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受け入れられ難き真実

 第二皇女のダリヤから受け取った伝達は、次のような内容であった。


 『3日後の午後5時、ヴォロフクス三番街のクラブ・ソルマンにて。親愛の証「TDEAL」。この手紙は決して、彼女には見せないで』


 3日後といえば、4月19日の午後5時か。特にアナスタシアの外出の予定もなく、またユトダイン外交官とヘルト外務大臣の交渉日程にも組み込まれていない、完全オフの日である。わざわざこちらの予定まで配慮して日程を決めてくれたことは有難いが、ダリヤは一体何を話そうというのだ。ましてやアナスタシア抜きで俺だけ向かえと言うのである。確か第二皇女は今年で20の年になるはずだ。俺と二歳しか変わらない皇帝の娘が、何か陰謀でも企んでいるとは考えにくい。


 「ニック、色々情報つかめたよ」


 隣に腰かけるシャーリーが、俺の肩をポンと叩く。俺たちはヘルト帝国の迎賓館を、一棟まるまる貸し与えられていた。もともと現皇帝が皇太子の時代に使用していた宮殿であったというが、外観を見るだけでも俺は度肝を抜かれたものであった。宮殿の広さだけでも、ユトダイン王宮の数倍はあるだろう。ましてや庭園の面積を含めようものなら比ぶべきもない。これが国力の差、いや、今現在の経済力ならユトダインも負けていないだろうが、皇室の持つ権威と財産の差といったところか。はたしてこれだけ巨大な宮殿を築くのに、どれほどの国民を犠牲にしてきたのだろうか……。


 「聞かせてくれ、シャーリー」


 「まずは一昨年のアナスタシア暗殺計画について。これにはね、皇帝アレクサンデル二世は直接関わってなかったみたい。というか、そもそも皇帝はあんまり政治に興味が無いみたいなのよね」


 「それは驚きだな……」


 ヘルト帝国の政治形態は、我がユトダインとは根本的に異なる形態を採っている。ヘルトにも議会や内閣は存在する。しかしユトダインと比べてヘルトは皇帝の権力が絶大であり、皇帝の意志一つで閣議決定も議会案も破棄することができてしまうのだ。


 「どうも皇帝は、政治よりも家族とのプライベートが大事みたいね。でもその代わり、議会や内閣の方針にはすごく気を使ってるらしいの」


 「てことはつまり、アナスタシアの暗殺計画を知っておきながら、それを容認してたってことか? 実の娘の暗殺計画を見過ごしていたと?」


 怒りが沸々と込み上げてくるのを感じる。やはりおかしいと思ったんだ。ヘルト政府中枢にアナスタシアを殺そうと企んだ人間がいるってのに、処罰も無しにのうのうと生かしておける父親がいるだろうか。やはり皇帝も、彼女の死を望んでいやがったんだ。


 「落ち着いてニック、それと私にあたらないで。私はいつもの冷静なニックが好きなの。今は取り乱してる場合じゃないわ」


 「……ごめん」


 十四歳の少女に叱られるとは。しかしシャーリーの言う通りである。アナスタシアのこととなると、俺はつい頭に血が上ってしまうのだ。その点シャーリーはよく俺のことを理解してくれている。


 「皇帝はそもそもアナスタシアの暗殺計画すら知らなかった。彼も関与した政府中枢の人間を吊るし上げたいと思ってるみたいだけど、今の皇帝にその力は無い。下手したら議会に反乱を起こされて、皇帝権力を奪われてしまうかもしれないの。正直そんなこと考えてる場合じゃないと思うけどね」


 「つまりヘルト皇帝は、政府や議会に介入できない状態にあると」


 「ザックリ言えばそうなるね。もちろん形式上は皇帝も権力があるけれど、それを使うことが難しい状態なの。特にアナスタシア暗殺計画に関与した人物、これが厄介なのよね……」


 「……一体誰なんだ?」


 ユトダインの一部同盟派と手を結び、アナスタシアの暗殺を指令した大元の存在が、今明らかになろうとしている。彼女の死を口実に、ユトダインへ宣戦布告を突き付けて、俺たちの国を征服しようと企んだ者の名が、今明らかになるのだ。


 「ミハイル・トレチャコフ。ヘルト帝国で最も高貴な貴族である、トレチャコフ公爵家の当主」


 ミハイル・トレチャコフだと……。その名を知らぬはずがない。その男はヘルト皇帝の親友であり、現外務大臣を務める優秀な政治家でもある。そう、ミハイル・トレチャコフは現役の外務大臣なのだ。すなわち現在進められているヘルト・ユトダイン間の外交交渉の全権であり、我が国と友好関係を結ぶべく奔走する交渉担当官……の筈であったのだ……。


 「アナスタシアの暗殺を企んでいた男が、今この瞬間、ユトダインとの交渉を進めてるってのか……。あったま痛くなってきたな……」


 しかしそれ以上に俺を動揺させたのは、アナスタシアの青ざめた表情であった。さらに彼女はその場で嗚咽して、胃袋の中身を吐き出してしまったのである。


 「アナスタシア!」


 か細い体を痙攣させるアナスタシアのもとに、リリアンが血相を変えて駆け付ける。俺も慌ててアナスタシアの傍へ駆け寄った。幸いというべきか、兄弟姉妹との再会に時間を費やしていた彼女は昼食もロクに取っていなかった。吐き出されたのはごく少量の胃液のみであったが、依然として嗚咽の止まらないアナスタシアは、吐き出そうにもこれ以上吐き出すものがなく、涙を流しながら咽せ込み続けている。


 「サマンサ! 治療を!」


 リリアンが叫ぶが早いか、医療担当のサマンサが掌をアナスタシアの胸部へ押し付けた。サマンサは王国一の医療系契約者であり、どんな症状でもたちどころに治すことができてしまう。これまで俺もリリアンも、またダレンですらサマンサの治療のお世話になってきた。


 数秒の後、アナスタシアは平静を取り戻したようであった。リリアンはテーブルのナプキンを素早く取り上げて、床にこぼれた僅かな液体を拭き上げる。


 「アナスタシア、大丈夫?」


 「ごめんなさい……うっ……もう大丈夫……だから……」


 「お願いだから休んで。また気分が良くなったらお話しよ?」


 リリアンは不安げな表情でアナスタシアの体を抱きしめる。するとその様子を凝視していたシャーリーが、次のように呟いた。


 「仲良かったんだね、トレチャコフ公爵家と。その髪飾りはミハイル・トレチャコフから貰ったお土産なの? 選んでくれたのは息子の……」


 シャーリーの台詞に、アナスタシアは取り乱したように頭に手を当て、美しく煌めくティアラを取り外す。


 「嘘だと言ってシャーリー……これは大切な……」


 「残念だけど、嘘じゃない」


 「だって……これはイゴールが選んでくれた……」


 「イゴール・トレチャコフ、ミハイルの息子ね。でもどうして彼と音信不通になってしまったの? 手紙を送っても返ってこない。もっと詳しく……」


 「やめて! もうやめてよ!!」


 アナスタシアの絶叫が室内に響き渡る。彼女は右手に握った髪飾りを振りかざし、床に目掛けて投げ捨て……ようとしたものの、その右手は力なく下降した。だらりと右腕を伸ばしながらも、髪飾りを握る彼女の掌は開かれなかった。


 「どうして私ばっかり……こんな目に……」


 その場で泣き崩れるアナスタシア。俺は混乱したまま彼女に触れようとしたが、リリアンがその手を制止した。


 「ごめんニック、ここはあたしに任せて。前にもこうなったことがあるの……。また後で説明する」


 「……ああ、すまない、頼んだよ」


 リリアンは頷くと、アナスタシアの肩を担いで立ち上がる。そしてシャーリーに目線を向けこう語りかけた。


 「シャーリー、ちょっと焦りすぎかも。でもあなたのお陰で助かってるわ。あたしの考えてること、分かる?」


 「……まあ」


 「ありがとね。じゃあ、後はよろしく」


 泣きじゃくるアナスタシアを支えながら、リリアンは部屋を後にした。残された俺とサマンサ、そしてダレンとシャーリーは、しばらく誰も口を開くことなく、ただ各々一点を見詰めながら沈黙するのであった……。

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