10話 白騎士 ─もう一つの出会い─
「キミ、立てる?」
「あ、ああ……」
予想外の展開に困惑しながらも、俺は白い騎士から差し出された手を取りながら立ち上がる。
離れたところには二つの巨大な肉塊が転がっており、巨人の前腕部が無くなっていることから、あれが巨人から切り落とされたものだとわかる。
それだけのことを理解してから、目の前の騎士へと意識を戻す。
──清廉という言葉が自然と浮かぶ風貌。
白いマントに軽装気味の白い甲冑は、ところどころに金の装飾が施されており、絢爛的な美の優雅さを醸し出している。
どうかすれば嫌味にもなりそうなデザインだが、最低限に抑えようと見える装飾に留まっていることで不快な煌びやかさはなく、むしろ謙虚さすら感じてしまう。
そんな白いマントと甲冑に、これでもかと似合いすぎるほどの金の髪が流れるように伸びていた。
「助かったよ……で、いいのか?」
「まあ、半分は?」
こちらの問いかけに、白騎士は微笑みを見せていく。
170ちよっとぐらいだろうか、鎧の分を含めても背丈はこちらよりも高そうだが、肩幅からして体格自体は細身の分類に入りそうだ。
「ボクは、レフレンタール・カイゼンブル。キミは?」
「俺は……」
レフレンタールと名乗りながら、こちらを覗き込むように見せてきた青い瞳の目は柔和で、口調と体格も相まって全体的にかなり中性的な雰囲気を感じる。
……ていうか、ぶっちゃけどっちだ?
顔から見える肌は艶があって白く、化粧っ気のようなものは見えない割には、整いすぎているぐらいに整いすぎている。
普通に見れば、腰まで伸ばしている金髪と顔立ちで、大体の人は女性と認識するだろう。
だが、〝ボク〟という言葉を聞いた場合どうだろうか?
偏見以外の何者でもない考えだが、いわゆるボーイッシュ──女性的よりも男性的を好む風貌ならすんなりと分かるが、そうでない外見で自分のことをボクという女は珍しい気がする。
かと言って、男というには整いすぎているというか……男としての美形というよりは、女性的な綺麗さのほうがしっくりくるというか……。
「あ、ゴメン、警戒させちゃったよね。いきなりこんな現れ方したらさ」
「いや、そういうんじゃなくて」
いかんいかん、全然関係ないことを考えていた。こんなのは片隅に置いておかないと。
「なんていうか、覚えてないんだ。名前とか、他にも色々……」
「覚えていない? そんなことは──」
気になることを言いかけたところで、レフレンタールの顔つきが締まる。
「残念だけど、あいさつタイムはここまでみたい」
「そう、みたいだな」
同じ方向へ視線を向けると、巨人の切断された前腕部から泡のようなものが噴き出しているのが見え、そこからずるりと新しい腕が飛び出してこようとしているのが見えた。
「再生、かよ」
腕まで生えてくるとか、もはやなんでもありだな。
「やっぱり、〝BB〟の暴走体か」
「〝BB〟?」
聞き慣れない言葉におうむ返しをしてしまうが、むこうは構わずに続けてくる。
「あの様子だと、完全に再生するにはまだ時間がかかるはず、ここはボクに任せて、キミはその子を連れて避難して」
「おまえは……」
正直、こいつの飄々とした軽い雰囲気は嫌いではないが、それでもまったくの疑いを持たないのはさすがに無理というものだ。
「……ボクの目標は、多分その子になると思う。だから、キミの信頼を得られないとしても、その子だけは連れ帰りたいんだ」
「ずいぶんと正直だな、そういうの嫌いじゃないぜ」
「やっぱり?」
下手に体裁を取り繕われるよりかは、はっきりと言われたほうが俺としてはいい。
ほんのわずかなやり取りではあったが、こいつの振る舞いはこちらの気質のようなものを理解したように思える。
思わず苦笑が漏れるこちらへ笑みを返してきたかと思うと、すっと何かをこっちへと投げてきた。
「おっと、これは……」
手渡された物を眺めると、手のひらに収まる程度のカードのようだ。
こんな時にクレジットカードやプリペイドカードを渡してくるとは思えない、となればこのカードは。
「カード……カードキーか?」
「うん、この先にボクが乗ってきた船がある。船にさえ乗れれば、最悪その子だけでも助けることはできると思う」
「船?」
場所が場所なだけに海を渡るための船でないことは分かるが、そんな物を動かすためのキーを渡してもいいのか?
「言ってしまうと、キミがどうなろうと別にいいんだ」
「へ、言うじゃないか」
そんなこちらの考えでも読んだかのような物言いに軽口で返す。
「旧式だとは思うけど、それでもキミの躰はちょっとやそっとのことでどうかなるものじゃない。もっと言えば、躰が粉々に吹き飛んだとしても簡単には死にやしないのさ。──でも、その子はそうとは限らない、そう考えているよね?」
「…………」
白騎士の言葉に、自然と胸に抱いている少女へと視線を落とす──。
抱えた少女は相も変わらずの様子で、虚ろな表情をしてじっとしている。
正直、旧式だとか言われてもピンとこないし、俺自身この躰のことを完全に把握できているわけじゃないが、少なくともこいつは俺の躰がとんでもない耐久力を持っていることは知っているようだ。
だけど、この子はどうなんだ?
同じ施設に居たからといってこの子まで俺と同じだと言えるのか、確証はないまでも、あの施設の様相を調べた限りではこの子は俺と比べてまだ普通に思える。
理屈的な根拠はないが、この子が俺と同じだという根拠もないわけで、なら最悪の可能性を避けようとするのは俺としては必然。
「……どうしてそこまでするのかとか、そんな理由はどうでもいいけど、そこまでしてるのを見てさ、キミがその子を必死に守ろうとしてることぐらいボクでもわかるよ」
レフレンタールのその言葉に、俺は強い信頼というか信用に似た意識を抱いた。
本当の意味で、理解足り得る理由ってどういうのなんだ──。
守る理由は端的に言って自分のため、嫌なものとか後腐れとか、そういうのを残したくないためで高尚な理由などはない。
だがそれが、この子を守る理由として相応しくないと誰がどうして決められる?
つまる究極なところ、理解を試みられる存在なんて自分以外には存在しない。その自分ですらも、状況によっては疑わしいときもあるほどで、結局のところの理由なんて最終的には〝なんとなく〟で決まるもんで──。
……ああくそ、自分で自分の考えをまとめているだけだってのに、ごちゃごちゃめんどくせぇ。
うだうだ疑問を並べてしまっているが要はあれだ。
「ボクを信用してほしいとは言わない。でも、その子を助けたいという利害が一致しているのだけは、信じてもらえないかな?」
俺はこいつを、レフレンタールという人間を気に入ってしまった、そういうやつなんだよ。
理由も理屈も何もない、物言いや態度、こいつの提案に対して俺は信用できるとそう判断している。
「恩には着ねぇぞ?」
「それは了承と捉えていいのかな」
もし裏切られた騙されたとしてそれがどうした? そんなものは目算を誤った自分が悪い。
理由や理屈があろうとなかろうと関係ない、信用すると決めたのならその先も含めて受け入れる。それが嫌なら、そんなものすら跳ね除けるほど強くなる。
そう──。
「ああ、そうしてくれ」
そう〝決めた〟はずなんだからな。
「その子を頼んだよ。ナイト様」
「本当に減らず口の多い奴だな」
そう軽口を言い合ってから、あいつは足止めを、俺はこの子を安全な場所へと、お互いがお互いに任せたことを為すために動き出す。
──走り出す直前、振り返ればそこには、どこからともなくあまりにも不釣り合いほどに巨大な剣を取り出し、巨人へと立ち向かっていく白騎士の姿が見えた。




