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◆◆◆


「そういえば、私ってこれからどうしたらいいんだろう」


学園生活初日を終え、クラスメイト達のほとんどが教室から出て行った。寮へ帰る者、部活動へ向かう者など、目的は多少異なるが、未だ教室にいるのは僅か数人となっていた。


翼の悩みはどれも明快で3つ。寮へ向かおうにも自分の部屋が分からない。更には寮生活を送るにも荷物がない。そして、両親に何も伝えていない。

両親への連絡については手持ちの携帯端末で済ませられるが、詳細の説明となると場所の問題もある。そのために寮へ向かいたいが、その場所が分からない。とはいえ、賢しい前主人のこと。なんの手回しもないとは思えない。更に言えば、意図的に何もしないなんてことをするほど意地の悪い人物でもない。


「とりあえず、一旦待ってればいいかな」


来るとすれば、朔耶か彩葉のどちらかしか心当たりがない。しかし現状、主人である彩葉とは面識がない。もちろん、翼は彩葉のことをよく知っているが、彩葉の方はそうでもない。以前の関係性でも渚家に仕える従者と、渚家の一人娘だ。今は従者と主人という関係となり、やや近しい間柄になったともいえるが、それでも彩葉は今の翼の外見は知らないだろう。最後に顔を合わせてから10年。言葉や文章での交流はあったものの、直接的な交流はなかった。恐らく、翼が男性であるということは覚えていると思っている翼は、こうして入学してきた自分にどんな感情を抱いているのか少なからず不安であった。


「朔耶ちゃんは気が付いたらいなかったし……。朔耶ちゃん以外で知っている人なんて彩葉様ぐらいなんだけど……」


「お待たせしてしまって申し訳ありません。あなたが佐倉翼さんですね」


視線がないのをいいことに、乙女としてふさわしくない恰好で寛いでいると、ふとそんな声がかかった。


「へ……?あ、は、はいっ!」


虚を突かれ、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。声を掛けてきたのは見知らぬ少女。すぐに自分の記憶を精査してみるも、おっとりした表情でたおやかに笑みを浮かべる少女は記憶にない。可能性としてあるのは翼の知らない協力者を以前または今の主人が用意してくれた、というのが1つ。もう1つは急遽入学が決まった新入生を迎えるために学園側から派遣された人間か。


「くすっ。お寛ぎのところ申し訳ありません。今日こちらにいらしたということで、寮の案内をさせていただきます。(えんじゅ)瑞季(みずき)と申します。どうぞお見知り置きください」


「あ、はい。佐倉翼と言います。え、と……。瑞季、様でよろしいでしょうか」


「うふふ。はい。学園のしきたりはよくご存じなのですね」


穏やかに微笑む瑞季の表情に釣られて翼の表情もいくらか綻ぶ。警戒心を絆されるようなその笑みは、彼女の人品が優れていることの表れに思えた。


瑞季の案内で寮へと向かっている間に、翼は学園について改めて質問をしていた。その1つが、翼が瑞季を呼ぶ際にあった、『年長の学園生には敬称に様を用いる』というもの。例外もあるが、相手の名前を呼ぶ際にはこの形式が一般的である。


「それにしても、私が高等部の学園生から『様』だなんて呼ばれると、進級したことを実感します。今までは私がお姉様方にそう呼びかけるだけでしたから」


「瑞季様って2年生だったんですね。すごく落ち着いた雰囲気だったので3年生かと思っていました」


「あら。嬉しいことを言ってくださいますのね。けれど、そういう翼ちゃんも新入生のソレイユとは思えませんわね。あまり戸惑いがない様子ですし」


多くの子たちが慣れない言葉遣いに苦労しているようですから。と付け加える瑞季。


「まあ、私の場合は特殊ですから」


「聞いております。従者をされているのでしたよね。ですが、珍しいですね。私の実家でも従者の方が働いていますが、翼ちゃんぐらいの年齢の方はいませんし。それに」


瑞季が一旦を言葉を切る。確かに翼くらいの年齢で従者をしている人間は少ない。翼は自分の立場上、同世代の従者をほとんど把握しているが、一般的な、所謂庶民には若い従者の存在は知られていない。従者を雇うような家でさえ知らないことが多い。だからこそ、翼にとって瑞季がその存在を認識しているのは予想外だった。


「朔耶ちゃんと同い年の従者は2人だけ。どちらも男性と聞いていましたから。翼ちゃんはいつから従者の仕事を?」


「1年弱、ですね。まだまだ半人前です。だから瑞季様のような方々にまで知られていないのかもしれませんね」


事前に用意していた設定通りの返答をし、それ以上の追及を許さないように結論を告げる。

柔和の表情と所作からは警戒心は感じない。翼の発言に猜疑心を抱く様子もなく、好奇心に近い感情と思える。


瑞季からそれ以上の疑問は呈されなかった。『偶の帰省があるとはいえ5年も親元を離れていますから。知らないことも増えてしまっているかもしれません』と人好きする笑みを浮かべていた。


「さて、ここが津葉木女子学園の学生寮です。翼ちゃんのお部屋は16階です」


案内された先にあったのは4棟からなる高層マンション。校舎は低く広い造りであったが、寮も同じではなかった。学園の規模を考えてみれば、このマンションでは大きすぎるようにも思える。学生が暮らすのだから2人部屋や4人部屋にベッドが置いてあるだけの部屋を想像していたが、流石はご令嬢の通う学園ということらしい。


「1人1部屋なんですね」


「え、ええ。そうですね。今時、複数人でという方が珍しいようにも思いますが。あ、翼ちゃんのお部屋に案内しますね。その間にお部屋や寮の説明もさせていただきます」

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