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最後にして究極の決意

 翌朝、俺たちは再び談話室に集まっていた。アナスタシアの表情は依然として暗く、目の下には不健康な隈ができていて、見るからに疲れた様子で椅子にもたれかかっている。ここまで追い詰められた様子の彼女は初めて見るもので、俺は居ても経ってもいられなかった。


 「アナスタシア、無理はしなくていい。元気になるまで部屋で休んでくれ」


 すると彼女は力なく微笑みを浮かべ、首を小さく横に振る。


 「昨日はごめんなさい。特にシャーリーちゃんには、何て謝ったらいいか……。本当にごめんなさい」


 流石のシャーリーも彼女の痛ましい姿と、その弱々しい謝罪に堪えたのか、不安げに彼女を見つめながら口を開く。


 「私が悪い。無遠慮に踏み込んでしまって、ごめんなさい。ニックの言う通り無理はしないで……」


 「大丈夫、ちょっと寝れなかっただけ。それより、皆に話さなきゃいけないことがあるから。少し長くなるけど」


 そう前置いて、アナスタシアは自身の記憶を辿り始めた。それは彼女にとって非常に苦しいことであるはずだ。しかし彼女の語る内容は、俺の心に大きな衝撃と、わずかな疑問を生じさせるものだったのである。


 「トレチャコフ公爵家と私たち皇室は、長い間家族ぐるみで仲良くしてきたの。この髪飾りもトレチャコフ家当主、ミハイル・トレチャコフから頂いたプレゼント。十四歳のお祝いに貰ったものよ」


 彼女の右手に載せられた髪飾りは、タッセルの葉の造詣があしらわれた実にシンプルなデザインのティアラである。これまで彼女の持つ装飾品は数多く見てきたが、このティアラに限っては昨日初めて目にしたものである。


 「トレチャコフ公爵は宮廷を訪ねる時、かならず一人息子を連れてきていた。息子の名はイゴール・トレチャコフ。年齢は私の一つ下で、幼いころから一緒に遊ぶことが多かったわ」


 アナスタシアの一歳下ということは、俺と同い年ということか。……まてよ、そういえば一度、彼女からそんな話を聞いたことがある。まだ俺がアナスタシアの側近になりたての頃、確かユトダインの歴史の勉強を教えていた時のことだ。幼いころとても仲良くて、よく遊んでいた人がいたと。しかし、ジェームスとの結婚が決まってから、その人とは会えなくなったと彼女は語っていた……。


 「でも何故だか、私の結婚が決まってからイゴールは姿を現さなくなった。私も結婚の準備で忙しかったから、正直それどころじゃなかったんだけど」


 やはりそうだ。あの時彼女が語っていたヘルトの友人というのが、トレチャコフ公爵家の一人息子、イゴール・トレチャコフだったのだ。あの時俺は彼女の話を聞いて、きっとその男はアナスタシアに惚れていたから姿を消したのだと思い込んでいた。しかし今、種々のもたらされた情報を鑑みると、どうやらイゴールの話には深い闇が潜んでいるような気がしてならない。


 「トレチャコフ家についてはこんなところ。その後私はユトダイン王室に入り、ジェームスの妻になった。イゴールには度々手紙を出していたけど、返信は一度もなかったわ。きっと今なら、会おうと思えば会えるんでしょうけど……」


 しかし、ミハイル・トレチャコフがアナスタシア暗殺計画の黒幕だと判明した今、その息子のイゴールに会いに行くことなどできやしないだろう。


 「イゴールはもしかしたら、父親に逆らえないだけで、本当はアナスタシアに会いたがってるかもしれないぜ? その辺も含めて、俺たちが確かめに行ってやるよ」


 俺は立ち上がり、アナスタシアを元気づけようと意気込んで見せた。


 「そうよ、幼馴染の仲がそう簡単に崩れるとも思えないわ。あたしたちに任せて!」


 リリアンも大きく頷きながら、アナスタシアの背中に手を当てる。


 「二人とも……」


 瞳を涙に潤ませるアナスタシア。するとダレンも立ち上がり、意気揚々と次のように宣言する。


 「僕たちだって、王妃様の為ならなんだってするさ! 何せ食わせてもらってるからね!」


 「そこは、仲間の為に、でしょうが……」


 シャーリーは少し気まずそうな表情を浮かべながらも、ダレンに突っ込んでみせる。そして彼女もアナスタシアに目線を移し、ぎこちない笑顔を浮かべるのであった。


 「あなたが暗いとニックも元気なくなるのよ。でも安心して、私がいれば間違いなく、問題を解決できる」


 シャーリーなりの不器用な励ましを、アナスタシアも感じ取ったのだろう。彼女の表情が少し和らいでいるように見える。


 「私も微力ながら協力させてもらいますよ。別に仲間とは思っていませんが、仕事ですのでね」


 医療担当のサマンサも、事務的な調子ではあるが協力的な姿勢を見せてくれている。相変わらず契約者研究の論文でも読んでいるのだろう。いつも書物のページをめくりながらも、しっかり話は聞いてくれているのである。


 「おいおい、勝手に盛り上がってんじゃねえよ。今回の作戦指揮は俺が執ることになってんだからよ」


 少し離れた位置から野太い声を発するフット。スキンヘッドの頭を撫でながら、やれやれといった調子でため息をついている。


 「とか言って、何だかんだ協力してくれてるじゃないか」


 「またお前に殴られちゃたまんねえからな。とりあえず外交団との連携は取り付けたぜ。明後日の夜7時、ヘルト外務省近くのレストランで会食があるそうだ。相手方に絶対バレないようにするって条件で、諜報活動の許可を貰っている。ユトダイン外交団も交渉に難航しているらしくてな。何でもいいから情報が欲しいんだとよ」


 「少人数で行動した方がよさそうだな。ダレンとシャーリーは確定として、他はどうする?」


 「それこそお前でいいんじゃねえか? 俺みたいなおっさんが混じってたら不自然だしな」


 「……いや、俺じゃない方がいい。これでもユトダインの英雄なんて言われて、国内ではちょっとした有名人なんだぜ? 向こう側にも顔が割れてるかもしれないし」


 というのは建前で、本当の理由は別にある。明後日は、ヘルト第二皇女のダリヤと密会する予定があるのだ。彼女が何を考えているのかは分からないが、ヘルト皇族と一対一で直接対話ができる貴重な機会である。もしかしたら重要な情報を手にすることができるかもしれない。伝言の内容から察するに、どうも密会の件は他言してほしくないらしいので、ここで本当の理由を開示することはできないのだが……。


 「それなら私が行きましょうか?」


 意外にもサマンサが名乗りを上げたが、フットは首を横に振る。


 「10代前半の少女2人と、20代の男1人。犯罪臭ヤバくねえか?」


 「一応私、今年で20なんですけどね……」


 正直、サマンサの容姿はどこからどう見ても10代の少女にしか思えない。初対面の際は本当に14歳ぐらいの子供だと思い込んでしまったほどである。にしてもフットは彼女の実年齢を知っておきながら、その台詞はあまりに失礼というものではないか。まあ、当のサマンサは全く気にも止めていないようであるが。


 「いや知ってるけどよ、そう見えるって話だ。ともかくサマンサは無しだ」


 「それじゃ、あたしぐらいしかいないわね。万が一帰り道に襲われても戦えるし、丁度いいんじゃない?」


 確かにリリアンが適任かもしれない。ダレンと並んでいても違和感を感じないし、三人でいても青年カップルとその妹のように見せかけることができる。それに彼女の言う通り、万が一襲撃を受けたとしても、リリアンの能力があれば余程の敵でない限り撃退することができるだろう。

 

 「決まりだな。トレチャコフの諜報はダレンとシャーリー、リリアンの三人が担当する。言っておくが、この作戦は王室衛兵隊長の許可を得ていない。ここにいる俺たちと、ユトダイン外交団のメンバーのみ知る作戦だから、くれぐれも他言しないように」


 「……フット、君も悪くなったな」


 「ハッ、お前に学んだんだよ。サリムでお前の逃がした暗殺犯二名が、今ここでアナスタシアを守るために尽力している。何事も臨機応変だってな」


 フットの言葉に、ダレンとシャーリーはお互い顔を見合わせて笑い合う。そうだ。この二人とも、かつては剣を交えて命のやり取りを演じたことがあったのだ。だが結果として二人を仲間に引き入れることができた。ダレンのテレポートにシャーリーのテレパシー。二人の能力が無ければ、今頃俺はこの世に存在したかもわからないし、アナスタシアだって、いずれ一部同盟派の陰謀に飲み込まれていただろう。


 「あの……実は……もう一つみんなに話さなきゃいけないことがあるの……」


 アナスタシアの声に俺たちは向き直り、彼女の次の言葉を待った。


 しかし彼女の息は荒くなり、胸に手を当てながら浅い呼吸を繰り返す。額から汗が滴り、青白い頬をつたって床に落ちる。その異様な様子に気付いた俺たちは、また彼女が取り乱すのではないかと身構えた。


 「大丈夫、無理して言わなくてもいいから。」


 彼女の背中に手を回し、ぴたりと寄り添うリリアン。宥めるように優しく語り掛け、ゆっくりと背中をさすっている。俺たちはただ待つことしかできない。こんな時、アナスタシアとリリアンの絆の深さを実感する。本当は俺も寄り添ってあげたいのだが、体が固まってしまうのである。


 するとアナスタシアは口を開き、息も絶え絶えに言葉を紡ぎ出した。その内容は、俺の想像を遥かに上回る、落雷のような衝撃をもたらすものであった。


 「私のお父様は……ほんとうのお父様じゃないの……ヘルト第四皇女アナスタシアは……皇帝の娘じゃない……だから……だからきっと……」


 これは例え話だ。例えば俺のおふくろが、「ごめんなさいニック。今まで隠してきたけれど、実はあなたのお父さんは、実の父親じゃないの」と告白してきたとして、俺は当然衝撃を受けるだろうが、色々の事情を踏まえた上で、どれほどの時間を要するかは分からないが、いつかは受け入れる時が来るのだろう。


 しかし、例えば俺が世界有数の大帝国の皇子だったとして、その大帝国の皇后である母親から、いや母親でなくとも、誰か近しい人物から、「あなたは、お父さんと血が繋がっていない」と告げられたとしたら、一体どれほどの衝撃と、苦悩と、そして恐怖を覚えるだろうか。ましてやその事実が未だ外部に広まっていない情報であるとしたら。自身の出生にまつわる話が、一生をかけて、墓場まで秘匿しなければならない事実であるとしたら。


 それを、たとえ信頼する仲間であったとしても、その真実を打ち明ける時の心境は如何なるものであろうか。息も絶え絶えに、脂汗を流しながら必死に言葉を紡ぐ程度の動揺で、果たして済ませられるだろうか……。


 アナスタシアは泣き崩れた。その姿は決して、一皇女が一般庶民に見せるべきものではないかもしれない。しかし彼女を責めることなど一体誰ができようか。ここにいる誰もが、彼女の本当の強さを思い知らされたことであろう。


 俺はこの時決意した。これまでの決意とは異なる、愛でも恋でも信頼でも友情でもない、如何なる個人的心情も超越した使命感で、ただこの人を、必ず守り切ると誓ったのである……。

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