転がっていた。


 自分の頭の中に入れた脳髄だけじゃない──黄色く変色した脊髄(せきずい)に、(ただ)れて(しぼ)んでいる心臓が置かれている様は、控えめにいってもグロテスクだ……。


 だけど、分かる……いや、分かってしまう。

 今、自分には何かが足りておらず、それがなんであるのかを──。


「〝アレ〟を取り込まないと……」


 足りない。失った。無くした。いや──無い。

 ようやく理解する。脳だけではなかった、脊髄と心臓も、そんなものは最初から〝無かった〟のだと。


 おそらく脊髄の()れ物である背骨や筋肉自体はあるのだろう。かろうじて体を立たせたりできていたのは、支えとなってくれる骨も普通にあるからというわけだ。


 ──だけど、それがどうした。


 心臓や脊髄など人体をまともに動かすために重要な器官が、文字通りこの(からだ)には入っていないという。

 おまけに、さっきまでは脳髄まで無くなっていた──普通に考えれば生きているわけがない。


「なんなんだろうな、これって……」


 だというのに、そんな事実に驚愕(きょうがく)狼狽(うろた)えもなく、周知の如くだとでも言わんばかりに、俺の意識は平静そのもので、どこかそれを良しと思うほどであった──。

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