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父親

 ブルガール出身のゲルオギー・ドズゴフスキーは、40歳という若さでヘルト帝国中央銀行総裁に就任した、まさに財界の怪物であった。またドズゴフスキーはその人柄から交友も広く、特にヘルト皇后エカテリーナとの親密な関係は、一部上流階級の間で噂になるほどであったという。


 「私がその真実を知ったのは15の年、ユトダイン王室へ嫁ぐちょうど一年前のことよ。偶然お父様とお母様が、そのことについて言い争いをしているのを聞いてしまったの。両親とも滅多に喧嘩なんてしないから、二人の部屋から大声が聞こえてきて、つい耳をそばだててしまったの……」


 幸い、と言って良いのか分からないが、アナスタシアは母エカテリーナの特徴である金髪と青い瞳を受け継いだ。その為、エカテリーナの不貞は国民に知られることなく今日まで至るという。


 アナスタシアが他の皇女を差し置いて絶世の美女と謳われるゆえんは、実父ドズゴフスキーの均整のとれた骨格、そして筋の通った美しい鼻を持つ為であった。この二点は間違いなくドズゴフスキーから受け継いだ特徴であるのだが、全体的な骨格や鼻筋は例えば瞳の色や髪色、目の形などに比べてハッキリと相違点を見出しにくい要素であった為、長年皇室に使える使用人ですら、アナスタシアの実父はアレクサンデル二世であると疑わなかったのだ。


 「私はドズゴフスキーと話したことすら無いし、皇帝アレクサンデル二世が実のお父様だと今でもそう思ってる。お父様が私につらく当たったことなど一度たりとも無いし、姉妹と比べて無下に扱われた経験もない。でも、結婚のときは、少しだけ様子が違ったの」


 アナスタシアとジェームスの結婚は、彼女の意志をまるで無視するかのような勢いで取り決められたのだという。彼女は恋愛というものが何たるかも分らぬままに、強引に事を進める父に思いを訴えることも出来ず、あれよあれよという間にジェームスと結婚することになったのであった。


 「その時にはもう、お父様が実のお父様じゃないことを知っていたから、「ああ、私は厄介払いされたのね」と、少しだけそんな思いがしたわ……」


 彼女がふいに見せる悲しげな表情も、何か諦めにも似た優しさも、全ては彼女の生い立ちに起因するものだったのであろう。そんな辛い思いを抱えながら、ユトダイン王室でも陰謀に巻き込まれ、ぞんざいに扱われていたのだ。一体彼女の苦痛はどれほど大きなものであっただろうか。


 「君がブルガール語を読めたのは……」


 「うん。ドズゴフスキーが実の父親だと知って少し勉強したの。彼はブルガール人だから、もしお話しする機会があったら、と思ってね。私がブルガール語を話せれば、もしかしたら喜んでくれるかもって……思ったの……」


 正直これ以上聞くのは精神に堪える。彼女の辛い心境を思うと胸が張り裂けそうなのだ。……だが、ここまでの話で多くの事実が判明した。


 様々な予測が頭に浮かんだが、後はトレチャコフの情報を掴んでからだ。もし可能であればアナスタシアの本当の父親である、ドズゴフスキーにも話を聞きたいところであるが。それは後回しで良いだろう。


 「そんな大変な境遇で、どうしてそんなに人を信じられるの?」


 シャーリーが素朴な疑問をアナスタシアに投げかけた。どうやらテレパシーは使っていないらしい。ダレンに咎められたこともあってか、彼女も彼女なりに人と向き合おうとしているのだろう。


 「……誰も信用できなくなったら、悲しいじゃない」

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