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少女の悩み

 「シャーリー。僕は構わないけど、あまり仲間の思考を覗くのは良くないよ」


 ダレンが恐る恐るシャーリーへ語りかける。するとシャーリーはムッとした表情で彼を睨みつけた。


 「今回のお仕事はアナスタシアの護衛でしょ? 今私たちは敵陣のど真ん中にいるの。一刻も早く、彼女を狙う黒幕を炙り出さなきゃいけないでしょ」


 「確かに僕たちはそうやって生きてきたけど、それは僕とシャーリーの関係があるから出来ることだ。僕はどんな思考を覗かれたって構わないよ? でも誰にだって許せるわけじゃない。幼いころから一緒にいた君だから許してるんだ。彼女にしたって同じことが言えないか?」


 「私が掴んだ情報が、アナスタシアにとって辛いものだってことは理解した。彼女の動揺もハッキリと感じ取ってたわよ。でもそんなこと言ったって……。彼女が言いにくいなら私が聞き出してあげるしかないじゃない」


 「少しぐらい待ってあげても良かったじゃないか。気持ちが落ち着けば、彼女だって自分から話してくれたはずだ。結局彼女を混乱させて、話し合いは後回しになってる」


 「私が間違ってるの?」


 「……リリアンも言ってたろ。少し焦りすぎだ」


 シャーリーも自分なりに任務を遂行しようと努力してくれている。アナスタシアの様子を見るに、どうやら黒幕のトレチャコフ公爵家とは並々ならぬ関係があるようだ。ならばいち早くアナスタシアから公爵家の情報を聞き出すべきであろうし、そう考えて彼女を問い詰めたシャーリーの行動も理解できる。


 「まあ、俺も彼女があそこまで取り乱すとは思わなかった。よほどその、トレチャコフ公爵家とやらと深い関係にあったんだろう」


 考えてみれば、ミハイル・トレチャコフはヘルト帝国の現外務大臣だ。彼は現在ヘルト外務省にて行われている同盟交渉の担当官でもある。にもかかわらず、トレチャコフとの会合は一切日程に組み込まれていないのだ。これは非常に不自然ではないか。


 もちろんユトダイン側からも外交官が派遣されているし、アナスタシアのヘルト訪問はあくまでも民衆向けのパフォーマンスでしかない。俺たちがヘルトの外相と同盟交渉を行うわけでは無いのだが……。それでもアナスタシアの訪問は外交交渉に付随するものであるのだから、一度くらい外務大臣との会合があってもいいはずだ。


 「一度トレチャコフの真意を確かめるべきだな。彼と会う方法は無いものか」


 すると黙ってこちらの様子を窺っていたフットが口を開く。


 「交渉の場に同行させてもらうのが手っ取り早いが、もし本当にトレチャコフが黒幕なら拒否するだろうな。俺たちみたいな、アナスタシアの関係者とは会いたくない筈だ」


 「確かにそうだな。根気よく張るか……」


 「一度顔さえ見れば色々探れるわ。こちらの外交官と協力して、出てくるところを狙いましょ」

 

 シャーリーの提案に頷く一同。やはりこういった時に彼女の能力は有難い。


 「そんじゃ早速話付けてくるぜ。一応ここでの責任者は俺ってことになってるからよ」


 フットはそう言うと席を立った。外務省側とのやり取りは彼に任せておけば問題ないだろう。後は、アナスタシアの回復を待つしかない……。


 「俺も一旦部屋戻るわ」


 続いて部屋を離れようとすると、シャーリーも同時に立ち上がり、こちらへ駆け寄ってくる。


 「どうした、まだ何かあるのか?」


 「ううん。私もニックの部屋行く」


 「ええ? いや、ダレンがいいならいいけどさ」


 「は? なんで? 私の行動にいちいちダレンの許可が必要なの?」


 困った俺はダレンの方に顔を向けた。彼はため息をつき、珍しく怒った調子でこう言い捨てる。


 「いいよ、勝手にしろ」


 するとシャーリーも眉を顰め、イライラした様子でこう答える。


 「何、怒ってるの?」


 「怒りたくないから早く行ってくれ」


 「あーそ。ダレンもそう言ってるし、行こっか」


 先ほどダレンに注意されたことが気に食わなかったのだろうか。いや、ここ最近シャーリーは常にダレンに冷たく当たっている。所謂反抗期というやつか。流石にダレンが可哀そうな気もするのだが……。


 自室に到着した俺は備え付けの椅子に腰かけた。シャーリーは躊躇なく俺のベッドに身を投げ出して伸びをする。


 「何か飲むか?」


 「……いい」


 彼女は一言、そう言ったきり黙り込んでしまった。長旅に皇帝との謁見、流石に彼女も疲れたのだろう。ひとまず俺は、武器の手入れでもすることにした。やはり困ったときはこれに限る。


 「ダレンは私のこと、何だと思ってるのかしら」


 ふいに呟くシャーリーの声に、俺は適当に次のように答える。


 「まあ、家族みたいなもんなんじゃない? 可愛い妹みたいな」


 「血も繋がってないのに?」


 「血の繋がりが無くたって、大切な人に変わりはないだろ?」


 「……大切な人ってさ、友達とか恋人もそうじゃん。別に家族だと思ってもらわなくても」


 ダレンとシャーリーの関係が友達かと言われれば、傍から見る限り微妙に異なる気もする。二人は幼いころから一緒だったし、両者とも物心ついた頃から、親も兄弟もいなかったのだから。


 「何となく、友達とは違う気がするんだよなー」


 「じゃあ恋人は?」


 「恋人? うーん、どうなんだろう……」


 流石にその線は考えたことが無かった。ダレンがシャーリーに思いを寄せているような節は、これまで見受けられなかったような気がするのだが。しかし俺は恋愛方面にはとことん疎い。正直、もしダレンが密かに恋心を抱いていたとしても、俺はそれに気付ける自信が全く無い。


 「シャーリーはどう? 君にとってダレンはどんな存在?」


 「……別にまあ、兄のようには思ってるわよ。でもねーいつまでも子供扱いして欲しくないの」


 「あー、なるほどね」


 何となく、彼女の不満の正体が見えてきた気がする。ダレンはいつも彼女に優しいし、何でもかんでも彼女の為に動いてくれる。今日は珍しく、いや初めて彼女に注意するダレンを見たが、いつもは笑って少し窘める程度であり、確かに子供の世話をするようなスタンスで彼女に接しているような気がする。


 「あの面倒見てます感が癪に障るの! 一人で外出するだけで妙に心配したり、私が何言っても笑って流そうとしたり、私を対等に見てないのよ!」


 しかしまあ、それは仕方のないことではないか……。ダレンは二十歳でシャーリーは十四歳、六つも年が離れていれば、まあ子供にしか見えないだろう。だがシャーリーの気持ちも分からなくもない。実際彼女は十四歳にしては大人びているし、アナスタシアの護衛も役割以上の働きを見せてくれている。


 「二人は小さい頃から一緒なんでしょ? その感覚が抜けないんじゃない?」


 「はあー、まあいいんだけどね。いいんだけどさー」


 思っていたより大分かわいい、年相応の悩みを抱えていたようで安心した。もちろん彼女の様子を見るに、「彼女にとっては」重大問題なのであろうが。


 「とりあえずさ、もう少し優しくしてあげなよ」


 「してあげたいんだけどね。つい……」


 シャーリーは俯きざまにそう呟いた。それは兄を思う不器用な妹の表情とも、友との関係に苦悩する少女の表情とも異なる、まるで一人の男性への思いを告げられず、煩悶とする若き女性の見せる刹那的な表情のように思えて、俺は自然と彼女から目線を反らすのであった……。

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