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エントランスへ入りそのまま長くも品のある廊下を歩いていく。寮監の先生は所用でいないらしく、挨拶はまた後日ということになった。


「ひとまず、この1階から色々と説明させてもらいますね。基本的に4棟とも同じ造り、設備なので他の棟に行った時にも参考になると思います」


エントランスから数十秒歩いたところで早速1つ目の施設にたどり着く。

引き戸を開けてみると、少ない色で彩られた、くすんだ輝きを放つトレーニングマシンが置かれていた。


「いつも最初に紹介するので、虚を衝かれる人も多いんですけれど。最初はジムの紹介をしますね。と言っても、見ての通りなので特に言葉にすることも無いんですけれど。翼ちゃんは使う予定、ありますか?」


なければ次の施設を紹介しますけれど、と付け加える瑞季。使うことがないため詳しい説明には期待しないでほしいという心が見え隠れしていた。


「え……あ、えーと。はい。ちゃんとした施設があるなら使いたいですけど。マシンの説明とかは大丈夫ですので、使い方……と言いますか。使う時は何らかの申請が必要だったりしますか?」


「お気遣いありがとうございます。申請等は不要ですので、譲り合って使うようにしてくださいね」


バツが悪そうに微笑む瑞季を見て、心の中で反省させられる。これまで仕えていたのが男性であったからか、または対等に近い立場で人と話すこと自体少なかったからか、どうにも上手な気の使い方というものを忘れているらしかった。


続いて案内されたのは大きな鏡が置かれたダンススタジオ。こちらは数が少ない分、予約が必要ということだった。1階には他にも様々な共用のスペースがある。食堂はもちろん、プールや各種道場、格闘技用のジムまで用意されている。学園には数多くのご令嬢が暮らしているということで需要は様々あるらしい。中にはポールダンス専用のスタジオもあると瑞季が教えてくれた。実際に使われているのかと聞いてみれば、最後に使っていたのは現在の学園長が、学生時代に使っていたらしかった。


「あ、あくまで噂ですよ?学園長はどちらかというと少女歌劇の男役が似合うような方ですから」


私がそんなことを言っていただなんて告げ口しないで下さいね、と続ける瑞季に初めて少女らしさが見えた。

その後もいくつかの施設を回り、また廊下に戻る。1ヶ所あたり1分程度しか滞在していないが、それでも20ヶ所ともなると疲労はなかなかのものだった。改めて気が付いたらことといえば、廊下に敷かれた絨毯の柔らかさ。長い廊下を歩いても足への負担が小さくなるようにという配慮らしい。

施設の紹介以外でも瑞季から語られたのは、彩葉から伝え聞いていた内容には含まれていないことばかりだった。

4棟の内装はいずれも同じ物で各階に12部屋ある。各階は各学年2名ずつで構成されているため、学年を越えて関わり合うことになる。

エトワールとソレイユの間に本当に軋轢があるのだとすればこの制度はソレイユにとってあまりにも酷なものだろう。


「そういった構成にしているのも何か理由があるのでしょうか」


学園に蔓延っていると言われた意識の隔たりがあるとすれば、被害者が出てもおかしくない。何か理由があるのか。または放置しているのか。他人事である翼にとっても少し興味があった。


「はい。12人と少し多いですが、同じ階というだけの関係ではないんです」


肩を並べて――とは言っても翼と瑞季では10cm以上高さが違うが――歩いていた瑞季が翼の数歩前に出てこちらに向き直る。未成年の少女とは思えぬ美しい所作で、少女らしい微笑を湛える。エトワールらしく洗練された振る舞いは社交界を経験している翼が見ても美しい。

瑞季自身の言葉でエトワールであると聞いたわけではないが、槐という姓には聞き覚えがある。彼女とは出会ったことがないはずだが、彼女の両親や兄妹(けいまい)とは会ったことがある。以前の主人に同行した夜会で主人の後ろに控えていただけだったため、直接会話はしていないが非常に特徴的な人達だったという記憶をしている。彼女もその例に漏れず、なのだと思い込んでいたが彼女は違うらしかった。

文質彬彬(ぶんしつひんぴん)としたご令嬢という印象であり、その所作の美しさには目を瞠るものがあるとはいえこの学園内においては僅かな特徴でしかない。優れた人間性や立ち居振る舞いだけでは社交界で顔を売ることはできない。


「12人を1つの小さな共同体として普段の生活から関わり合うことになります。友人関係や上下関係もありますが、それ以上に家族にも似た関係になります。お互いに気持ちよく生活できるように気遣いの心を持った生活を心掛けて下さいね」


まるで子供に言い聞かす母親のように翼へと語りかける。暖かい声音は同じ学園生のものとは思えなかった。


「はい。もちろんです。私としてしても他の方にご迷惑をお掛けするのは本意ではありませんから」


「でしたら安心です。故意的に迷惑行為をするような方は普通この学園にはいませんが。あ、そうでした。お部屋に色々な書類を置いてあります。書けましたら私に出してくださいね」


小さなベルの音が鳴り、瑞季の背後の扉が開く。高層マンションということもあってエレベーターはあるらしいが、4台もあるため、ホテルに来たかのような印象を受けた。

エレベーターの床も廊下と同じく足への負担が考慮されており、椅子まで用意されていた。


「まさに至れり尽くせりという感じですね……」


「ソレイユの子でも驚くような学園ですからね。卒業してから元の生活に戻るのも大変らしいです」


感嘆のように呟いた翼の言葉に瑞季が笑みを浮かべる。

以前の仕事場と比べればやや粗が目立つが、エトワールや一般的なソレイユの学園生からすれば豪邸のようなものだろう。翼の家も恐らく学園内で裕福な方に入るが、これほどの暮らしはしていない。どちらかといえば一般家庭より質素な暮らしをしていると思っている。


「さて、こちらが翼ちゃんのお部屋です。そして、隣が同じソレイユの子のお部屋です。あ、あと、あっちが私の部屋なので」


「え?」


「これから2年間、よろしくお願いしますね、翼ちゃん」


「は、はい」

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